よくある転校生
憂鬱な朝がやってきた。
稀沙羅を叩き起し、顔を洗い、朝食を作り、稀沙羅を叩き起す。
だが、今日の朝は一味違う。何せ玲と初めて登校するのだ。クールでナイスガイな俺でも結構浮かれている。
「何言ってんの、お兄ちゃん」
「心を読むな」
朝食を摂り終え、支度をし出発する。
いくら玲と登校するといっても、やはり足取りは重かった。
面倒臭いというのもあるのだが、それ以上に嫌な予感というものが拭えないのである。それはもう昨日の夜から悪寒が酷かった。
それに全く憶えていないが懐かしい昔の夢を見たような気がする。
正直、昔のことは思い出したくない。
「おはよ、ダーリン♡」
などとウダウダ考えている間に玲の家に着いていた。超ご機嫌である。
「おはよう、ハニー」
いつも早くに登校して教室で言い合っていた常套句。下校途中にある別れ道で言うのは中々に新鮮だ。
彼女も同じように思ったのか満足そうに微笑むと、高速で近づき左腕に絡みついてくる。
「いつもバイバイしてた場所でこのセリフを吐くことがこんなに良いこととは。やっぱりもっと早くにバラすべきだったね」
「その期間があったから今に特別が生まれるんだろ」
彼女は唇を撫でて「それもそうか」と頷いて歩き出した。
一方、歩き出した傍らで、稀沙羅がおずおずとした調子。
「ん? どうした?」
「玲ちゃん、あたしも、、、その……お兄ちゃんと腕組んでもいいかな?」
「もちろん、いいよ。私はあくまで彼女。妹という席は貴女しか居ない。それは、奏にぃにとって掛け替えのないものだから。そんなこと言って奏にぃなんて呼び方してるんだけどね」
玲は微笑む。どこまでも兄が好きな妹とそんな妹を二度と一人にしたくない兄。そんな二人に寛容な彼女には感謝しかない。だが、それとこれとは別だ。
「俺の自由意志はどこに?」
――返事は帰ってこなかった。
そうして時は経ち、特に何事も無く学校に着いた。
そして今、滅茶苦茶視線が痛い。まぁ、堂々と美少女二人を侍らせている奴がいたら自分だって白い目を向ける。ましてや、それが恋人と妹だとわかっているなら尚更だ。
「アハハっ、針のむしろねぇ。まぁ、私だって同じ目を向けるかな」
周囲の反応に笑う玲。彼女、結構豪胆である。
「俺、今回ばかりは意心地が悪いよ……」
氷の様な視線に首を縮めていると、一人の女生徒が近づいて来る。
巻きつけている腕章のおかげで、この後の展開が手に取るように理解できた。
「そこの三人! 学園の風紀を乱さないでください!」
案の定、大声で決まり文句を言われてしまった。
ミディアムヘアに丸眼鏡。左の二の腕に巻き付けるは風紀委員の腕章。ブレザーを纏い、スカート丈は基準通り。背筋をシャンと伸ばし、いかにも優等生って感じの女生徒、彼女は哀川陽。奏斗と稀沙羅の友人の一人である。
「やぁ、陽。朝から元気だなぁ。何か良いことでもあったか? 俺はコミックでしか聞かないような定型を聞けて感無量だよ」
「良いことなんてないですよ。いいから離れてください!!」
陽に力ずくで引き剥がされ、稀沙羅が「やぁん♡」と艶めかしくもわざとらしい声を漏らす。
「え〜、黎明の自由さはどこいったんだよ〜」
「彼女さんとイチャイチャするのは構いませんが稀沙羅ちゃんとはどうかと思います!!」
「あたしもイチャイチャしたーい」
「いい加減に稀沙羅ちゃんも自立しなさい。高校一年生ですよ」
「そんなの知らないよー、甘やかすんだもん甘えるよ」
陽はキッとこちらを睨み、溜息を吐いた。
俺は肩を竦めるしかない。
「はぁ……まぁいいです。疲れるので早く教室行ってください」
陽はシッシッと鬱陶しそうに手を振る。
「もう、陽ちゃんは冷たいな〜」
「だったら、また昼にでも会いましょう」
「うん、わかった。それじゃ、ばいば〜い」
稀沙羅は満面の笑みで手を振り別れを告げる。
そうして俺達はその場を後にした。
―――
ホームルームの時間になり、全校生徒が大講堂に集められていた。
そのステージの脇、相も変わらず奏斗は忌避の視線を注がれている。
奏斗はこの状況で前置きなぞ話す気になれず、早速本題に移ることにした。
