第5節 7
師匠の訓練と称した口封じも終わり、全身にできた生傷は指輪の力で癒やしたものの、服までの修復はできず、兜は壊され、ボロボロの格好でシャバルガンへ帰ったヴァンを、ルナとコハクの2人が出迎えた。
「お疲れ様」
「…何というか、お疲れ様です」
「……まぁ、権能使い出した師匠相手なら善戦したほうだろ」
相手が悪いという事は、2人も分かっているだろうが、ヴァンは2人に師事をしていることもあり、精一杯の強がりで面子を保とうとする。それには流石に苦笑するしかなく、ヴァンも諦めたようにため息と共に本音を漏らした。
「俺も、修行不足だな。お前らの教育のためにも、怠らずに研鑽しよう」
素直に完敗したことを認め、2人も気を遣って話題を変える。
「とりあえず、レルベアも呼んで話をしましょうか」
「そ、そうだね。あたしも、話したいことがあったし」
「……そういえば、本来の目的はそっちだったしな」
完全に師匠との訓練に気を取られていて、ヴァンも元々はレルベアに着いてきてここまで来たことを思い出した。聞きたいことはいくつかあったので、ヴァンも2人が言うように、レルベアと合流することにした。
「―いやぁ、こっぴどくやられてたね!」
ヴァンたちが農場で出荷する野菜の検品をして、箱詰めする作業をしていたレルベアと合流するや否や、彼は朗らかに言ってきた。普通の人ならば、嫌味かと言いたくなるだろうが、これはこれで、レルベアなりの気遣いというのもヴァンは分かっている。ルナとコハクは正気かと言いたそうな顔をしているが、当の本人はレルベアの肩を組んで吐き出すように答える。
「そうだよ。久々にこんな姿を見せたか?」
「いろんな意味で久々だよねぇ。で、やっぱり師匠は強かったかい?」
気さくに会話を続けているが、ヴァンが呪いを起動させないかヒヤヒヤしていた2人も、思った反応とは違って拍子抜けする。
「まぁでも、昔と違って権能を使わせるくらいまでは成長したんだ。そんな落ち込むことは無いだろ?」
「そうだな。次はもっと師匠を本気にさせてやろう」
レルベアの言葉に、徐々に元気が出てきたヴァンに、彼はトドメと言わんばかりに背中を叩く。
「じゃ、飯は気合が入るもん作ってやらないとな!」
「そうだな。頼んだぞ」
すっかりいつもの調子に戻ったヴァンを見て、2人も感心したようにレルベアを見た。
「何だい、2人してそんな顔して。もしかして、惚れ直したかな?」
得意げに阿呆なことを言い出し、ルナは真顔のまま答えた。
「…いやぁ、手慣れてるな、とだけ。
あと俺は男に興味ないんで勘弁してください」
「そっかぁ。コハクちゃんはどうだい?」
「感心って言うより嫉妬しますよ?」
「そっかぁ…」
コハクにも正直に言われてしまい、流石に少し凹んだ様子を見せるが、今度は復活したヴァンに茶化される。
「そこは適当な口説き文句で誤魔化すんだよ」
「反射でそのアドバイス出るとは、流石百人斬りだの女殺しと名高い金の竜狩りだね!」
「今その不名誉なアダ名出すのやめろ」
「それはごめん」
煽りに煽り返され、ヴァンも看過できずに真顔で答えると、すぐに謝ってくる。
随分と話が脱線していたが、話も一区切りついた所でヴァンが切り替える。
「ところで、コハクとも合流できたし、こちらとしてもちゃんと話を聞きたいんだが」
改めて、今回ここまで来た本題を話され、レルベアも思い出したように手を叩く。
「あぁ! そういえば忘れてたよ!
