第5節 3
とても長いトンネルを通り抜け、指輪も返してもらったヴァンとその一行は、懐かしいドーム状の大きな建物が建つ、小さな集落の端にある森の中にいた。
「…久々に戻ってきたが、今も変わらんな、ここは」
しみじみと放ったその言葉に、2人は今更ながら疑問をぶつける。
「ヴァン兄、本当に帰ってなかったの? 確かに、俺は会ったことなかったけどさ」
「魔女協会に、年に1回は顔を見せるように、催促の伝言が何回も飛ばしてるって聞いたけど?」
純粋な疑問の視線が刺さるが、ヴァンは嫌そうに先行して歩き出す。
「俺には俺の都合ってのがあるんだよ」
「嘘だね。大方、師匠を見返すために1人の力で黒竜を狩れたら顔を出すつもりだったんだろう」
完全に見透かされたレルベアの言葉に、珍しくヴァンは狼狽えながら言い返す。
「見返すなんて、しょうもねぇ理由じゃねぇよ。1人で狩るくらいじゃねぇと、俺に竜狩りの装備を託してくれた師匠に顔向けできな――」
つい、いつものノリで口が滑ってしまったことに途中で気が付き、振り返って笑いをこらえている2人に詰め寄る。
「おい、今聞いたことは他言無用だ。命が惜しくなかったら、余計なこと喋るなよ」
ヴァンが言うからには、本当に殺しに来そうなモノなのだが、レルベアは一切臆さずに煽ってくる。
「そんな怖い顔すんなよ、折角の美形な顔が台無しだぞ」
「隠してるのに俺の顔が見えるわけねぇだろ」
尤もな反論を食らうも、レルベアは軽い笑顔で返した。
「そんなコトないさ。お前の感情なんか、声と反応見れば大体分かる。何年の付き合いだと思ってるんだよ」
「……それは、感謝してる」
レルベアの言葉に、今まで、何度も気を使って貰ったことを思い出し、落ち着いた状態で礼を告げる。流石の豹変に彼も驚いたようで、苦笑した。
「…なんかお前、少し変わったよな」
「どういう意味だ?」
違和感を感じたヴァンが聞き返すと、彼は首を横に振った。
「…独り言だ。さぁ、早く進もうか。このままでは日が暮れてしまう!」
一転、普段の調子に戻ったレルベアが声を上げ、2人もその言葉に異を唱えず、気を取り直して歩き始める。
そして森を抜け、大きなドームが間近に見えてきた所で、こちらに近付いてくる人影に気が付いた。
それは、数人の少年と、1人の大人の女性。大人びた、身体のライン見える真っ白なシャツに、動きやすそうなタイトパンツ。短い黒髪を揺らして近づいてくるのは、10年以上会っていないにも関わらず、変わらない姿の黒の竜狩り、もといオーキスだった。
少し距離を離した所で、お互いに足を止めて、数秒の沈黙が流れる。そして、沈黙を破ったのはヴァンの方だった。
「お久しぶりです、師匠。
ただいま、戻りました」
不本意ではあるが、戻ってきたことは事実。必要な挨拶から始めたヴァンに向け、真顔でじっと見ていた彼女は、表情を和らげる。
「お帰りなさい、ヴァルハルト。随分と、長いお出かけだったわね?」
その言葉に他意はない。強いて言うなら、幾度と無く送ってきた、帰還の催促を無視されてきた恨みが混じってるくらいだろうか。それを感じてはいるものの、ヴァンはそれをスルーしつつ答える。
「えぇ、王都での暮らしが楽しかったもので」
「それは良かったわ。―挨拶はこんなものでいいわね。
それで、レルベアとルナトリアまで帰ってきて、今日の要件は何かしら? その2人がいるってことは、ヴァンの用事じゃないのでしょう?」
久々に戻ってきてはいたが、ヴァンが1人で戻ってこないことに、違和感があるのも事実なのだろう。本人の要件ではなく、別件で来ていることを見透かした上で、彼女が聞き直した。