「会場の皆さん、ごきげんよう。突然召集をかけられ混乱の最中とは存じますが、早速本題に入りたいと思います。それでは新しい生徒に自己紹介をしていただきましょう。どうぞこちらへ」
舞台袖に居るであろうゲストに、ステージ中央に来るように促す。
その言葉を聞いたほとんどの生徒の意識が切り替わるのを、奏斗は肌身で感じていた。
(ぶっちゃけどうでも良くないか。美人転校生とかコミックでよくあるけれど)
新しい生徒というなんとも期待感の溢れるイベントにざわつき始める会場。そんな中、奏斗だけが冷静で、冷めていた。
一方で会場はボルテージを増してゆく。やがて、現れた人影に会場は様々な反応を見せる。
(そういえば、玲も稀沙羅も内心わくわくしてたな)
そう思いながら、テンションの上がる会場から視線を外して、その人物が歩いてきた反対側の舞台袖へと目を向ける。
目を向けて、目を剥いた。
「なんでお前が」
赤みががった茶髪に、透き通るような白皙、そしてサファイアのような碧眼を持つ日本人離れした少女。
その容姿と、健康的で細すぎないスラリとした体のなんと華やかなこと。自信に溢れた立ち振る舞いもあって会場の生徒を釘付けにしていた。
しかし、奏斗だけは視線の意味が違った。
何せ、彼は彼女のことを知っている。
「Hallo! 黎明学園の皆さん。私はティア・シュヴァルツシルト。母が日本人で父がドイツ人、見たまんまのハーフよ。今日から皆さんと同じ時間を過ごし、高め合えることを嬉しく思うわ!」
そう名乗る少女は向き直り、胸に手を当ててドイツ語で呟いた。
【――久しぶりね。奏君】
真っ直ぐと、快晴のような澄んだ瞳を向けられ狼狽える。
目の前の少女は奏斗の記憶よりもずっと大人びていて、いっそ不遜とも思えるほど活力と存在感に溢れていた。
【奏君、ちょっとこっちに来て。そんなに遠くじゃ顔がよく見えないわ】
つい先程まで冷めきっていたのに混乱が頭を巡っている。
言われるがまま、呆然と奏斗は微笑むティアのもとへと歩み寄る。
【ちょっと大人になったな。それ以外は何も変わらないや】
【ええ、そうね。アンタこそ】
ティアは目を伏せて、息を吐き切る。
――そして、思いっきり右手を振るった。
【アンタ、もっとしっかりしなさいよ……ッ!】
パチンッ――
破裂音が響き渡り、ティアは悲痛さと、失望を滲ませて金切り声をあげる。
奏斗はジリジリと熱を持つ頬に触れながら、わらっていることを自覚した。
「俺より……お前の方が痛そうだな……」
「……っ!」
鉛のような瞳で見つめられ、ティアは思わず後ずさる。
その姿を尻目に、奏斗は会場の生徒達を見渡して小さく笑った。
「まっさか全校生徒の前でビンタされるとは。会場は置き去りだな。一体なに見せられてんだって顔してるぜ」
「そうね……少しはしゃぎすぎたかしら」
その言葉を最後にお互い振り返って、奏斗は司会台へ戻った。
「さて、話が色々と脱線しましたが――これ以上何か無いようならこれで切り上げますが」
奏斗はティアの方を一瞥して反応を伺う。
すると、彼女は人差し指を立ててマイクに声を通した。
「一つ。最後に一つ伝えたいことがあるの」
会場の生徒達は興味と混乱をその瞳に混ぜ、ジッと彼女の言葉を待っていた。
そして、彼女は深呼吸をしてから威風堂々と言葉を紡ぎ出す。
「この私、ティア・シュヴァルツシルトは日本で五本の指に入る名門の長女にして、この学園有数の秀才、桜羽場愛華のパートナーとして生徒会選挙に臨むことをここに宣言するわ――!!」
―――
全校朝会が終わり、生徒達は自らの教室に戻る。
そして、各々があの嵐のような女生徒について思うことを語って賑わう中、とあるクラスだけは話が弾むどころか空気が冷えきっていた。
「楽しそうだったね」
玲は脚を組んで座り、冷たく吐き捨てる。その目線の先には正座をさせられた冷や汗ダラダラの奏斗がいた。
「どういったご関係で?」
ニッコリと口だけで笑って彼を見下ろす。
「え〜っと、あいつは愛華と同じように幼馴染で小二の頃に帰国したんだ。久しぶりの再会に正直感動してるよ」
彼女の睥睨におずおずと答える奏斗。
その返答に玲は脚を組み直して「また幼馴染……」と呟く。
