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飾らない君は傾国の美女  作者: ダイズとカツオ
第一章 白亜の少女
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過去、それはスティグマ

「んじゃ、俺はもう行くぞ」


 そう言って俺はいつも通り家を出た。


 ――いや、訂正しよう。今日は俺一人で稀沙羅はいない。何故ならば玲と大事な話があるからだ。


 じゃあ稀沙羅はどうするのかというと、愛華がいつも乗っている桜羽場の送迎車に乗せてもらうことになった。


 いつもの道を一人で歩いていると、昨日と同じ待ち合わせ場所に到着する。


「おはよう、ハニー」

「おはよう、エリンギ」

「うぐっ、、それはマジでごめん」

「冗談冗談、気にしなくていいよ。おはよう、ダーリン」


 玲は奏斗を詰りつつ隣に目を向けて首を傾げた。


「稀沙羅ちゃんは?」

「その前に説明しなきゃいけないことがある」


 奏斗は首に手を当て、申し訳なさそうに言った。


「家にティアが暮らす事になった」


 玲は何も言わず、ただ眉をひそめるのみ。


 そんな彼女の反応を窺いながら奏斗は続ける。


「黎明の入学を巡って親父さんと揉めたらしく、一人で日本に行くことを条件に許してもらったそうなんだ」

「それで奏にぃの家を頼ったと」

「そうなるな」

「まぁ別にいいよ。奏にぃ責めたって意味無いしね〜」

「助かるよ」


 機嫌も変わらずでホッと胸を撫で下ろす。


「で、稀沙羅ちゃんとどう関係が?」

「実は話はこれだけじゃなくってさ。むしろこっちが本題なんだ」

「ふぅん、大事な話があるんだ」


 少し身構える玲に「それ程の事じゃないさ」と付け足して奏斗。


「デートをしよう」

「デート……そっか、今までは内緒にしてたから行けなかったけど、それももう終わりか」

「そういうこと。念願の初デートだな」

「全く心配性だよね。万が一知られたら困るからデートはしないとか用心深いにも程がある。まぁ、学校で十二分に充実してたからいいんだけど……」


 そっぽを向いて唇尖らせブツブツと――すると、ハッとした様子で立ち止まる。


「もしかして、私のご機嫌取りのつもり?」

「うぐっ……」


 今度は奏斗がそっぽを向く。そして、玲はその姿にジト目をぶつけた。


「やっぱり」

「ティアの存在に関係なくデートはしたいと思ってたよ。……でもまぁ、そこに打算がないって行ったら嘘になるかな」


 頬をポリポリと掻きながらバツが悪そうに弁明をする。その姿に玲はいたずらっぽく笑った。


「ふふっ、貴方のそういう正直なとこ好きだよ」

「……小悪魔め」


 奏斗が吐き捨てると、玲は鼻を鳴らして彼の手を固く握った。


 ひんやりとしたスベスベの肌の、少し小ぶりな手がしがみつくように握ってくる。そして、その手をそっと握り返した。


 日程は土曜の午前十二時、駅で待ち合わせることとなり、その後は雑談に花を咲かせていた。


(ご機嫌取りは正解だったな)


