第5節 1
この王国の東に位置する、小さな集落。
そこには、1人の魔女が作り上げた、楽園があると言われている。ただ、その楽園とは魔女にとっての楽園なだけであり、そこに連れて来られた年端もいかない少年たちは、最初は楽園だと感じるも、時間の経過とともに自然と去っていき、2度と帰ってくることはない。
そんな、少年たちの地獄に、2人の大人と1人の少年が一緒に向かっていた。
「――おいレルベア。今からでもいいから考え直さないか?」
「おいおいヴァン、ここまで来たらもう諦めろよ」
「そうだよヴァン兄。俺だってこんな早くここに戻ってくるとは思ってなかったけど、もう諦めたぞ」
その集落―別名、シャバルガンへと訪れていた3人―金の竜狩りこと、ヴァンもといヴァルハルト。ヴァンに師事をしてもらっているルナトリア。そして、ヴァンと特に仲の良い、王都の食堂を経営しているレルベア。
いずれも、このシャバルガンを第2の故郷としている3人である。
こんな事になった経緯は、あの黒竜の敗北から2ヶ月が経過した頃。今日はルナと一緒に指導ついでに依頼をこなし、報酬を分け合ってからいつものルーティンになりつつあるレルベアの所に飯を食べに来た時のこと。
いつも通り、混みだす前に早めに店に入り、飯ついでに仕事の手伝いでもしに来た2人を、いつもならすぐに出迎えてくれるレルベアが来ない。流石に不審に思った2人が厨房の奥、2階にあるレルベアの居住区に向かうと、珍しく寝込んでいた。
「レルベア、客が来たぞ。さっさと起きろ」
そんな様子はお構いなしにヴァンが部屋へと入り込んでいき、普段から引きずり出そうとするが、ベッドにしがみついて出てこようとしない。
「いや、流石に容赦なさすぎでしょ」
あまりの躊躇のなさにルナも冷静に突っ込んだ所で、レルベアがみっともなく嗚咽している声が聞こえてきた。
「何泣いてんだ、さっさと身体起こして事情を話せ」
相変わらず容赦はないが、話を聞く姿勢を見せているだけあって、彼なりに心配はしているのだろう。彼も付き合いが長いだけあって、譲歩してくれたのを察し、ようやく身体を起こしてこちらを見ると、散々泣き腫らした後なのか、目元は真っ赤になっていた。
「…彼女が、コハクが1週間来ていないんだ…!」
「そうか。聞いて損した。さっさと起きろ。客が来たぞ」
「ヴァン兄さぁ」
女絡み、何なら自分の弟子でもあるコハク絡みのことと聞いて、途端に聞く気が失せたヴァンは、容赦なく引きずって体を起こさせるが、レルベアは立ち上がれないほど憔悴していた。
そこまでやられては、流石にヴァンも良心が痛み、真剣に話を聞いてやることにした。
「……はぁ。で、確かにコハクはしばらく出かけてくるとだけ言って帰ってきてないが、お前には何も言ってないのか?」
―レルベアとコハクは、現在付き合っている。元はといえば、ヴァンが常連客を増やす目的で親しい間柄や、近い人間には全員この店を紹介していてたのだが、コハクを連れてきた時にまさかのレルベアがガチ惚れ。確かに外見年齢こそ15前後なので、この小児性愛者にはどストライクだろうが、ヴァンの知らない間に2人は付き合っていたと聞いたのは、先月の話。いつか、2人で付き合ったきっかけの話を念入りに聞かされた覚えがあるが、興味がなかったので聞き流していた。ただ、あの時気分が良かったおかげもあって、材料の都合で滅多に出さない裏メニューもバンバン出してもらえたのだけは覚えている。
報酬にも少し期待しているのも本音だが、友人がここまで落ち込んでいるのをスルーできるほど彼も外道ではない。
「…ちょっと、遠出してくるとだけ聞いて、それっきりだ」
「ルナ、お前は何か聞いているか?」
レルベアは当てにならないので、ルナにも情報を求めるが、首を横に振る。
「俺もそうだけど、教官とは元々接点ないからな。俺も、ヴァン兄の生徒ってくらいしか接点ないし」
「そうか。それは、面倒なことになったな」
ヴァンはそういうものの、当てがない訳では無い。ただ、今日は飯を遅くするか自炊するしかないくらいの面倒だったのだが、何か勘違いしたレルベアがようやく立ち上がった。
「……それなら、いつまでもしょげてられねぇな。飯くらいなら作れるっていうか、俺にゃ飯くらいしかお前らの手伝いはできねぇんだ。いい時間だから、凝ったもんは作れないが構わないか?」
「それは助かるな。それなら、下で開ける準備くらいは進めといてやるよ」
(……ヴァン兄、こうなるの見越して勿体ぶってたのかな…?)