それに対し、レルベアが一歩前に出て静かに答えた。
「コハクという魔女が、来ていると聞いたのですが」
コハク、その名前を聞いて彼女は途端に嬉しそうに駆け寄ってきた。なお、ヴァンは接近に気が付いたと同時にその場から離れている。
「コハクちゃんのこと知ってるってことは、もしかして、あの子の相手ってレルベアなの!!??」
「え、えぇ…」
突然興奮して近寄ってきたこともあり、レルベアも若干引き気味に頷く。確認を取ったところで、彼女はとても嬉しそうに話し出した。
「嬉しいわねぇ! こうしてここを開いて大分経つけど、女の子を連れてきたのは久々よ」
「それで、あの子はまだ居ます?」
正直なところ、師匠のことはどうでもよく、コハクについて聞いてみると、すんなり答えてくれた。
「まだこっちに居るわよ。わざわざこっちに来るまで気にしてるなんて、幸せ者ねぇ。一緒に行きましょう」
見た目こそ二十代後半ではあるが、その言葉は完全に年寄りのよう。ヴァンたちもツッコミを入れるか悩んだものの、下手に機嫌を損ねると面倒なので、何も言わずに着いていくことにした。
ただ、歩いている途中、何も喋らないのと退屈なので、彼女に付き添う少年たちに声をかける。
「チビスケ。名前は?
俺はヴァルハルト。ヴァンでいい」
兜を外し、たまたま目についた、一行の中でもとりわけ若そうな少年の横に並んでから声をかけると、数秒驚くも、素直に返してくれた。
「あ、えぇと…ライ、です」
「そうか、よろしくな、ライ。
随分若いが、ここに来て間もないのか?」
簡単な質問に、彼も隠す理由もないので快く応じてくれる。
「えと、4月齢くらい前から…」
「じゃあ、来てしばらくした感じか。ここの暮らしも少しは慣れたか?」
「…それなりには?」
ここに連れてこられた子供たちは、その多くが何かしらの形で身寄りを無くしている。慣れるも何も、慣れるしかないのだ。それも分かった上で、ヴァンは表面上だけでも笑顔を作る。
「―そうだな。慣れてくしかない。でも、だからってあまり遠慮は要らないぞ。ここの連中は、大体経緯は違えど、来た理由は大体一緒だ。
俺も、レルベアも、皆同じだ。だから、先輩には目一杯頼れ。コイツラも、同じ道を通ってきたんだからな。無下にするようなことはしないだろう」
子どもに、この言葉の意味をすべて理解はできないだろう。だが、見ても分かるくらいに周囲の隔たりがある子どもの緊張をほぐすには、大人が出しゃばるしかない。周囲の子どもたちは、何が言いたいか分かっていたようで、静かに頷いている。ライはそれに気付いていないものの、その言葉の真偽を確かめるように、ヴァンの顔をじっと見てくる。その視線に耐えきれず、ヴァンは笑顔を崩して困ったように言った。
「―悪いが、俺は色々あって笑えないんだ。そんな見つめられると流石にキツい」
呪いの影響もあり、ヴァンも下手に感情を乗せて表情を変えられない。それを見透かされているのは分かっているものの、その期待に応えられない理由があると告げると、ライも申し訳なさそうに目を逸らした。
「あ、ごめんなさい…」
「構わん。…それで、周りの連中も何か聞きたそうだな?」
ようやく、周囲の興味の視線に意識を向けたヴァンが聞くと、気付かれていたとは思っていなかったようだが、指摘されたのをきっかけに全員がヴァンの周りに近寄ってくる。そのままの勢いで、そのうちの1人が遠慮がちに聞いてきた。
「ヴァン兄って、金の竜狩りのヴァンでいいの?」
「あぁ、その通りだ。俺も、ここの出身だからな。師匠から、戦い方も何もかも教えてもらった」