 話しながら歩いていると、時折玲の鼻唄が交じる。


「ふふん♪」


 ―――


 日は進みデート当日、土曜日の午前九時。


 奏斗との待ち合わせは午前十二時。しかし、私は駅へと向かっていた。


 理由は単純。時間通りに来るであろう彼を待つためだ。そして、私を三時間も待たせたことを意地悪に指摘してやる。一体どんな表情をするのやら。


 緩む口元を必死に隠して、歩みを進めいていると駅の広場が見えてくる。そして、そこの一角にあるベンチに目が止まる。


「えっ?」


 眼前の光景に思わず声が漏れた。そのベンチにはどこか物憂げな奏斗が座っていた。


 こちらに気づいた彼が手を振っている。私は返すことなく小走りで駆け寄った。


「なんでもういるの!?」

「なかなか寝れなくってな」

「い、いつから……?」

「大体六時くらいからここにいたかな」


 彼の言動に、玲はガクッと肩を落とす。


「三時間も待たせてたのは私の方だったか……」

「あと浮かれすぎて朝メシ食うの忘れた」

「も〜う! ウチの彼氏可愛すぎる〜! あ、じゃあどっかで食べてく?」

「そうだな。馴染みのとこがあるんだ。そこ行こう」


 ――というわけで奏斗行きつけの喫茶店へと向かった。


「いらっしゃいませ〜」


 大正浪漫を思わせるような店内を案内され、テーブル席に着く二人。


「いい所じゃない。まさかこんな所があるとは」


 ぐるりと店内を見渡して玲は呟く。 奏斗はそんな彼女の装いを見つめていた。


 彼女の服は黒を基調としたガーリーファッション。その黒が玲の白無垢な肌と髪、ルビーのような瞳を際立たせ、より一層完璧美少女となっている。


「可愛い」

「ふぇ!?」


 脈絡なく放たれた言葉に間の抜けた声を出してしまう。そして、みるみるうちに赤くなってゆく姿に奏斗はニンマリと笑った。


「奏にぃこそ……お洒落だと思うよ」

「そりゃどうも。悩んだ甲斐があったよ。その様子だと、玲もかなり悩んだらしいな」


 薄ら笑いを浮かべる奏斗に、玲は「またそうやって見透かして……」と唇を尖らせる。


「な〜にイチャついてんの」


 すると、見た目大学生くらいの女性店員が二人に話しかける。突然のことに若干キョドるコミュ力の低い玲。


 彼女は「天内(あまない)志帆(しほ)」と名乗り、玲も同じように名乗る。彼女は自称看板娘らしい。


「奏斗くんの彼女?」

「あっ、はい」


 彼女はニッコリと笑って感慨深い様子で頷く。


「奏斗くんにも彼女かぁ。あんたバイトの子たちに結構モテてたのよ?」

「そんなこといいから早く注文取ってくださいな」


 呆れ顔でヒラヒラと手を煽り、注文を促す。


「はいはい。えーっと、奏斗くんはいつもので」

「玲は何か食べるか?」


 玲の方を見ると、顎に指を当てながらメニューを眺めている。


「んー、私は朝食べてきたからなぁ。軽いのがいいかな」

「ここのホットケーキ美味いぞ」

「それ軽くじゃないのよ」

「いえ、デザートは別腹です。ホットケーキとブラックコーヒーをお願いします」

「……カップルって似るんだね。了解。ちょっと待っててね」


 志帆は慣れた手つきで伝票に記し厨房へと戻ってゆく。


 玲はその後ろ姿を眺めていた。


「いい人ね、私の眼帯とアルビノに一ミリも反応しなかった」


 目を細めてから、視点を手元に戻した。その様子に奏斗は口を綻ばせる。


「ところで、実力テストのことなんだけど。私、また貴方に勝てなかった」


 人差し指と親指で、爪をパチッと弾く玲。奏斗は思わずジト目になる。


「その話、まだ引きずるのか……」


 新学期が始まってすぐ行われた実力テスト。そして、その結果が帰ってきたのは先週の頭である。テストの結果がここまで日持ちするのは彼女だけではなかろうか。


 ちなみに奏斗が余裕の一位。玲は14点差で二位だった。


「そりゃ引きずるよ。私は黎明に来てから一度も貴方を超えたことないんだから」

「まさか超えるまで引きずるつもりか?」


 玲は頷き、奏斗は苦笑い。彼女の右眼は闘志で揺らいでいる。どうやら一番じゃないと自分が許せないらしい。


 そうして雑談に花を咲かせていると、両の手にトレイを乗せた志保が料理を届けにやってくる。


「お待ちどおさん。奏斗くんはいつものクリームソーダとオムライスのソース無し、玲ちゃんはホットケーキとブラックコーヒー。それじゃあごゆるりと〜」


 微笑む志保は再度厨房に戻ってゆく。その姿を尻目に玲は呟いた。


「ケチャップ無しなんだね」

「だって卵の下はケチャップライスだぞ? 上からケチャップかける必要なんてないだろうに」


 そう言って、一口、また一口とオムライスを口に運び、奏斗の浮かれすぎた胃は満たされた。


 ―――


 喫茶店を後にして、本題であるショッピングモールへと向かうために電車に揺られる二人。


 奏斗は手すりを掴み、周りの好奇の目から庇うようにして玲と扉の前に立つ。


 電車内が混雑していることもあってかなり距離が近い。腕に浮きでる血管、鍛えられた胸筋、そんな男らしい部分を間近で見ることが出来るのだ。まさに至福と言えよう。


 電車が大きく揺れ、玲はバランスを崩し奏斗へもたれ掛かってしまう。


「おっと、大丈夫か?」


 奏斗は玲の腰に手を回し引き寄せる。当然体が密着する。すると、柑橘のような爽やかさの中に仄かな甘さを孕んだ梅のような香りが玲の鼻腔を刺激した。おそらく彼が着けている香水であろう。


(これが奏にぃの匂い……!?)


