第5節 5
――無事に時間までに夕食の準備を終えたヴァンたちは、一緒の席で食事を済ませる。
誰かが師匠も呼んできたようで、ヴァンとの向かいにはよりによって師匠が座ることとなっていた。
「こうやって、食卓を囲むのも久々ねぇ」
「そうですね」
オーキスは感慨深く呟くも、ヴァンは少し気まずそうにしている。それも分かってはいるのだろうが、彼女は特に気にした様子もなく、話を続ける。
「それで、随分と外では暴れてたみたいじゃない。噂には聞いていたけど、想像以上だったわ」
「まぁ、色付きの竜狩りになれるくらいにはやってきましたからね」
彼女としてはきっと、外に出てからもかなりの頻度で呪いを起動していたことについての言及てまはあるのだよう。それも分かってはいるが、ヴァンは敢えてはぐらかした。
「無理にとは言わないけど、呪いを使わない選択肢も用意しなさいよね。いつか、戻れなくなるわよ」
「……それは、重々承知している」
呪いに飲まれ、自我を完全に失う。それこそ、少し前にあった黒竜戦の結果であり、ここで話した所で恩着せがましくなってしまうと判断したのだろう。あの時、ヴァンを助けていたことには触れずに、遠回しに伝えられる。
「ただ、竜を狩るには魔女の力だけじゃない足りない。この"呪い"も使っていかなきゃ、奴の首にまで爪は届かない。それも事実だろう」
呪いによって魔女の指輪を強化した状態であっても、敗北した事実は消えない。他の竜族と違い、あの黒竜はそれほどまでに規格外なのだ。
奴に与えられた呪いを使わない選択肢があれば、それに越したことはないが、呪いの性質―竜と相対した時点で起動することから、不可能に近い。
「だから、今は基礎をやり直してるの?」
オーキスの問いかけに、ヴァンは頷いた。
「意識がなくても、動ける程度には改めて身体に戦い方を叩き込む必要はある。それに、ちょうど組み手相手に化け物じみた奴がいるからな。下手な翼竜とかの大型獣で訓練するより、よっぽど危険だ」
呪いに、感情に意識が奪われた際でも、身につけた技術は自然と身体に出てくる。今までもその傾向には理解していたからこその訓練である。
「その割には、その組み手相手にまともな一撃与えられてないじゃない」
「それだけは弁解させてくれ。こちらの攻撃全部先読みして動いてくる化け物相手なんだ。
ある程度善戦するのも結構キツいんだぞ」
指輪が見てきた記憶を読まれているため、あくまで彼女の知る光景は、第三者の視点である。シル相手に一方的にやられている光景しかないこともあり、痛いところを突かれるが、相手が規格外であることは分かってほしい。
ヴァンのその訴えに対して、彼女はふーん、と軽い反応を返して、話を続ける。
「私としては、真っ先に頼ってくれないのは気に入らないけど、ヴァンのやり方に任せるわ。
でも、そのやり方はあくまで人間相手に限るし、限界があるのは分かってるんじゃない?」
「……、分かってるよ」
シルがいくら人間離れしていても、身体のサイズからして、竜を想定した訓練としてはどうしても限界がある。
それは十分に分かっているが、彼との訓練はこちらの動きを先読みされている前提で動く必要があり、反射的に対応することを求められているため、実際に竜と対面した場合、意識のない状態を考えれば、効果的な訓練でもある。
彼も理由があって、シルとの訓練を続けているとは言え、この先来るであろう限界が来た時のことも考えていかないといけない。
その考えまでオーキスも理解はしているのだろう。だからこそ、伝えた。
「訓練が必要なら、こちらを頼ってもいいのよ? ヴァンは分かってると思ってるけど、黒竜の討伐はアナタだけじゃなく、私の悲願でもあるのだから。
その為に、私も技術と装備を継がせたのよ?」
「えぇ、分かっています」