質問に答えつつ、敢えてオーキスから師事をしてもらっていたことを告げると、少し離れた所でオーキスがさりげなく胸を張ってアピールしていたが、子供たちは誰も見ていない。
実際のところ、オーキス自身も王都では相当名の知れた、どころか伝説レベルの竜狩りなのだが、如何せんそのだらしなさすぎるプライベートを知ってるからこそ、ヴァンがさり気なく持ち上げてあげても、子供たちの興味は引けないのだろう。その反応を見てしれっと落ち込んでいるオーキスをレルベアとルナの2人が必死で慰めるという介護現場が出来上がっているが、少年たちは一切気に留めていない。
「こんなのおかしいわよ!」
「日頃の行いってやつは怖いですね…」
やけくそ気味に叫ぶオーキスに対し、レルベアが冷たく切り捨て、更に愚図りだしてしまうも後の祭り。
興味津々の子どもたちに囲まれるヴァンと成長した2人に介護される彼らの師匠という何とも言えない対比になりながら、彼らはドームへと向かっていく。
そして、集落の中心、というより集落そのものである巨大なドームにヴァンは声を漏らす。
「久々に見ても、デカいな。ここは」
最後に見たのは、10代前半の時。今となっては15年以上経過して、あの時よりも身体も大きくなったはずだが、直径10kmはゆうにありそうな巨大な施設は、未だに巨大に見える。
感慨深く呟くヴァンを置いて、オーキスは一足先にドームの入り口を開き、中に入ったかと思った矢先、こちらを向いてきた。
「―色々、順序はすっ飛ばしてたけど、これは言わないとだからね。
――お帰りなさい」
オーキスの言葉で現実世界に戻されたヴァンは、目を丸くしてその言葉を受け止めてから、ほんの少しだけ口角を上げて、口元を綻ばせた。
「改めて、ただいま、師匠。
不本意ながら、金の竜狩り、いや、ヴァルハルトが今戻った」
「ん、色々言いたいことはあるけど、帰ってきてくれたから許してあげる」
そう話しながら、2人は再会を祝して軽いハグをしてから離れる。再開の挨拶を交わしたあと、オーキスはその後ろにいたルナとレルベアを見る。
「2人はそこまで久々じゃないけど、お帰りなさい。ハグする?」
「ただいま戻りました。…俺は遠慮しときます」
「こちらも、1年ぶりに戻りました。ルナと同じく、今回は遠慮しときますね」
2人は丁寧に断り、むくれている師匠をスルーして少年たちと一緒にドームの中へ入っていく。遅れて中に入っていくヴァンが、その肩をぽん、と叩いた。
「日頃の行いってやつだ」
「3人して喧嘩売ってるのかなぁ!?」
仮にも、幼い時から彼らを引き取り、育ててきた、育ての親に近い存在なのだが、あまりにも人望がなさ過ぎる。戻ってきた子どもたちに立て続けにそれを伝えられ、キレ気味になるも、ヴァンはそれを宥める。
「親の心、子知らずって言葉が出来るくらいには、伝わらないもんだよ」
「…ホント、年食った分、捻くれた言い方できるようになったわね」
ヴァンの受け答えに感心しつつ、いつの間にか機嫌を直していた彼女が答える。それに対し、彼も乾いた笑いを漏らす。
「俺も、随分と世間に揉まれたからな。
話を聞くか?」
「構わないわよ。ヴァンの話なら、預けた指輪たちから聞くからね」
「そうか」
はい、と差し出された手に、ヴァンは右手の指輪を全て外して彼女に返す。それを受け取った彼女は少し上機嫌に鼻歌交じりに伝えた。
「色々楽しみね。こっちは部屋でゆっくりしてるから、久々の故郷を回ってきたらどうかしら?」
オーキスにそう言われて前を向くと、既に仲間たちの背中は遠くなりつつある。
「…そうさせてもらうよ」
ヴァンは駆け出しながらそう言って、ドームの中へと入っていった。




