表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
4.出口のない迷路
21/43

6:Ashes and Dust


 先手は相手からだった。

 下水道にある横穴の奥。 “獣人”達がいると思われる場所へと足を踏み入れた円達一行に不可視の拳が襲い掛かる。


「ぐお!?」

「!?」

「きゃあ!」


 不可視の一撃を受けて、 自分がやって来た横穴へと吹き飛ぶ間宮。 いくら警戒していたとはいえ、 見えない一撃を察知できるほど感覚が鋭いわけではない。 間宮の後ろにいた円と彩香も吹き飛ぶ体を受けて仰け反る。 下水道の横穴とだけあって人一人分のスペースしかない。 むしろ、 長身の円と間宮が中腰とはいえ立って歩くことができる時点で横穴としては十分すぎる大きさと言えるだろう。


 ―――このままじゃドミノ倒しになる!


 内心で大の大人二人を軽々と吹き飛ばす威力に恐怖しながらも、 踏ん張って体勢を立て直す。 そのまま一撃を受けて気絶したらしく、 動かない間宮の襟首をつかんで即席の盾にして、 一気に狭く薄暗い横穴を飛び出す。

 間宮が少々可哀想なことではあるが、 一発撃つごとに何らかの溜めが必要なのか、 二発目の攻撃が来ることはなかった。

 ポーランド産の爆弾……ではなく、 爆竹がその火力を存分に発揮しつくした空間は想像していた物より広かった。 何を目的として造られたかは一切不明だが、 広々としたその空間は十数人は楽に暮らせるであろう広さだった。 後は明かりさえあれば、 地下シェルターの一種だと言われてもおかしくないほどだ。

 しかし、 その空間もポーランド産の爆竹が盛大に荒らしたせいで、 爆破テロを受けたような惨状だ。

 もっとも、 部屋には明かりがない暗闇の世界であり、 懐中電灯を持っていた円は正面のみを照らしていたため、 周囲の惨状は見えなかったのだが。


 そんな彼女の正面には黒いフード付きのローブに身を包んだ男がいた。 右手にはファンタジーでよく見るような木製の長い杖を持っている。 杖の先には美しい水晶がはめ込まれており、 懐中電灯の光を受けて妖しく輝いていた。

 そんなファンタジックな杖を持った男はこれまたファンタジー世界でよく見るような“隠者”の様な姿だった。 先程述べたような黒いローブは裾が擦り切れてはいるものの、 下の素材が良かったのか見ずぼらしい印象は受けない。 それ以外の装飾品は見当たらず、 パッと見た限り、 その姿は人の集まる街を避けてひっそりと隠れ住む“隠者”のようである。

 しかし、 ローブで隠されていない部分を見てしまえばそんな印象は一瞬にして崩れ去るだろう。

 フードの隙間から垣間見える顔は犬に似た顔。 ローブから見える足は蹄状に割れており、 杖を持つ手は骨ばってはいるものの人間のモノに近い。 鉤爪を持ち、 鱗に覆われた人間の手があればの話だが。

 人に似た人ならざる怪物。 円達は知る由もないが、 彼の怪物の名は“屍食鬼(グール)”という。

 死に信仰を捧げる汚らわしき者共。 彼ら一派はその中でも少数派の納骨堂の神へと信仰と忠誠を誓った者共である。

 ただ、 円達はそのような事は知らないし、 知ったところで意味がない。 今分かっているのは目の前にいる怪物が敵であり、 不可視の一撃という謎の攻撃手段を持つということだけである。


(それにしても……)


 気絶した間宮を煤だらけの床に寝かせながら、 目の前にいる怪物を注視する。 後ろから他の三人がやってくる物音がするが、 気にもせずに怪物の様子を、 正しくは怪物が纏っているローブを観察する。


(思っていたよりもボロボロになっていない……あの爆発の中で無傷? そんな嘘でしょ……)


 黒いローブは裾が擦り切れてはいるものの、 先程のポーランド爆竹によるものではなく、 長年着続けたことによる劣化だと考えられる。 そして周囲は暗く、 明かりは複数の懐中電灯のみという状況ではあるものの、 周囲には爆風をしのげるような場所な見当たらない。

