#12
「なに。コイツだと…?」
ノヴァルナは斜め背後に立つヤスークを一瞥して、唸るように言った。
ヤスーク=ハイマンサは、ノヴァルナが偽星帥皇エルヴィスとの対決を行った、アデューティス星系で知り合った、元強化奴隷の黒人少年である。
“強化奴隷”とは表向きの呼び名を“環境適応化労働者”と言う。彼等を製造・販売する闇組織は、戦乱に巻き込まれたり植民に失敗した惑星で、困窮を極めている貧民家庭から幼い子供を買い取り、洗脳教育とクローン技術を応用した、肉体の強化改造を施されて売りに出される。
購入する層は、植民惑星開発業者の孫請けなどで、違法な惑星開拓を行う土木業者から、麻薬製造・密売組織や宇宙海賊などの犯罪集団の下働き。中には売春組織なども混じっていた。
それらに共通するものは、購入された強化奴隷が受ける過酷な環境である。報酬などは全くなく、強化改造された肉体は僅かな食事と睡眠時間に耐え、洗脳された意識は自分が置かれた環境を、当然のものとして受け入れるのだ。しかも肉体強化の反動などから、三十年程度の寿命しかない。
ただ冷酷なようだが働く機械として考えれば、“三十年動く機械”なら寿命としては納得がいくものであろう。
十年以上前に事故を起こして密林惑星に不時着した、犯罪組織の奴隷製造・販売宇宙船の生き残りだったヤスークは、ノヴァルナに協力した事によってウォーダ家に召し抱えられ、強化度合いを緩めて延命処置が為された上での、訓練と再教育を経た現在では、ノヴァルナの護衛役に抜擢されている。そのヤスークを強化改造した犯罪組織も、エイザンと関わっているというのだ。
「過日、ノヴァルナ様のご命令により潰した組織。つまりそちらのハイマンサ殿を強化した組織の、アジトにありました強化改造装置を解析した結果。幾つかのパーツが、『ピースメーカー』パイロットの生命維持装置に使用されているパーツと、同じものである事が判明しております」
ヤスークを連れ帰ったノヴァルナは、陸戦隊に組織の撲滅を命じ、現在も作戦が進行中だった。強化改造装置の押収はアジトの一つである、廃棄された宇宙ステーションを急襲した成果だ。一拍置いたハーリントンはホログラムを切り替えて、指摘したパーツの幾つかを立体投影した。
「この装置は特殊なもので一般には流通しておらず、特注品とも呼べるものです。パーツの金属組成も同一のもので、同じ場所で製造された可能性は、非常に高いと思われます」
同一のパーツとなるとエイザンもしくは、バイオノイド技術を有する『アクレイド傭兵団』か、その技術を確立させたであろうイーゴン教団から、供与されたものであるに違いない。
「それにしても…なぜ、このような超巨大な組織が生まれ、暗躍を許す事になったのでしょうか?」
根本的な疑問を投げ掛けたのは技研のリッダ所長である。学者でもあるリッダは今まで、このような問題に触れる機会が無かったため、当惑するのも当然だろう。これに一番若いジークザルトが応じる。
「超巨大組織であるがゆえ、末端や一面は見えても、全体は見渡せない…往々にしてある事でしょう」
これにスキュラ星人のリッダ所長は、口の周囲の触手をすぼめ、彼等の種族で不満を示す所作を見せた。
「確かにその通り。しかし各宙域を治める星大名には当然、治安維持も行う義務があるはず。それを組織がここまで巨大なものになっても、放置とは些か失望を禁じ得ませんな」
するとこれにノヴァルナが、口元を歪めて返答する。
「それもまた、戦国の世の不条理ってヤツさ」
「戦国の世の不条理…に、ございますか?」
「ああ。そうだな? フォーゼッタ大尉」
話を向けられたフォーゼッタ大尉は、「仰せの通り」と頷いてリッダ所長に、その理由を説く。
例えば、ある宙域で活動する麻薬の密売組織が複数あるとする。その宙域を統治している星大名は、これを取り締まる事まではしている。だが問題はここからだ。
