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魔女と竜狩り  作者: 合併
第4節 竜狩りの呪い
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第4節 20

 ケイの問いかけに、ヴァンはぽつりと呟いた。

「…今のままでは、黒竜に再戦したところで、勝ち目はない。どんな形であれ、俺は死ぬだろう」

 ヴァンとしては、死ぬことに恐怖しているわけではない。ただ、復讐を果たせず、志半ばで倒れることを恐れている。

「それで、力が欲しいんだ?」

 ケイも、その本音を見透かした上で聞くと、静かに頷いた。

「黒竜に与えられた呪いだけじゃ足りない。それを超えるための、力が必要なんだ」

 黒竜を超えるには、黒竜の想定を超える必要がある。あくまで、奴の想定内で作られた呪いの力だけでは、きっと黒竜の首にまでは届かないと、ヴァンは話す。

 そこまで理解した上で、彼女は聞く。

「オーキス…キミの師匠は、力を求めるなら顔を見せろと言っていたけど?」

「…本当にそれは、最後の手段にしたいんだ」

「そういう約束だから?」

 不思議そうに聞かれるも、ヴァンは言葉に詰まるも、正直に答える。

「それは…俺の意地だ」

「勝つことよりも大事な事なの? それ?」

 子供じみた言い訳に、ケイがはっきりと言うと、彼は少しだけ否定した。

「…傍から見たらそう見えるかもしれないけど、そういう訳じゃない。

 師匠の助力を求めるのは、本当に俺だけの力でどうにもできなくなった時にしたいんだ。それでも、黒竜に届かなかったのなら―俺はきっと立ち上がれない」

 ここまで頑なに拒否するのは、オーキスへの信頼の裏返しなのだろう。彼女の力を借りてでも、万が一勝てなかった時、何も信じられなくなると言いたいのだろうか。ただの迷信だと笑い飛ばしてあげたい気持ちもあるが、ケイはその言葉を飲み込んで聞いた。

「それなら、どうするつもりなの? 相手は黒竜、生半可な相手じゃない」

「黒竜を相手にする時は、俺の意識は恐らく呪いに持っていかれている。だからこそ、まずはその呪いに呑まれた状態でも身体が動けるように、動きを叩き込む。

 基礎動作は叩き込んでるはずだが、改めて反射で身体が反応するまで鍛えなおすつもりだ」

「…随分と、悠長なことを言うね、キミは」

 当然と言えば当然の感想を告げるも、彼は鼻で笑う。

「これでも、短期間で身に付けられるだけの基礎は積んだきてる。あとは、実戦で叩き込むだけだよ」

「そう。それは構わないけどさ、本当の意味で実戦もするんでしょう?」

 色付きの竜狩りとして、その気になれば大型生物の討伐依頼も選び放題の立場なのだ。今までは緊急度に応じた依頼を受けるようにしていたが、わざわざ緊急度に応じて仕事を選ばなくて良いように、今では碧の竜狩りとも契約を結んでいる。