ルナくんはどっちでもいいけど、ヴァンにはちゃんと話さないといけない話だったね」
「いや、一応俺もちゃんと依頼受けてるんで、そこは話してください」
冷静にルナもツッコミを入れるが、それに対する返答はない。レルベアは改めて今の状況を確認した上で、予定を逆算する。
「でも、ここ任してって言った手前、キリの良い所までやっていいかな? 大体あと―」
時間を考えているレルベアの正面にヴァンが移り、山積みになっている野菜に手を伸ばす。
「1人でやるより、2人でやった方が早い。そうだろう?」
すぐに手伝いを申し出てくれたヴァンに、レルベアは小さく笑う。
「……そうだね! 皆、手伝ってもらえるかな?」
「分かりました」
「そっちの方が早いもんね」
素直に手助けを求めたレルベアに快く了解し、4人は今ある仕事を終わらせようと手を動かし始めた。
仕事を片付け、4人は人気のない食堂に入って、勝手にお茶を用意して一息つく。
「さて、一息ついたし、話をするか」
お茶を啜りながらヴァンが切り出し、はっきりと聞いた。
「単刀直入に聞くが、今回、俺らがコハクを探しに来たのは知っているな? マスターには連絡をしていたようだが、あまりにも突然だぞ。
別に理由なんかは気にしてないが、出掛けるならそれはそれで教えてくれ」
「はい、それは…反省してます」
「よろしい」
改めてコハクから謝罪の言葉を聞き、ヴァンはそれ以上小言を言うことはなく、普段からはあまり想像のつかない、力を抜いた、リラックスした状態で聞いた。
「――で、だ。建前上は理由は聞かないなんて言ったが、こんな所まで来てしまった手前、一応報告書を書く必要がある。
俺の好き勝手に書いていいならそれで済ませるんだが、お前は嫌だろう?」
特に気にはしてないのだが、仕事でここに来てしまったからには、きちんと仕事を果たす義務がある。その為に必要な口裏合わせを提案しているのだ。彼女も、何度かヴァンと仕事をしているため、はっきりは言わないものの、言いたいことは理解した。それでも何を躊躇っているのか、困ったように隣に座るレルベアを見ると、何か察したヴァンが茶化す。
「流石にレルベアの趣味が悪くて師匠に相談しに来た、みたいな阿呆な理由じゃないよな?」
「ヴァン、それは流石に失礼じゃないか?」
「やかましい小児性愛者。元はと言えば、仕事にならないくらい凹んでたお前が元凶だろ」
「おい変なこと言うなよ!」
少し前に気に入らないアダ名を出された意趣返しなのか。容赦なくここに来た理由をバラすと、レルベアも余裕を無くして撤回しようとする。
だが、ヴァンの性格からして、下手に相手を貶すような嘘は吐かないのも彼らは知っている。それを聞いて、気を良くしたコハクがニヤニヤと笑いながらレルベアに聞いた。
「あれぇ? 昨日はヴァンが心配してたから案内ついでに来たって聞いたよ?」
「何カッコつけてんだ。お前が復活しないから、その前の店の開け業務、ルナが全部やってたじゃねぇか」
「…ヴァン、勘弁してくれ」
撤回させようにも、ヴァンはあくまで事実を告げているだけなので、下手に誤魔化せば墓穴を掘ることを理解し、必死に黙らせようとすると、彼も観念して黙ってあげた。
「しょうがねぇな。でも、さっき言ったのは全部事実だからな? ま、俺も魔女が行き先を告げずにどっか行ったって事には心配してたが」
最後にトドメだけ刺してから、彼はレルベアの最低限のフォローをする。なお、隣でルナは爆笑しており、レルベアは恥ずかしそうに机に突っ伏し、撃沈している。
その一方で、すっかり機嫌を良くしたコハクが、レルベアに対して煽るように絡んでおり、ヴァンはそれを黙って見ていた。
―そして一頻りレルベアを弄った所で、ようやく脱線していた話題が戻る。
「で、本題に戻ろうか。今回の件は、何が理由なんだ? 昨日、俺らは軽い食後の運動をしてから寝てたんだが。今日も師匠の相手をしてたしな」
