Epilogue:Legacy
このふざけた世界では、何事も永遠には続かない。我々の悩みでさえも。
Nothing is permanent in this wicked world. Not even our troubles.
チャールズ・チャップリン
Charles Chaplin
「―――と、 まあこんな感じだったな」
清山県の下水道、 その奥に存在した怪物、 屍食鬼の集団を殲滅してから数日後。 間宮 智樹はこの事件のきっかけとなった友人、 伊澤 俊彦巡査、 いや、 純色により二階級特進が認められ、 警部補となった男が眠る墓へと報告に来ていた。
あの日以降、 警察は彼の死に犯罪組織が関わっていると断言した。 その証拠は何もなかったが、 清山県県警本部本部長自らが指揮を執ることを明言し、 刑事部や警察署総出で捜査に当たることになった。
“清山県のスラム街”を中心に伊澤警部補が関わっていた案件だけではなく、 関わっていなかった案件まで調べ上げていき、 この数日間ですでに数名の逮捕者が出ていた。 最終的に逮捕者は百名を超えるだろうと考えられている。
初めからそれぐらい全力を出して、 活動してくれれば良いのかもしれないが、 介入する理由がなければ動けないのが警察という組織である。 まあ、 今回は介入する理由を無理矢理に作り出したと言っても過言ではないが、 これで少しでも治安が良くなれば御の字といった言ったところか。 特に“清山県のスラム街”は生前の伊澤が気にしていたこともあり、 間宮としては再開発などで綺麗になってくれることを願うばかりである。
「まあ、 俺個人としてはいささか情けない幕切れになっちまったが、 仇は取れたってことで勘弁してくれ」
しかし、 警察がどれだけ犯罪者を検挙しようとも彼らが真の意味で伊澤警部補の敵を討つことはできないだろう。
伊澤を殺害した真犯人はすでに全員死亡している。
あの後、 桜子が撮影した写真を、 あの日犯人を見たというホームレスに見せたところ、 「間違いなくこいつらが犯人だ」と酒臭い息を吐きながら力説していた。
ポーランド爆竹による爆破によって証拠と言えるようなものはほとんど失われた。 カロ維持て残ったものは奇跡的に一部が焼けこけただけですんだ日記帳だけだった。 そして、 その内容も狂人の戯言と言われてしまえば、 それだけのような内容である。
結局のところ、 真実は闇へと葬られ、 警察はしばらくの間、 殉職者の敵討ちを理由に一斉検挙を続けるだろう。
だが、 それでもいいと間宮は考えていた。
あの怪物達は二度と姿を見せることはないだろうし、 今回の件を機に治安が良くなれば、 伊澤も草葉の影で喜んでいる事だろう。 特に、 彼の死のきっかけとなったホームレスの行方不明事件。 これが発生しなくなったというだけで充分だと言えるだろう。
「じゃあ、 またな」
最後にそう言うと、 間宮は墓から立ち去り、 霊園を後にした。
生きている彼には仕事がまだ残っておるのだ。
†
「いやー、 はっはっは。 最近はネタに困らないなぁ」
蕨 桜子はノートパソコンのキーボードをたたきながら、 嬉しそうに独り言を呟いた。
彼女のデスクトップ上には“獣人”―――屍食鬼の姿を収めた写真や、 いかにしてその写真を撮ったのかの詳細が記された文章が載っていた。 更にどこから入手したのかは分からないが、 戦前どころか明治維新前の物だと思われる屍食鬼の絵や、 それについての解説文、 新旧の下水道や地下鉄路線までが資料として机上に散乱していた。 最も机上の資料は全てコピーなのだが。
「あの頭無しの怪物の時は碌な資料が残っていなかったからどうしようかと考えていたのが嘘みたいだぜ」
いやー、 ネタだらけで困っちゃうな―。 などと嘯きながらもキーボードをたたく手は止めない。 彼女はこの後、 締め切りが迫っている前回の“犯罪を促す虫”の続編についての記事も書かないといけないのだ。 ハッキリ言ってのんびりしている時間はあまりない。