二人のやり取りを見て、もしかしてここまでの流れ、全部ヴァンの掌の上で踊らせるためだったのではないかと勘繰るルナであった。
だとしても、結果的に話は進んでいるし、ヴァンの素顔は兜に隠れて見えない。
「―ルナ、行くぞ」
「あっはい」
事実がわからないもやもやを抱えながらも、ヴァンに連れられてレルベアの食堂の開店準備に取り掛かる事にした。
そのまま準備をしている間にレルベアが用意してくれた食事を終え、まだ3人しかいない食堂の中で、改めて話を進める。
「ごちそうさま。で、こっちのやることなんただかま、直接魔女協会に問い合わせてみる。お前も知ってる通り、アイツも魔女協会の所属だ。
特に、外回りができる魔女なんて少ないからな。教会側もその行先については確認しているはずだ」
「それは助かるよ。でも、それは確実なのかい?」
コハクが魔女ということは彼もよく知っている。それに対し、ヴァンははっきりとした答えは避ける。
「十中八九、当たると思うが、確実だとは言えない。場合によってはすぐに出発の必要がある可能性もある」
大丈夫ではあると前置いた上で、最悪の状況―誘拐といった可能性もゼロとは言えない。場合によっては覚悟をしてくれと言うものの、相手は普段付き合っているような、覚悟はとうに済んでいる死にたがりではなく、真っ当な一般市民。突然そんな事を言われても覚悟が出来ている訳では無いが、狼狽えることなく、出来るだけ冷静に対応してくれた。
「――そう、だよな。魔女だから、そういう事もあるんだよな」
その反応を見て、ヴァンは大きくため息を吐いた後、立ち上がりつつルナに告げた。
「ルナ、仕事終わりで悪いが、今日はレルベアの付き添いで仕事を手伝ってやれ。俺が確認を済ませてくる」
「了解」
流石にルナも察してやり、文句を言わず、邪魔な鎧を脱ぎつつ2階に着替えに向かっていく。
「…済まないな」
普段のように外面を繕う余裕もないようで、素直に礼を告げると、ヴァンは片手を上げつつ出ていった。
「気にするな。お前と俺の仲だろ。
それに、お前がずっとその調子だとこっちも調子が狂う。さっさと戻れ」
ぶっきらぼうながらも、レルベアを心配しているのは間違いないのだろう。落ち込んでいるのは事実だが、折角心配してくれている親友をあまり困らせるのも、良くはないだろう。
大人として、レルベアば頬をぱん、と叩いて気を取り直して仕事に戻ることにした。
「ヨシ! 仕事すっぞ!!!」
そして、魔女協会に辿り着いたヴァンは、まずは魔女協会に来た依頼を調べるため、2階の受付に向かう。
「――コハクちゃんの行き先?」
「そうだ。先週から居なくなっていたらしく、俺もその話は聞いていなくてな」
受付に単刀直入に、依頼による外出をしていないか、確認してもらう。ヴァンに先週から見ていないということも踏まえて、先週からの依頼について調べてもらっていたが、依頼の方は何も引っ掛かりはしなかったようだ。
「仕事で外には出てないみたい。でも、外出許可は確かに先週出てるみたいだよ。マスターの承認印が全部すっ飛ばして押されてる」
「…おい、それって」
調べたついでに、見知らぬ書類に気づいてくれたお陰で、居ない理由についてすぐに察しが付いた。
「これなら、大体マスターが知ってそうだねぇ」
