第5節 6
――翌日。昨日、ルナと訓練していた中庭にて、動きやすい軽装に着替えていたヴァンとオーキスの2人は、ゆったりとした動作で攻守を交代しながら、ウォーミングアップをしていた。
「そういえば師匠、最近教え方変えたんです?」
小突いた手を受け止め、それを握ってオーキスの体を引き込もうとしたところで振りほどかれ、脱出される。一歩引いた所に合わせて踏み込み、肘鉄をみぞおち目掛けて放つが、今度ひ受け止められる。
「どうして?」
こちらの肘を握られる前に体を引き、少し足を絡ませながらもしっかり体勢を整える。
「昨日ルナと訓練してて、少し。
俺は散々叩き込まれた筈なんですが、狩りの技術は教えてないんです?」
昨日感じた違和感。ヴァンもオーキスから身の守り方、いわゆる合気道や護身術の指導は受けていたが、それ以上に相手を壊すための戦闘訓練の方が多かった。以前からルナの指導をしていて気になったのが、基本の動きからして、"殺すため"の戦い方を仕込まれていないように感じた。
一息ついて、再び接近して放たれた突きを片手で受け流し、流れていく腕を掴んだオーキスが距離を詰めて答える。
「そうね。私は、ここの子どもたちにあまり壊す訓練はしないようにしてるわ。でもそれは、ヴァンが来るよりも前からの話よ」
空いた手で、彼女の胸を突き飛ばして距離を離し、腕を掴んだままの手にチョップをして離させる。
「…つまり、俺くらいにしかしてなかったと?」
まさかの答えに、ヴァンは構えを解いて聞き直す。
「そうよ。だって、よく考えてもみなさい。ここにいるのは、良くも悪くも若い男子たちよ。
子どもの遊びで、学んだことを試したりするなんて十分にあり得る。それで、殺しの技術なんて叩き込んだらどうなるわけよ」
「…確かに、危ないですね」
オーキスのまともな返答に、彼も納得し、1つ、疑問に感じたことを口に出す前に、オーキスが迫っていた。
「雑談もいいけど、今は訓練に集中しなさい」
少し、スピードを上げて放たれた突きに対し、手首を掴んで受け止めようとしたところで、手を止められ、オーキスの姿が消える―ではなく、身体を屈めて、ヴァンの足を狙って払ってくる。
不意打ち気味のスピードアップに対しても、ヴァンは狼狽えずに後ろに跳んで退く。
しっかりと地面に着地し、彼は距離を詰めながらも、暢気に応じる。
「まだウォーミングアップでしょう? そんなに目くじら立てないでくださいよ」
言葉とは裏腹に、暖まってきたのか、ヴァンの蹴りがオーキスの頭を掠め、風を切る。その隙を狙おうと、オーキスが身体を起こした時には、ヴァンは既に追撃の準備をしていた。蹴った勢いまま、身体をひねり、拳を握りしめている。
溜めた力を解き放つように振り下ろされた拳に、オーキスは寸前で回避に間に合う。
「流石師匠。あれもかわされるか。
見せた覚えはないんだが」
「アナタね…ちょっと殺意混ざってない!?」
一瞬、本気で感じた殺気を指摘するも、彼は飄々としている。
「昨日、同僚との組み手でー、とか言ってましたから。実際の訓練くらいでやってやらないと、師匠に申し訳ないかな、と思いまして」
表面上は笑っているが、その目は一切笑っていない。怒るほどではないが、自分の訓練というより、シルの実力さえ疑われたのは、彼の琴線に触れたのだろう。ここまでやって、軽くあしらわれていた事を、この訓練で教えようとしているのだ。
そんなヴァンの意図を読み取ったのか、彼女も少し真面目な顔になる。
「しょうがないわねぇ。それなら、その同僚との訓練の成果、ここで見せてみなさい」
その言葉で、師匠もやる気になった事にヴァンも気付き、張り付いていた笑顔が消える。
「それは、もうウォーミングアップは不要ということでよろしいですか?」
「勿論よ。16年、外で鍛えてきた成果を見せなさい」
その言葉を待っていたと言いたそうに、嬉しそうにヴァンは構え直す。