詳しくは知らないが、過去にはオーキスもヴァンと同様に黒竜を追っていた。その過程で拾った子どもがヴァンであり、彼に掛けられた呪いもあって、黒竜の討伐をヴァンが託され、引き継いだのだ。その背景もあるからこそ、ヴァンはオーキス、黒の竜狩りの後継者とも呼ばれている。
ここまで話した所で、あまりこの場で説教を続けられるのも、空気を悪くするだけだと思い、ヴァンも話の流れを切り替える。
「ところで師匠。希少取引所のケイと交流があると聞きましたが」
「……それ、今聞く?」
彼女としても、あまり聞かれたくなかった話なのか、露骨に嫌そうな顔をするが、今更ではないのだろうか。
「他の子どもたちも話してたので、隠してるような内容ではなかったと思いましたが。何か都合の悪いことが?」
嫌そうな彼女に対し、敢えて不思議そうに聞くヴァン。彼女の反応からして、ケイとの繋がりを知られたくないというより、それ以外に理由があるのではないかと勘繰る。
「別に、あの子がここに来てるのは隠してないし、構わないけど…何を聞きたいの?」
明らかに何か聞かれないように牽制しているような態度に、ヴァンも何かを察して、当たり障りのない内容に切り替える。
「…いえ。彼女には世話になっていますが、師匠との繋がりもあると聞いて、実際はどうなのかなと思っただけです」
「―あ、あぁ。確かにあの子とは色々物資とかの取引をしてるから、交流はあるわ。
本当に、それくらいよ?」
誤魔化すようにまくし立てるオーキスに、ヴァンは探りを入れるか悩むが、下手に突っ込んで、ここの空気を悪くするのはあまり得策とは言えない。色々落ち着いた時に、改めて聞けば良いだろう。
「そうですか。俺の話もそれなりにしてたみたいですが、あまり変なこと吹き込まないでくださいね」
それ以上の追求は止めて、話を切り上げたところで、彼女はホッとしたような反応をしていたのを見逃さなかったが、そのままスルーした。
「それで話は戻しますが、1つ、聞かせてもらってもよろしいですか?」
「どうしたの?」
話を戻す、と言われてオーキスも何の話をしていたか忘れているように聞いてくる。今度はヴァンも真っすぐ彼女を見て聞いた。
「仮に、貴方が俺の訓練をするとなれば、どのような内容にしますか?」
竜を狩るために、今は再度鍛えなおしている。それに対して、オーキスであれば、どのような鍛え方をするかと真っすぐ聞かれ、彼女は考えはじめた。
「…ちょっと意外だったから、パッとは出てこないわね」
「いえ、急な質問で申し訳ない。ただ、今までの訓練も改めて考えれば、仲間に頼った鍛え方だったので、1人でやる場合の訓練と言われると少し考えが出なかったもので」
ヴァンはこの質問の意図と本心をはっきりと伝える。単純に訓練と言えど、魔女であるオーキスと呪われたヴァンでは、背景が全く異なる。それに合わせた訓練も必要であり、彼女は食事の手を止めて考えを巡らせるが、すぐには出てこない。
「―悪いわね、少し、答えは保留させてもらえるかしら?」
ヴァンが求めているのは、単純なパワーアップではないのはよく分かっている。あくまで、自分の力で竜へと近付くための方法を探しているため、その為の助言であれば問題ないという判断なのだろう。
ただ、オーキス自身もその答えは出てこず、今回ではその答えは保留された。それに対し、ヴァンは淡々と答える。
「そうですか。こちらでも、考えてみますね」
人によっては、失望されたと思いかねないが、彼の感情面への教育をしたのはオーキス自身だ。その言葉には何の感情はなく、受け取ったままの意味で答えているのは分かっている。
「とりあえずは、基礎をしっかりしていきなさい。どんな応用においても、基礎が出来てないと何の意味がないわよ」
「承知しました」
当然ではあるが、尤もな指摘を受け、ヴァンも反論することなく受け止める。手慣れているからこそ、妙な癖が付いていないか、確認するのも重要なのは本人も理解しているのだろう。素直な答えに、彼女も改めて提案する。