「……ちょっと、マスターのところ行ってくる。今日は受付だったか?」
「確か受付だね」
そこで話は終わったので、ヴァンは少し疲れた様子で離れようとした所で、呼び止められた。
「ヴァン! ついでに勝手に会長権限で手続きすっ飛ばすの辞めるように言っておいて! まぁ、多分無理だと思うけど!」
受付も、マスターの性格はよく知っているから、すぐに忘れられるのは覚悟の上だが、言っておかないと溜飲が下がらないのもあるのだろう。
ヴァンも苦笑しつつ頷いた。
「まぁ、ちゃんと言っておくよ」
そして、受付に戻った頃には娼館の経営も始まる間際であり、マスターが把握してるのであればコハクも無事だろうし、経営を滞らせてまで確認の必要は感じなかったので、一旦装備を外して食堂に戻ることにした。
レルベアの様子次第では、手伝いも必要だと思い、店の裏口から入って厨房に顔を出すと、すっかり普段通りに楽しそうに料理を作っているレルベアの姿があった。ただ、本調子ではないようで、普段よりも注文が滞っている気がしたので、ヴァンは予備のエプロンを借りて、中に入っていく。
「店長、手が詰まってるみたいだな。手伝いがいるだろう?」
それに反応し、2人はお互いの顔を確認し、レルベアが小さく笑った。
「じゃあ頼もうかな。頼りにしてるよ、ベテランくん!」
「任せておけ」
ここの手伝いなら、文字通り十数年単位の付き合いだ。ベテラン呼びに、彼もにやりと笑って仕事をこなしていくことにした。
―2人の手伝いもあり、その後の客は手際よく回していくことができた。そして残っているのは、いつもレルベア目当てで通っているオジサンたち。新しい客もほとんど来ないこともあり、レルベアもコック帽を外した上で前に出てきて、常連客たちと話している。
その間も、2人は残っている片付けを進めており、洗い物を手分けして片付けながら話していた。
「で、結局どうだった? 普通に戻ってきたって言うなら、多分大丈夫だろうと思ってたけど」
「具体的には、俺も知らん。ただ、マスターが全部の手続きすっ飛ばして直接外出許可を出したみたいで、聞いてみないと何ともいえん」
「なるほどねぇ。…でも、魔女の外出許可ってそんな簡単に出していいものなの?」
ルナも魔女協会に来て、それなりの時間が経過しているからこそ、魔女を守るためにも少し過剰気味なまでに、監視の目から外れることを嫌う傾向があることを知っている。そして、それを決めたのは他ならぬマスター本人であり、マスター当人の自己判断で勝手に段階をすっ飛ばしていいのか、というのも当然の質問ではある。だが、その気まぐれを当たり前のようにやるのがこの協会の長であり、ヴァンも困ったように答える。
「残念だが、それを当然のようにやるのがこの組織の長だ」
「あっ、はい…」
ヴァンにまで諦め気味に言われてしまい、ルナもそうなれば納得するしかない。ただ、マスターがその事を把握しているのであれば、謎の安心感があるのも事実。
「でも、マスターが分かってるなら大丈夫か」
「そうだな。行方不明というわけでもないし、改めてあっちの仕事が落ち着いた時に聞きに行くぞ」
「了解」
そんなことをしている内に、片付けも終わり、仕事も大体一段落だろう。2人も暇になったので、男だらけの会話の輪に混ざりに行くことにした。