ほぼノーモーションで駆け出して飛び上がり、落下する勢いも乗せた鞭のような蹴りが迫ってくる。露骨なまでにオーバーに繰り出された蹴りは、当てるつもりは無いのだろう。オーキスが避け、その隙を狙おうとする前に、彼はそのまま着地し、着地した足を軸に、ブレることなく回転しながら力を溜め―力を溜め込んだバネのように、解放した力を乗せた蹴りがオーキスに向けて放たれる。
流石にそれを真正面から受け止めるわけにはいかず、素直に後方へと前転してかわす。そしてすぐに立ち上がった時には、ヴァンは接近しており、彼女の細い身体に向け、拳を構えている。
オーキスもこれならば受け止められると判断し、迎撃の準備をするが、それはフェイント。手を止め、前へと進む勢いのまま上段蹴りが放たれる。ただ、オーキスもそんな引っかけに騙されているばかりではない。
その重い蹴りを両手で受け止め、密着した状態で、とても狙いやすい位置にある急所、要は金的目掛けて蹴りを放つが、それと同時に掴まれた足を蹴り上げて振りほどきながら、バク転して距離を離す。
再び、2人は距離を離したところで一息つく。
「それなりにやるようになったじゃない」
「失望されてなくてよかったですよ」
褒め言葉に対し、ヴァンは皮肉で返し、オーキスは小さく笑う。
「本当に、無駄な時間を過ごしてきた訳じゃなくて嬉しいわよ」
聞こえないように彼女は呟き、聞き返す間も与えずに今度は彼女から攻めていく。
一気に距離を詰め、真正面から攻めに行くと見せかけたところで横へと移動し、死角へと移る。ヴァンもそれに対して視点を切り替える―事はなく、視界ではなくその他五感に頼って、彼女の位置を突き止めようとしていた。それに対して困惑も感心もなく、彼女は僅かな音で彼へと接近していくが、その音を頼りに反応した所、更にフェイントをかけて、もう一歩ズレた死角へと移動した上で襲いかかるが、それをも予測したヴァンは的確に彼女の姿を捉えて渾身の一撃を受け止める。
流石にそれまで受け止められてしまい、彼女も諦めて構えを解いた。
「――ここで止めね。お互い、"人間として"こうも拮抗されちゃ、有効打が出るまで時間だけが過ぎていくわ」
「―、そうですね」
これはお互い、魔力や呪いの補助のない戦い。その状態でこの戦いを続けても、拮抗している状態では時間だけが消耗し、集中の切れた方に有効打が決まるだけだろう。それはあまりにも不毛であるし、実戦ではこの状態での戦い方だけでは成り立たない。―というのは建前で、このまま体力勝負となれば、ヴァンに分があるのは明らか。師匠のメンツのためにも、こんな事で負けるわけにはない、彼女なりの意地でもあった。
ヴァンもこのままやれば、スタミナの差で勝てるだろうとは思いつつも、その勝利は何の意味がないので、素直にそれに従うことにした。
そのまま中庭にあるベンチでお互いに休息を取り、体力も回復したところでオーキスが提案した。
「基礎は思ったよりも出来上がってるし、心配はいらなそうね。体幹訓練もちゃんとやってたみたいで嬉しいよ。
だから、改めて指輪を着けた上での空中訓練でもやろうか」
「…分かりました。それで、指輪はいくつ使いますか?」
実戦訓練へと移ると言われ、ヴァンも聞くと、オーキスは少し悩んでから答える。
「フル装備で行こうか。余剰魔力の使い方とか、風の斬撃がどこまで使いこなせるようになったかも見たいし」
「はい」
2人はそこで休憩は終わりと言わんばかりに立ち上がり、オーキスの部屋にて戦闘の準備を整えることにした。
―シャバルガンの外。上空にて、いつもの薄着に兜、右手に竜狩りの角と魔女の指輪、左手に竜狩りの爪の装備に戻ったヴァンに対し、変わらず薄着だが、ヴァンと同じく右手に角、左手に爪、首から複数の指輪を括りつけた首飾りを下げたオーキスが、それぞれの作った足場の上に立っていた。
「生きている内に、こうやって弟子と稽古する時が来るなんて、思わなかったわね」
「子どものときは、指導だけでしたからね」
しみじみと呟くオーキスに向け、ヴァンは淡々と答え、彼女も構える。
