第4節 17
――魔女協会。地下にある、防音処理を施された、狭い会議室。
殺風景な真っ白な壁紙とタイルを敷き詰められた部屋にぽつんとある、ギリギリ4人で囲えるほどの大きさのテーブル。それに相対する形で、魔女協会の主であるプラナと、ケイが座っていた。
「わざわざ、こんなところに呼び出してくるとは、良い返事が貰えると思っていいですか?」
資料を渡したその日の内に呼び出され、逃げ場のない、狭い室内に閉じ込められたにも関わらず、彼女の余裕は崩れない。
それに対し、表情に普段の余裕がないプラナは、ゆっくり口を開く。
「頷く前に、いくつか答えてくれる?」
「どうぞ」
質問されるのは、想定済みなのだろう。快く応じたのを確認し、改めて聞いた。
「この資料のデータを、どうやって集めたの?」
「企業秘密です」
当たり前のように即答されるも、プラナは食い下がることなく、別の質問に変えた。
「貴女の使う、魔法の持ち主は?」
「企業秘密です」
「質問を変えるわね。貴女が調査に使ったその力、本当に魔法なの?」
抽象的な質問には答えるつもりのない彼女に対し、具体的に質問をぶつけると、これには答えてくれた。
「えぇ、ボクの使うこの闇は、魔法ですよ。ただ、複数の魔法を掛け合わせているだけです」
思ったよりもすんなりと答えてくれて、彼女も少し困惑したが、すぐに次の疑問をぶつける。
「それであれば、複数の魔女が関与している訳ね。その魔女たちはどこで出会ったの?」
「それは、難しい質問ですね。
彼女たちとはこの国の外で出会った者たちです。これでも、この国に落ち着くまでは外の国にいたもので」
当然のようにはぐらかして答え、プラナはテーブルを指でとん、と叩きつつ続けた。
「1人くらいは覚えていないの?」
「少し、難しいですね。これ自体、こちらも行商で売られていたものを加工したものですし」
彼女の言葉に揺らぎは一切見られず、嘘をついているとは思えない。入手先についても確かにあり得る答えではあるが、彼女の長年の勘が違和感を告げていた。
「嘘は、言ってないんでしょうね。でも、貴女、隠してることがあるわね?」
この際、一切隠さずに直接聞いていると、彼女もそれを待っていたように表情を崩して笑った。
「えぇ、ボクは、嘘は言っていません。ただ、全てを話していないだけです」
「それで、それを答えるつもりはないってことでよろしいかしら?」
「そういうことです。それで、口を割らせますか? それであれば、こちらも対抗しなければなりませんが」
プラナを挑発するような言葉。ただ、彼女も勝てる勝算がある上でこの態度を取っているのは間違いない。それであれば、お互いに無事で済まない可能性もある。―特に、相手の手札が分からないこの状況では、不用意な真似はそれこそ悪手だろう。
プラナはそこまで考えた上で、ため息混じりに首を横に振る。
「―いいわ、こちらの負けでいいわよ。
ただ、貴女がやったことに対して起きた損害については、こちらは関与しない。責任が重すぎるわ。
それで良ければ、全責任を委託するわ」
彼女たちの行うことについては許可をするが、責任は負わない。彼女たちに全ての責任を負うようにと伝えるも、当然と言いたげにケイは悩むことなく頷いた。
「勿論。この件の責任はボクが受け持ちます。
責任もって、彼を元に戻してきますね」
まるで外に散歩行ってくると言いそうなほど軽いノリで彼女は断言し、プラナは手を差し出した。
「無責任なことを言った手前、図々しいのは百も承知だけど―頼んだわよ」