今回の屍食鬼に関しても『セラエノ』の編集部からは好意的に受け取ってもらえた。 好評過ぎて、 「どうやってこんなネタ見つけてくるの?」と若干引かれたほどだ。
資料を探し当てるのは時間と根気があれば可能かもしれないが、 生写真といったものを手に入れる最近の彼女にオカルト好きの編集部も不安に感じているようだった。
しかし、 彼女からすれば実際に遭遇した事件について書いているにすぎず、 参考資料も様々な伝手を使って該当地域の民俗資料を集めるだけでいい。 後はネタを纏める時間さえあれば、 オカルト記事の出来上がりというわけだ。
「よいしょ……っと、 少し休憩するか」
屍食鬼についての記事を書き終えた彼女は独り言を呟きながら大きく背伸びをした。 パキパキと軽い音が体の中から聞こえてくる。
ふと窓の外を見れば、 そこには夜空が広がっていた。 時計を見れば書き始めてから十時間は経過している。 昼食も食べていないので、 先程から体が空腹を訴えてくる。
晩飯にすっかー、 と中古の冷蔵庫の中を覗いてみたが、 安物の第三のビールしか入っていなかった。 仕方がないので、 たまたま買い溜めしていたスナック菓子を肴にチビチビとアルコールを楽しむことにした。
「しかし、 まぁ……」
少し酔いが回って来たところで、 桜子は最近の出来事が頭の中に浮かんできた。
大学での事件に始まり、 人形による誘拐事件。 彼女自身は関わらなかったものの、 田舎町で大学生と刑事が巻き込まれた事件もあったという。 そして今回の事件。
ここ数カ月で次々と起こった奇怪な事件の数々。 共通した何らかの原因があると考えられるが、 彼女の酔った頭は別の答えを導き出していた。
―――もしかして、 この地域ではこんな事件が良く起こっていて、 今までは気が付かなかっただけでは?
根拠なんてものはなかったが、 そう考えると何故かあっさりと納得できた。
ならば、 これからもこのような事件に巻き込まれない保証はない。 だとすれば、 彼女がこれからすべきことは……
「今度からどこに行くにしても、 カメラと手帳は絶対に手放さないようにしよう……」
そう呟くと蕨 桜子は夢の世界へと落ちていった。
†
焼け焦げた日誌より一部抜粋。 なお、 爆発の影響でそのほとんどが焼失し、 今回提示するのは奇跡的に残った一部であることを先に明記しておく。
_月十一日
本日は面白いものを拾った。 古びた書物だ。
_____という題のようだ。 フランス語はあまり得意ではないので自信はない____興味深い。
人肉嗜食や_____どを行う邪教について記述されているようだ。
しかし、 ____か……まるで私____のようだ。
_月三十日
__________翻訳が終わった。 一言でいうならば素晴らしい。
彼の納骨堂の神、 モルディギアンの存在。 彼の存在を知れたことが一番の成果と言えるだろう。
廃品を使い、 納骨堂の神を讃える祭壇などを作ってみた。
仲間達の奇異の視線が気になるが……。
まあ、 ______の私では決してやらないであろう行為である以上、 仕方がないのだが。
___五日
__________見つけた。 若い女性と生まれたばかりの赤子だ。
___________もはやなく気力すら湧かない様子で、 もはや長くはないと思っていたのだが……。
___________未だに死んでいないとはその生命力には驚くばかりである。
しかし、 母乳を与えられない状況ではどうしようもないだろう。
いっそのこと、 直接手を下すのも慈悲というものか?
___六日
なんという日だ!
___________宿るとは!
どうやら彼の神は贄をご所望のようだ。 しかし、 私一人では厳しい……。
他の者達にも頼んでみるか?
