幼馴染と泥棒ネコ
奏斗らが会長選に参加することを宣言してから数時間後の昼休み。奏斗達は当然の成り行きで食堂に居た。
「なぁ、それ辛くないのか?」
奏斗の友人である齋藤努は、定食を食べ進める手を止めて怪訝そうに尋ねた。
「あぁ。辛くないよ」
努の視線を横目に口へ運ぶのは本日発売の激辛麻婆ラーメン。本来、学食に出して良いレベルを遥かに超えているのだが、奏斗は何処吹く風。
「難点をあげるなら豪快に啜ると制服が死ぬってこと」
「紙エプロンあるとはいえ、しょうがないよね」
シャツを汚さないようにちゅるちゅると繊細に麺を啜る。ワイシャツが濃いめのグレーだからといって油断は出来ない。
ちなみに努の隣にいる、奏斗に同意を示した彼は敷島勇人といって、同じく友人である。
「……」
「……」
「……」
しかし、友人三人を包むのは無言だった。微妙な気まずさを感じながらひたすら咀嚼をする三人。
そんな中、奏斗が辺りを眺めながら呟く。
「ホント。噂が広まるのって早いよな」
客観的にあくまでも他人事のような奏斗に二人は苦笑い。
奏斗と玲の交際が知れて数時間経った現在、学園内は突然のビックニュースに混乱の渦中にあった。
そして最終的に「不良が才女を誑かした」という話にまで飛躍してしまったが、懸念していた玲に悪評が飛び火するという事態は避けられたので、奏斗はこの一件を埒外に置いた。
とはいえ追及の目は止まない。そのせいで二人は気まずくしている。
「お前がそう仕向けたとはいえ早かったな……」
「ホームルームの時点で一年には広まってそうだったよね」
「なんだかお前らに申し訳なくなってくるな。平穏な昼飯だったのに」
「後でジュースでも奢ってくれよ〜、トラブルメーカー」
ひらひらと手を振って努は冗談めかす。俺は笑いながら肩を竦めた。
「ところで、具体的にいつから付き合ってんの」
「それ、俺も気になるかも」
二人は自らの友人の色恋沙汰に前のめりになる。
こういうことを避けるために黙っていたのだ。俺だって努に彼女が出来たら同じ反応をする。
奏斗は内心で溜息を吐いた。
「去年の十二月頃かな」
「お前……それ文化祭のときってことじゃねぇか」
「まぁ、そうだな」
「いつの間に!」
彼女なんざ居たことの無い努は頭を抱えた。
今度は勇人が彼に変わって口を開く。
「そういえば文化祭のちょっと前から仲良くなってたよね。なんかきっかけとかあったの?」
「これといったきっかけは無いよ」
「へぇ〜隠すんだ。じゃあ、好きになった理由は?」
「一目惚れだよ」
「へぇ〜隠すんだ」
ジト目でニヤつく勇人。素直にウザい。図星なのが、また。
「しかしまぁ、ちょっと安心したね」
そう言って背もたれに身を預ける勇人。奏斗はハリウッド俳優さながらに片眉を上げた。
「わかるわ〜。コイツびっくりするくらい恋愛に興味ねぇんだもん。どんなに美人に告白されても迷わず断ってたし」
「美人といえば、もしかして稀沙羅ちゃんの影響?」
妙なことを言う友人にジト目をぶつける。
「影響ってなんだよ……。まぁ、アレと比べたら全てが霞んで見えるのは認める。玲とかは例外だけど」
サラッとシスコンと惚気を重ねる奏斗に引く二人。
そんなやり取りをしていると、何やら周囲の意識が入口の方に逸れていることに努と勇人が気づく。
「? なんか騒がしいね」
「お、おい……! 花が咲いてるぞ!」
振り返って狼狽える努に釣られて奏斗も顔を上げる。
視線の先には美人で有名な今期生徒会長といつも通り可憐な玲。そして、長めの黒髪を靡かせる淑女然とした女生徒が立っていた。
彼女は桜羽場愛華。元中等部生徒会長であり、日本の基盤を数百年と担ってきた元華族の名門家系の生まれの生徒。その家柄上VIP扱いで影響力も強く、本人も非常に優秀なため憧れの的である。
そして、驚くべきことに奏斗の幼馴染でもある。
「うっわ美人すぎる」
「食堂に来たはいいけど空いてる席がなさそうだね」
確かに辺りを見渡しても三人分の席が見当たらなかった。彼女達が「退け」と言えば退きそうなものだが、当然そうする訳もなく。