すると――
「奏君見つけた!!!」
奏斗は立ち上がって声のする方を見やる。すると、物凄い勢いで扉が開き、ティアがズカズカと教室に入ってきた。
「お前よくここが分かったな」
「簡単な話よ、片っ端から教室を尋ねてきたの。……なんか、ここ寒くない? 」
「……気のせいだろ」
俺の彼女が氷雪系能力者じゃなければの話だが。
「ところで何で私が八組でアンタが二組なのよ! 愛ちゃんに限っては一組だし! せっかく一緒の学校だってのに遠すぎるのよ!」
悲痛さを前面に猛然と叫ぶティア。彼女は好き勝手叫び終えると息を切らして肩を上下させる。
「相変わらずだな」
奏斗はどこか遠い目で微笑んだ。
すると、ティアは「あっ、そうだ」と何かを思い出したようでおもむろに奏斗へ近寄る。
【歯、食いしばってね】
――そのドイツ語と同時、彼女の拳が奏斗の顔面にめり込んだ。
奏斗は突然の衝撃によろめくが、後ろから玲が優しく支える。
「アナタ、なんのつもり――!?」
食い殺さんばかりの剣幕で睨みつける。しかし、ティアはそのサファイアの瞳をあくまでも奏斗にだけ注ぐ。
「一発じゃ足りなかったから」
酷く、冷徹な声音。寒空のような瞳で俯く奏斗を突き刺した。
「私と目も合わせられないのね。惚れたのかしら」
その言葉に玲はカチンときた。目の前で恋人が殴られ、自分はまるで関係のないように扱われている。
気に食わねぇ、一発殴らせろ――
しかし、後ろから腕を掴まれ、それをすることも叶わない。
「いいんだ、玲。俺が悪いんだ」
彼の瞳は真っ直ぐだった。ティアはそのことに満足そうに鼻を鳴らす。
だが、空気は依然として険悪なまま。
(二人で通じあっちゃって……気に食わない)
玲がむくれていると、扉から闖入者が顔を覗かせる。
「あらあらぁ〜、わたくしの為に争って下さってるんですかぁ?」
険悪な空気に花が咲く。声の主は愛華だった。
「別に、いつもの癇癪よ」
「自分で言うな。高校生だろ、お前」
ジト目でツッコミを入れるとニカッと快活な笑みを浮かべる。先程までとはまるで別人のように。
「それで、何しに来たんだ?」
「旧友との再会ですから」
「確かに。野暮だったな」
哀愁漂わせて小さく笑い合う三人。わざわざ言葉にする必要も無い関係なのが見て取れた。
しかしその空気の蚊帳の外、ふくれっ面な玲は堪らずその思い出に割って入る
「やっぱり気に食わない。思い出に耽っちゃってさ。私の紹介くらいしてよ」
すると、奏斗は目を少し丸くしてから微笑む。玲の見知った笑顔だった。
「あぁ、悪い。コイツは――」
「初めまして、奏にぃの彼女の久遠玲です」
名乗り出て自分から手を差し出す。すると、ティアは三歩前に出てその手を握った。
「改めて、ティア・シュヴァルツシルトよ。アンタが奏君の彼女ね。これからよろしく、玲」
「こちらこそ、よろしく」
笑顔を張り付けた友好さの欠けらも無い握手。奏斗はこの二人が仲良くなることを切に願った。
――が、しかし、その願いも虚しく爆弾は投げられる。
「Ich liebe dich」
「――は?」
「アンタがいくら腐ってもこの気持ちは変わらないわ、奏君」
奏斗は無言のまま、玲越しで告げられた言葉に関して頭を抱えていた。
「それじゃ私はそろそろ。バ〜イ!」
「それでは、わたくしも」
奏斗の反応を気にする様子もなく上機嫌に去ってゆく。そして愛華もまた、いつもの数倍上機嫌でこの場を後にした。
「本当に嵐見たいな人だね」
玲が呟いた。奏斗が怪訝に思っていると、彼女は振り返って緩慢に歩み寄ってくる。
「れ、玲さん――痛ッデ!! イタタタタっ! 耳取れる耳取れる!!!」
千切れんばかりの痛みに悶絶する奏斗。片耳を引っ張られ、半強制的に目線を合わせられる。鼻と鼻が触れ合う距離に不機嫌な玲の表情があった。
「どーゆーこと」
「な、なにが……」
「あの程度のドイツ語、私にだってわかる」
ジトっとした重い瞳に見つめられ表情が強ばる。
「それに、あんなわかりやすい恋心に気づかないわけが無い。私ですら分かるなら貴方にはなおさら……」
責め立てるような声音。彼女の瞳は細く震えていた。