 すなわち、 目の前の黒ローブの甲斐ぶてゃ何らかの方法で爆風を凌いだのだ。 常識では考えられない方法を持っているのならば、 無傷だというのも納得ではある。 問題はその方法が今回も使えるかである。


「オノレ……ヨクモ……」


 かすれた、 泣くような声。 恨み言をそのような声色で呟くのは目の前にいる黒ローブの怪物“屍食鬼(グール)の祭司”だ。 彼はそのまま小声でブツブツと意味不明な言葉を早口で呟いていた。

 その光景を見て円の脳裏に浮かんだのは先程の不可視の一撃で吹き飛ばされた間宮の姿である。 今までにも奇妙な事件に巻き込まれた円は不可視の一撃と“祭司”の小声が「繋がった」ような気がした。 何故かは分からない。 しかし、 それが「繋がった」瞬間、 円は一気に距離を詰めた。 それと同時に“祭司”の小声が止まり、 杖の先の水晶を円に向ける。


 衝撃。


 杖を向けられた時点でとっさに腕を胸元で交差させて後ろに飛び退いた円。 しかし、 それでも激しい衝撃が彼女が襲う。

 痛みはなく、 意識を手放すこともしなかったが、 想像以上の衝撃に両腕がしびれる。 他の三人がすぐに横にどいたため、 三人を巻き込むようなことはなかったが、 盛大に尻もちをついてしまい、 尻から軽い痛みが伝わってくる。

 しかし、 特に気にならないらしく、 ズボンに付いた埃と煤を払いながら立ち上がる円。 どちらかというと両腕のしびれの方が気になるらしく、 しきりに手を振っていた。


「へー、 アンタがあの“獣人”さん? 魔法も使えるとは驚きだね」


 そう言いながら、 カメラを向けて遠慮なく写真を撮る桜子。 暗い部屋をカメラのフラッシュによる線香が切り裂く。


「あの頭のない化け物に比べたら、 大して怖くないなあ」


 そう言いながらも嫌悪感を隠そうともせずに、 彩香は数歩下がった。 戦闘能力も身体能力も乏しい彼女は、 ハッキリ言ってこういう場面では邪魔にしかならない。 それを彼女自身知っているからこそ、 彼女は友人が邪魔にならない位置につく。

 そんな彩香を守るように、 穂村は無言で移動する。 視線は“祭司”から外さず、 「絶対に逃がさない」と言わんばかりに睨みつける。




 “屍食鬼(グール)の祭司”はその人数の多さに心の中で舌打ちをする。 元々は自分達が数の暴力を利用して有利に戦うはずが、 あの小型爆弾のせいで逆になってしまった。 自分以外の同胞は死んだか、 生きていても戦える状態ではない。

 不意打ちの一撃で一人戦闘不能にできたが、 “副王の裁き”には対象を傷つける効果はない。 恐らく気絶しているだけで、 いずれは目を覚まし、 立ち上がってくるだろう。 その前に四人を無力化ないし

殺害し仲ればならないが、 一番前に立つ大柄な女性―――桐島 円を倒すのは“祭司”にいとって不可能に近い。

 その体さばきから恐らく武道の心得があるだろうし、 “副王の裁き”を容易く見切るだけの実力もある。

 屍食鬼(グール)になり、 人よりも優れた力を手に入れたとしても、 元々の人のスペックは武道の経験がない、 凡人のそれに過ぎない。 “祭司”は肉弾戦において、 それなり程度でしかない。 そもそも“副王の裁き”を放つ魔力は残っていない。


 ―――しかし、 目的は達した。


 再び踏み込んでくる女性を見ながら、 “屍食鬼(グール)の祭司”は内心でほくそ笑んだ。




 不可視の一撃を撃たれないために、 一気に駆け出す。 相手の“祭司”はブツブツと呟くようなことはせずに、 杖を振りかぶり円の頭上目掛けて振り下ろした。

 不可視の一撃を撃つための“何か”が足りなくなったのか、 それとも呪文らしきものを唱える時間はもうないと判断したのか。

 どちらにしろ円にとってこれは勝機と言ってよかった。

 振り下ろすその動きははっきり言って素人のそれだ。 右手を突き出し、 手のひらで杖を受け止める。 そのまま、 杖を強く握る。 相手が何かをしようとする前に、 無防備な右わき腹目掛けて全力の左回し蹴りを叩き込んだ。