魔女協会という国に所属する組織だからこそ、不用意なことは言えないだけで、彼女もヴァンを心配する気持ちは本物である。この瞬間だけは、1人の人間として手を差し出したことを理解し、ケイもその手を握り返した。
「えぇ、きちんと元気な姿で返してきます」
短くも強い握手を交わした後、手を離してすぐにケイは踵を返して部屋から出ていった。
「……希少取引所、か。今後の付き合いも検討しておいた方がいいわね」
1人取り残された部屋の中で、プラナはそんな事を呟いていた。
そして場面は変わり、ケイの隠れ家。既に呼び寄せておいたイニスとオーキスの2人は、ケイの帰還にすぐ反応した。
「お帰りなさい」
「早かったじゃあないか」
「うん、ただいま。
必要最低限の会話くらいしか無かったからね」
帰ってきたケイは、特に息抜きする素振りもなく、すぐに棚に向かって必要なものを取り揃える。
「とりあえず、マスターからの許可は下りた。後は。きっちりやる事をやるだけだね」
「それなら良かったわ。すぐ行くのね?」
ケイの言葉にオーキスも安心して立ち上がり、改めて彼女も懐から取り出した指輪を、1つずつ確認しながら右手に着けていく。
その中で、唯一のんびりと待機していたイニスは、座ったまま、紅茶を啜りつつ聞いた。
「ところで、今回起きるであろう、時間のズレによる不具合はどうするつもりなんだい?」
「アドリブで何とかするよ」
あまりにもその場しのぎな回答に、イニスは苦笑する。
「相変わらずだねぇ。豪胆というか、無計画というか…」
「まあ、何とかできるだろうからね」
謎の自信で言い切ったことにも、オーキスは心配もしていないようだ。
「こっちも、ケイを信用してるからね。大丈夫さ」
「その通り、心配無用だよ。ところでイニス、君も来るんだけど、準備はしなくていいのかな?」
「…え? そうだったのかい?」
初耳と言わんばかりに目を丸くするが、ケイは信じられないと言わんばかりに続ける。
「ボクが出かける前にその話はしていたはずだけど…何を聞いてたんだい?」
「いやぁ、自分には無関係かと思って。
まぁ、補助くらいなら何時でもできるから、適当に声をかけてくれないか」
どこか他人事なイニスを見て、何も言わないものの、オーキスも困惑していたが、付き合いの長いであろうケイは特に気にしてない。
「君がそう言うなら、大丈夫なんだろう。
じゃあ、そろそろ出ようか」
「分かったよ」
ケイとオーキスが準備を終え、出発することを告げると、彼女もカップを置いて、ゆっくりと立ち上がってから伸びをして硬くなった筋肉をほぐす。
「んん……、はぁ。じゃ、行こうか」
――――懐かしい、夢を見た。
それは、随分と昔の記憶を元にした夢。全てを奪われたあの日以来、なかなか思い出すことのできなかった、"普通"だった日々の記憶。
日差しの弱い、北国に位置する故郷。同年代の子どもたちと遊びながらも、親の仕事を手伝いもしていた日々。時には家畜の世話をし、時には大人たちの見様見真似で罠を組んだり、かかった獲物を教わりながら解体したり、何処にでもある、狩猟民族として過ごしていた。
あの時の自分はよく笑い、泣き、時には怒り、感情を表に出すことが普通だった。
そう、あの日が来るまでは。
―怒れと、声が聞こえた気がする。
何に? 奪われた日常に? それとも、無念のまま死んでいった家族や兄弟同様の同胞たちに?
―恨めと、"あの日"の光景が甦る。
確かに、全てを奪い取っていた竜は憎い。だが、クソみたいな生き方でも、不器用ながらも仲間もできた。それに、俺を慕う子どもたちもいる。仲間に、その子たちに、この憎悪に支配された姿を見せろと?
