#20
“サイガンのマゴディ”もしくは“マゴディ”という呼び名は、本名ではなく傭兵としての称号に近いものであった―――
今の“マゴディ”は、十年前にノヴァルナとBSHOで戦って敗れた、先代の息子とされている人物だが、先代がモルンゴール星人であったのに対し、今の“マゴディ”はヒト族である事から、当然ながら血縁のない父子である。
今のヒト族の“マゴディ”について、本当の名前や素性は不明であるが、聞くところによると、先代“マゴディ”が傭兵仕事で殺害した相手の、子供だったと言われており、どういう風の吹き回しか先代はある日、殺害の現場にいたその子供を、連れ帰って来たのだという。
子供…すなわち現役の“マゴディ”はこの時すでに八、九歳で、先代を実の父親の仇だという認識は、充分に持っていたそうである。そして先代が他の傭兵に語ったところによると、「まだガキのくせに俺を殺そうとしたから、連れて帰った」ということらしい。
少年は自分の名を頑なに名乗らなかったといい、先代“マゴディ”はどこを気に入ったのか、その少年を“ゼルス(モルンゴール語でガキの意)”と名付け、家に住まわせ始めた。“ゼルス”の母親は早くに事故で他界しており、父親も先代“マゴディ”に殺されて天涯孤独となったゼルスは、奇妙な事だがその境遇を受け入れ、敵対関係とも父子関係ともつかない、生活が始まったそうである。
ただ先代“マゴディ”は傭兵稼業でほとんど家におらず、ゼルスに最低限の生活費を送るだけだった。
傭兵惑星サイガンは銀河皇国に割譲された、旧モルンゴール帝国領のキン=イー宙域にある、モルンゴール星人の自治惑星である。彼等の社会の厳しさは、ノアの旧モルンゴール帝国領、書庫惑星ヒュドラムへの旅で一端が明かされたが、ヒュドラムのモルンゴール社会は劣化しつつあったのに比べ、サイガンは傭兵惑星として軍事色が強く、より厳しい昔ながらの社会構造のままであった。
ゼルスはこのような惑星サイガンの、厳しいモルンゴール星人社会を、先代“マゴディ”の支えもなく、ほぼ一人で生き抜かねばならなかった。そうでなくともゼルスはかつての敵、銀河皇国のヒト族である。たとえ子供といえど、モルンゴールのヒエラルキー社会でどれほど風当たりが強かったかは、想像がつかない。
しかしそんな逆境に置かれてもゼルスは心折られる事無く、サイガンの傭兵軍に入隊。ヒト族とは桁違いの体格差と、身体能力を持つモルンゴール星人の中で、血が滲むほど…などでは済まないくらいの研鑽を重ねた結果、遂にモルンゴール帝国製BSHOパイロットの座を手にする。ゼルスにそうまでさせたのは、実の父親を殺害した先代“マゴディ”をBSI戦で倒し、復讐を果たすためだったという。
そんな折、ゼルスが十七歳となった十年前、先代“マゴディ”の戦死報告が舞い込んで来た。オ・ワーリ宙域のイル・ワークラン=ウォーダ家から依頼された仕事中に、ナグヤ=ウォーダ家の嫡男であるノヴァルナに奇襲され、BSI戦で討たれたのである(第1章/第1話:死のうは一定)
復讐の目標を失い、一時は士気を低下させたゼルスであったが、この頃にはすでに、サイガンで確たる地位を得ていた彼にサイガン傭兵軍司令部は、新たに“サイガンのマゴディ”の呼称(商号)を与えた。
これを受けたゼルス改め“サイガンのマゴディ”は、傭兵隊長の一人としてさらなる飛躍を始めたという―――
“サイガンのマゴディ”の遍歴について読み終えたノヴァルナは、次のデータに眼を遣る。それはこの男がこれまでに傭兵として参加した、または参加した可能性の高い戦いが記載されていた。それによると今の“マゴディ”は、皇国暦1558年から実戦参加を開始し、主にヤーマト宙域やサン=ヌ・クー宙域で活動。七年間で三十二の戦場に立ったようである。
“マゴディ”の挙げた戦果については“不明”と表示されているが、実際にBSHO戦を行ったノヴァルナの感覚からすれば、相当数の敵を撃破して来ているように思われた。
「モルンゴール人の世界で生きて来た、ヒト族ってだけでも相当なもんだが…とんでもねぇ奴がいたもんだな」
指先で下顎を撫でながら苦笑いするノヴァルナ。しかし現実は笑い事ではなかった。ノヴァルナは以前に、ノアの『超空間ネゲントロピーコイル』調査チームに加わっている、モルンゴール星人のガルバック・アスム=ランヴェラと対話する機会があり、彼等の思想などを聞いたりしたのだが、その中で傭兵惑星サイガンについても尋ねたところ、ガルバックは声のトーンを落として告げたのが、
「ノヴァルナ様、サイガンはヤバいですよ…」
という言葉であった。
サイガンに住むモルンゴール星人は、彼等の民族の中でも特に、好戦的な者が集まっており、帝国時代のままの厳しい階級社会に加え、命を懸けた決闘による下剋上が、日常茶飯事として行われているらしい。
現“マゴディ”も傭兵隊長の地位にいる以上、これまでに下剋上の決闘を仕掛けたり、受けて立ったりして来たはずで、確かに“とんでもない奴”である。
ただその一方で、ノヴァルナに対する“マゴディ”の意識は、先代の仇よりビジネスが優先であったのも確かであった。実際に刃を打ち合わせた際に、復讐心から来る怨念のようなものを、“マゴディ”の機体からは感じなかったからだ。
「………」
思考を巡らせているノヴァルナは、顎を撫でる指を止めて一点を見詰めた。同席しているジークザルトが、これに反応して問い掛ける。
「いかがなされましたか?」
するとノヴァルナは意外な言葉を口にした。
「いや。コイツをそこまで敵に回す必要は、ねぇんじゃねーかと思ってな」
「まさかこの男を、雇われるおつもりですか?」
眉をひそめるジークザルト。傭兵である以上、カネを積めばウォーダ家が雇う事も可能ではあるだろうが、酔狂が過ぎるのではないか…という眼だ。対するノヴァルナは、考えがまとまっていないらしく、中途半端な返答をした。
「わからねぇが…一度、実際に会ってみてぇ気はする」
▶#21につづく