 或るプロボクサーのパンチは大型ハンマーを振り下ろしたものと同じ威力であり、 さるムエタイチャンピョンの膝蹴りの威力は自動車事故に匹敵するという。

 円はそこまで鍛えているわけではないが、 それでも並みの人間相手ならば後れを取らない程度の強さはある。

 そんな彼女の回し蹴りを受けた“祭司”は身体を「くの字」に折り曲げながら無様に吹き飛んだ。


(手ごたえあり! ……変な手ごたえだったけれども)


 一瞬だけだったが、 蹴りが“祭司”の身体に当たる直前、 “何か”に遮られるような感触を味わった。

 しかし、 それを「関係ない」と言わんばかりに勢い任せで振り抜くと、 あっさりと“何か”は砕けた。

 恐らく、 あれが爆発を防いだのだろう。 と考えながら、 円は起き上がろうとする“祭司”の喉を踏みつける。

 そのまま、 “祭司”が鉤爪の付いた手で円の足首を掴もうとするよりも早く、 全体重を込めて踏み砕く。


「―――ア」


 円の冷徹な目と表情。 それが“屍食鬼(グール)の祭司”の見た最期の光景だった。

 喉仏が砕けるような音と共に“屍食鬼(グール)の祭司”は力尽きた。 口元からは舌が力なく垂れており、 鋭い鉤爪も動く気配がない。


(思ったよりも罪悪感が湧かないな……)


 相手が怪物だからだろうか、 人型の敵を殺したというのに、 “あの時”と違って特に何かを感じることはなかった。

 そのまま、 “祭司”が持っていた杖を拾うと膝を立てて、 力任せにへし折った。

 枯れ木がへし折れるような音と共に杖はあっさりと折れた。 そのまま、 杖の先についていた水晶も踏み砕く。


「……ま、 円?」

「先輩……?」


 何も言わずもくもくと、 作業のように怪物を殺し、 武装を破壊していく円を見て、 不安そうに彩香と穂村が声をかける。


「ん? 何、 彩香」

「あー、 いや、 大丈夫?」

「怪我はないですか?」


 彩香の方を振り向いた円からは普段通りの雰囲気しか感じられない。

 気のせいだったのだろうか。

 先ほど感じた不安を打ち消すように、 声をかける彩香と穂村に円は「大丈夫だよー」と手を振りながら気楽そうに答えた。




「おー、 こりゃまあ……」


 周囲をカメラのライトで照らしつつ、 写真に収めていく桜子は、 ポーランド産の大型爆竹二つによって引き起こされた惨状に呆れていた。

 壁や床は黒焦げになっており、 様々な場所から様々な方法で集められたと思しき物の数々は全て破壊され、 その役割を果たせなくなっている。 更にそういったガラクタと化した物品に紛れて、 “獣人”いや、 屍食鬼(グール)達が転がっていた。 全員手足が一本は千切れており、 全身に重度の火傷を負っていた。 あれでは生きていたとしてもそのうち死んでしまうだろう。


「お大事に〜」


 特に博愛主義者でもなく、 怪物達を救う義務も義理もない桜子は心にもないことを彼らに聞こえるように話すと、 その姿を写真に収めていった。


「う……あ……?」

「お、 ようやくお目覚めか?」


 頭を振りながら、 ゆっくりと体を起こす間宮を見て、 桜子は楽しそうに話しかけた。

 二人の周囲では大学生たちが、 何か見落としてはいないか周囲を探っている。 もっともポーランド爆竹が蹂躙しつくした後の部屋ではガラクタと屍食鬼(グール)の死体、 半死体しかなかったのだが。

 更に奥には鋼鉄製の扉もあったが、 爆発で吹き飛ばされたガラクタと屍食鬼(グール)が積み重なっていた。 爆発の後でここから出てくることはできなかっただろう。


「……まじかよ、 情けねぇ……」


 そんな周囲を見渡して、 全てが終わってしまったと理解したのだろう。

 ガックリとうなだれる刑事を見て、 更に楽しそうな顔になったフリージャーナリストは被写体の許可を得ることなく、 その姿を写真に収めた。



次回第四章エピローグ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