事実、見て見ぬふりをしてきたのは奏斗の方だ。向こうがいつ自覚し始めたかは定かではないが、出会ってからすぐにそれを抱き始めていたのは知っている。
しかし、知っているからなんだというのだ。
四輪の花があったとして――一輪は一緒に育った花。一輪は知らない場所で育った花。一輪は自らが育てた花。最後の一輪はこれから育ってゆく花。
奏斗はその最後を選んだにすぎない。
「……八つ当たりね。最後まで私を選んでくれればそれで良い」
玲は耳からそっと手を離して、その手を頬に添える。
「耳、大丈夫?」
「おかげさまで」
そう言って微笑んでも、彼女はすっかり元気を無くしたようで伏し目がちになる。
扱いに困った様子で、ふと、視線を教室全体へ向けるとクラスメイトに非難がましい目を向けられている。
「痴話喧嘩はほどほどにしろよ、奏斗。今度は二人揃って評判が落ちるぞ」
クラスメイト全員の心情を代表するかのように努が言った。
「ああ。そうするよ」
「にしても、お前の周りには美人ばっかだよな」
努はやたらと記憶に残るあの女生徒を思い起こす。プライドの高さと高飛車な態度が学園の誰かを虜にするのだろう。
「全く……四方に花だな」
「ははっ、花は好きだぜ?」
そう言うと、努は肩を竦めて自分の席へと戻る。
奏斗も席へ着こうとするが、動き出そうとしたところで袖を引っ張られる。
「私は、なんの花だと思う?」
「白の彼岸花かな」
即答だった。玲は彼の瞳を見つめて真意を探る。
「三途の川かなにか?」
「そんなわけないだろ。彼岸花の花言葉って知ってる?」
玲は首を横に振った。その髪を整えつつ撫でる奏斗。
「特に白は『想うは貴方一人』って意味があるんだ」
「っ……!」
みるみるうちに玲の顔が紅潮し、顔を逸らす。そのわかりやすい反応に奏斗はくすりと笑う。
「貴方はどう、なの……」
「エリンギとか?」
ゴミを見る目で見られた。ちなみにエリンギの花言葉は『宇宙』らしい。
―――
「一言も喋ってくれなかったな……」
「当たり前でしょ」
いつもの別れ道で奏斗は玲と別れた。振り返らずに進むその背を眺めて呟く。
あれからの玲はめちゃくちゃに機嫌が悪かった。空気の読めない発言はするものではない。
そう反省していると家に着く。中に入ろうと鍵穴に鍵を挿し、捻る。が、しかし――
「開いてる…………」
「閉め忘れ?」
「なわけ」
1×1から100000×100000までの解答を暗記している奏斗にとって、施錠し忘れなぞありえない。
ならば、鍵が開いている理由は何者かが先に中に居るということ。しかし、恐怖も焦りも無く溜息を吐いて扉を開けた。
「居るなら連絡しろよなぁ……ただいまぁー」
すると、この時を待っていたのかドタドタと床を蹴り、ある少女が奏斗に飛びついた。
「おかえり、おにぃ!」
見慣れた長い純黒の髪はポニーテールに束ねられ、服はよれたスウェットに短パンのThe 部屋着。その表情もいつもの淑女然とした雰囲気とは打って変わって、だらしない笑みを浮かべている。
――これが学園の才女、桜羽場愛華の真の姿である。
実を言うと、奏斗の妹は一人ではない。そして、そのもう一人が愛華である。
二人の両親はとっくの昔に離婚し、愛華は桜羽場の長女として過ごし、奏斗は父親と共に家を出て『桜羽場』から『安心院』へ名を改めた。しかし、離婚後早々に奏斗の父が事故で他界。それでも桜羽場に戻ることはなく奏斗の叔父のもとに引き取られ、今に至る。
学園で幼馴染を演じているのは――まぁ……離婚の際に一悶着あったのだ。
「ちなみに私たちは双子なんだけど、びっくりするほど似てないよ!」
「誰に言ってんだ」
「読者の皆さん」
「ここってラノベの世界だったの!?」
奏斗が突っ込めば愛華はニシシと笑う。稀沙羅同様に兄妹仲はかなり良好だった。
二人は靴を脱いでリビングへと向かう。奏斗はリビングへと繋がる扉を開けて眉をひそめた。
「あ、奏君おかえり、稀沙羅も」
ソファに寝転びながらズボラにお菓子を貪るティア。この二人は裏表が極端に激しい。
「お前もいるのか……てかなんで俺の服?」
彼女は奏斗の部屋着を着ていた。遊びに来た訳じゃないのか?
