5:No way out
今回はみんな大好きな“アレ”が登場。
―――なに? どういうことだ?
“彼”は同志からの報告に眉根を寄せた。
その同志によれば、 自分達の事を嗅ぎまわっている者がいるという。 それも一人二人ではないようだ。
しかも、 彼らは自分達が下水道を利用していることまで知っていた。 下手をすれば数時間後には彼ら人間の一党が自分達の根城にしているこの地にやってくるかもしれない。
その事実に思い当った他の同志達が口々に「排除すべき」と進言していく。 以前の刑事のように早々に殺してしまえば自分達のことを知るものなどいなくなると。
“彼”は同志達の言葉に「その通りだ」と頷く。 あの時と同じように自分達の事を嗅ぎまわる者共を排除すべく考えを巡らせようとして、 「いや、 待て」と口にする。
何か嫌な感覚が“彼”の脳内を駆け巡る。 悪い予感と言い換えてもいい。 その正体を突き止めようと思考を巡らせて、 すぐに思い至った。
新たな探索者達はあの刑事を殺害した後に行動を開始した可能性が高い。 あの刑事が自分達の事を調べている事が判明した際、 他に自分達の事を探っている者がいないか、 一度徹底的に調べたのだ。 その際には他の者は見つからなかった。
しかし、 今回彼らはあっさりと見つかった。 恐らく彼らは、 あの刑事の死をきっかけに調査を始めたのだろう。
だとしたならば、 非常に厄介なことになる。 彼らを排除すること自体は容易いだろう。 しかしもし、 彼らが今までのことを誰かに話していたら? 自分達の正体に気付かずとも、 何者かが下水道を利用している事にはすでに気が付いているだろう。
―――まずいことになった。
あの刑事は一人で活動していた。 今、 少なくとも二人以上の者達が自分達の事を調べまわっている。 もし、 彼らが排除したとしても次は? 更に次は?
“彼ら”が優勢なのは“彼ら”が非現実的な存在であり、 その存在を信じる者達が組織だった行動を起こそうとしないためだ。 いくら怪物となった“彼ら”とはいえ、 自分達よりも圧倒的多数を相手にできるはずがない。
―――潮時かもしれない。
“彼”がそうポツリと呟いたのを聞いた同志達に動揺が走る。 騒めく同志たちを静め、 “彼”は今後の計画を伝える。
想像していたよりも早かったが、 こうなる事は承知の上だったはず。 この事は一番最初の段階で同志達に話し、 理解を得ている。 更に自分達の事が大勢の人間達に露見したときのための計画もある。
今、 “彼”が話している計画は、 その計画の一部を変更したものだ。
全て話し終えると同志達から反対の声が次々と挙がってくる。 具体的には“彼”を含めた数名がこの場に残ることに関してだ。
それに関して、 “彼”はこう反論する。
―――人間共に“解答”を示してやらねばなるまい。
そう、 もしも、 この場から“彼ら”が全員いなくなれば、 人間達は何としてでも“彼ら”を見つけ出そうとするだろう。
だが、 “彼”を含む数名が残り、 全員が死亡したら? これで事件が解決したと人間たちは安心するに違いない。 そうすれば残った同志たちは少しは動きやすくなるだろう。
無論、 残る者達もタダでやられるわけにはいかない。 場合によっては“アレ”を使う。 “アレ”は“彼”にしか意味がない代物だ。
最後の言葉は付け加えるように話すと、 渋々といった形だが、 同志達も納得したらしい。 誰が残るべきか話し合っている。
それを尻目に“彼”は一足先に逃げる準備をしている同志の一人に“神子”を頼むと言い残す。 同志は「了解した」とばかりに頷くと、 “神子”のいる奥の方へと歩いて行った。
―――さて、 私も“アレ”の準備をしておくか。
“彼”―――“屍食鬼の祭司”もまた、 やってくるであろう侵入者を迎え撃つ準備を始めた。
†
「おぇふ……」
「おい、 大丈夫か?」
「なんで、 こんな、 臭いがするって、 言わなかったんだよぉ……」
時刻は午後三時。 町外れにある木戸山霊園の更に外れにある洞窟の奥。 泉 彩香は幾多の死体が生み出す腐敗臭と下水道から漂ってくる悪臭のミックスにダウンしていた。 先程まで盛大に下水道へとリバースして、 今もなお真っ青な顔をしている。
そんな彩香にさすがの桜子の気の毒に思ったのかしきりに背中をさすっている。
「連絡した際に、 なんで教えてくれなかったの……」
「あ、 いや、 あの……すいません」
