第4節 19
その後、組み手後の意見交換をした後、軽くお互いに動きの矯正について、実際に動きながら確かめる。
そうやって時間を潰している間に、日も傾き始め、シルも今日の仕事である魔女たちの護衛のために部屋に戻っていった。ヴァンも予定があるので汗を流し、洗濯された店の制服に袖を通した後、安定剤でもある煙草を吸いながら、店の前で待機していた。
人待ちついでに余計な真似をしそうな輩がいるなら、その牽制も含めて待っていると、男ばかりの夜の街で、護衛もつけずにこちらへと歩いてくる1人の女性―ケイがやってきた。
「やあ、待たせてしまったかな」
「ここの監視もついでだったから、大した事はな
い」
ヴァンも適当に受け流し、2人は横に並ぶ。
「じゃあ、早いところ移動しようか。君も聞かれたくない話だろう?」
「それもそうだな」
ケイの提案を素直に受け入れ、彼らはすぐに歩き出し―人気のない路地の暗闇へと消えていった。
合流後、ケイの提案もあり、彼女の隠れ家にまたやってきた。以前来た時よりも少し生活感が出ているが、それを話題に出すことはなく、ケイはすぐにお茶と茶菓子の準備を始めていた。
「適当に座って待っててくれ」
彼女の言う通りに、目についたソファーに腰掛けて、改めて周囲を見渡す。
周囲に並ぶ棚には、本や酒瓶、茶葉の缶や菓子の箱など、多種多様な嗜好品に溢れている。ただ、不思議なのはどれも、国内を回っているヴァンでも見たことのない銘柄ばかり。なんなら、全く読めない外国語のモノが大多数だ。
「…なかなか、この辺では見ないものばかりだな」
「ボクは元々、海を越えた外国の旅商人だからね。これらは、ずっと続けてきていた旅の成果みたいなものさ」
紅茶を淹れながら、彼女は隠すことなく答え、しばらくすると紅茶の注がれたカップを盆に乗せて戻ってきた。
「今、開けられる茶葉はこれくらいだけど、どうぞ。砂糖はいるかい?」
丁寧にシュガーポットも差し出しつつ、ケイは相対するように椅子に座る。
「まずは、何もなしで飲んでからだな」
知らない銘柄のものを、試さずに妙な真似をするほど無粋ではない。ヴァンは出された紅茶を冷ましながら一口含むと、紅茶の香りだけではなく、果物の風味まで鼻を突き抜けた。
「…何だこれは?」
なかなか味わうことのない不思議な味覚に驚きつつ聞くと、彼女も紅茶を啜りながら答える。
「あんまりいい茶葉じゃなかったからさ。余ってたドライフルーツと一緒に淹れて、フルーツティーにしてみたんだ。これも悪くはないでしょう?」
「そうか、これは美味いぞ」
「それはよかった」
安心したように笑い、彼女はさて、と話を始める。
「昼は、イニスが無粋な真似をしたみたいだね」
「聞いていたのか?」
昼にあった、イニスの気まぐれ。ヴァンは断っていたので何か言われる筋合いはないが、仮に何か聞いていたら、ここで"精算"されていたと思うと、背筋が寒くなる。
「あの子から話があったんだよ。
妙な真似して、悪かったね」
素直に謝るケイに対し、ヴァンは動揺を隠しつつ応じる。
「別に、下手に情報を得たら、お前に対価を支払わされると思ったからな」
「そうだね、情報によってはそれなりの代償を払ってもらっていたかも」
「……冗談で言ったんだが?」
彼女の本音の片鱗が見え、ヴァンは若干引き気味にツッコむと、彼女もこっちも冗談だよ、と全く笑ってない笑顔で答える。
「―まぁ、いい。
話も本題に入ろう。お前はルナがいる手前、あの場では嘘をついていたと思っていたんだが、実際のところどうなんだ?」
過ぎた話を追求しても良いことはない。ヴァンも、すぐに今回の目的である―昏睡していた理由について問いかける。彼女も彼女で、バレバレの嘘をついていたこともあり、隠すことなく答えた。
