第4節 幕間 前半
ある日のこと。今日も今日とて、ヴァンが不在のため、ルナは代理の指導役として任されているスピネの下で任務を手伝ったり、訓練をしてもらっていた。
任務を終え、普段の言動とは予想できないほどに、最低限の家具しかない彼女の部屋で、机に向かって報告書を書いていると、ふとルナが口を開いた。
「そういえば、教官ってヴァンのこと知ったのは結構最近なんですよね?」
「いや、流石に噂くらいは聞いてたよ。腐っても同じ組織にいるんだから、とんでもない新人がいるってくらいだけどね」
心外な、とでも言いたそうにベッドで寝転んでいた青髪の彼女がそう言うと、面白いものを見つけたようにこちらを見ていた。
「もしかして、気になるの? ヴァンの昔の話がさ」
「…気にならないって言ったら嘘になりますよ。ヴァン兄は、絶対に話してくれないから余計に」
ヴァンは過去のことを話すのは極端に嫌がる。それは、単純に黒歴史であると同時に、彼が世間的に腫れ物扱いされている原因だからというのもあるのだろう。ただ、ひた隠しにされるとそれはそれで気になるのも人間のサガ。
しかし、過去のことをよく知っており、仲のいい相手となると、来てそこまで日が経っていないルナには、最も身近となるのがスピネだった。
はっきりと気になると伝えると、彼女はベッドをゴロゴロしてから勢いをつけて立ち上がる。
「こっちの知ってる範囲だったら教えてあげようか? あの子が今でも語り継がれるようになった、色々なやらかしをさ」
「…それ、ヴァン兄が知ったら怒るんじゃないです?」
純粋な問いかけに、彼女は笑う。
「別に、人の口に戸は建てられないって言うように、どこから漏れたかなんて分かりはしないわよ。まぁ、こっちもあくまで聞いた話だから、どこまで正確かは知らないけどね」
彼女はそんな事を言ってから、1つ咳払いをして話し出した――――
――それは、十五年近く前のこと。ヴァンの齢、15にも満たない時代。
オーキスから基礎から始まった、竜狩りの武器の訓練を一通り終え、逃げるように魔女協会へと移籍して、しばらくしてからの話。
まだ短い金色の前髪をかきあげ、視界を大きく確保。目鼻立ちは通りがかる人々が振り返るほど整ってはいるが、少し幼いながらも落ち着いている、悪く言えば感情の消えた青と黄色の眼。
背丈は170cm近くと、同年代の中ではそれなりに高い方だろう。それでも、年齢のせいか、見た目以上に背丈は小さいように見える。
そんな時代のヴァンは、魔女協会の地下室にて、真っ白な肌を曝け出し、全裸で手足を拘束され、長い棒に晒し上げるように括り付けられていた。
「―じゃ、改めて呪いについて調べさせてもらうわよ」
数人の魔女たちに囲まれながら、今回の実験の責任者であるプラナが合図をする。
「服をひん剥くことに理由は?」
ヴァンは既に感情を抑える教育は済ませているため、口調だけは生意気に口答えするが、理不尽な行いにその目も言葉も怒りに震えている。
「羞恥に晒したほうが効率いいかなって」
「そんな理由で…?」
年齢からして、反抗期真っ盛りの多感な時期。理不尽すぎる大人のやり方にヴァンも苛立ちを隠せずにいるが、これは感情を抑える訓練の1つでもあるので、必死に堪える。
「…これでキレると思ってたけど、案外耐えるのねぇ」
「……下手にキレて、呪いを出したら師匠に半殺しにされてきたからな」
必死に堪えながらヴァンが忌々しそうに呟く。オーキスはオーキスなりに考えているのは分かるが、動物の躾のような抑え方にプラナたちも少し不憫に思う。
その視線を感じたのか、ヴァンは歯ぎしりしながら俯いて、必死に耐える。
「…やめろよ。他のチビスケたちをそれで、殺すくらいなら安いもんだろ」
彼には彼なりのプライドもあるのだろう。ただ侮辱されるよりも、何も知らない相手に同情される方が許せないのだろうか。
「…本当に、可愛そうね」
ふと、魔女の1人が漏らした本音が、ヴァンの神経を逆撫でさせた。
「――やめろ!! 俺をそんな目で見るんじゃねぇ!!」
その目に怒りの炎が灯り、それをきっかけに、呪いが起動したようだ。唸り声をあげ、彼の手足を縛っている太い縄を引き千切ろうと暴れ始めるが、強く固められた拘束は外れない。