彩香と同じように初めてこの場所に入って来た円も非常に青い顔をしていた。 彩香のように胃の中のモノを吐き戻すようなことはしなかった。 それでも、 マスクの上からハンカチで口と鼻を押さえて、 涙目で後輩に文句を言っている。
一応、 三人の弁護をしておくと、 連絡の際に「臭いが凄まじいから十分に準備をしてきた方がいい」ということは伝えていた。 しかし、 その臭いがどのようなものかは伝えていなかったので、 二人は“ただの下水道の臭い”であると勘違いしてしまった。
結果として、 市販のマスクだけを用意してしまい、 強烈な悪臭がマスクを突き抜け大学生二人を襲い、 うち一人は盛大に嘔吐するという乙女的に凄惨な結果となってしまった。 ちなみに他の三人は一般で売られているものの中でも高性能な防臭マスクをそれぞれ用意していた。
「あったぞ、 血の跡だ」
先行していた刑事、 間宮が持ってきた強力な懐中電灯で足元を照らしながらある一点を見つめる。 そこには何か、 恐らく人間の死体を引きずったと思しき赤い跡がうっすらとだが残されていた。 それはさらに奥の方へと続いていた。
「よし行くぞ」
「そういえば刑事さん、 銃持ってきた?」
先頭を歩きだす間宮に、 桜子がからかうように話しかける。 間宮は呆れたように「バカ言え」と答えた。
「アメリカみたいな銃社会ならともかく、 この日本でうかつに銃の携帯なんて簡単にできないし、 発砲なんて以ての外だ。 一発撃つたびにどれだけ書類を書かされることになると思っているんだ」
そうげんなりと続ける。 桜子は「ふーん」とつまらなそうに答えた後、 「じゃあ、 他には持って来たんだよ」と尋ねた。
間宮は「警棒と救急箱だ」とだけ答えると、 自分の鞄を軽く叩いた後、 赤い跡を追って歩き出した。
そんな刑事に興味を失ったらしい桜子は、 「じゃあ、 お前らは?」と間宮の後ろを歩きながら、 自分の後ろをついてくる大学生三人に話しかける。
「私はこの懐中電灯と応急手当の道具、 あと水ですね」と明かりのついた懐中電灯を見せながら円。
「懐中電灯と替えの電池、 あとはスタンガンですね」と五人の中で一番小さい鞄を掲げる穂村。
「懐中電灯と安物のライター、 応急手当の道具に爆竹」と肩から下げたスポーツバッグを軽くたたきながら彩香。
「……爆竹?」
「爆竹」
爆竹。 花火の一種。
爆竹は竹筒や紙筒に火薬を詰めて導火線に点火、 爆発させ、 大きな音を鳴らす花火である。
他の花火とは異なり爆発音発生を目的とし、 閃光は発するが見た目に美しい火花を噴出することはない。
日中には破裂音とその破片が飛び散る様を楽しみ、 夜間では連続して破裂した際の音と閃光を楽しむ。 (Wikipediaより抜粋)
「爆竹ってお前……子供のおもちゃじゃないんだぞ」
彩香の言葉に呆れたに呟く桜子。 その言葉に苛立ちを感じたのか、 彩香はふてくされたような表情で答える。
「いいじゃないか別に、 音で“獣人”共を引き付けられないかなって思ったんだよ。 それに市販のやつよりでかくて強そうだしな」
つむじを曲げた様子の彩香の頭を軽く叩きながら、 桜子は楽しそうに話す。
「ハイハイ、 大きいんだな。 お前のように」
「なにおう!」
「いや、 あの、 ここ敵地って知ってます? お二人とも……」
ヤイヤイと楽しそうに口喧嘩を始める二人。 そんな二人を軽くだがいさめる穂村。 呆れる円。
そんなズッコケ四人組を放置して一人、 無言で赤い跡を追っていた間宮だが、 赤い跡がある横穴で途切れていることに気が付く。
「この先か?」
「……誰かの話し声がする。 それも複数」
喧嘩から戻って来た彩香が耳を澄ませながら話す。 よく見れば赤い跡は横穴へと続いていた。 いや、 この場合は逆であろう。 “獣人”達が人間の死体をこの横穴から引きずってきたのだろう。
「……行くぞ」
そう言うと、 鞄の中から警棒を取り出し、 中の救急箱ごと鞄を横穴の近くに置く間宮。
円も間宮と同じように鞄を横穴の近くに置く。 穂村もスタンガンを取り出すと、 二人に倣って鞄を床に置いた。
「そういえば爆竹っていつ使えばいいんだろう」
「“獣人”共と接敵したときでいいだろ。 準備だけはしていてくれ」
「りょーかいっと」
ふと呟いた彩香の言葉に間宮が答える。 その言葉を受けた彩香はいささか気の抜けた返事をしながらも、 バッグからライターを取り出し、 バッグの紐を握りしめた。
「最終局面ってやつかな?」
愛用のカメラを手に桜子は一人呟く。 決意を固めて横穴へと入ろうとする四人を被写体に一枚撮ろうとしたが、 下水道内は暗く、 ライトやフラッシュを使わないと何も写すことはできないだろう。
