第4節 幕間 中編
ヴァンは周りに適当に合わせつつ、説明を受けて解散するところで、雇い主である外套の男に声をかけた。
「―もし。仕事を受けるに当たって個人的に気になったんだが、アンタが話していた翼竜に乗って、人里近くまで来るのか?」
出来るだけ、世間知らずの若い傭兵を装い、粗暴なフリをして声をかけると、怪訝な反応をされるも、質問自体は真っ当なものだったのでそのまま答えてくれた。
「…まぁ、いいだろう。翼竜は近くに隠れて待機するようにしている。無論、翼竜が人里の近くに接近することがあれば、どうしても騒ぎになるからな」
「そりゃ助かるよ。仕事をするだけして、あとは翼竜の飯にされるなんて勘弁だったからか」
ヴァンはヘラヘラと笑いながら応じ、確認を込めて答える。
「―さて、俺の担当は3日後の拠点だっけな。間違いなくやらせてもらうよ」
彼はそれだけ言って、脱走防止のために元々用意されていた、仮の宿へと向かって歩いていく。
(……さて、どのタイミングで襲撃するのが効率が良いか。少なくとも、今の時点で俺は警戒されたからな)
今の会話、人によっては翼竜のいないタイミングで裏切って、荷物を奪うことを仄めかしていると受け取ってもおかしくない。そして、ヴァンも野心があって、命知らずな若者をイメージして質問をしていた。これだけで、敵の警戒度は上がっている筈だが、それならそれで、敵の精神を削るブラフになっているとも言える。逆に言えば、ヴァンのような者がいるという想定した上で、万全の状態を整えてきているという可能性もあるが、その時はその時だろう。
危険な橋は、いくつも渡ってきた。この程度の相手ができないのならば、黒竜を狩ることなんて夢のまた夢なのだから、恐怖はない。
―宿へと向かうと、自分と同じ担当日の男たちが待機していた。ヴァンは、特に何も言わずに兜を外し、その素顔を見せると、傭兵には似つかわしくない、若く整った顔を見て周囲も興味が出てきたようだ。
「―おい兄ちゃん、アンタ、その若さでこんな仕事してんのかよ?」
むさ苦しい男に絡まれて、無視するか悩んだが、ここで変にこじらせるのも良いことはないので、仕方なく応じることにした。
「……、金が必要なんだ」
「金が必要なだけなら、手っ取り早く稼ぐ方法もあるだろ?」
男たちの視線が、ヴァンの下半身に送られるが、彼は不快感を顕にして武器を構えた。
「――ここで死にたいなら、相手してやるが」
どうせ、こいつらも違法の仕事に手を出している屑には変わりない。王都のゴミ掃除に取り掛かかろうとするヴァンを見て、慌てて弁明する。
「―俺らが買うってわけじゃねぇよ。魔女協会に行きゃ、男娼も雇ってるだて噂じゃねぇか。お前なら、雇ってもらえるだろって話さ」
「……あまり、良いものでもないさ」
そんな事を言われるまでもなく、ヴァンは既に魔女たちに好き放題にされている。その表情を見て、何かを察した男たちは同情の目を向けてくる。
「そうだよな、その顔ならもう食われてるよなぁ…」
「考えたことはないけど、好き嫌い関係なしに勃たせて腰振る必要あるんだろ? よくやってるよ」
「こんな所でも、俺らのほうが年上なんだ、話くらいから聞いてやるぞ」
自分と同じ立場なら、と想像した途端、ヴァンに対して友好的になった男たちに困惑しながらも、ヴァンは小さく笑った。
「……本当に、大丈夫だからな?」
―結局、男たちとは意気投合してしまい、談笑している最中、誰かが唐突に話題を変える。
「―ところでよ、今回の護衛の運ぶ荷物って何か聞いてるか?」
突然投げられた、今回の仕事の詳細。その途端に男たちも一斉に首を傾げてしまう。
「…いや、何も? お前は?」
「俺も知らねぇよ。チビスケは?」