「……呪いが起動したわ。オーキスの言っていた通り、魔力と、今掛かってる負荷について測定して」
プラナは淡々と周りの魔女たちに指示をして、静かにヴァンを見ている。
「……、」
「マスター。見ているのは良いですけど、ちゃんと調べることは調べてくださいね。マスターしか出来ない事なんですから」
理性を失い、自分の感情に焼かれ、苦しんでいる少年を見ていたプラナに向け、他の魔女が指摘する。それを聞いて、彼女も分かってるといいたそうに答える。
「そうね、オーキスもここにすがる思いで送り出してくれたんだもの。きちんと、良い報告をしてあげないとね」
―そうやって、ヴァンの呪いについて複数の魔女で調査している最中、魔女の1人が悲鳴をあげた。
「―皆、離れて!!」
その警告と共に、縄を力で引き千切ったヴァンが、その拘束から解き放たれる。
そして、その獣の最も近く、目の前にいたのは、プラナ本人。周囲にいた魔女たちも、会長の身を案じてヴァンを鎮圧しようとするが、それより早く動いたヴァンの爪が彼女の喉を掠めて―そのまま倒れていった。
周囲の予想とは反し、床にうずくまったまま、苦しむように呻いているヴァンの頭を、プラナが優しく撫でる。
「この辺りにしてあげましょう。この子が苦しんでるのを、これ以上見たくないわ。―医療班とオルタを呼んで」
周囲の魔女たちも、プラナが何かをしたのは分かっていたものの、その正体に気付いた者はいない。ただ、彼女の指示に従い、手分けしてヴァンを治療して、必要な人員を呼ぶことにした。
「―ま、これは又聞きしただけの内容だけどね。
まさかひん剥いて皆でマワ―じゃなくて調査してたなんて聞いた時、羨ましくてその場で泣き叫んだもん」
欲望をダダ漏れにしつつ、彼女が今でも悔しそうに話した内容―ヴァンの呪いの調査について聞かされたルナは、困惑しながらも言い返す。
「…いや、そんなんだから呼ばれないんじゃないんですかね」
「なんだとぅ! まるであたしが痴女みたいな…、いや、世間一般的に見たら痴女扱いされてるんだよね。おかしいと思わない?」
いつの間にか、勝手にルナを膝の上に置いて、その細めの身体に抱きつきながらそんな事を言われても、全く説得力がない。
「…いやぁ、俺も変態だと思ってますよ」
「泣きました。あたしは魔女で年齢が言えなくてショタコンです」
「そうですね」
勝手に告白を始めるが、ルナも慣れたもので適当に受け流すと、耳元で騒ぎ出した。
「そこ肯定しないで!? 本当に泣くよ?」
「いえ、急に自己紹介してどうしたのかなって…」
シャバルガンという場所で、純粋なまま育てられてしまった弊害か。世辞の1つもなく切り捨てたせいか、すんっ、とスピネの顔が真顔になる。
「あーあ、いけないんだー。
もう泣くの止めました。ルナくんが泣くまで虐めるんだからね」
「えっ、ちょ――!!」
――――ヴァンが魔女協会に所属して、1年が経過しようとしていた頃。オーキスの紹介もあり、年齢に対してかなり危険な依頼を受けることを許され、それでも結果も残していた。その功績は王から認められ、現状最年少の若さで竜狩りの称号を与えられる。
その頃には魔女協会に所属していながら、傭兵組合にも顔を出し、黒竜の目撃情報を集めていた。
いつも通りやかましい、酒場を兼ね備えた傭兵組合本部の受け付け。身長は更に伸びており、180cm近くまで達していたヴァンは、防具は薄着に兜だけという装備も相まって、どうしても人目を引く。しかし当の本人はどうでも良さそうに集まる視線を無視しており、いつも通りに黒竜の兆候を疑うような情報が流れていないか、情報掲示板を眺めていた。
多くの報告書が掲示されているも、望んでいる情報は特にない。色付きの竜狩りと違い、ただの竜狩りでは特権も少なく、一部の討伐依頼を優先して回してもらえるくらいだ。受付から、竜の情報を聞こうにも、受付までは報告や受注のために長い列が出来ていることもあり、ひとまず帰って魔女協会の依頼を見に行こうとした時、声をかけられた。
「そこの兄さん、たまに見ては仕事も受けないでいつも帰ってるけど、何しに来てんだ?」
ヴァンは周囲を見渡すも、周囲に誰もいない。聞こえてきた声は、自分に向けて言われたことを理解し、そちらの方を向くと、如何にも傭兵といった、髭面の壮年の男がこちらを手招きしていた。
