黒から脱退と鍛錬目標
一通り楓恋から腐り切ったド外道の説明を受けた後、彼女のメンタル的にも一度地上に戻ったほうがいいだろうという話になった。
姫乃は一度、今度こそ案件配信枠を終了させてから、速攻で別の枠を立てて配信を開始する。
「はい、数分ぶりー。それじゃあ楓恋さんと一緒に地上に戻っていくよ」
「よ、よろしくお願いします、姫様」
「……ボクたちさ、同い年だよね? 年が同じ子に敬語使われるの、なんだかすっごく変な感じだし、ため口でいいよ。あと姫様じゃなくて姫乃って名前で呼んでほしいな」
数少ない姫乃と同い年の探索者。三か月前に登録したばかりの後輩だろうが同い年であることに変わりはなく、同年代の活動者の知り合いが極端に少ないから友達が欲しくてお願いする。
一応知り合いにいないわけでもないが、連絡を取り合うほど仲がいいわけでもないので、事実上同年代の活動者の友人はゼロだ。
「い、いい、の?」
「もちろん! 同業者のお友達も欲しかったし、これからしばらくは一緒に活動することも増えるだろうし」
「それってどういう……」
「ん? だって楓恋さんはあんなパーティーから早く抜けたいんでしょ? 地上に戻ったら速攻でギルドに行って解消した後、すぐにボクと組み直そうかなって。だめ、かな?」
「う、ううん! ダメじゃ、ない、よ! えっと、その、よろしく」
「うん、よろしく!」
「ひゃっ」
嬉しくなってつい楓恋に抱き着いてしまう。初対面の女の子に何をやってるんだと思ったが、本当に嬉しかったのだし仕方がないだろうと自分に言い聞かせる。
”あら……あらあら^~”
”てぇてぇ”
”いいですぞ^~”
”楓恋ちゃんがまんざらでもなさそうな顔してるの高得点”
”女の子同士のスキンシップほどメンタルが回復するものはない”
”唐突な百合シーンに歓喜”
「な、なんか急に変なコメントがたくさん……」
「気にしないでいいよ、楓恋さん。これは団員さんたちの病気みたいなものだから。あ、名前もう呼び捨てでいいかな?」
「い、いいよ、姫乃ちゃん」
しれっと何気に酷いことを言いながら楓恋から離れる。
身長が姫乃より少し低く、顔つきも同い年の割にはちょっと幼い感じなので、妹感がすごい。
自分に妹がいたらこんな感じだったのだろうかと、少し照れる楓恋の頭を優しくなでながら思った。
「パーティー解消からの再加入もそうだけど、目下の目標はスキルの伸ばし方だよね。能力自体はものすごく強いわけだし、使いこなせるようになったら一気に成長できるよ」
「そう、かな? でも私が複製したものって、ちゃんと観察とかしておかないといけないし」
「普通観察するだけで構造とか理解できない……待って」
「ふぇっ!?」
先ほどはしれっと聞き流していたが、無視できないことを言っていたのを思い出した。
両手で楓恋の頬を挟み込み、じっと目を見つめる。こげ茶の瞳が動揺で揺れて、顔がみるみる赤く染まっていく。
体勢的にもまるでこれからキスでもするような感じになっているが、そんなつもりではない。
「あ、あの」
「じっとしてて。目は閉じないでね」
「ひゃ……ひゃいっ」
じーっと目を合わせ続け、楓恋があまりにも照れすぎているおかげでこちらも恥ずかしくなってきたが、じっと見つめることであることが何となくではあるが分かった。
「うん、なんとなくわかった」
「何が?」
「まず楓恋。君の目、複製するスキルと繋がっているみたい。君の目とスキルが一体になってるね」
「……?」
どういうことだと小さく首を傾げられる。ちょっとかわいい。
「さっき楓恋は、じっくり時間さえかけて観察すれば構造を把握できるって言ってたでしょ? ボクはそれを、観察眼が優れているからとか感知が得意だからだと思ってた。でも武器の構造って、その程度で把握できるような代物じゃない。でも君はそれを見るだけで理解できるって言ってた。どういうことなんだって思って今目をしっかり覗き込んだんだけど、どうにも目にもスキルがある感じがしたの。要するに魔眼だね」
目に宿るスキルは一律して魔眼と呼ばれる。魔術師や呪術師という、ダンジョン由来ではなくそれ以前から脈々と受け継がれてきた生粋の術師たちに発現しやすいスキルで、目を合わせるだけで暗示をかけるものから見るだけでものを破壊したり動かしたりできるものまである。
その中でも最上位なのは先代と今代の剣聖が持つ、死壊の魔眼と呼ばれるもの。いずれ来る死、いずれ来る限界をその魔眼は見ることができ、それで見た状態でそれに干渉して破壊したらそれは問答無用で死に、修復不可能となる。
問答無用で殺すという破格な性能をしているにもかかわらず、その魔眼の持ち主限定ではあるが見た対象の強度を無視して攻撃できる。何とも反則だ。
ただ見るだけで相手を殺すことのできるバロールの魔眼と似ているが、あれとはまた別種のものらしい。
