開演
すっかり桜も散った春のこと。
数日前に進級式を終え、新たな学園生活が始まろうとしているとある学校の生徒達は、この先の青春に思いを馳せ賑わっていた。
ここは"私立黎明学園"。日本最高峰の偏差値を誇り、長い歴史を持つ由緒正しき中高大一貫校。その卒業生のほとんどが政財界に名を轟かせる人物であり、在校生もまたそういった将来を期待された者ばかり。
例えば、そこの眠そうにしている男子生徒は大手ゼネコンの社長令息であり、更にそこにいる女生徒の父親は財務大臣である。
そんな中、一際目立つ少女がいた。
「わぁ〜、キレイね〜」
「うわっ、あの人って確か……」
「妖精? それとも天使?」
様々な視線の中、少女は往く。
まるで処女雪のような肌と髪。それとは対照的に真っ赤なルビーのような瞳。小柄で華奢な体躯。右目には眼帯が装着されており、更にそれを隠すように前髪が顔の右半分を覆っている。そのおかげで彼女の顔の全貌を知ることは叶わない。
彼女の名は久遠玲。中等部三年の頃に編入され、それ以来の定期テストでは常に学年二位に座す学園の誇るべき才女である。
「久遠さんかぁ……凄いよなぁ。編入試験は過去最高得点だったんだろ?」
「その上、当たり前のように生徒会に加入。編入生のアウェー感なんて知らないらしい」
「それにあの美貌と来たもんだ。いつかお近付きになりたいなぁ」
「「いや、無理無理無理」」
そこかしこから浴びせられる羨望を慣れた様子で振り返ることはなく、ただ背筋を伸ばして毅然と歩く。
(美人も困りもの……なぁ〜んて。私のどこが良いのかしら)
頭の片隅で彼女は考える。
最初は物珍しさからだと思っていた。何せ、彼女は難病にも指定される先天性白皮症、所謂アルビノというやつである。彼女はその身体のせいで今まで苦労してきた。
しかし、人間の興味は無限ではない。いつか冷めるだろうと、彼女はそう思っていた。が、結果は見ての通りである。どうやら彼女の容姿、或いは才能に惹かれているらしい。
(まぁ、悪い気はしないけれど)
差別や偏見がないことに頷きつつ、彼女は思考を締めくくった。
「あっ、あの……!」
唐突に声をかけられ何事かと振り返ると、そこには体を強ばらせた男子生徒が居た。ネクタイの色を見るに同学年だ。
すると――
「俺と付き合ってください!」
彼はそう言って右手を差し出し、頭を下げる。
玲は突然のことに面を食らった。それは周囲に居た生徒たちも同じようでザワついていた。
しかし、すぐさま冷静さを取り戻した玲は優しく告げる。
「ごめんなさい。私、彼氏が居るの」
この日、学園に衝撃が走った。
―――
「あ〜、やっちまった」
黎明学園の制服を纏う少年は学園までの道のりで肩を落とす。
その少年は、伸びきった襟足に、六四で分けられた目にかかる前髪。そして、着崩された制服に緩まったネクタイ。その風貌は格式高い黎明学園の生徒にしては些か違和感があった。
名を安心院奏斗。生徒会庶務を務める生徒で、才能に溢れる学園の中でも他の追随を許さない創立以来の天才であり、定期テストでは常に一位。また、スポーツや芸術面でも非の打ち所はない。
そんな彼が何をやっちまったかと言うと、昨日の夜更かしが原因で寝ぼけすぎた結果、気づけば中等部の校舎に居たのだ。とはいえ、彼はいつも開門時間くらいに来ているので遅刻をすることはないのだが。
「お兄ちゃんにしては珍しいよね〜」
事もなげに彼の隣を歩く少女は言う。
彼女の名は安心院稀沙羅。奏斗の妹であり、兄とお揃いの分け目と腰辺りまで伸びた黒髪、抜群のスタイルと頭抜けた容姿が特徴の生徒。
「お前も寝坊してただろーが」
「あたしの目覚まし時計はお兄ちゃんだもん」
それから少し経って、二人は学園の校門を潜った。
正面玄関へ歩いていると、周囲に居た生徒達がザワつき始め、睨まれたりヒソヒソと陰口が聞こえてくる。
「相変わらず嫌われてるね〜」
「ははっ、無理もねぇよ」
奏斗達が早く登校する理由がこれである。