すると、生徒会長は少しばかり言葉を交わして玲達から離れていく。どうやら友人と一緒に食べるらしい。
そうしてその場に残された二人。手にはトレイ。玲は人付き合いが得意ではないし、交友関係も狭いのでかなり気まずそうだ。
その様子を生ぬるい目で眺めていると、愛華とバッチリ目が合う。
「諸君、愛華と目が合った。すぐにくるぞ」
その途端、彼らは大急ぎで残った学食を口に運ぶ。
「おいおい。そんな急ぐこたぁないだろ」
「学園のお姫様二人は無理だ!!」
そうこうしている内に、愛華が奏斗達の元へとやってくる。
「すみません。同席してもよろしいでしょうか」
「どーぞどーぞ! 俺達丁度予定があったんで!」
そう言って慌ただしく二人は去ってゆく。
「逃げたな」
「あら、良い機会でしたのに。奏君のお友達とは前々からお話をしてみたかったのですが、残念ですね」
愛華はくすりと微笑む。
「俺もう食い終わってんだけど帰っていいかな」
「ダメ」
そう言ったのは隣でべったりくっついて座る玲。
「なんか、近くない?」
「そんなことない思うけれど」
「そうか気のせいか」
「ええ、気のせいだよ」
普通に肩が触れ合っているのだが、どうやら気のせいらしい。
(今の今まで隠しててイチャつけなかったからなぁ。辛抱たまらんって感じだな)
隣の彼女に頬を緩ませていると、対面の愛華が愉快そうに笑っている。
奏斗は表情を取り繕って咳払いを一つ。
「噂、わたくしの耳にも届いていますよ」
愛華はアルカイックスマイルを浮かべる。彼女の言葉に玲の肩がピクリと動いた。
「だろうな」
「やはり本当の話でしたか。おめでとうございます」
「そりゃどうも」
手を合わせて微笑む愛華に奏斗が素っ気なく答えると、彼女はすぐに笑みを打ち消した。
「ということはつまり、あの話も本当ということですね」
「あぁ、そうか。当然その話も届いてるよな」
奏斗はバツの悪そうな顔で頬を掻く。
「すまん。もっと早くに言うべきだったし、何より直接言うべきだった」
「いえいえ、お気になさらないでください」
そんな二人のやり取りを蚊帳の外で眺めていた玲は不満そうに尋ねる。
「何の話?」
「そういえば言ってなかったな。俺、実は中等部副会長だったのよ。つまりはこいつの元パートナー」
「えっ、奏にぃが!?」
「そうなんですよ。今でこそ不良呼ばわりですけど」
心底意外そうな表情の玲。その表情を肴に奏斗は茶をすする。
「だから高等部でも愛華のパートナーになると思ってたんだけど、そこに玲が爆誕したってわけ」
「じゃあ、私は意図せず奪っちゃったんだ」
「そんな言い方は良くないなぁ。俺の意思で選んだことだし」
「そっか、それもそうだね。ごめん」
玲はぺこりと頭を下げた。その頭を撫でてやると、彼女は鬱陶しそうにしながらも決して振り払おうとはしなかった。
「そういえば――奏君、放課後は暇でしょうか?」
「暇だけど。生徒会の仕事か?」
「はい。先程、会長に備品室の整理を手伝って欲しいと言われまして」
「そうか。頑張れよ」
「なんで。貴方もやるの」
撫で続けられていた玲は、奏斗の手首を掴み上げる。
「そうだよな。俺が居ないと寂しいもんな」
「そうだね。貴方が居ないと寂しい」
「なにイチャついているんですか……」
からかう奏斗にクーデレでカウンターをする玲。しかし奏斗は気づいていた。
(言ってやったぞ感だしてるけど、普通に耳が赤い。真っ白だからわかりやすいな……)
平静を取り繕って箸を進める様を眺めながら、奏斗は微笑む。
その後、いつもより楽しそうに愛華や自分と話す玲を見守りながら有意義な昼休みを過ごした。
―――
そうして時が経ち放課後。
奏斗と玲は約束通り生徒会備品室にいた。
「これは確かに酷いな……」
物で溢れかえった備品室の散らかりように声を漏らす。
「ねぇ、一つ訊きたいことがあるのだけれど」
玲は振り返り、片目を震わせ改まった様子で言った。
「なんだ?」
「桜羽場さんに、恋心を抱いたことってある?」
不安気な玲から漏れ出た疑問。その内容があまりの拍子抜けで、奏斗はほっと胸を撫で下ろす。
「有り得ないな。アイツは家族みたいなもんだよ。もしかして不安になっちゃった?」
