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銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武  作者: 潮崎 晶
第23話:次なる一手
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#09

 

「幸福感?…幸福感だと?」


 主君の声のトーンに怒りが混じり始めたのを感じ取り、ランとジークザルトは小さく喉を鳴らした。


「誠に異様な事ですが、彼等は自分を神の加護と祝福よって、全てを満たされた存在だと考え、『ピースメーカー』に組み込まれている状態こそを、理想の自分の姿だと認識しているようです」


「………」


 無言になるノヴァルナに、ランとジークザルトはいよいよ息を呑む。怒りが大きいほど、はじめは静かになるのが自分達の主君の癖だと、知っているからだ。するとノヴァルナとは初対面のメイスン教授も、ラン達が醸し出す空気の重さに気付いたらしく、口調に慎重さを交え始めた。


「彼等(脳髄パイロット)は、バイオノイド培養されて人格を持った際に、“自分は神によって選ばれた祝福された存在”だと、記憶インプラントされるようです」


「それで?」


 ますます険しくなるノヴァルナの表情。


「彼等の意識世界では彼等は常に幸福感の中にあり、戦闘…彼等が“神より与えられし幸福の作業”を行う事が、『ピースメーカー』の体を与えられた自分の、役目だと信じております」


「死は恐れていないのか?」


「それについても“DD-271”に尋ねたのですが、恐れていないというより、知識として与えられていない…つまり、知らないようです」



死を恐れないのではなく、死そのものを知らない―――



 それは多くの兵を率いるノヴァルナにとって、煩わしさを覚えずにはいられない情報であった。死を恐れない敵と、死を知らない敵は別物だからである。


 たとえ死を恐れないとしても、戦いの中で死を意識するのが生身の兵士だ。その意識に基づいて行動するのであるから、恐れてはなくとも無駄死にを避けて生きようとはするし、勝ち戦なら勝ち戦で負け戦なら負け戦で、引き際というものを弁えるはずなのだが、それすら予測できない可能性が高い。

 そのような事から、生きていながら死を知らない―――これではもはや、機械と同じ。いや、なまじ人間と同程度の意識を有する分、殊更質が悪いと言える。そのような奇怪な代物が自分達の敵だと知った、ウォーダ軍兵士の士気にも影響するであろうからだ。


 するとここでジークザルトが、別の角度から疑問を投げ掛けた。


「一つ、少々本題から外れているかも知れませんが、教授。この培養脳はどれぐらいの寿命があるのでしょう? 現代の皇国の医療技術なら脳だけでも、生かそうと思えば二百年は生かせられますが、バイオノイド技術で培養されたこの脳も、それぐらい使用可能なのでしょうか?」

 

 このジークザルトの問いを聞いたメイスン教授は、大きくため息をついて首を二度、三度と横に振った。


「確かに人間の脳は生かそうと思えば、二百年ほども生かせられますが…この培養脳については…おそらく三年ほどだと思われます」


「三年!?…そうですか」


 少し驚いた顔をしたジークザルトだったが、すぐに思案顔に変わると、やがて納得した表情になる。もしかすると意識を持った培養脳が味わう、“幸福感という名の悪夢”が三年で終わる事を知り、安堵に似たものを感じたのかも知れない。


「三年とは短いな…」


 ノヴァルナがそう言って、培養脳が収められたシリンダーから、メイスン教授に視線を移すと、メイスンは「はい。それですが…」と訳あり顔で述べ始めた。


「この脳には、はじめから三年の寿命しか、与えられていないようにございます」


「はじめから?」


「はい。つまりその…私も報告書を読んだのですが、例のエルヴィス陛下と、同様の生物工学処理が為されている事が、確認されておりまして…」


「エルヴィスと同じだと!?」


 これには流石にノヴァルナも声を上げる。


 偽皇エルヴィス・サーマッド=アスルーガは今を去る事二年前、アーワーガ宙域星大名“ミョルジ三人衆”が前星帥皇、テルーザ・シスラウェラ=アスルーガを複製したバイオノイドであった。