「そうね。だからと言って、手は抜かないわよ。
これも、大事な訓練だからね」
「えぇ、お願いします」
ヴァンも構えたところで、合図もなく2人は空へと駆け出した。
先にヴァンが前方に角を飛ばし、足場に引っ掛け、それを巻き取って一気に距離を詰める。そのまま右手に風を纏わせ、速攻で勝負を決めるため、爪を構える。それに対し、オーキスは上方に角を飛ばし、高い位置からヴァンの動きを観察しようとしていた。ただ、ヴァンもそれを見ているだけではない。空を駆けながら足場を作り出し、上空へと逃げていくオーキスを追いかけていく。
そして、彼女との距離を詰めたところで、大きく振りかぶっていた爪を横に薙ぎ払う形で振るい、それと共に放たれた真空波が無情にオーキスへと向かっていく。それに対し、彼女は爪を振るってその真空波を引き裂き、右手を掲げると、指先から火球が生み出される。
「―言うまでもなく、竜を想定した訓練よ。多少無法なのは許してね?」
今更、彼女はそんな事を言い放ち、空中で無防備な姿を曝け出しているヴァンに向けて火球を投げつけた。
ヴァンもそれは承知の上のようだ。襲いかかってくる火球に対して、彼は指輪の力を使い、周囲に暴風を巻き起こし、風の力で火球を打ち消した。
その間にも彼は足場へと着地し、オーキスを見据えて、人間離れした脚力で飛び跳ねる。
竜を想定した訓練であれば、それに合った戦い方を、ヴァンはオーキスの機動力を削ぎに向かう。一気に距離を詰め、足を狙って爪を構える。それを感じ取り、彼女も逃げるように跳んで行く。
ヴァンも追いかけていくが、その視線は彼女だけではなく、その周囲にもしっかり向けられており、その追跡を嫌って放たれた竜巻をいち早く察知し、その風を利用して、推進力に変えて飛び上がる。
「そんな事もできるようになったのねぇ!!」
ヴァンの応用を見て、彼女も嬉しそうに声を上げ、空を駆ける彼の下へと向かっていく。
お互いに接近した状態で、放たれるのは斬撃。風を利用した、竜の鱗さえも斬り裂く一撃は、お互いの身体を掠めた程度で、服は切れたものの、有効打にはなり得ない。殺意がないわけではなかったが、お互いに適切な回避を出来た結果だろう。
結果として、通り過ぎてしまったので、背を向けた状態で互いに作り出した足場へと着地し、振り返ったところで、オーキスが嬉しそうに話した。
「随分と応用も効くようになったのねぇ。師匠としても嬉しい限りよ」
「…このくらい出来ないと、竜どころか、翼竜相手にすら勝てませんから」
謙遜するわけではなく、ただ事実を述べるだけのヴァン。構えも解いておらず、戦意は失っていないようだ。
「本当に、成長したのねぇ。伊達に、黒竜相手に生き延びただけはあるわ」
「それは誇るべきことですかね?」
意識せず呟いた黒竜の話題に、ヴァンは少し不機嫌そうに聞くが、彼女は悪びれずに答える。
「あの災厄相手に真正面から戦って生き延びてるだけで御の字よ。あの竜1匹に、いくつの村を滅ぼされてると思ってるの」
「…それで、友人も失ったのですか?」
ふと、少し前にケイに聞いたことを呟いた途端、オーキスの顔から笑顔が消える。
「――その話、誰から聞いたの?」
「…いえ、何も、言ってませんよ」
流石に危険を感じ、咄嗟に誤魔化すが、誤魔化しきれなかった。しかし、彼女は呆れたように断言する。
「それを知ってるのなんて、プラナかケイくらいよ。プラナが言うわけないんだから…出処はケイね。全く、あの子の口の軽さにも困ったものだわ」
何とか先ほどの話も誤魔化せたと思い、彼は再び構えた所で、彼女は笑ってない笑顔で続けた。
「でも、アナタがそれを知ったのは別の問題だわ。ちょっと、本気でお仕置きが必要みたいね」
普通の人間で視認できるほどの、膨大な魔力が彼女の周囲に浮かび出す。流石に本気の呪い込みでも負けそうな魔力を感じるも、それはそれで1種の訓練と割り切り、ヴァンは半ば絶望しながらも彼女に向かっていくことにした。