―闘えと、湧き上がる"感情"が揺さぶってくる。
飽きることなく、自分を陥れようとする感情への付き合いは、それなりに慣れている。
だからこそ、理不尽に湧き上がる感情に対し、"ヴァン"は静かに告げた。
「――感情如きが、俺に指図すんな」
そして、目の前に広がったのは真っ黒な感情に押し潰された風景ではなく、真っ白な天井。
「…………俺は、」
「ヴァン兄!」
目を覚まし、体を起こしたことに気が付いたヴァンに、ノータイムでルナが抱きついてきた。
「…ルナトリア?」
彼の名前を呼ぶと、涙声になりながらも勝手に話し出す。
「…よがった…!」
状況は読めないが、この子の反応から、相当危ない橋を渡っていたのだろう。困りながら周りを見渡すと、見覚えのある黒スーツの女と目が合った。
「…ケイ。俺は、死にかけてたのか?」
単刀直入に聞くと、彼女は普段通り、胡散臭い笑みを浮かべながら答えてくれた。
「えぇ、擬似竜の討伐後、奇襲を受けて致命傷を負い、昏睡していました」
彼女の言葉に、違和感を感じるが、聞いたところで答えることはないのだろう。とりあえず、それを"事実"として、彼は受け入れる。
「…そうか。迷惑をかけたな。
ところで、竜の痕跡はどうなった?」
「複数の竜狩りが集まって調査もしましたが、既に消えた後のようです」
とても自然に、すらすらと答える。やはり、違和感は覚えるものの、嘘は言っていないのだろう。一旦それ以上の追及は止め、改めて傷1つない腕を見つつ、話題を変えた。
「俺は、いつまで寝ていた?」
「1週間ほどでしょうか」
相変わらず、淡々と答えるも、それを聞いてケイの嘘について、ある程度察しがついた。
「―分かった。随分と、寝ていたのだな」
ヴァンの素振りに、ケイも何か勘付いたのだろう。口元を少し綻ばせて、同調する。
「そうだね、よく寝ていたようだ。
ただ、普段から君がいないのはいつものことだからね。君がここで寝ている事を知っているのは、本当に一握りの人たちだけだ。
―ルナも、そろそろ離れてあげて」
いつまでも引っ付いているルナに離れるように伝え、ようやく泣き止んだルナも、それを聞いて素直に離れた。
「―ま、キミが目覚めたなら、退院まではすぐだろう。ボクらは一旦御暇するよ。
話したいこともあるだろうけど、またいつもの所で待ってるよ」
ルナと一緒に、無事を確認したので用件は終えたと言いたそうに帰ろうとしたところで、呼び止める。
「…ケイ、ルナトリア」
「どうしました?」
驚いた素振りもなく、ゆっくり振り返った2人に向けて、ヴァンは数秒迷った後、呟くように伝えた。
「――ありがとう」
素直な感謝の意を伝えられ、2人は笑った。
「この程度のことなら、いつでもやりますよ」
「ヴァン兄も、早く戻ってきてくれよ」
それだけ伝えて、2人は空けた扉の向こうへと消えていき―静かに扉は閉められた。
ヴァンの目覚めから、話はトントン拍子で進んでいた。
2人が帰る時に伝えていたのだろう。帰ってからすぐに看護師が飛んできたと思うと、全身の検査が始まり、各数値に異常はほぼなし。強いて言うならば、筋肉が多少損傷している程度であり、日常生活にも支障はないだろうと判断され、念のため1日経過を見てから、退院すると伝えられた。
退院手続きをしている時に聞いたが、費用については国持ちらしい。どんな治療をしていたかまでは聞かなかったものの、医者も看護師も、一晩の間に劇的に症状が改善したと話しており、首を捻っていた。だが、ヴァンは1つ心当たりがあった。
それは、不自然なまでに記憶が抜け落ちたかのように開いていることと、擬似竜の2匹目を追っている時に指輪たちが感じた、懐かしい魔力。きっと、何らかの形で致命傷を負った自身を助けたのは、師匠なのだろう。
師匠―黒の竜狩りが持つ権能、"時繰"の力であれば生命活動さえ維持されていれば、元に戻すことも出来る。ただ、気になっているのは、滅多なことで権能を使おうとしない師匠が、今回に限っては力を使う判断に至ったこと。それだけ、自分が危険な状態だったという可能性は否定できないが、それでもわだかまりが残る。
―実際は、真っ当な方法では修復不可能なレベルで呪いが進行していたことは露とも知らず、彼は改めて拾った命を噛み締める。
(…相手が誰であっても、負けてられないんだ。まだまだ、俺は強くならなきゃならない)
生き延びれたことへの安堵より、敗北したことへの後悔。彼は復讐を果たす、つまり黒竜を殺すことへの執着は一層強くなっている。
とは言え、万全の状態を維持してこそ、勝利がもたらされる。強くなることへの渇望はあれど、それを抑え、改めて働き詰めで疲れ切った体を休めることにした。