「その言い方やめろ。…まぁ、少し前に調べたから知ってるぞ」
いつの間にか、チビスケと呼ばれ始めてしまったが、身長だけならヴァンが一番大きい。逆にデカスケと言われるのも何だか癪なので、それ以上は追求しなかったが。
それはともかく、一斉に興味の視線が集まるが、ヴァンは実現していたことに気が付く。
「……、本当に聞きたいのか?」
「まぁな。変な仕事なら降りたほうが安全だし」
「同じくだ。俺らも金は欲しいが、憲兵に追っかけられるのはまっぴらだ」
思ったよりきちんとした倫理観があり、ヴァンはそれならこんな仕事を受けるなと言いたい気持ちを抑え、素直に教えてやることにする。
「――今回の荷物は、魔女だ。それに、アイツは外国の国旗が記された外套を着ていたし、外国のスパイか密売人だろう」
魔女、その単語だけではなく、外国の来訪者であると聞き、男たちの目の色が変わる。
「…おいちょっと待て、それバレたら牢屋行きだけじゃ済まねぇだろ!」
「そうだぞ、冗談にしちゃもうちょいマシな嘘つけ」
「…嘘をいう理由があるか?」
子ども特有の嘘と思われているようだが、ヴァンは表情1つ変えずに聞き返すと、彼らも本気だと理解したようだ。
「―嘘じゃねぇのかよ」
「そうだと言っている。―この国において、魔女の誘拐だけではなく、人身売買までするとなれば、協力しただけでも極刑にされる可能性がある。
―だから、だ。ここで知り合ったのも、何かの縁だ。魔女の救出を手伝ってほしい」
ヴァンははっきりと協力の申し出をすると、男たちに迷いの色が強く見える。
「それでもよ、アイツらは翼竜を使ってるんだろ? それに追いかけられたら生きて帰れるわけがねぇよ」
彼らも思ったより、話はちゃんと聞いていたらしい。翼竜が待機していることを不安材料とするならば、彼は自身を持って告げた。
「なら、俺が翼竜を引きつける」
「おい、正気かよ? 翼竜がどんなもんか知らないわけじゃないだろ?」
流石に若者が真っ先に危険な場所へ向かうことに抵抗があったようだが、ヴァンは静かに聞き返す。
「それなら、お前たち3人で翼竜の足止めに行くか? 残念ながら、俺はソロ専だ。他人と動くくらいなら、1人のほうが気楽なんだよ」
あくまで単独行動をしたがるヴァンに向け、男たちは大人として、死にたがりの彼を諌めた。
「だからって、そんな死にたがる必要はないだろ。俺らで魔女だけ奪い取って、4人に分かれて逃げりゃまだ生存率は増える」
現実的に、全員の生存率が最も高い選択肢を出してくるが、ヴァンは首を横に振る。
「少なくとも、アイツは翼竜たち、と話していた。つまり、間違いなく、最低でも翼竜は2頭いる。その中でバラけて逃げた所で、生存率は高いか?」
意固地になっている訳では無いが、最も全員の生存率が高くなる選択肢をヴァンは提案しているつもりだった。ただ、若気の至りもあって、根拠のない自身からこの提案をしているとは思われたくない。非常に不本意だが、身分を明かすことにした。
「それこそ、俺1人なら何とかできる。俺は、色こそ付いてないが、"竜狩り"だぞ」
竜狩り、その言葉を聞いた途端、周囲は沈黙する。今度も、子どもの嘘っぱちだと言われると面倒なので一応携帯していた、国から発行された身分証を見せてやる。
「国王からの承認印も貰ってる書類だ。これで、信じてもらえるか?」
証拠まで持ち出され、3人は即座に青ざめた顔で一斉に土下座する。
「も、申し訳ねぇ! 竜狩り相手に無礼なことを…!!」
「頭は下げる! 今までの戯言も撤回するから通報だけは勘弁してくれ!!」
「今回は魔が差しただけなんだ! 捕まえるのだけは…!!」