ピンキリではあるが強力なものが多く、レアスキルとして数えられている。楓恋もまた、特殊な経緯ではあるが魔眼を保持している。
スキルと一緒になって発現する魔眼なんて聞いたこともないが、何かと例外というものは存在する世の中なので、楓恋のスキルもその例外に当てはまるのだろう。
「なんで私の目が魔眼になってるってわかるの?」
「魔眼って持ち主から独立した刻印と回路持ってるからね。制御できてないと魔力駄々洩れなの。楓恋は無意識のうちにある程度制御できてるっぽいから、しっかり目を合わせて集中しないと分からなかったよ」
”おーちゃんのスキルの時と言い、どうして姫様は特殊な機材なしでそういうのを看破できるんだよwww”
”もはや姫様の目がそういう特殊な機材みたいなものだろこれ”
”魔導兵装作りまくっている副作用的なものなんだろうな。魔導兵装にも魔力刻印とと魔術回路みたいなもの作って組み込んでるって言ってたし”
”楓恋ちゃんのほっぺ挟んで、まさかいきなり百合百合シーンか!? と思ったけど、全然そんなことなくて反省”
”ほんま、楓恋ちゃんがまんざらでもなさそうな顔するのがいい味してる”
”いうて姫様レベルの美少女にあんな至近距離で見つめられたら、誰だってドキドキする”
コメント欄が姫乃が楓恋にした行動を少し茶化すような書き込みをするが、次第に機材もなしでスキルを見抜いたことに驚いたようなコメントになる。
桜華の時も同じ感じになっていたが、感知能力が少し高ければ案外わかるものだ。姫乃はろくに魔術が使えない体質であるため、まともに使える強化や至近距離限定ではあるが使える感知は結構鍛えている。
おかげでモンスターとバリバリにやりあえているし、至近距離までしか伸ばせない感知範囲を鍛えたことで、間合いの中であれば高精度で相手の行動の先読みができるようになった。
「でも……そっか。私、魔眼持ってたんだ……」
「魔眼って結構なレアスキルだから、楓恋は探索者としての素質とかバリバリにあるよ」
「うん、ありがとう姫乃ちゃん」
もっとちゃんと検査とかすれば、希少な魔眼持ちだということくらい分かったはずなのに、どうしてやらなかったのだろうか不思議でならない。
どんな術師でも、見るだけでものの構造を把握することは不可能。それをやっているのだから少しは疑問に思ったはずだろうに。
色々とバカになりすぎてそんなことも思いつかなかったんだろうなと結論付け、先のことを考える。
魔眼は希少だ。姫乃でもそれを再現することはできないし、眼球にある魔力刻印と魔術回路は心臓にあるものと体に伸びているものは別なので、かなり感覚が違うという。
楓恋は無意識のうちにある程度の制御をしてしまっているので、伸ばすとすればその無意識を意識的に行うようにして、魔眼に使用する魔力を増やせるようにすることだろう。
アドバイスしようにもできないし、魔眼を持つ知り合いなんていない。いや、いないわけではないのだが、ほぼ連絡を取っていないし一回会ったきりなので知り合いとも呼べない顔見知り程度だ。
これは地道な鍛錬になりそうだと小さく息を吐く。楓恋のスキルを伸ばすには、どうしても魔眼が必要になる。武器の複製を伸ばしたりするのはそのあとになるだろう。
「……なーんか、ボクの腰辺りにすっごい視線感じるんですけど」
「え、あ!? ご、ごめん!?」
さっきからやたらと腰にちらちらと視線が行っており、ちょっと落ち着かないので指摘する。すると顔を真っ赤にしてわたわたと慌てる。
「は、初めて姫乃ちゃんのことを配信で見た時、すごい可愛いのにすごく強くてかっこいいんだって思って……。それを支えているのが七式魔剣で、画面越しで見るだけでも楽しかったのが今すぐ目の前にあるから、つい……」
さっき複製を見せてもらった時も、真っ先に七式魔剣を複製していた。それだけこの剣のことを好きでいてくれているのだろう。
姫乃という配信者が大バズりするきっかけとなったもので、その後の戦闘のほぼすべてを支えていた相棒。姫乃も気に入っていたので、『龍滅炉心』の反動で体中が痛む中でも、壊れてしまった魔剣を新しく作り直したほどだ。
愛着の湧いている相棒のことをそんなにも見てくれていたんだと思うと嬉しくなり、ふっと微笑みを浮かべる。
「持ってみる?」
「いいの!?」
聞いてみたら速攻で食いついた。ぱっと笑顔の花を咲かせて目をキラキラと輝かせている。
すぐに食い気味で反応したのを恥じたのか、頬に朱を差しながらもじもじし出した。可愛かった。
七式魔剣を剣帯から外して差し出すと、おずおずといった様子で受け取る。ズシリと重いそれを受け取った楓恋は、感動したような顔をする。
「すごい……これだけ間近で見ても細かいところまで見切れない。複数の術式を精密に噛み合わせているだけじゃない。神業みたいなバランスで複数属性を成立させて、寸分の狂いもなく増幅とかの他の術式と繋がっている。深いところには魔力刻印や魔術回路に似たものも確かにある。どんな執念でこんなすごいものを作ったんだろう……」