「…何のようだ」
他人に興味はない。しかし、無視して後々とやかく言われるのは不快なので応じてやると、男はにやりと笑って黄色い歯を見せてきた。
「いや、大したことじゃねぇ。暇なら、いい仕事を紹介してやろうと思ってな」
「依頼なら組合を通してやってくれ」
一蹴して帰ろうとしたヴァンの手を掴んで男は態度を改める。
「そりゃないぜ兄さん! 金がなくて組合に通せない依頼だって山ほどあるのは知ってるんだろ?」
「それは知ってるが、その"いい仕事"がそれなりの報酬を約束しているなら、それを担保に依頼は出せるだろう」
ヴァンは下らないと言いたそうにその手を振り払って帰ろうとする。だが、男は再び腕を掴んできた。
「ここまで言っても分からねぇのかよ。―表にゃ流せない依頼だ。国の法に抵触するからな」
その言葉に、ヴァンも反応する。―その依頼に興味が出たというわけではない。竜狩りとしての地位を上げるためにも、国からの評価は上げておいて損はない。
ヴァンの本心は兜によって隠されているため、相手には伝わっていないようだ。改めて男に向かって頷いた。
「そうか。それは、詳しく聞きたい。ただ、俺でいいのか?」
改めて受ける意思を見せた上で、ブラフも含めて聞いてみる。すると男はあぁ、と頷く。
「アンタは、この辺じゃ誰とも組んでねぇだろ? その方がこっちとしても都合がいい」
普段から、単独行動していたのが、声をかけられた理由らしい。ヴァンの戦闘スタイルからして、他人は足手まといになるだけだからなのだが、それならそれで都合がいい。
ヴァンはそのまま話を進める。
「なるほど、理解した。で、ここで話すような内容じゃないんだろう? 何処へ行く?」
ヴァンの提案に、男も話が早いと言いたそうに歩き出す。
「へへ、話が早くて助かるよ。じゃあ、着いてこい」
ヴァンと歩きながら、右手の指輪の魔力残量を確認する。―魔力は十分、竜とやり合うなら心許ないが、人間相手なら十分な量はある。
いつでも鎮圧できる体勢を整えながら、ヴァンは男に着いていった。
―男に案内されるまま、ダウンタウンにある、薄い石造りの貸し倉庫に入ると、殺風景な中に十数人の男たちが待ち構えていた。
「おう、例のガキ連れてきたぜ」
ヴァンは少し身構えるも、ヴァンを誘い出した訳ではなく、元々ヴァンを引き込むつもりだったようだ。周囲の男たちから敵意は感じられず、ヴァンは一旦臨戦態勢を崩して平然を装う。
そして男が集まってむさ苦しい倉庫の中心、倉庫の地下へと繋がる扉が突然開かれ、中から灰色の外套を纏った男が這い出てきた。
「おう、隊長さんよ。言われた通り、人手を集めてきたぜ」
それを見て、ヴァンを連れてきた男が朗らかに声をかけると、立ち上がった男は今更気が付いたように周囲を見渡す。
「こんなに集められたとはな。良い意味で想定外だ」
周囲を見渡してくれたおかげで、男の外套にワンポイントで記された刺繍―6つの剣が1つの盾に幾重に重ねられた紋章―西南方に位置する軍国の紋章と気付く。
あまり見ていても怪しまれる。ヴァンはそれ以上観察は止め、うつむいた状態で視線を外した。
ヴァンのその動きは男たちは気にも留めず、周囲で仕事の指示を待っている男衆に告げた。
「では、この地下道を通じてこの都市の外へと出る。その後、こちらで用意していた翼竜の隠密部隊に、荷物を引き渡すまでの護衛を、君たちにはお願いしたい。
ただ、目的地までの道のりは遠い。我々の移動手段にも限りがあるため、こちらで指示した拠点に各々待機し、補給物資を持参した上での護衛だ。
勿論、それ相応の報酬は支払おう」
護衛とは名ばかりで、ここに集められた人間は、国民に与えられた権利でもある転移石を利用して、彼らが秘密裏に訪れる拠点での補給物資の融通を求めている、ということだ。
確かに、一時的な関与で済むため、それぞれの不安は軽い。報酬だけ見れば非常に割のいい仕事だろう。ただ―荷物の中身については一切触れず、わざわざこの国で翼竜を動かしても密輸しようとしている中身については、ヴァンも嫌な予感がする。
何か話している内容を話し半ばで聞きながら、彼はポーチに入れていた、"千里眼"の魔法を仕込んだ魔道具で地下を覗き込むと―
「…………、やはりか」
―そこには、魔女が囚われていた。