「まぁ、分かってたよね。
―隠さずに答えるとするよ。キミは、擬似竜を殺した後、黒竜と出会ってそのまま負けた」
黒竜。仇敵の名前を出され、呪いが起動すると思いきや、ヴァンは至極冷静に受け止めていた。
「そうか。…………、そうか」
たったひと言で済ませるには、あまりにも多い感情が混ざり合った言葉。感情の暴走よりも、今は理性が勝っているのだろう。だからこそ、ヴァンは落ち着いたまま聞いてきた。
「それで、死にかけていたのか?」
「キミの命って意味では、そんなことは全く無かったよ。ただ、キミ自身は消える寸前だった」
謎掛けのように、はっきりと事実を伝えない。何も知らない人であれば、首を傾げる場面であるが、当事者であるヴァンはその言葉を受け止め、ゆっくり噛み砕き、深く息を吐いた。
「…呪いか」
「ご明察。キミの呪いについては、キミもよく知ってると思うけど、呪いのトリガーにいくつかある。
感情がトリガーにもなるけど、それ以上に、キミの呪いは"竜との相対"でも起動する。そして、その呪いは一度では終わらず、重なり続ける」
「……、」
その言葉には、心当たりもある。
竜を始めて狩った時。ヴァンの記憶はないものの、結果としては竜を狩っていた。そしてマスターから聞かされたのは、ヴァンの暴走についての話。詳しい経緯を聞かされたが、彼にあるのは竜と相対する寸前の記憶のみ。
マスターからも、暴走の条件について考察を聞かされたが、竜がトリガーになっているという結論で終わった。
改めてその話をされ、ヴァンも黙り込んでしまう。
「今回、キミは竜とそれなりの時間相対していた。その結果、キミの呪いは取り返しのつかない所まで進行していて、完全に自我を取り戻せない段階になっていた」
ケイは、淡々と事実を語り続ける。
「その段階でようやく戦闘が終わって、黒竜は逃げていった。でも、キミの呪いは解けなかった。だから、まずは気絶させて病院に拘束したけど、深くまで浸透してしまった呪いは、オルタでも取り除くことはできなかった。―いや、彼女の限界を超えて摂取させ続ければ、治せたかもしれない。まぁ、それは結果論。やるとしても、魔女協会が許可しないからね。
それで、ボクはキミの師匠に頼み込んで、キミの時間を巻き戻すことで無理やり元に戻したってことさ」
非常に簡潔だが、これが一連の話。説明が終わったところで、ヴァンは静かに口を開く。
「それは、迷惑をかけたな」
「大変だったよ。でも、キミを真っ当な形で戻すにはこれしか無かったからね」
ケイははっきりとそう言い、改めてずっと感じていた疑問をぶつける。
「…お前は、どうしてそこまで俺に入れ込む?」
商売の取引先としては、ケイにはかなり世話になっており、得意先という自覚はある。それでも、ケイの献身とも言えるほど世話を焼かれることに対し、疑問を持たないといえば嘘となる。
それを聞いて、彼女は手で口元を隠して笑った。
「知りたいかい? ボクの"自己満足"さ。
キミの行く末を見せてほしいっていうね」
「…行く末、か」
本当に重要な主語は隠しているものの、それが彼女の本音なのだろう。更に、隠していることがあるのだろう、と聞いたところで答えてくれないのは分かっている。
それ故深く追及することはなく、彼は深く息を吐く。それを見て、彼女も少しだけ目を逸らしつつ呟いた。
「それに、あの黒竜は、ボクにとっても仇なんだ」
「……それは、本当か?」
その呟きを聞き逃さずに聞き直すと、数秒、誤魔化そうと考えたが、諦めてそのまま話し出した。
「ボクも、家族をあの黒竜に殺されてる。