 テルーザの双子の弟という偽の記憶を植え付けられたエルヴィスは、テルーザを殺害し銀河皇国を支配しようとしたのだが、ノヴァルナの活躍によってその野望を阻止されていた。

 だがそのエルヴィスは培養時に、協力者であった『アクレイド傭兵団』によって短命処理が行われており、合成した生体組織の移植で、延命している状態だったのである。


 エルヴィスの最期を知るノヴァルナは、ギリリ…と奥歯を噛み鳴らした。もはや自分の命は長くないと悟ったエルヴィスは、BSHOでノヴァルナと戦う事を望んだ。覇者ノヴァルナを自分の手で斃す事で、無意味に思えた自分の生の最期に、ただ一瞬の鮮烈な輝きを求めたのである。しかしそれは美しくはあったが、哀れさが勝る終末だった。

 だがこの“脳髄パイロット”達は、自らの意志でそのような一瞬の輝きすら、求める事が出来ないのだ。


“胸糞の悪ぃコト、この上ねぇ話だぜ…ったくよ!”


 戦争に下手な倫理観や、綺麗事を持ち込むつもりはないが、許せない事もある…ノヴァルナの胸の内に、怒りの炎が野火のようにジワジワと広がる。

 

「私が思いますに、この三年という寿命は…」


 リッダ所長はそこまで言って一旦、言葉を区切る。もしかすると主君の、不興を買う事になるかもしれないと様子見しているようだ。


「続けてくれ、所長」


 怒りを覚えてはいても、まだ理性を保っていられる自覚があるノヴァルナは、話の先を促した。リッダは「は。恐れ入ります」と頷いて、発言を再開する。


「複製培養されたものとはいえ、成人した人間の脳です。その情報キャパシティも常人と同じであるなら、『ピースメーカー』の操縦に必要な知識と、幸福感による洗脳だけで埋め尽くされるものでは、無いと考えます」


「確かに…な」


「これは推測ですが、自我を持つ培養脳は時が経つにつれ、与えられた知識以外の事案についても考えるようになるのではないかと。そのため、余計な知識による思考の複雑化を防ぐ目的で―――」


 リッダ所長がそこまで言ったところで、ノヴァルナは「わかった。もういい」と発言を遮った。リッダが言わんとしているのは、培養で量産されたものとはいえ、人間の脳なのであるから、状況によっては『ピースメーカー』の操縦以外の、様々な事を考えるようになる可能性があり、それを未然に防ぐため故意に、寿命を短くしているのではないか…という事だ。『ピースメーカー』の機体と“脳髄パイロット”は全てリンク状態にあるため、脳髄のどれかが完全な自我に目覚め、現状の自分に疑問を抱くようになった場合、その疑念が他の脳髄にも、一瞬で伝播する事もあり得るのである。

 これは星大名の勢力争いとか、そういった次元の話で済まされる問題ではない…と、ノヴァルナは考えた。戦争は賛美されるべきものでは無いが、命を冒涜するものであってもならないのだ。


“エイザンの指導部どもめ!…”


 するとその直後、リッダ所長のNNLに技研内のインターコムの着信が入った。所長が左手を掲げると、手の平にスマホのような形の、通話モジュールホログラムが出現する。それを左の側頭部へ持って行き、応答した。短いやり取りのあと、ホログラムを消してノヴァルナに振り向く。


「ヴァルミス様とニーワス様が、諜報局の方々と共に到着されました。会議室までご案内致します」


 それを聞いてノヴァルナは一つ大きく息を吐いて、内心で湧き上がっていた怒りを抑えた。ただ、今しがた到着した者達の報告を聴けば、また腹を立てる事になりそうだという覚悟はする。


「ご苦労だった教授。個々の詳細については、報告書を読ませてもらう。特別報酬については、充分な額を用意しよう」


 メイスンにそう告げたノヴァルナは、ヴァルミス達に会うためにその場から立ち去った。






▶#10につづく

 

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