「そうだな。出来る限り、擬似的な相手として、そういった大物の相手も多少は必要だろう」

「仕事の斡旋なら、こっちからも探しとくよ。

 ボク経由でキミに繋げば、他所の同業が入り込む前に商品も貰えるしね」

 動機は不純ではあるものの、ケイも魅力的な提案をしてくれる。この話をしたのも、ここまで織り込み済みなのだろうが、ヴァンはその提案に有り難く乗っかることにする。

「そうだな。それは、とても助かる」

 快く受け入れたのを確認し、彼女は嬉しそうにケラケラ笑う。

「契約書は出さないけど、そういう仕事はキミ指名で出させてもらうよ。まぁ、受けなきゃ他所に回すだけだから、その時の都合で受けてよ」

「心得た」

 2人はそんなやりとりをして、話も一区切りとなったのもあって、ヴァンが思い出したように聞いてきた。

「差し支えなければ教えてほしいんだが、お前の家族ってどんなやつだったんだ?」

 突然の質問に、ケイは目を丸くしてから、懐かしそうに目を細めた。

「―そんな、大層な子じゃなかったよ。直接血は繋がってなかったから、扱いは従兄弟みたいなものなんだけどさ、ボクのことを、よく慕ってた可愛い子だったよ。

 ―まぁ、あの子も自分の力を見誤っていたから、自業自得と言えばそうなんだけどさ。わざわざ自分から黒竜に挑んで、負けて食われたのさ」

 そこまで話してから、思い出したように教えてくれた。

「詳しく聞きたかったら、それこそキミの師匠に聞くといい。―あの子と、オーキスは、とても仲がよかったみたいだから」

「師匠と…?」

 耳を疑ったが、ケイは続ける。

「そう、キミの師匠。オーキスと、あの子はとても仲が良かった。だから、今、ボクもオーキスと繋がれている」

 時折、師匠の名前が出てくることに不思議に思ってはいたが、想定外の繋がりを教えてもらい、彼は驚きを隠せない。

「…そんな繋がりがあったのか」

「まぁ、ボクらも大っぴらに話してるわけじゃないからね。それなりに仲がいい理由も少しは分かったんじゃない?」

「それなりにはな。だからと言って、何か対応を変えるわけじゃないからな」

 それを聞いてもなお、対応は変える気はないと断言したヴァンに、ケイは笑う。

「キミはそうしてくれるから楽だよ。

 ―ま、この話はここまでで良いだろう。

 それで、ボクとしてはさっさと済ませたい話に入ってもいいかな?」

 脱線した話題を切り替え、ケイが真面目な顔で聞き直すと、ヴァンも神妙な面持ちで頷く。それを見て、彼女は張り詰めた空気を破るように笑った。

「そんな畏まるような話じゃあなんだけどさ。この前キミが狩った獲物2頭の精算についてさ」

 確かに話には何度か出ていたが、実際のところどうするかまでは確認していなかったことを改めて言われ、ヴァンは表情を和らげた。

「いつも通り、お前の好きにやってくれ。それに応じた報酬に文句は言ってないだろう」

 基本的に取引先とのやり取りといった、面倒事は全て彼女き任せる代わりに、その結果については何も文句を言わないという契約で結んでいる。いつも通りのやり取りをするだけと思っていたが、彼女はそれがね、と続ける。

「いやそれがね、やっぱり契約書に記載されていた擬似竜の討伐数は1だったみたいなんだ。だから、キミは依頼外の2頭目を狩ったことになるし、状況駅に仕方ないとは言え、キミは然るべき報酬を受け取る権利ができてしまった。

 これについては、ボクだけの裁量で決められないんだよね」

 そこまで言われ、ヴァンもようやく言葉の意味を理解し、どこからかペンを取り出す。

「じゃあ、委託書に一筆書けばいいってことだろ。お前のことだから、もう用意してあるんだろ?」

 手短に終わらせようと聞くと、彼女は一応確認した。

「キミも何も考えずにこっちを信用してもらえるのは光栄なんだけどさ、キミが狩った擬似竜って、業界的にはそれなりに売れる案件なんだ。

 それをポンとボクに渡しちゃっていいのかい? 幾らでも書面を適当に見繕って吹っ掛けられるんだよ?」

 彼女の言うように、今回討伐した擬似竜とは、商品としての価値が高い。何せ、この世界で数少ない、竜にとても似ている生き物だ。国で管理されている故に、全く市場に出回らない竜に近い素材となれば、供給次第とは言え、基本的に非常に高値が付く。

 そんな価値のあるものを、ポンと一人の商人に渡していいのか、と第三者として当然の意見を述べるも、彼の意見は変わらない。

「自分をよく見せることに躍起になる、素性も知らん商人に比べれば、野心もなく、慣れている取引先のほうがいいに決まってるだろ。それに、お前にはそれ以外の世話もしてもらっている。