奏斗は以前、ちょ〜っとやらかしてしまい全校生徒から不良と呼ばれ目の敵にされているのだ。そして、その影響が妹に波及しないように人の居ない時間に登校しているのである。
「だけど、なんかいつもより弱くね」
「そう? いつも通りでしょ」
「ソワソワしてるっつーか。ま、俺には関係ねぇか」
堂々と、周囲の忌避の視線を全く気にすることなく下駄箱に辿り着き靴を履き替える。
そのまま教室へと向かうと、何やら中が騒がしい。特に女子の「ねぇ誰なの?!」といったような声が目立つ。
怪訝に思い中を覗くと、窓際の最後列に人だかりが出来ていた。俺の席はその隣なのだが、あれだけ人がいるとさすがに座りにくい。
とはいえここで立ち往生しても仕方が無いので教室に入る。
俺が教室に入ると、その群衆の視線が一斉にこちらに向く。
「なんだ。不良クンね」
「あたしもいるよ!!」
「んでんで、これは何事?」
ムードメーカー的女子に詰られつつ問いただすと、その席の主が群衆からひょっこり顔を出した。
「おはよう。奏にぃ」
「おはよう。朝はすまんな。間違えて中等部行っちゃった」
「ふふふっ、そんなことある?」
口に手を当てて、彼女は微笑む。
二人のやり取りと緩む玲の表情を傍観していた群衆は、ある確信を得る。それは――
「久遠さんの彼氏って、この不良生徒!?!?!?」
―――
「さて被告。弁護は?」
今度は打って変わって奏斗の友人を中心とした男子生徒に囲まれる。
「弁護もクソも俺と玲は付き合ってたってコト」
「そうなんですか?」
「え、ええ。去年から付き合っているわ」
そう言ったっきり、奏斗の友人である目の前の男子生徒は天を仰ぐ。
一方で、その他の男子は一様に奏斗を睨みつけていた。
「なぁ、奏斗。お前が不良とかはどうでもいいんだ。ダチだからな。でも、だからこそ言って欲しかったぞ」
「秘密を保持する一番の方法は誰にも言わない事だよ」
「そもそもなんで秘密にしてたんだよ」
「そりゃ面倒事になるからだ。今みたいにな」
至極尤もという風に肩を竦める奏斗。しかし、一転して表情を変える。
「あとはまぁ、玲に悪評が行かないためだったんだが」
「あぁ、なるほど。いや、久遠さんはなんで不良って言われてるようなコイツと……?」
怪訝な眼差しに、玲と奏斗が目を合わせる。
「玲は不良が好きなのかもな」
「そんな二文字で貴方を表現出来るとでも?」
「君には何が視えているんだか……」
二人は小さく笑い合う。その笑みは並々ならぬ深いものだった。
「はぁ、通じあってんなぁ。お前が今年も生徒会に入ったのは、まぁそういうことだよな」
「あぁ、そのことなんだが――」
言いかけて、玲に肩をつつかれる。
「それは私から。大事なことだから」
「ああ、そうだな。それがいい」
玲は咳払いを一つ、そして、奏斗を一瞥してから言葉を紡いだ。
「私、久遠玲と――」
「俺、安心院奏斗は〜――」
「共にパートナーとして生徒会長選挙へ立候補するわ」
声高に宣言する彼女の言葉を聞いた生徒らは目を見開く。
生徒会長選挙――それは生徒達の最高権力者を決めるもの。二人組の生徒が自身の能力を証明する。それ自体は至極ありふれたものだ。
ただし、普通の学校であれば――
ここは良家が集う学園。その性質上、生徒会は権力が強く意味合いもまた特別なもの。当然、その権力を欲する者も多く、時には金、人脈、才能、詭弁、詐欺、イカサマ、文字通り全てを賭して生徒会長の座を奪い合うこともある。
それ故、選挙戦で勝ち抜き、才能溢れるこの場所で頂点に立ったというステータスは計り知れない。十中八九、九分九厘、疑いようもなく将来は約束される。
つまり、この学園で生徒会長選挙に挑むということは並々ならぬ意味を持つのだ。
「なぁ奏斗。お前、本気で言ってるのか?」
奏斗の友人が一同の心境を代弁する。
それを受けて、奏斗は誇らしげに、自信に満ち満ちた晴れやかな笑みで言った。
「あぁ! 好きんなっちまったからな。んじゃ、拡散よろしく!」
――かくして物語のページは開かれる。そして、これから起こるドタバタな青春を二人は知る由もなかった。