「そうね。明日もいるつもりなのでしょう? 改めて、こっちでも見てあげるわ。こっちも予定は空けられるからね」
「それは助かります」
こちらを真っ直ぐ見て、ヴァンは頭を小さく下げる。そこで、彼女も食事を再開した。
「じゃあ、明日に備えてちゃんと食べて、休んでおくのよ?」
「分かりました」
食事を終え、コハクとレルベアはいつの間にか何処かに消えていたので、特に探すこともなく、ヴァンとルナの2人はシャバルガン内にある、中庭に向かう。
「じゃあ、話していた通り、久々に組み手でもやるか」
「お願いします」
ヴァンもルナと行動するのは数週間振りであり、その間は基本的にスピネ、もとい教官に任せきりだった。それもあったので、彼女から受けていた訓練の確認も含めての組み手。ただ、普段行なっている魔女協会の訓練場にあるリングとは違い、野次馬はいるものの、広い中庭での戦いとなる。それはつまり、普段よりもスペースを使って立ち回れるため、より野外での戦闘訓練に近い形となる。更に言えば、クロスボウなどの飛び道具まで装備した上で訓練したほうが好ましいが、訓練用のボルトは持ってきていない。余計な怪我をしないためにも、飛び道具はなしでの訓練となった。当然、ヴァンも指輪は全て師匠に預けてしまったので、竜狩りの装備は着けていない。
2人は準備運動を終え、赤い月に照らされる中庭で距離を離して向き合う。
「じゃあ、合図はこれでいいな?」
ヴァンの手には石が握られており、こちらが落ちたタイミングで開始ということだろう。ルナが静かに頷くと、ヴァンもいくぞー、と呑気な掛け声と共に石を投げ―その石が地面にぶつかったと同時に、弾丸のように駆け出した。
20mほどはある距離を一気に詰め、準備はしていたものの、少しだけ油断していたルナへと襲いかかる。
身長の分、長いリーチを活かして、ルナの腕よりも長い脚が真っ直ぐ、踏みつけるように胸めがけて飛んでくる。それに対し、咄嗟に横に避け、反撃を狙うも、その時には文字通り地面を踏みつけており、既に体勢は整っている。
横向きとなり、こちらを見ていたヴァンは、ルナと目を合わして怒鳴るように指摘した。
「避ける時は、敵の背後に回る癖を付けろ!
それなりに力には自信も出て来てるだろうが、お前の体はまだ発展途上だ! 腕っぷしで敵う前提は捨てろ!」
卑怯と言われようが、勝者が正義なのだ。訓練であっても、それが出来なければ実戦で出来るわけがない。気遣いをしているならば、それを捨てろと暗に彼は伝え、再び距離を離して引き直しているルナを向く。
再び向かってくるヴァンの動きを見て、次の一手を予測しようとするが、ヴァンの間合いに入っても、視線や、筋肉の動きといった、予兆が見えない。判断に遅れ、対処がもたついた隙を見て、ヴァンが構えなしで、腕を突きだした、その肩を掴む。呆然としていたルナの肩を不意打ち気味に軽く揺さぶってから、追加での指導を加える。
「その辺の荒くれ者なら、武術としての訓練をしてる奴は少ない。よく観察しろと俺も言った気がするが、観察し過ぎはよくない。
場馴れしてる奴は、今やったみたいに、ノータイムで腕や足を伸ばせる奴もいる。お互いの間合いは、事前に与えられている情報なのだから、判断を誤るなよ」
「……はい、」
怪我をさせるつもりはないが、簡単に捕まえられたことに、ルナは悔しそうに唇を尖らせながらも、その指導を素直に聞き入れた。
―ルナは、魔女協会の魔女の騎士団に志願した。それは、この中でもそれなりに腕の立つ部類ではあったのだろう。だが、ヴァンとの組み手で文字通り子ども扱いされて対処されていく姿を見て、野次馬の子どもたちも言葉を失っていた。
ヴァンはそんな事はお構いなしに、この数週間、シル相手に心がけていたことを全部伝えるつもりで彼に指導を行なっていた。