だからといって、この手で償わせられるほど、ボクは強くない。だからこそ、キミに託しているんだよ」
静かに語る彼女は、嘘をついている演技はしていない。きっと、事実だろう。だからといって、ヴァンは同情をしない。
「そうか」
淡々と返し、彼女はそうなんだよ、と返す。
「キミと目的が合致してるのも、協力する理由さ。だからこそ―情報共有としようか」
突然、ケイの纏う雰囲気が変わり、少し前にやった交換会と同じ空気を纏う。
「キミの記憶がない間も、ボクは仕事の依頼を済ませていたからね。戦っている間、せっせと擬似竜の遺体を回収していた。
だから、あの依頼の目標だった、擬似竜は2頭ともしっかり回収できている。まぁ、それについては後々精算するから、報告は待ってほしい。
まずは黒竜の情報を整理しようか。キミが知っているかは知らないけど、あの黒竜は人語を理解して会話できる」
商人として、まず先日受け取った商品については、現在鑑定中であると伝えた上で、ヴァンが黒竜と戦っていた時でも、地上で擬似竜の遺体を回収していたことを伝え、その場で見ていた情報を話し出す。
「…それは、知ってるな。俺の村を襲ったときも、奴は俺に話しかけていた。あれは、幻聴では無かったということだな」
「そっか。それなら無駄な情報だったね。
でも、こっちは有力な情報だと思う。
あの黒竜は、ボクらと同じように、闇を介して姿を現していた」
「……!?」
ケイの操る"闇の沼"は、もう何度も見ているため、疑問に感じることもやめていたが、突然の流れにヴァンも反応する。ただ、その当事者であるケイは、心外そうに続ける。
「ボクとしても、アレと同列扱いされるのは非常に遺憾だ。さっきも言った通り、家族の仇でもあるからね。
でも、どういう原理かは知らないとは言え、それは間違いなく事実だ」
彼女はそう言いながら、本題に入る。
「それで、何が問題かって言うと、あの黒竜は"闇に隠れ住んでいる"。どういうことか、分かる?」
「……普通では、姿を確認できないということだ」
ケイの闇の沼を見ていれば分かる話だが、この力は外からの干渉をほぼ受け付けていない。まるで、見えない落とし穴のように、中に隠れている間はどうやっても視認できないということだ。
その意味について、ケイが言葉にして説明する。
「ご明察。つまり、あの黒竜を見付けるにしても、痕跡を見付けるのがまず第一歩。そして、やっと興味をひいて、引きずり出さないと戦いにすらならないってこと」
折角黒竜の情報を得たと言うのに、希望どころか絶望しかない。ただ、得られた情報はそれだけではない。
「情報はそれだけじゃなくって、奴は通常の竜と異なって、酸のブレスを吐く。だから、その酸の影響下にある場所を見つければ、奴の潜伏先を見つけ出すのも容易だろうね」
通常の竜は炎のブレスを吐くが、あの黒竜は全く異なり、酸のブレスを吐いていた。実際、その影響で荒れ地と化していた場所で、黒竜の鱗といった痕跡も見つかっており、捜索するにしても明確な目標が見つかったのは朗報だろう。
「まぁ、だから次以降見つけ出すのは今までほど、苦労はしないんじゃないかな?」
「…まあ、そうだな」
ケイの言葉通り、竜と戦い、敗北はしたものの、黒竜の情報は予想以上に手に入っていた。
それは今後の追跡にも大いに役立ち、再戦も望めるだけの情報でもある。ただ、ヴァンの表情は暗い。
それを見て、ケイが不思議そうに聞いた。
「反応悪いねぇ。他に、気になることでも?」
「…そういうわけじゃない」
「じゃあ何なの?」
そうは言うものの、言葉の歯切れは悪い。ケイはそれでも聞こうとすると、ヴァンは珍しく、不安そうに答えた。