 他所を利用する必要が無いんだよ」

 はっきりと、ここを利用し続ける理由を答えると、彼女は困ったように笑う。

「参ったね、正直ここのところ別件で忙しいから、その処理は信頼のおける人に回そうと思ってたのに、そうはいかなくなったじゃないか」

 彼女も本音を言うと、ヴァンは呆れたように返す。

「事情があるならちゃんと言え。

 別にそれなら構わんが、精算した金は手数料を適当に抜いて、魔女協会に振り込んでくれ」

「それは助かるよ」

 ケイも有難そうに笑い、委託書を取り出しながら、改めて聞いた。

「じゃ、そういう旨で委託書にサイン貰っていいかな? 相場と比較して真っ当かどうかは、こっちでもちゃんと確認しておくよ」

「頼んだ。…ところでこの名前欄は本名のほうが良いのか? 世間一般的には金の竜狩りで通ってると思うんだが」

「あぁ…、それは任せるよ。キミだって分かればいいからさ」

「そうか」

 ヴァンはそれを聞いて、本名でもある"ヴァルハルト"ではなく、金の竜狩りとだけサインして書類を返す。ケイはそれを受け取って、中身をしっかり確認した上で話し出す。

「……、はい。しかと受け取りました。

 結果は、改めて約束通りに魔女協会に送らせてもらうね。それと、キミにこれはプレゼントだ」

 その委託書と引き換えに出されたのは、5枚ほどのレポート。ただ、レポートにはびっしりと文字が書かれており、読み解くのにはそれなりに骨が折れるだろう。

「これは?」

 当然の質問に、彼女も同じく、当たり前のように答えた。

「ボクなりに調べた、キミの呪いの考察レポートさ。

 キミも、知っていた方がためになるだろう? 今後、どうしても使わなければならない時にも、知識としては持っておくべきだ」

 ケイの言葉には尤もだが、ヴァンとしては薄気味の悪いものを感じてしまう。

「…お前がどうしてそんなモノを用意した理由は聞けるのか?」

 その言葉に対し、彼女はいつも通りのイタズラっぽい笑みを見せた。

「――企業秘密です♪」



 その後、ケイと別れ、ヴァンは自室で渡されたレポートに目を通していた。


 ―ヴァンに施された呪い。それは感情を刺激し、それに応じた力を与える呪い。

 与えられるのは、人間離れした怪力に加え、何故か魔女の指輪の活性化、魔力の補充も行われている。魔女協会が調査しても未だに特定できていない呪いということもあり、魔力の補充については、魔女の魔法とはまた違う力によって行われているのが妥当な判断だろう。

 そして、力の代償として、本能的に行動することが知られているが、ある程度の基礎や、指輪の利用を含めた竜狩りの戦い方は行なっていたことから、身体に染み付いた戦い方は問題なく行なえているようだ。

 しかし、感情に支配されているが故に、まともな思考だけではなく、人、生き物としてあるべきブレーキも壊れてしまっている。致命傷に繋がる傷や、圧倒的な力の相手を前にしても、逃げるという選択肢がなくなる。それ故に、これは"死を恐れぬ呪い"、というよりも"生を許さぬ呪い"と言い換えた方が妥当だろう。

 そして、もう1つ厄介な点。普段の生活の中でも、竜の話題に反応して呪いが起動しかけていることから分かるように、この呪いのトリガーには、竜が間違いなく関与している。それだけではない。一時的な感情の爆発で起動する場合と異なり、竜と戦い続けるだけで、呪いは取り返しのないところまで進行していたことから、この呪いは重複する。

 今のところ、呪いの鎮静方法は、感情を落ち着けるか、無理やり活動不能な状態に持っていく、といった2択となっている。しかし、呪いが重複状態となった場合、当人の中で繰り返される"竜の記憶"というトラウマが、更なる呪いの起動に寄与してしまうようで、前者の方法は不可能と考えられる。

 となった場合、後者の方法を試すにしても、気絶させて無理矢理静止させたとしても、その間に適切な処置をしなければ、呪いは再活性する。それが、今回あった、呪いの重積状態に至った原因ではないかと考える。

 また、その対処に今回、限定的な処置として、時間の巻き戻しという手法を採用した。ただし、局所的とは言え、時間への干渉は非常に危険であり、今回の処置の際は、以下の不具合が発生した。

 まず、周辺空間への亀裂。それについては、即座に対処したことで問題が起きることはなかった。その次に、周辺時間への影響。それ自体は、多少の巻き戻りが発生した程度で、今回、周囲に誰もいない個室で行ったため、被害は無かったが今後行う場合は注意が必要だろう。

 その他、この大陸内で異常が起きた連絡は来ておらず、それ以上の不都合は起きていないだろうと仮定する――


「…………、」

 要点を纏めたところ、以上のような内容がレポート形式で延々と書いてあり、ヴァンはテーブルにレポートを置いて、ため息をつく。

「…とりあえず、シルに生身で戦えるくらいに、基礎を固めるところからだな」

 呪いに蝕まれているからこそ、本能に従って戦っていたとしても、竜狩りとして戦えるくらいには基礎を固めておかないといけない。

 人間相手と竜相手では体格差からして決定的に違うのはそうだが、シルだけは文字通り規格外だ。過集中状態のシル相手に戦うとしたら、付け焼き刃の戦法が通じない上に、生身で相手するとなれば、危険性そのものは竜と対して変わらない。

 とはいえ、それだけに集中してるわけにもいかず、ルナだけではなく、コハクへの指導や仕事もしながらの訓練となる。

「――よし、とりあえず明日から鍛え直しだ」

 色々考えることはあるが、とりあえず、明日から進めるとして、今日はヴァンも休むことにした。

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