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銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武  作者: 潮崎 晶
第23話:次なる一手
609/633

#08

 

「突然変異による進化…ですか? ひどく生物学的ですね」


 メイスンに問い掛けるジークザルトの声には、戸惑いの響きがある。これに頷いたメイスンは、学者然とした表情で応じた。


「いかにも。しかしそれこそがあのBSIユニットに、求められたものなのではないかと、私は思うのです」


 BSIユニット『ピースメーカー』に求める、突然変異による生物学的進化…論文のタイトルのようにも聞こえる言い回しだが、これはメイスンが医療工学の学者であるがゆえの表現であろう。


 メイスンがさらに語ったところによれば、この場合の“突然変異”とは、偶然、必然を問わず、戦闘などで一機の『ピースメーカー』に、大きく技量を向上させる出来事(イベント)の発生を示唆するものだという。

 そしてこの技量向上イベントの修得に成功した“脳髄パイロット”が、バイオノイド培養された、残る全ての“脳髄パイロット”とデータ共有を行う事で、『ピースメーカー』というBSIユニットそのものが、“進化”した事になるというものである。


「―――このような突然変異による進化は、AIであれば大抵がエラー処理され、そこで終わりとなります。それをエラーで終わらせず、進化の糧とする事が出来るのが、AIと人間の脳の違い…という事なのかもしれません」


 メイスン教授の見解に、ノヴァルナは渋い顔をして呟く。


「…てことは、親衛隊仕様やBSHOタイプは無理かもしんねーが、コイツの性能向上型はキリがなくなりそうで、ヤベーな…」


 だがノヴァルナが気懸りなのは、そこではなかった。いや、この機体の操縦に、人間の脳が使われていると知った時から、一番に気懸りであった事が、まだ問えられていない。シリンダーの中に浮かぶ人間の脳髄に眼を遣り、ノヴァルナはメイスン教授に尋ねた。


「ところで教授、俺としちゃあ、そういった話以上に知っておきたいんだが…コイツに、人間としての意識はあるのか?」


「…!」


 問いを受けたメイスンは、それまでの学者然とした様子とは打って変わり、少し弛みの見える頬の肉を、ピクリと引き攣らせる。“やはりそれを問われるか…”と言いたげな反応だ。少し間を置いて、メイスンは答えた。


「あの脳髄に人間の意識は…ございます」


「!!…そう、なのか」


 メイスンの返答を聞き、ノヴァルナの胸の内に雷雲が湧き出し始める。それに合わせるように傍らに控えるラン達も、表情を強張らせた。『ピースメーカー』を操縦する人間の脳が、人としての意識を持っているかどうかは、ノヴァルナが一番懸念していたものであったからだ。

 

「ただし…」と続けるメイスン。


 ノヴァルナ達の耳目を集めたところで、メイスンは追加情報を述べる。


「人間の意識と申しましても、我々が思う人間の意識とは少々差異がございます」


「それは?」とノヴァルナ。


「は。まず、あれの呼称ですが、“DD-271”と名乗っております」


「名乗っている? それも自意識で名乗っているのか?」


「はい。ただ音声で会話出来ているわけではありません。あくまでも電子信号による問答によって、会話が成立している状態です」


 そこから続いたメイスンの言葉では、“脳髄パイロットDD-271”は『ピースメーカー』と接続されている状態こそが、自分にとって本来の姿であるらしく、機体から外されている時は、休息している事になっているようである。そして現在の認識は、敵に鹵獲されているのではなく、自分は今、機体と共にメンテナンス中なのだと思っているとの事であった。


「そもそも“DD-271”は、我々を…いいえ、敵と味方という概念すら、持ち合わせておりません」


 メイスンがそう言うと、ノヴァルナは眉をひそめて困惑の表情になる。


「敵味方の概念がない? ならコイツらは、何と戦ってる気でいるんだ?」


戦ってはいない(・・・・・・・)のです」


 そう言われて、ノヴァルナはますます疑念を深める。


「じゃあ、何をしてるって言うんだ?」


「彼等は、“神より与えられし幸福の作業”…と、認識しています」


「なに…」


 二連自治星系エイザンは、現在は巨大な金融組織によって統治されている二つの恒星系だが、そうなる以前…“オーニン・ノーラ戦役”が起こる百五十年ほど前までは、“名を冠さぬ神々”という惑星キヨウ発祥の統合宗教が、自治権を得た星系であった。そして今のエイザンを統治する金融組織も、“名を冠さぬ神々”を母体にしており、巨大金融組織を作り上げた膨大な財力は、そこから発生したものとされている。


「エイザンの母体を考えりゃ“神の名において…”ってもの、得意なもんかも知れねぇが…とどのつまりコイツらはみんな、洗脳された脳ミソって話か」


 ノヴァルナが吐き捨てるように言うと、メイスンは学者としての客観性より、人としての嫌悪感を帯びた眼で応じた。


「はい。そしてこれは“DD-271”と、問答を重ねて得た事なのですが…」


「なんだ、教授?」


「彼等、脳だけのパイロットの意識は、常に幸福感に包まれているようです」






▶#09につづく

 

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