#18
納得したイェルサスは、情報部士官に向けて指示を出す。
「外務担当のヒライウォスに、ウォーダ家へ使者を立てるように伝えてくれ。ウチの状況を包み隠さず報せ、援軍を差し向けてくれるようにと」
主君の言葉にキルバラッサとサークルツが頷く。ティガカーツだけは変わらぬまま、外を眺めているだけだ。そして考えが固まると、さらに頭が回転を速めていくのがイェルサスである。サークルツに視線を移して、考えを述べる。
「サークルツ。ザネル殿と連絡を取れるかい?」
「は?…ザネル殿で、ありますか?」
ザネルとはザネル・ギョヴ=イマーガラ、言うまでもなく現イマーガラ家当主の事である。父のギィゲルト・ジヴ=イマーガラが、五年前の“フォルクェ=ザマの戦い”でウォーダ家に討たれて以来、イマーガラ家の家督を継いではいるが、政治的センスの無さから家臣や、領域内の独立管領からの支持を失い、またトクルガル家とタ・クェルダ家に領域を侵食されていた。
その支配領域は今やスルガルム宙域のガルカーク星系を中心とした、半径約三百光年の恒星群のみとなっており、それもホゥ・ジェン家の支援があってこそであったのだ。
しかしタ・クェルダ家とホゥ・ジェン家が、同盟を復活させたと思われる今、その支援も打ち切られるに違いない。つまりイマーガラ家の命脈も、風前の灯火というわけである。
そのようなザネルについて、イェルサスは思いも寄らない事を告げた。
「うん。この際、ウチに招こうかと思ってね」
「!!??」
これを聞いて呆気にとられるキルバラッサとネオマース。サークルツは眉をひそめる一方、ティガカーツは腕組みをして天井の照明を見上げ、「お腹すいたな…」と呟く。
「ザネル殿を保護下に置かれようと、言われるのですか?」
僅かに顔をしかめて問いかけるネオマース。彼のイーラ家はかつては、イマーガラ家に仕えていたのだが、“フォルクェ=ザマの戦い”のあと、謀叛の嫌疑を掛けられて、ネオマースの父ナウマースは誅殺。これに反発したイーラ家はイマーガラ家を離れ、トクルガル家へ寝返ったのであった。そのイマーガラ家を保護下に迎えるとなると、心理的葛藤があるのも無理はない。これについて応じるイェルサス。
「おまえの気持ちは分かるよ、ネオマース。でもあれは宰相のシェイヤ=サヒナン殿が、独断同然に行った謀殺だったと、今では言われている。ここは実より名を取る場面だと、理解して欲しい」
“フォルクェ=ザマの戦い”後のイマーガラ家の衰退は、女性宰相シェイヤ=サヒナンの失政が大きく影響しているとも言われている。
前宰相のドラルギル星人セッサーラ=タンゲンは、敏腕政治家としてイマーガラ家に最盛期をもたらした。シェイヤはそのタンゲンのあとを継ぐ才覚者として、大きな期待を寄せられていた女性武将だったのだが、不運な事に、充分な経験を積められないうちに、タンゲンの病死に続いての、主君ギィゲルト・ジヴ=イマーガラの討ち死にという、激変に飲み込まれてしまった。
あとに残されたギィゲルトの嫡男ザネルは、これまで自分の趣味・興味だけに生きて来た、人がいいだけの人物であり、政治的判断はほぼすべてシェイヤに丸投げされるか、たまに口を出しては的外れな指示で、無用な混乱を招くばかりだった。
そのような状況の中でシェイヤがとった政策は、先代のタンゲンに倣った厳粛な対応で、家中を引き締めるというものである。
ところがこれが最大の、判断の誤りであった。
セッサーラ=タンゲンとギィゲルト・ジヴ=イマーガラという、二つの巨きな星があったればこそ、家臣やイマーガラ家に従う独立管領との、厳粛で緊張感のある主従関係が成り立っていたのだ。
しかしその両巨頭を短期間に失った事で、これまでの箍が外れ、イマーガラ家に対して抑えられていた、反感や不満が噴出し始める。これを経験の無さから上手く汲み取ることが出来ないまま、シェイヤが旧来の体制を続けようとしたために、かえって支持を失い、トクルガル家やタ・クェルダ家の領域浸食を、許してしまったのであった。