「やっぱ楓恋の魔眼って、めちゃくちゃすごいものだなぁ。一回見るだけでそこまでわかるんだ」
実際に手に持って間近で見ているからか、あるいは集中してみているからか、いくら配信を見てくれているとはいえそれだけでは知りえないようなことをすらすらと口にしている。
今後スキルも成長していくし、この先どんなものまで複製できるようになるのかちょっと楽しみだ。ただ不安要素もあり、それは成長した後で姫乃の魔導兵装を見たら、多少の劣化はあれどそれを再現できてしまうことだ。
ノーベルのように、自分の作ったものが殺戮に使われるのは絶対に嫌なので、誰にも売らないしどこにも作り方を教えない。
しかし彼女のスキルはそんな姫乃の思いを無視して作ることができてしまう。ハリボテでも能力は複製できるので、先ほど試しで見せてくれた偽物の七式魔剣も百パーセントからほど遠いにしろ、能力を再現されていたはずだ。
成長したらおそらく、七式真装どころか六連砲星やファーヴニルのブレスを押し返した龍葬砲まで再現されるだろう。そうなると、その異常な火力をいつでも出せる楓恋の探索者としての評価と価値は、凄まじいものになる。
現に、彼女が自分のスキルを説明した後辺りから、いくつかのクランが彼女とのコンタクトを取りたいという旨のコメントを書き残し始めている。
姫乃自身がクランに入るつもりがないし、そういう配信中の勧誘はご法度とされているので、モデレーターの方々が楓恋の目につく前にコメントを消してくれているのはありがたい。
「ありがとう、姫乃ちゃん。この剣本当にすごいものだね」
じっくりと食い入るように観察していた楓恋が、魔剣を返してくれる。
「もういいの?」
「うん、満足。怖いくらい精密に作られているものだから、多分これの完全複製は当分無理だろうなぁ。あ、姫乃ちゃんって自分の魔導兵装が他のところに行くの嫌がってたよね!? ごめん!」
「あぁ、気にしなくていいよ。楓恋くらいいい子だったら、悪いことに使わないってわかるし」
「それでもだよ。ごめんね、私、何があっても悪い人たちに脅されても複製したものは渡したりしないから! たとえあの黒夜の人たちに怒鳴られても!」
「……ええ子やこの子」
ノーベルのような道は辿りたくないという姫乃の思いを汲んで、たとえ黒夜の連中に脅されても怒鳴られても複製しないししたとしても渡さないと誓ってくれる。
なんて健気でいい子なのだろうと少しうるっと来て、また思わずぎゅっと抱きしめてしまう。
「何はともあれ地上に戻ること優先……なんだけど、ついでだしモンスター狩ってく?」
「へ?」
”そんなコンビニ行く? みたいなノリで言うなwww”
”楓恋ちゃん困惑してお目めを点にしちゃったじゃんかwww”
”いやあ、姫様がいれば安全なのは分かってるけど、新人をそのまま下層で戦わせるのはあかんでしょ”
”でも意外と理にかなってるんじゃね? スキルの使用回数増やすには魔力を増やす必要あるし、姫様と組めない時にあのゲボカスどもにまたしつこくされないとも限らないし、どっかのクランに所属するにしても実力があればいいところ狙えるし”
”多分めのっさんはそこまで考えてない”
”姫様「へぇー、そうだったんだー」”
”めちゃくちゃインテリな部類なのに、今日の案件配信の時にスーパーの精肉コーナーに行く感覚でガルクロウ乱獲してたから否定できねぇwww”
”擁護したかったけど、姫様が擁護できそうな行動一切取らないからできないという悲劇”
”でもこの行動こそ姫様”
なんかコメント欄で散々な言われようだが、気にしないことにする。
「が、頑張ってみる……!」
楓恋もやる気みたいなので、地上に戻りながらサポートしつつ彼女を下層モンスターと戦わせることにする。
危なくなったら即援護。安全のためにも七式真装を楯形態にして、彼女の周りに待機させて、自動で防御されるように設定しておく。これならば万が一でも怪我することはないだろう。
「魔力量を増やすためにモンスターを倒すとは言え、パワーレベリング的な感じでやるのはよくない。だからボクはあくまでも援護に回る予定。とはいえ君の強さじゃ下層はまだまだだし、特別にこれ貸してあげる」
そう言って収納魔導兵装の中から、一本の銃剣型の魔導兵装を取り出して渡す。
「これって……」
「ボクが配信者になる前、それこそ探索者になったばかりの頃に使ってた初代の相棒。今のと比べると火力はかなり控えめだけど、それでも下層くらいならまあ何とかなるレベル。大魔を取り込む機構はまだついてない時代だから、自前の魔力でしか動かないよ」
「あ、ほんとだ」
魔眼でギミック等を見たからか、特に説明しなくても魔導兵装を動かしていた。
やはりこの子の魔眼はかなり強力なものだなと改めて感心し、やる気に満ち溢れ始めた楓恋の後ろをついていき、ゆっくりと進み始めた。