 玲は体を離さずにそのフェミニンな匂いを嗅ぎ続けた。嗅ぐ度に手足が痺れ脳がとろけるような感覚に陥る。そこで玲は深呼吸、奏斗の匂いが鼻腔を蕩かす。


「ぐへ、ぐへへ、うへへへ〜」

「着いたぞ。ってどうした?」


 今世紀最大にだらしない笑みを浮かべていると目的地の駅に着く。


「なんでもない。早く行こ」


 必死に表情を取り繕い電車を降りる。本当はもっと嗅いでたい、嗅ぎ続けたい。そんなふうに思っていると、鼻の奥に残り続ける彼の匂いが鉄臭い何かと混ざり、ある感覚が広がる。


「ちょっ、鼻血出てるぞ!?」

「へ?」


 奏斗がハンカチを取り出し玲の鼻を抑える。その後は適切かつ迅速な処置により、何事もなく鼻血は止まったのだが、処置中にも匂いがしたため気が気でなかったそうな。


 ―――


 ショッピングモールにて、手を固く繋ぎ散策する二人。


 すると、ピタリと玲の足が止まる。


「どした?」


 彼女の視線の先にあったのは、若者向け洋服店。より正確に言うならそのポスターに映る広告モデルだろうか。


「あの人どっかで見たことあるんだけど」


 しげしげとポスターを眺め、記憶を探る。しかし、探し当てる間もなく繋いだ手の先から答えが投げられた。


「ん? あぁ、結月(ゆづき)か」


 玲はそのポスターを眺めながら奏斗の言葉を待った。


雲類鷲(うるわし)結月(ゆづき)、アイツも黎明の同級生だよ。一年五組だったかな」


 学園ではスクールカーストトップに位置するポスターの少女。人気者で常に取り巻きに囲まれている。愛華などの名家生まれと違って一般の出なので距離が近いのがその要因だろう。


「へぇ、モデルなの?」

「本人曰くまだモデルじゃないんだけど親が事務所の社長で、たまにあんな感じに手伝いをするんだと。あと伯母が手がけてるブランドのモデルだったり、読モだったり――本人は否定してるがモデルだな」

「随分詳しいんだね」

「あぁ、まぁ、ただの友人だよ」


 ヤキモチを焼く玲に付け足しておく。


「それと、もし関わることがあっても深入りしすぎるなよ」

「どういうこと?」

「なかなか癖の強いやつでなぁ。まぁ、選挙戦に出馬することも関わることも無いだろうし、気にしなくても大丈夫だと思うけど」


 わざとらしく濁しながら、奏斗は結月に洗脳され破滅し退学して行った人達のことを思い出す。


 ハッキリ言って結月は頭のネジがぶっ飛んでいるのだ。彼女は取り巻きを利用し、自分の望むように周囲を作り替える。それを知るものからは「女王」と渾名されてたりする。できれば一生関わりたくなかった。


(結月の名誉のためにも、今このことを言う必要は無い。何より玲には知って欲しくない)