昨日、結局ヴァンとルナは師匠に捕まっていたり、久々の訓練をしていたこともあり、コハク、レルベア共に合流することはなかった。それもあって、今回、レルベアも合わせて話を聞こうとしていたのだと改めて伝えると、コハクは少し悩んだ後、レルベアと目を合わせ、2人で頷いてから申し訳なさそうに答えた。
「――今のところ、竜を追うのを辞めようと思ってるの」
元々、竜狩りの技術を学ぶためにヴァンに弟子入していたコハク。突然の心変わりに対しても、ヴァンは淡々と答えた。
「そうか」
「…それだけ?」
あまりにも薄い反応に対し、コハクもつい聞き返してしまう。ただ、ヴァンの答えは変わらなかった。
「心変わりなんてよくある話だ。特に、竜相手にするとなれば、天秤にかかってるのは常に自分の命のようなものだからな。何があったか言いたくて仕方ないなら別に聞くのだが、そうでなければ別に聞く理由もない。
竜狩りってのは、生半可な覚悟じゃ成り立たない。それが出来ないなら、潔く身を引くのは賢明な判断だ」
感情は込もっていないものの、彼なりの気遣いでもあるのだろう。理由についても細かく聞くことはせず、一切責めることなく、その言葉を受け入れた。その後、ヴァンは言葉を選ぶのに少し悩んでから、ゆっくりと話し出した。
「―ただ、これだけは守ってくれ」
「?」
何事か、と言いたそうな彼女に向け、はっきりと告げた。
「短い間とはいえ、俺が教えた技術は、少なくともここで俺が学んだ、竜を狩るための技術だ。それを悪用しようというのなら、俺はお前を捕らえなければならなくなる。
これは、お前に師事をした俺の責任だ」
どんな理由で彼の下を離れようとも、過去は消えない。ヴァンにとってはオーキスから学んだ、竜狩りの技術を教えたことには変わらず、有事の際にはそれを止める義務がある。
「そして、お前も知ってる通り、そうなれば俺も容赦は出来ない。お前の魔女という性質からその場で殺すことはしないが、道を踏み外そうとするなら、俺たちは魔女の力だけ継承させて、お前を処分しないといけなくなる」
遠回しには言っているが、道を踏み外せば、力を封じた上で、継承先である次世代の魔女を産み落とすまで監禁してから処刑する、ということ。非道であるとは分かっているからこそ、直接伝えることはしないのだろうが、彼女にはきちんと伝わっているようだ。
「…それは、嫌だね。肝に銘じておくよ」
「そうしてくれ」
忠告も終えて、伝えることは伝えたのでヴァンとしてもこれ以上言うことはない。ただ、どこか見透かしたように、彼はレルベアの方を見た。
「さて、俺から本人に伝える話はこのくらいだ。別に、珍しいことでも何でもないし、俺が最後に言ったことさえ守ってくれれば、こちらからも何も言うことはない。
―で、だ。彼氏くんは、何か話したいことがあるか?」
何処か煽るように、わざとらしい呼び方をして聞くと、レルベアも観念して口を開いた。
「…ちゃんと、自分の口で言え、ってことか。
本当に、歳をとって変な圧のかけ方ばっかり覚えてなぁ」
「良くも悪くも、俺らも大人になってるのさ」
ヴァンは厭味ったらしく言い、彼もため息混じりに続ける。
「少なくともヴァンは察してそうだけどさ。今回のコハクの件は、俺との関係が1番の理由だったみたいだよ」
「レルベア兄も遂に見限られた?」
「冗談でも縁起でもないこと言うのは止めような?」
「はい…」
ルナの容赦なさすぎる煽りに、流石に真顔で返し、ルナも真面目に反省する。
話の腰は折られたが、レルベアは1つ咳払いしてから、正直に答えた。
「―コハクはさ、本気で俺との関係を考えてくれてるって話だよ。それでも、この子にもいろんな事情がある。
ヴァンは知ってるだろうから、深くまでは言わないけど、その辺も全部引っくるめて、師匠に相談しに来たってわけさ」