こういった麻薬密売組織は末端であり、元締めとなる大きな組織があるのだが、その元締めとなる組織は、隣接する宙域に存在しているのである。そして元締めの組織が存在している宙域の星大名は、末端組織のある宙域の星大名と、敵対関係にある場合が多い。
となれば、元締め組織がある宙域星大名の考えとして、敵対関係にある宙域の治安が悪化するのはむしろ歓迎すべき事で、取り締まりにも消極的になるというものだった。
そして、こういった恒星間犯罪組織の根本的な取り締まりには、星大名家を統治する銀河皇国の力が重要となるはずなのだが、その皇国が現在のような有様であっては、如何ともし難い。前星帥皇テルーザがノヴァルナと手を組んで、銀河に秩序を取り戻そうとしたのも、そんな現状を憂いての事であった。
「…なるほど。闇の深いお話ですな」
大きく息を吐きながら嘆くリッダ。そこにヴァルミスが意見を付け加える。
「エイザンとイーゴン教団と『アクレイド傭兵団』が、いつからこのような関係となったかや、いつ頃から恒星間犯罪組織を傘下に収めたかは不明ですが、今やその実力は、個々に星大名家と同等以上の戦力を保有するまでとなりました。これが我等に敵対しようとする今、もはや猶予はないでしょう」
ヴァルミスの意見は、現在のウォーダ家内で共有されつつある、認識…言い換えれば覚悟だった。
その覚悟とは、これまではどちらかといえば陰の存在であった、イーゴン教総本山の『イシャー・ホーガン』や金融星系エイザンが、艦隊戦力をもって武力行使に出始めた事に対し、受けて立つという覚悟である。これらの参戦がカーナル・サンザー=フォレスタや、ナモド・ボクゼ=ウージェルをはじめとする有力武将の、このところの討ち死にに繋がっているという事実が、ウォーダ軍兵士達の敵愾心を、高めているのだ。
そしてヴァルミス達にはまだ伝えていないが、先日のミディルツ・ヒュウム=アルケティが、皇都キヨウで入手した情報―――星帥皇ジョシュアと上級貴族、さらに有力大名による行政評議会発足の動きがあり、これに反発するノヴァルナの腹の中ではこの時すでに、星帥皇室を廃して銀河皇国そのものを解体する、決心を固めていた。
“まずはエイザンだな。それで皇国が表立って宣戦布告して来るなら、致し方なしというヤツだぜ…”
内心でそう呟いたノヴァルナは、事務補佐官のジークザルトに命じる。
「ともかく、エイザンに使者を立てる。皇都からテシウス=ラームを呼び戻せ」
「仰せのままに」とジークザルト。
テシウス=ラームはコーティ=フーマ、ユーカンス=マーティ―に並ぶ、外務担当家老トップ3の一人であった。彼を送るというのは、それだけエイザンとの交渉を重要視しているという、ウォーダ家の意思表明となる。
「ラームには安全保障と引き換えに、ウォーダ家への服属を交渉させる。あの脳だけのパイロットと、『ピースメーカー』も廃棄処分だ」
ノヴァルナは家臣達を見渡して、エイザンとの交渉内容を述べた。だがこのような強欲な要求では、交渉は決裂するに違いない。
しかしノヴァルナとすれば、交渉の決裂は承知の上であった。先に戦力を派遣して来たエイザンに対し、一線級の外務家老を派遣して、なおも和平の道を探ろうとした。そういった姿勢を民衆に知らしめておく事が、真の目的だからである。家臣達もそれは理解しており、ノヴァルナの言葉に小さく頷く。
「ラームが交渉している間に、アデューティス星系でエイザンへの派遣部隊を編制する。交渉決裂と同時に出撃。エイザンも迎撃部隊を出すだろうが、これを排除して連中の中枢を艦隊で包囲だ」
決意を込めてノヴァルナがそう指示すると、家臣達は声を揃えて「御意」と、大きく頭を下げた………
▶#13につづく