奏斗が怪訝に思っていると、ティアは少し面を食らった表情で耳を疑いたくなることを言った。
「おじさんから聞いてないの? 私今日からここで暮らすから」
ここ、つまり俺の家。ティアが暮らす……つまり――――同棲!?
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
突然の出来事に大声を出す奏斗。その場の全員が耳を塞いだ。
「今日から三人か、賑やかになるね、お兄ちゃん」
「叔父さん、せめて連絡してくれ……」
「私も今日泊まっていくぜ!」
奏斗の肩に手を置きサムズアップをする稀沙羅。天井を仰ぐ奏斗。ムフフと胸を張る愛華。
「今、誰か私の胸が小さいって考えなかった?」
「誰も考えてねぇよ。自意識過剰乙」
「稀沙羅ちゃんに胸では敵わないのは当然だろう! なんせ学園一の巨乳だからな」
「話を進めるな。誰と話してんだお前は」
「あのな兄貴。童貞オタクには分からないと思うが私のDカップは常人からしたら充分だ」
「だから……はぁ、もういいや」
「なっ!? おにぃの基準は稀沙羅ちゃんという規格外のおっぱいによってぶち壊れているというのか……!」
「あたしってそんなおっぱい大きかったんだ」
そう言いながら自分の胸を揉みしだく二人。何してんの?
「稀沙羅ちゃんってホント良い体つきだよねぇ。筋肉とのバランスが丁度いいのかな? とにかくエロい」
「やめろ変態」
稀沙羅の体の隅々まで触る愛華を引っぱたく。愛華は「どの口がー!」と叫ぶが奏斗は華麗にスルー、リビングを後にした。
奏斗は部屋着に着替え、顔を洗い、思考をリセットする。
今重要なのは玲の機嫌をどう取るかだ。エリンギ発言だけで喋ってくれなくなったのにティアと同棲なんか言ったら多分殺される。そして、それと同じくらい重要で疑問がある。
「何でお前が俺の家に住むんだ? ティアの親父さんならどうにも出来たでしょ」
彼女の父親はアメリカの不動産王であり、そこから発展したコングロマリットの社長でもある。家の一つや二つ余裕で買えるだろうに。
「それがねー、黎明に進学するってパパに言ったら大揉めしちゃったのよ。ギリギリまで認めて貰えなかったの。結果入学が遅れて家も借りられなかった」
どこか鬱陶しそうに語るその姿は昔と重なるものがある。奏斗は目を細めて愚痴り続けるティアの言葉を聞いていた。
「あの親バカは寂しいからって私の出国を何日も引き延ばした挙句、最後にパーティーを開いて友人達を騒がして私をまたアメリカに拘束して……ハァ」
「相も変わらず過保護か親父さんは」
ハチャメチャでぶっ飛んだところも昔と変わっていないようで何よりである。子離れは必要だとは思うが。
「ところでおにぃは悠長にしてていいの?」
「は? なんで」
「ティアちゃんと同棲することになるんだよ? 玲さん怒るんじゃない?」
それはそうかもしれないが、立ち返るとそこまで憂う必要も無いかもしれない。
奏斗は落ち着いた声音で言った。
「物分りいいしそんな心配することでもないと思うぞ」
「そういうもんかなぁ」
「実は秘策もある」
釈然としない様子の愛華。玲の人となりは愛華より自分の方が理解っているはずと奏斗は思う。
「そして、この時はまだあんなことになるとは誰も思わなかったのだった」
「変なこと言ってんじゃねぇ」
「えへ☆」




