#17
冗談交じりに、将来的な野心を陽気に開陳するシーゲンだったが、その頭の中に描いている、トクルガル家とウォーダ家に対しての進攻計画に抜かりはない。
先に述べた通り、皇都キヨウの星帥皇室や上級貴族、それにこれを支援する各勢力は、タ・クェルダ家と敵対しているわけではなかった。それどころか彼等は、これまで自分達の後ろ盾となってくれていたウォーダ家を疎ましく思い、今やその排除を望むようになっている。タ・クェルダ家への上洛要請も、その主目的は途上でウォーダ家を撃破してくれる事を、頼んでのものだった。
つまりシーゲンとしては、上洛を急ぐ理由は何もないのである。それよりもこれは腰を据えてトクルガル家、ウォーダ家の領域を侵食し、タ・クェルダ家の勢力圏を大きく拡張する、絶好の機会と捉えていた。
ノヴァルナ・ダン=ウォーダとイェルサス=トクルガルの生死は問わず、両家を滅亡もしくは服属させ、その領域を手に入れる。そうなればタ・クェルダ家は最大九つの宙域を支配下に置く事になり、星帥皇室が独占するNNLシステムからの脱却も考えられるようになるだろう。新たなネットワークシステムを持つ、タ・クェルダ帝国の誕生というわけだ。この上洛戦はシーゲンにとって、そのために重要な第一歩でもあった。
進攻部隊は大小三つに分け、小部隊はミノネリラ宙域へ進攻、皇国の“ノヴァルナ包囲網”と連動してウォーダ軍の動きを封じる。そして大部隊二つがトーミ宙域へ進攻。トクルガル軍を討伐しながらミ・ガーワ宙域までを蹂躙し、トクルガル家を滅亡または支配下に置く。
そこからまずはオ・ワーリ宙域へ進み、イーゴン教団のナナージーマ星系と連携して、同宙域を占領。イーセ宙域とミノネリラ宙域を分断する。その上でメインの攻略目標をミノネリラ宙域として、全力攻勢を仕掛ける。先の事を考えれば地政学的に、オウ・ルミル宙域やイーセ宙域は皇国側と分割統治となってもいいが、ミノネリラ宙域は完全支配にしておきたいからである。
そして戦略家としても抜け目のないシーゲンは、すでに手を回していた。トクルガル家が支配するトーミ宙域とミ・ガーワ宙域の、トクルガル家領域に近い星系を領有している独立管領達に対する、大規模な調略工作である。
これはホゥ・ジェン家との会談に同行していた外務担当家老の、ジルータ・ヴァイセッツ=アニアス自らが陣頭指揮を執っており、早くも幾つかの独立管領から、タ・クェルダ側への寝返り承知の打診を受けていた。
一方のトクルガル家も、最近のタ・クェルダ家による、領域内独立管領への調略工作が、活発なものとなっている事を察知している。それに加え、タ・クェルダ家がホゥ・ジェン家との同盟を復活させた事から、軍事行動に出る日も近いと判断、全軍の警戒レベルを引き上げていた。
この頃、かつてのイマーガラ家の所領であった、トーミ宙域を奪い取ったイェルサス=トクルガルは、本拠地を同宙域のハーマッツ星系に移し、新城を建設中である。完成目前の城はすでに大半が稼働状態にあり、領域行政機能もこちらへ移管中となっていた。
建設工事が完了したハーマッツ城の展望室。海沿いに造られた城からの眺めは、晴天の下ならば最高となる。ただあいにくと今日は暗雲に覆われた空から、激しく雨が降り続いていた。
「…そうか、芳しくはないんだね」
大窓の外に広がる海原を見詰めたままイェルサスは、参謀本部付情報部士官からの報告に応じる。報告の内容はタ・クェルダ家の、凋落工作への対抗措置の進行状況だ。しかしその状況はイェルサスが口にした通り、宜しくはない。
「は…シターラ恒星群の“シターラ三人衆”をはじめ、国境地帯の独立管領は皆、当家への忠誠は変わらないと申しておりますが、その大半が最近、タ・クェルダ家と秘密裡に連絡を取り合っている事を、確認済みであります」