「ええ、とても。ずいぶん仲が良さそうだったし」
「まぁ、俺が他校の生徒を病院送りにしても態度を変えないくらいだしな」
奏斗はあっけらかんと言っているが、玲はそれがどうにも気まずくて顔を逸らしてしまう。
「その件は本当にごめんなさい」
「謝るなって何回も言ってるだろ。それに、俺がバカなことをしたおかげで君と付き合えたんだ」
「でも貴方が陰でグチグチ言われてるのが気に食わないの」
すると、奏斗が玲に歩み寄って頭にそっと手を置いた。彼は心底嬉しそうに笑っている。
「……ありがと。多分、遅かれ早かれ告白してたわ」
「俺のバカな行動は無意味だった……!?」
「あの行動が貴方の全てじゃないでしょう? だから、いつか必ず払拭させて貰うから」
玲がフンと鼻を鳴らすと、軽快なノックの鳴り響く。
「失礼します。あら、またイチャつかれてたんですか」
「別にいいだろ」
「まぁ、そうですね。奏君も楽しそうですし」
愛華はそう言って、手に持っていた紙を二人に手渡す。
「廃棄リストです。ここに書かれているものは要らないのでゴミ袋に入れていってください」
「なんか勿体ないな」
「そう思い続けた結果が現状のコレですよ」
単純に捨てるのを面倒くさがった可能性もある。
「それはそうと会長は?」
「どうやら先生と話があるらしく、遅れてくるそうです」
「そっか。なら会長が来る前に終わらせるぞ」
「それが良いね」
早速ゴミ袋を手に持って作業に取り掛かる奏斗。廃棄リストに載っている物を探し、辺りを見渡す。下から順番に見回していき、上を向いて固まる。
「これ身長足んないよね」
そう言って奏斗は棚の一番上へと手を伸ばす。が、当然届かない。
「台とかないの」
「あるにはありますが……」
そう言って引っ張り出してきたのは木製の踏み台。しかし、階段一段程度の高さしかない。
「これ届くのか?」
「届きはするんじゃないの」
試しに乗ってみる。
「うん。指先は触れる」
虚しいような悲しいような表情を一瞬浮かべて頷く。
「普通に危ないよなぁ。しゃーなし稀沙羅呼ぶか。俺よりはデカいし」
奏斗はスマホを取りだして『救援求ム』とメッセージを送信する。
「きたよ」
「「早っ!!」」
メッセージを送ってからわずか二秒。稀沙羅は既に備品室に居た。
「稀沙羅ちゃん、わざわざありがとうございます」
「よっす、愛華ちゃん。気にしなくていーよ。あたしはお兄ちゃんの小間使いだし」
「それ他所では言うなよ……」
玲は「むしろ逆では?」なんて言葉がよぎったが口には出さずに飲み込んだ。
「それじゃ、強力な助っ人も来たことだしやりますかね」
奏斗の言葉を皮切りに黙々と作業を進めていく。
途中、玲と奏斗がイチャついたりつかなかったりしたが、順調に事は進み、三十分もかからないうちに終わってしまった。
「なんか楽勝だったな」
物が片付きスッキリとした室内を見渡して奏斗は呟く。
「本当に会長が来る前に終わってしまいましたね」
「奏にぃと稀沙羅ちゃんが優秀すぎる。これからどうする? 帰る訳にもいかないし」
「でしたら生徒会室でゆっくりしていましょう。美味しいお菓子でもどうです?」
「さんせー!!! ゴミ袋捨ててくるねっ!」
合計六つもあるパンパンに詰まったゴミ袋を担ぎ風のように去ってゆく。奏斗の妹は逞しかった。
やがて稀沙羅が戻り、奏斗が淹れた紅茶を飲みながらソファでくつろぐ一行。
ソファで挟まれたテーブルの上にはスコーンやクッキー、チョコレートなどが並べられている。
「ガッツリお茶するのな。とっくに三時は過ぎてるぞ」
「まぁいいじゃんいいじゃん。このフィナンシェ美味しいよ」
奏斗は稀沙羅に食べかけのフィナンシェを無理矢理咥えさせられる。
「む、美味いなこれ」
「んじゃもう一個!」
稀沙羅は再度、奏斗の口にフィナンシェをぶち込む。
「そういえば会長が仰っていたのですが、新しく生徒が来るそうですよ」
「へぇ。転校生?」
「外部進学生と聞いています。どうやらトラブルで入学が遅れただけのようですよ」
「ふ〜ん。どうでもいいや」