しかし、 横穴の前でそのような事をすれば、 その強力な光で奥にいるであろう“獣人”達に自分達の事がばれてしまうのは確実。 仕方がないので、 闇が満ちる中に入ろうとする彼らの後姿を桜子は心のフィルムに収めた。
†
横穴の中を歩く時間はそれほど長くはなかった。 長くても四分程だろうか。 少しでも発見のリスクを減らすために正面を照らさずに、 自分達の手前あたりに光を当てていた。 しかし、 暗闇の中で明かりを持ったまま歩き回る以上、 相手に自分達の存在が露見するのは仕方のないことだと言えるだろう。
事実、 五人が歩く少し先では複数の物音がしていた。 撮影を自重した桜子涙目である。
「そろそろか、 爆竹の用意を頼む」
「了解」
地下のため物音が反響していて、 分かりずらいが、 “獣人”達との距離はもういくばくもないだろう。
それを感じ取ったのか間宮が彩香に指示を出す。 短い返事と共に彩香はカバンを下ろして懐中電灯の明かりを頼りに爆竹を取り出す。
「……え?」
その爆竹の異常性に真っ先に気付いたのは桜子だった。 そもそも、 現在日本で普通に流通している爆竹は長さ二センチから二・五センチ、 太さ三ミリから四ミリの火薬量が一グラム以下、 爆薬が〇・〇五グラム以下のファイヤークラッカーと呼ばれるものを同河川で編み合わせて、 連結した者をいう。 少量とはいえ火薬、 爆薬を使う以上、 火傷の危険性はあるものの、 うかつな使い方をしない限り、 死者どころか重傷者を出すことはない。
しかし、 彩香が取り出したそれはどう見ても缶ジュース並みの大きさである。 どこからどう見ても現代日本で流通していい爆竹ではない。 しかも、 缶ジュース並みの大きさであるソレを彩香は二本、 さも当然のように鞄から取り出し、 安物のライターで器用に両方の導火線に火をつけた。
「マズイ! こっちに来……え?」
足音が大きくなる中で円が彩香を急がせるために振り向き、 そして停止した。
彩香がそれを取り出した段階で呆然としていた穂村がポツリと呟く。
「フィ……フィリピン爆竹?」
「いくよー!」
「―――っ! 総員退避ー!」
呑気な声で、 超大型爆竹を投げる彩香。 その声に停止状態から戻った円が叫ぶ。 それと同時に円は彩香を抱えあげ、 他の三人と共に全力疾走で来た道を駆け抜けた。
ちなみにであるが、 穂村がボソリと呟いた“フィリピン爆竹”はその名の通りフィリピン産の爆竹である。 日本産の爆竹より強力で、 フィリピンでは毎年子供の指を吹き飛ばしたという痛ましい事故が発生している。 危険な代物である。
しかし、 今回彩香が用意したのはフィリピン爆竹ではない。 フィリピン産のよりさらに危険なポーランド産の爆竹。 それの最大サイズである。 入っている火薬の量は百グラム。 古い民家程度ならばこれ一発で破壊できるという、 もはや兵器レベルの代物である。
そして、 その爆竹は当然のように凄まじい爆発を引き起こした。 具体的にはその爆風で“獣人”も円達も吹き飛んだのだ。
「何持って来たんだよお前は!」
「も、 物置にあったのを持ってきただけだし! あんなんになるとは思わなかったし!」
「どっからどう見ても普通の爆竹じゃなかっただろうが! 考えろや!」
「……あの、 大丈夫ですか?」
「……耳が痛え」
「待って、 まだ世界がぐわんぐわんする」
そしてこの大惨事である。 普段は余裕ぶった表情を崩さない桜子も激怒している。
幸運なことに爆風で重傷を負った者はいなかった。 吹き飛ばされた拍子に擦り傷は負ったが、 その程度である。 最後尾を走っていた間宮と円は、 未だにフラフラしているが、 特に障害を負った様子もなく、 しばらくすれば回復した。
「……もう爆竹は持っていないよな?」
「持ってきたのはあれで全部」
「……すいません、 あの、 スタンガンがどこかに行っちゃったんですが……」
「アタシのカバンどこ?」
「俺の警棒は無事だな……よし」
見た目はボロボロで、 穂村はスタンガンをなくした。 横穴近くに置いておいた円と間宮のカバンから救急道具を取り出し、 応急手当を済ませた。
「あの爆発で向こうもダメージを負った」
「下手したら逃げられるね、 ここで」
「ああ、 だから今、 ここで仕留める」
もう一度準備を整えて、
今度こそ最終局面だ
ちなみに、 フィリピン爆竹もポーランド爆竹も日本に輸入するのは法律で禁じられています。
フィリピン産のものに至ってはフィリピン自体で禁止されていたり……
でも、 毎年使われているそうな。