「もう行こうぜ」


 玲はポスターから視線を外し、共に歩き出し、引き続き店を見て周りモール内を散策する。


 そして、少しの時間が経ち、玲が今日のデートの本題について話す。


「ちょっと早いけど誕生日プレゼントを買ってあげる」

「そりゃあどうも。何にするつもりだ?」


 自信たっぷりの笑みを浮かべる彼女に連れられたのはアクセサリーショップだった。


「ほぉーん、なるほどね」

「一組のイヤリングとかピアスをお互いに一個ずつ持つのがいいんじゃないかって思ってさ」

「それを着けて登校すれば嫉妬の嵐だな」

「私たちの間柄を見せつけてやろう」


 ムフフと不敵な笑みを浮かべる玲。奏斗はただ微笑んだ。


 ――ところで、由緒正しき学校ならピアスはダメなんじゃないの? という疑問が湧き上がってくるだろう。


 しかし、黎明は違う。黎明学園の特筆すべき点はその校風である。


 それは「実害及ぼさなければ基本自由」というもので、ピアスや化粧、髪を染めても問題はない。生徒会の権力が強いのも、その自由さ故である――


「奏にぃ! これ可愛くない!?」


 少しテンションの高い玲が一つのイヤーカフを掲げた。


 それはリボンのレースアップを模したもので、少しピンクがかった銀色をしている。


「確かに可愛い」

「でしょ! じゃあ、これをお揃いっていうのは?」

「俺男だぜ?」


 玲は少しシュンとした。「女性向けの香水着けてるくせに」と小さく呟く。


「じゃあこれは私に買う……」

「君になら似合うと思うよ。お揃いのは俺も着けるんだしもっとシンプルなやつにしようよ」


 手は繋いだまま店内を見回る二人。ふと、あるピアスが奏斗の目に留まる。


 イヤーカフから絶妙に弛みの異なる二本チェーンがピアスに繋がっていて、そのうちより弛んでいる方はピアスを経由して更に下へ垂れ下がっている。


「これ、良くない?」


 そう思う理由は上手く言語化出来なかった。とにかくこれを身に付けたいと思った。


 奏斗はそれを手に取って玲の方へ振り返る。すると――


「これ良くない!?」


 彼女も同じように好みを見つけたようで、手には少し細めでクロスリングのイヤーカフがあった。


 それは奏斗の要望通りシンプルなもので、手に持っているピアスと干渉せず色も同じなので溶け込める。


「それ良いね」

「奏にぃが持ってるやつも良い!」

「「そうしようか!」」


 思わずハモる二人。少しばかりの恥ずかしさに笑みを浮かべ合いながら、玲は値札に目を落とした。…………落として、笑みを引っ込めた。


「アクセサリーって割とするよね……」

「買おうか?」

「ダメに決まってるでしょ!? 貴方の誕生日プレゼントなんだからそんな必要は無いよ」

「じゃあお言葉に甘えて、ありがとうございます」


 そうしてレジで会計を済ませ、二人はモール内の人通りの少ない場所で小休憩を挟んでいた。


「いやー、いいもの買えたね」


 満足そうに相好を崩し、奏斗に向き直る。


「改めて誕生日おめでとう」

「大分気が早いな」


 小さく笑うと、彼女は神妙な表情に改めた。


「あのね、私って誕生日を祝ったことも祝われたことも無いんだ。だから、凄く嬉しいの」


 玲の淋しげな顔。奏斗はボリボリと頭を掻きながら言った。


「誕生日、二月十二日だったな。初めての誕生日会は相当に壮大なものにしないとな」

「せがんでるみたいになっちゃったじゃん。でも、楽しみにしてる」


 淋しそうな顔の玲に微笑みかけると彼女は笑って返してくれた。彼女の笑顔だけでも奏斗は十二分に満たされる。彼女の一挙一動が最高の贈り物だ。


 ぽかぽかと心が温まるのを感じながら、彼女の横顔を眺める。


「ピアスは無理だからイヤーカフだけでも着けちゃおうか」


 彼女は小袋から先程のイヤーカフを取り出して、奏斗の左耳にひんやりとしたしなやかな手が触れる。


「うん、似合ってる。我ながらいいセンス」


 満足気に頷きもう一つの方を奏斗に手渡す。


 すると、奏斗はお返しと言わんばかりに玲を抱き寄せた。互いの息が触れ合い、鼓動さえ聴き取れそうな程に接近する。


 右耳に触れると、彼女はこそばゆそうに目を細めていた。


「似合ってる、可愛いよ」


 そう耳元で囁くと、彼女は頬を赤らめながら身震いをする。そして、奏斗を抱擁し再度呟いた。


「早いけど、それでも言わせて。誕生日おめでとう」


 その後は色んなテナントを周ったり、映画を見たりしてデートの残り時間を余すことなく満喫した。


 ―――


 週明けの月曜日、奏斗は家を出て学校へ向かう。


 今日はどうやら、用事があるとの事で玲は一足先に登校していた。そして、奏斗は心配からなのかいつもより早い時間に家を出たのだった。


 学校に着き教室に入ると、珍しいことに玲が寝ていた。しかも、彼女の席ではなく奏斗の席で。


 陽の光に照らされ、輝きを放つ白い肌とお揃いのイヤーカフ。この光景をそのまま額に入れておきたいほど、彼女は様になっている。


 美しい彼女の寝顔を見てやろうと近づく。注意深く観察してみると、彼女の長い前髪の隙間からチラリと薄いピンク色の痣のようなものが見える。


 不審に思い前髪をかきあげると、その正体に目を見開く。


 それは、火傷の痕だった。顔の右側に大きく広がるソレ。その事実に息が上がる、喉が詰まる、胸が苦しい。


 ――――彼女に何があった?


 日々見え隠れしていた怯えがソレと結びつき、様々な憶測が脳裏を駆け巡る。すると、玲の目がゆっくりと開き、その場から飛び退いた。


「……………………みた?」


 右目を覆い、後退る。その声は酷く掠れ、震えていた。


 奏斗は沈黙するしか無かった。かける言葉が見つからない。かけるべき言葉がない。事情を知らない無責任な慰めなど抉るだけだ。


「……ッ!」


 だがそれでいい筈がなかった。彼女は嗚咽混じりに目を濡らし廊下へと走り出す。すれ違いざまに見た表情は悲痛で絶望そのものだった。


 奏斗は追いかけることも出来ずその場に立ち尽くす。梅の香りが彼女を捕らえることもなかった。

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