竜狩りとは、国からその力を認められた証拠だけではない。国家に奉仕する役目もあり、その戦闘力を活かして、犯罪者の検挙も、仕事として行っているものもいる。
彼らの豹変っぷりから、普段全く行使していなかった権利を思い出し、ヴァンはきちんと説明する。
「……おい、確かに俺にも逮捕権は与えられてるが、今ここで使った所で国へは何の利益にもならん。大事なのは、"魔女の救出"と、"スパイの摘発"だ。それはこれからやるものだし、きちんと働いてくれれば、俺も功労者として褒賞を与えるように働きかけるし、そうなれば検挙もなしだ」
取り締まるのは国家の敵であって、その末端を粛清した所で意味はない。協力次第では然るべき対応をすると伝えると、全員は一斉に顔を上げる。
「それは、本当か!?」
「嘘を言ってどうする。―だからな、お前たちには魔女の奪還と、スパイな身柄を生死問わず、捕らえることをお願いしたい。翼竜は、俺がなんとかする」
ヴァンは淡々と今回の仕事について話すと、3人はしきりに首を縦に振って応じた。それを見て、ヴァンは1人今後の予定を考える。
(―聞き分けが思った以上に良くて助かったな。根回しは後でしておくとして、あとは翼竜の頭数次第か)
――――そして、あっという間に3日が過ぎ、ヴァンと男たちは別行動となった。男たちは予定通り、仕事をするフリをして、スパイの拘束、必要に応じて魔女の奪還を行うように指示。その後は、魔女協会と国の軍部に任せるように根回しは終えており、ヴァンは失敗した時に、足を潰しておくため、事前に周囲に潜伏し、調査を進めていた。
状況確認のための報告は、男たちにうまいことやっていくように言っておいたが、失敗も視野に入れて、数日分の追跡はできるように携帯食などの準備をしていた。
そして、約束の日が近付き、予定されていた集合場所である村周辺の森林部に姿を隠していたヴァンは、静かに獲物を待っていた。
―しかし、待てども獲物がやってくる気配はなく、時間だけが過ぎていく。
少し、不穏に感じたヴァンが動き出そうとした所で、マスターから持つように指示されている通信石に通信が入る。
「こちらヴァン。どうした?」
すぐに応答し、要件を聞くと、よく聞いた女性の声、マスターの声が聞こえてきた。
『あぁ、これにすぐ出たってことは無事なのね』
その声を聞いて、今更ながら、魔女協会には連絡を入れていたものの、マスター本人には連絡もなく、数日空けていたことを思い出した。
「連絡が遅れてたけど、今仕事中だ」
今更ながらも報告すると、彼女は少し安心したように言い直す。
『それはもう知ってるわ。こっちが心配してるのは、アナタの安否よ』
「どういう意味だ?」
話の意味がわからないヴァンに向け、彼女は包み隠さず教えてくれた。
『アナタが竜狩りとして根回ししてくれた案件だけど、通信石での通話をしてたみたいだからハッキングしてたのよ。その会話を聞く限り、アナタの担当の日だけ飛ばして、1日早く予定を繰り上げてるみたい』
「…それは、」
『それだけじゃない。邪魔者を消そうとして、余った人手をそちらに向けて、始末しようとしている』
マスターから聞かされたのは、こちらの行動を読まれた上での奇襲。そして、自分が先行して潜伏しているのがバレているのも、その情報を流した奴がいるということだ。
ふと、通信石を握る手に力が入る。
「――連絡、ありがとうございます。
あとは、任せておいてください」
『ちょっと待――!!』
必死に呼び止めようとするマスターの言葉はもう彼の耳期は届かず、通信を切ったヴァンは、繰り上げられた、4日目にあたる場所を思い返し―方角を確認したと同時に、黒い魔力を陽炎のように揺らめかせ、暗くなりつつある空へと駆けていった。