___七日
私は何という愚か者だったのか……。
_____________気が付かなかったとは!
彼の神から授かった呪文もある。 _____________
______神の望むものをご用意するにはいささか準備が足りない……。
しばらくは何らかの代用品で我慢していただくしか……。
―――以降は完全に焼失しており、 読み解くには不可能である。
†
「くそっ」
朝日 良人は苛立ちを隠そうともしないで、 ポイ捨てされていた空き缶を蹴り飛ばした。
時刻は深夜。 日付が変わるまであと少しといったところ。
朝日自身が起こした事件、 あの日奥畑 実里を集団で取り囲むという問題行動を起こしてしまった彼は一週間の停学処分を受けていた。 その件で父親からひどく怒られてしまったことを今も引きずっていたのだ。
最も、 本来ならばもっと長くなるはずだった処分が、 たああちっ習慣になったのも父親のおかげなのだが。
そう、 彼の父親は清山県議会議員である。 それも何度も当選している大物議員で、 議長を務めたこともある。
父親だけではなく、 祖父や伯父も政治家として活動したことがあり、 一族全体の影響力は到底無視できるものではなかった。
そのような一族の嫡男として生まれた朝日 良人であったが、 ハッキリ言ってしまえば落ちこぼれの類だった。
運動能力はさほど高くなく、 知恵も知識も秀でているわけでもなかった。 自分の限界を知り、 品行方正を心がけていれば軽い神輿として、 それなりの政治家としての地位につけたのかもしれない。 しかし、 彼は何を勘違いしたのか非行に走り、 実家の権力を使ってもみ消した。
皮肉なことに、 それが彼の運命を決定づけた。 朝日家の次期当主としての座は良人の弟に決定してしまった。 彼自身は三塚大学を卒業後、 父親のコネで中小企業に入社し、 そこで残りの人生を過ごすことになっていた。
朝日 良人本人から言わしてもらえれば、 この将来予想図不満だらけの物であった。 自業自得の結果ではあるのだが。
以前からも彼は悪友である月岡 勝成と共に様々な問題を起こしていた。 そのたびに実家が揉み消しに走っていたのだが、 今回の件での揉み消しは不十分なように感じられた。
「くそっ」
苛立ちを隠さずに別の空き缶を蹴り飛ばす。 今度は空になっていたゴミ箱に当たり、 大きな音を立てて転がった。
わずかにいた他の通行人が驚いて振り向くが、 朝日が強く睨みつけるとそそくさとその場を去っていく。
「くそっ、 どうしてこんなことに……」
今度は転がったゴミ箱を足蹴にしながら憎々し気に呟く。 いや、 彼自身も原因は分かっていた。
『あの事件』以降だ。 周囲が冷たくなったのは。
『あの事件』は彼にとっては、 今までの遊びの延長だった。 今までよりも少しスリルのある遊び。
夜歩いていた女性を拉致監禁して“楽しむ”。 その程度の物だったのだ。
ギャーギャー喚く姿が癪に障るのと同時に面白かったので、 長いこと閉じ込めておいて“色々と楽しんだ”のが災いした。気が付いたときには女の胎は大きくなり、 意味不明な言葉の羅列しか話さなくなってしまった。
こうなってはもう楽しめないと、 車で適当なところへと捨てておいたのだが、 誰かに見つかってしまったらしく、 事件になった。 父親の権力で捜査はうやむやになったのだが、 その日より父含め親族の視線が冷たくなってしまった。
おまけに最近では悪友の月岡までいなくなってしまった。
―――まさか逃げたんじゃないだろうな。
そのような考えまでが頭を巡る。 苛立ちが収まらずに、 ゴミ箱を全力で蹴り飛ばした。 ボコンという大きな音を立ててゴミ箱は数メートル先へと転がっていった。
「ねぇ、 お兄さん、 今暇?」
そう言って、 彼に声をかけたのは、 若い女性だった。 露出が多く、 遊び慣れた雰囲気が出てくることから、 商売女なのだろう。 少なくとも彼はそう判断した。
返事をする前に女に手を取られ路地裏へ、 たまにはこうやって遊ぶのも悪くはないか……。 そう考えていた次の瞬間、 女のモノとは違う凄まじい力で彼は壁に叩きつけられてしまう。
一体何が!? 戸惑いを口にしようにも、 相手の腕が首にかかって、 呼吸をするのも難しい。
混乱の中、 朝日は相手を見てしまう。 そして見たことを公開した。
相手は人間ではなかった。 黒いフードの中に隠されていたのは、 犬のような顔を持つ化け物だった。 恐怖の悲鳴を上げようにも、 彼の口は空気を求めるように意味もなく開閉するだけだった。
「これでいいんでしょ? うっわぁ、 こんなにくれるの!? ありがとー」
少し離れたところで、 さっきの商売女の声がする。 ふざけるな、 俺を売ったのか。 怒りの声すら形にならない。
次第に似たような黒ずくめの男達がやってきた。 どいつもこいつも犬のような顔の化け物だった。
混乱と恐怖、 酸欠で頭が回らなくなる中、 彼の耳に響いたのは幼い澄み切った声だった。
「やれ」
明滅する視界を何とか動かせば、 黒ずくめの化け物の一体が可愛らしい赤子を抱えていた。 生後二年といったところか。
化け物とつるむ赤子など知っているはずもないのに、 朝日 良人はその顔に見覚えがあった。
―――そうだ、 あの女に似ている。 “楽しんだ”あの女に……。
そこで彼の意識は途絶えた。
その日より、 朝日 良人行方不明となる。
彼の悪友達は心配したものの、 彼の実家が特に騒がなかった事、 また、 悪友達に就職活動という人生の一大イベントが押し寄せたこともあり、 次第に誰も気にかけなくなっていった。
なお、 彼とその悪友が起こした“遊び”は表に出ることは決してなかった。