「うーん…」
丸顔から小さな唸り声を漏らすイェルサス。窓の外の青色と鉛色の混ざったような海は、今の彼の心情を表しているかに思える。
今のトクルガル家が支配する宙域はミ・ガーワとトーミだが、この両宙域に領地の植民星系を有する独立管領は、いずれもその名に相応しく独立心が強かった。言い換えれば、“トクルガル家に絶対的な忠誠を誓ってはいない”という事である。
そこに“戦国最強”と呼ばれるようになった、タ・クェルダ家が押し寄せて来ると知れば、まず自分達が生き延びるための、最善の方策をとるのは当然だ。つまりタ・クェルダ家に寝返って、トクルガル家打倒の先鋒となる可能性が高い。
中でも特にいま情報部士官の報告にあったシターラ恒星群は、タ・クェルダ家が支配するシナノーラン宙域と隣接しており、ここに領地を持つ三つの独立管領“シターラ三人衆”は、本来ならタ・クェルダ家が侵攻して来た際の、第一防衛ラインを受け持つべき重要な存在のはずだった。だが実際はあまりアテにならないどころか、タ・クェルダ家の先鋒となって攻めて来る恐れまである。
「どうしたものでしょうかね?」
そう声を発したのは、イェルサスと共にいる四人の若手家臣の一人、艦隊運用術については群を抜く才を持ったコーゼス=キルバラッサだった。迷っているように思える彼の言葉だが、口調としてはそれほどの深刻さを感じさせない。
あとの三人はターダル・ツェーグ=サークルツとネオマース=イーラ。そして稀代の天才パイロット、ティガカーツ=ホーンダートである。四人とも主君のイェルサスと同年代で才能に溢れ、これからのトクルガル家を支えていく事を、期待されている若者達だった。
キルバラッサの誰にとは無い質問に応じたのは、サークルツであった。常に冷静沈着、ウォーダ家においてのナルガヒルデ=ニーワス的な存在だ。
「ここは素直に、ノヴァルナ公に援軍を求めましょう」
この言葉にイェルサスとキルバラッサにネオマースは、困惑の眼をサークルツへ向ける。ただ変人の部分があるティガカーツだけは、我関せず…といった様子で、ぼんやりと窓の外を眺めている。眉間に皺を刻んだイェルサスは、サークルツに反論した。
「ノヴァルナ様だって、敵対勢力に包囲されてる状況だ。援軍なんて頼めるわけがないじゃないか。タ・クェルダ家に対しての防衛は、僕達だけでやらなきゃ…」
これにサークルツは、首を左右に振って説く。
「我々もトーミ宙域占領作戦を展開中の多忙な時期に、ウォーダ家へ艦隊を複数派遣したではありませんか。それもイェルサス様御自らが、率いられて」
「そうだとしても…」
渋るイェルサス。覚悟が定まらないうちは、判断に逡巡を見せるところなどは、ウォーダ家の人質であった少年時代と変わらない。
「そうだとしても、ここは遠慮してる場面ではないと思います」
強い口調で訴えたのはネオマース=イーラ。元はイマーガラ家重臣の家系の若者だ。BSIパイロットとしても艦隊指揮官としても高い技量を、バランス良く保持している。振り向くイェルサスに、ネオマースは胸を反らして言葉を続けた。
「我慢した挙句、我々が敗北したのでは、ウォーダ家に面目が立たないどころの話では無くなります。苦しい時は苦しいと正直に伝えるのが、同盟関係というものではないのですか?」
トクルガル家においては新参者のネオマースだが、歯に衣着せぬ物言いが特徴であった。ただそれがイェルサスの決断を促す効果を、もたらすようになっているのも事実である。イェルサスは頷いて応じた。
「なるほど、そうかもしれないな」
▶#18につづく