これは明らかにシェイヤの失策であり、特に態度を硬化させ、抵抗勢力と化した一部の独立管領に対して、武力行使を発動してまで引き締めを図ろうとしたのは、タンゲンの後継者と目されていたシェイヤらしからぬ行動だ。
ただそうせざるを得なかった背景には主君ザネルとの関係が、ギィゲルトとタンゲンような相互補完ではなく、行政をザネルに丸投げされて、一から十までを自分だけで判断・決定しなければならない状況だったというのがあり。シェイヤ一人に責任を問うのは、酷というものかも知れない。
「イェルサス様はザネル殿を招く事により、“実より名を取る”と仰せになりましたが、どのような“名”が取れるとお考えなのか、お聞かせ願いますか?」
そう問い質したのはキルバラッサである。“名を取る”にしても今のザネルの名に、どれほどの価値があるのか…という顔だ。
「ザネル殿そのものに、大した価値はないよ」
貶めるふうもなく、淡々とした口調で答えるイェルサス。四人の中で一番の切れ者であるサークルツは、すぐに理解したのか「ほう…」と小さく声を漏らす。それを見て軽く頷いたイェルサスは、さらに考えを述べた。
「ウチがイマーガラ家と和解してトーミ宙域を譲り受けた…ザネル殿には、これを保護下に置く条件として、受け入れてもらう。これでウチはかつての主家公認の、トーミ宙域星大名というわけさ」
「詭弁ですね」
バッサリと言い切るネオマースに、イェルサスは苦笑いを浮かべながら続ける。
「詭弁でもいいよ。でもトーミ宙域とスルガルム宙域には、イマーガラ家と敵対するようになった独立管領ばかりが居るわけじゃない。忠誠の気持ちを持ったままの独立管領も残ってる。イマーガラ家との和解は、そんな独立管領と和解する道にもなるはずさ。ウチだって昔は、イマーガラ家に助けられてた一面もあるんだから、和解は無理矢理な理由じゃないだろ?」
イェルサスの言う通り、独立管領が群雄割拠してまとまりがなかった、かつてのミ・ガーワ宙域でトクルガル家が台頭できたのは、イマーガラ家の支援があったおかげである。もっともこれはトクルガル家を傀儡として、イマーガラ家がミ・ガーワ宙域を支配するためのものであったのだが。
しかしそれでもこれにより、トクルガル家は他の独立管領より優位に、ミ・ガーワ宙域征圧を進め、星大名へ成長する事が出来たのは事実だ。
「それに…これには、“情けは人の為ならず”ってのもある」
イェルサスが再び話を切り出すと、今度はサークルツが不思議そうな眼をする。その眼を見て、イェルサスは「ハハ…」と照れ隠しのような笑い声を発し、理由を述べた。
「ザネル殿の奥方のハーティア殿は、ホゥ・ジェン家当主ジーマスの実の妹だ。いくらホゥ・ジェン家がタ・クェルダ家との同盟を復活させ、妹とその夫を見捨てたといっても、殺してしまいたくはないはずさ。そこでウチが亡命という形にして、ハーティア殿とザネル殿を引き取れば、ホゥ・ジェン家も助かるだろうし、ウチとしてもホゥ・ジェン家との外交チャンネルを、残しておけるってわけだ。タ・クェルダとは敵対しても、ホゥ・ジェンとまで争いたくはないからね」
この言葉を聞いてサークルツは「なるほど」と納得し、ネオマースは「若殿がそうまで仰るのなら」と同意。キルバラッサは苦笑と共に言い放つ。
「やれやれ。若殿は人が好いのか、悪いのか」
そこで四人に向き直った変人ティガカーツが、呑気な口調で提案した。
「みんな。そろそろお昼にしようよ」
まったくコイツは…と溜息交じりにティガカーツを一瞥し、首を振るあとの四人。ともかくこれでトクルガル家の、“次なる一手”は決まったのであった………
▶#19につづく