多くの生徒が色めき立つであろう話題に、しかし、奏斗は興味を示さない。我関せずとばかりにクイッと紅茶を一口呷った。
「どうでも良くないでしょ〜。美少女転校生とラブコメ的な展開が――って、お兄ちゃん絶賛ラブコメ中だったね」
「私もどんな人かは少し気になるなぁ。外部進学でここに来るってことは中々実力があるんでしょうし」
奏斗とは打って変わって、彼の両隣で仄かに期待感を膨らませていた。
「まぁ、奏君からすればどうでも良いでしょうね。ですが、そうもいかないんですよ」
カップとソーサーを持ち上げて微苦笑を浮かべる。奏斗は猛烈に嫌な予感がしていた。
「まさかとは思うが……」
「はい。件の生徒から直々のご指名です。全校朝会を開いて、奏君にその進行をして頂きたいと」
奏斗は額に手を当てて天井を仰いだ。
そもそもこの学園は集会自体が珍しい。だというのに入学が遅れただけの生徒一人のためにわざわざ全校朝会を開く――そんな特別扱いが許されるのは相当なVIPでないとまず有り得ない。
「そんな奴がなんで俺を」
小骨が突っかかったような感覚。何かを見落としている。それは、何だ。
おとがいに手を当てて、猛然と思考を回す。しかし、その思考は部屋に響いたノックの音に遮られてしまう。
「ごんめなさ〜い、遅くなっちゃった」
タレ目がちな茶色い瞳、肩下辺りまで伸びた巻き髪、和やかでゆるふわな雰囲気は周囲の空気を思わず弛緩させる。しかし、緩い顔つきとは打って変わって体つきは女性の魅力で溢れていた。
これが、美人で有名な生徒会長。名を神崎詩織。
奏斗は立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「直接は初めてですよね? 初めまして、安心院奏斗です。で、こっちが妹の稀沙羅です」
「初めまして、安心院稀沙羅です」
愛想の良い笑みで微笑み自己紹介を終える。詩織は噂に聞く不良を目の当たりにして目を丸くしていた。
「君があの……随分イメージと違うのね」
正直な詩織に、奏斗は苦笑い。
「初めまして、今期生徒会会長の神崎詩織です。今日は急だったのに来てくれてありがとね〜」
「いえいえ。今、お茶を淹れますね」
誰に言われるでもなく紅茶を淹れはじめる。
詩織はティーカップを温める彼の背中を興味深そうに眺めていた。
「どうしました?」
振り返らず背中越しに奏斗は尋ねる。
「本当に意外だなぁって。囁かれてるイメージからはそうやって紅茶を淹れてる姿は想像できないから」
「ははっ、確かにそうかもしれませんね」
奏斗は笑顔で紅茶を差し出す。そうして受け取った紅茶を一口飲み嘆息を漏らした。
「美味しいわねぇ〜。奏斗君をお茶淹れ係に任命します!」
「ふふふっ、まさしく適任ですね。奏君は私の知る中で紅茶を淹れるのが二番目に上手な人です」
愛華と詩織は二人並んで花が咲いたような笑みを浮かべる。
「それにしても奏にぃ、さっきから所作がお上品だよね」
普段の授業中などとは違って背筋は伸び、その一挙一動が美しく顔立ちも整っているためにとても絵になる。額に入れて飾りたいくらいだ。
玲がまじまじと彼を見ていると、愛華がにこやかに言った。
「奏君は私の幼馴染ですからね。桜羽場との関わりも結構深いんですよ」
「だから小さい頃は色々と言われたよ」
なるほど、そういうことか、と頷く玲。
「あたしもお兄ちゃんによく言われてたなぁ。食べるときは綺麗にって」
「じゃないと美人が台無しだろ?」
「お兄ちゃん、食べ方汚い人心底嫌ってるもんねー」
すると、途端に震え出し上擦る声で玲。
「わ、わたっ、私、大丈夫だよねっ?」
目を丸くしながらも奏斗は優しく微笑んだ。
「心配しなくても大丈夫だよ。合格です」
グッとサムズアップをする彼に二パァッとこれ以上ない笑みを浮かべる。
そんな微笑ましいやりとりを眺めていた詩織。すると、彼女は明らかに何かを思い出したようで「あっ!」と声を漏らす。
「そういえば奏斗君! 明日の事なんだけど――」
「それなら愛華に聞きましたよ。全校朝会ですよね」
「急でごめんねぇ。愛華ちゃんもありがとう」
ほとほと困った様子で肩を落とす。
「これとは関係ないけど人手不足で困るわぁ〜」
「まぁそうでしょうね……」
今期の生徒会は愛華を筆頭に頭の良さも顔の良さも非常に優れていた。男子ならばデレデレし、女子ならば自分の場違い具合に耐え兼ねてしまう。
「あっそうだ。稀沙羅も生徒会入ったらどうだ」
奏斗の提案に目を輝かせ頷く詩織。
「お兄ちゃんがそうして欲しいならいいよ。いくらでもついて行ってあげる」
稀沙羅は至近距離で、真っ直ぐ見つめる。
「”約束”、したでしょ?」
―――
「ちょっと重いな……」
「こら、レディにそんな事言わないの」
奏斗と玲はすっかり暗くなった帰り道を歩いていた。
稀沙羅はというと、帰りの電車で寝てしまったため奏斗に背負われている。
二人の間に会話は無い。稀沙羅の寝息がすぅすぅと聞こえるだけ。
すると、前方から青白い光が走ってくる。奏斗は端に寄り、軽トラが二人とすれ違う。
ふと、彼女と目が合った。
「なぁ、玲」
「なぁに?」
立ち止まった街灯の下、白色光に照らされる彼女に問う。
「シスコンって、どう思う?」
「へ?」
「いやキモイとか思われてないかな〜……って」
顔ごと逸らしてボソボソと……しかし、いくつか待ってみても返答は帰ってこない。
反応を確認するため視線を戻す。すると、何やら俯いて小刻みに震えている。
「……どした」
「ぷっ」
「ぷ?」
「ぷっ、あはっ、アハハハハハハっ!!」
甲高く腹を抱えて笑う。瞳に溜まる涙が照らされてキラキラと輝いていた。
ひとしきり笑ってなおも治まらず、ニヤニヤと半笑いの状態で言った。
「いっ、今更、ンぐっ、、何言って、〜〜〜っ!!」
彼女の治まらぬ笑いに顔を赤くしながらも何かを堪える奏斗。
「で、どうなんだ」
「どうもこうも、去年こっちに来てから一年を通してずっと思ってたよ。良いお兄ちゃんだって」
白色光に照らされて、処女雪のような肌を玲瓏として輝かせる。
奏斗は思わず胸が高鳴るのを感じた。
「第一、私がなんで奏にぃって呼んでると思う? その理由考えたらわかるでしょ」
「わかるけど、不安なもんなんだよ」
「それなら、私がシスコンを許せなかった場合、どうしてた?」
玲の問いかけに、斜め上へと視線を動かし思案する。
「どうしてたんだろうな……少なくとも俺は、こいつを二度と一人にしたくない」
脳裏にこべりついた膝を抱え震える姿。あんなのはもうごめんだ。
「まぁ、結果的に君が寛容で良かったよ。とはいえ一般論じゃマイナス要素だろ。だから――」
すると、玲は「そうかもね」と呟いて「でもね」と一歩近づく。
「私の恋が、私の愛が、一般論如きで収まると思う? 私は貴方の全てが好き。欠点と言うべきところも好き。ずっと、ずう〜っと好き。愛してる。そうでなくちゃいけないの。だから安心して?」
恥ずかしげもなく愛を語る。奏斗は居心地の悪さを感じながらも、ほっと胸をなでおろした。
「君って重いよな」
「こら、レディにそんな事言わないの」
その後はほとんど会話を交わすことなく玲を家へと送り届ける。
「帰り道気をつけてね」
「もちろん」
「明日からは一緒に登校しよ?」
「そりゃいい、最高だ」
「じゃ、バイバイ。おやすみ、ダーリン」
「おやすみ、ハニー」
玲が家の中へと入って行くのを見届ける。
久しぶりに一緒に帰ったこともあってか、お互いの頬は緩んでいた。明日から朝もこれが続くと考えると中々に嬉しい。
そうして彼女の姿が完全に見えなくなってから、ストン――と表情を変えた。
胡乱な瞳で彼女の家を見据える。
玲が愛を語ったあの時、一瞬だけ、僅かに瞳が揺らいでいた。今にも泣きそうな、押し潰されそうな、不安気な瞳。気を抜いていれば見逃していたかもしれないほど微かなサイン。
「君は、何を隠してるんだ?」
眉根を寄せ、独り言ちる。
奏斗は踵を返し、稀沙羅の寝息を背に感じながら帰路につく。
「お兄ちゃん、いつもありがとね」
「いつから起きてた」
闇夜に消えたまま、返事は返ってこなかった。
―――
時は遡り、正午過ぎ――とある空港にて。
【日本は久しぶりね〜、七年ぶりってとこかしら! 待ってなさい、奏君!】




