夜明けへの引き金
「よーし、みんなに肉焼きASMRもお届けできたし、お肉も焼けたしボクもお昼にしよー」
リスナー全員をしっかりと肉が焼け油が弾ける音で発狂させ、ひっそりと優越感に浸りぞくぞくしていた姫乃は、グリルが肉を焼き終えたので蓋を開けて取り出しお皿の上に盛り付ける。
肉が焼けるまでの間に作ったレタスとトマト、キュウリのサラダと、前もって作っておいた付け合わせ用のポテトサラダを取り出してそれもお皿に盛り、粗挽きこしょうを少々。蒸らし終えた白米を茶碗に、火にかけ直して温めたコンソメスープをスープカップによそい、テーブルに並べる。
ハーブと焼けた肉のいい香りにコンソメスープの香りが合わさり、すきっ腹を強烈に刺激する。
早く食べようと椅子を引いて座った瞬間、きゅるるる、と姫乃のお腹が可愛らしい音を立てて早くご飯を食べさせろと訴える。
”今十二時過ぎてるし、そりゃお腹すくよね”
”俺たちは焼ける音だけだけど、姫様は匂いも感じてるわけだしなおさらお腹すきそう”
”姫様のお腹なる音、ちょっと控えめで可愛い”
”お腹鳴っちゃって顔まっかっかなの可愛すぎる……!”
”よっぽど恥ずかしいのかちょっと涙浮かんでプルプルしてるの、小動物感あって良き”
”作るもの成すこと全部人間離れしてるけど、こういうところはちゃんと普通の十六歳の女の子だねぇ”
”ほらほら、たぁんとお食べ”
「い、今の、音は、忘れてくれると、嬉しいかな……」
言ったところで決して忘れたりしないのが姫乃のリスナー、近衛騎士団員だ。しばらくの間、特にジョーズさんや漬け物さんあたりがいじってきそうだ。
ありえそうな未来を頭の中から追い出して、居住まいを直した姫乃はお皿に盛りつけられたグリルチキンのワンプレートランチに視線を落とす。
焼きたてでチリチリという音を未だ鳴らしており、食欲そそるハーブのいい香りがすっと鼻腔を通り抜けていく。
トングを使ってグリルから出した時、トング越しにでも皮目がパリッとなっているのを感じた。これを今から食べると思うと、口の中によだれが溢れてくる。
「いただきます」
まずはいつも通り、サラダから先に食べる。よく、野菜から先に食べても意味がないと耳にするが、シンプルに姫乃の気持ちの問題だ。
何より、先にポテサラ以外の野菜を先に食べておくことで、あとの食事の時間はメインディッシュの味だけに舌を集中させることができる。
瑞々しいサラダにフォークを刺して口に運び、しゃきしゃきと音を鳴らしながら咀嚼する。
「それでは、グリルチキンに行きます……」
ごくりと唾を飲み、ナイフを手に取る。フォークを肉に刺す。パリパリに焼けた皮目が小さくパリッ、という音を立てる。柔らかく弾力のある感触がフォーク越しに伝わってくる。
フォークが刺さった個所から肉汁が溢れてくる。グリルで余分な脂が出ているはずなのに、どれだけこの中に詰まっているのだろうか。
ナイフを当てて肉を切る。再びパリッという小さな音を立てて皮が切れ、柔らかな肉を一口サイズに切る。
ここまで一切の無言。配信としては放送事故もいいところだが、それだけ上手にできている証拠でもあるだろう。
まだ少し熱いため軽く息を吹きかけて冷まし、口の中に運ぶ。肉のうまみと甘みのある肉汁が舌を潤し、それだけでも美味しいと声が出そうになる。
肉を噛み、咀嚼する。パリッという音が口の中でなり、肉汁が爆発するように溢れる。
───なんだ、この最高に美味しいお肉
「~~~~~~っ!! おいひぃ~~~~!」
昨日の市販の鶏もも肉のシンプルな塩味のグリルでも最高に美味しかったが、下層でしか入手できず市場では高級品として扱われるガルクロウの肉を使ったこれは、今までの味を忘れてしまうほど素晴らしかった。
まず肉が柔らかいのに弾力がしっかりとあり、噛み応えがあって触感が楽しい。噛めば噛むだけ肉汁が出てきて、それが野生を感じつつもほのかな甘みを持っている。
皮目は狙い通りにパリッと仕上がっており、ナイフを入れた瞬間や口に入れて噛んだ時の音が最高だ。
「うっわ、自分で味付けとかやったけど、マジでボク天才じゃない!? こんなに美味しくできるとかマジで天才!」
目を大きく見開きキラキラと輝かせながら自画自賛する。
味付けがうまくできているのもそうなのだが、あとはこの魔動力グリルがいい仕事をしてくれている。これは受けて大正解の案件だ。
”この子の料理配信って、いっつもめちゃくちゃ美味しそうに食べるから飯食った後でも腹減るんだよ”
”自分で作って自分であそこまで美味しそうに食べられると、人生ずっと幸せそう。そのまま最後まで幸せでいてくれよな”
”あまりにもおいしそうに食べてるもんだから、気になってダンジョンサバイバー公式サイトに行ったらアクセスが集中しすぎてもう落ちてて草なんだが”
”早すぎるwww まあ姫様のこの顔見ちゃうとね”
”この配信だけで同接数十万いるし、それが一斉に一か所にアクセスすればそりゃ落ちるわな”
”こういう大手の配信者になると、定期的にどっかしらのサイトがアクセス過多で鯖落ちすることあるんだよな”
”姫様の場合は流石に早すぎるけどなwww”
「え、ダンジョンサバイバーさんのサイトもう落ちてるの? ……今のボクの発言の影響力とか割と洒落にならないレベルなんだね。今後は気を付けないと」
超有名インフルエンサーが配信中に、ふと自分が使っている化粧品や身に着けている衣服のブランドを口にすれば、速攻でそのサイトが落ちるというのはまあよく聞く話だ。
桜華も配信中に彼女が贔屓にしている探索者用のサバイバル用品のことを話した時、すぐに落ちていたのも姫乃も目の当たりにしている。
まさか自分が鯖落ちさせる側に立つとは思わなかったが、それがインフルエンサーになるということなのだろう。
「……はふぅ。コンソメスープが染み渡るー」
チキンを半分ほど食べたところで、コンソメスープを一口飲む。少し強めにこしょうを効かせてあり、ピリッとした辛さが素晴らしい。
ポテトサラダを食べ、白米を食べて口の中をリセットしてからまたチキンを食べる。これだけ美味しく焼けるなら、当分は色んなお肉をローストしたりグリルするのもありかもしれない。
その都度その動画と音を録画録音して、夜の十時くらいに投稿して飯テロを全員に仕掛けてやろうと企んだ。
♢
「みんなして酷いよ。イジワル。変態。ケダモノ」
食事を終え食器と今回もらったグリルを収納にしまって食後のティータイムとしゃれこんでいた姫乃は、顔を赤く染め頬を膨らませてちょっぴり不機嫌になっていた。
というのも、姫乃が何を企んでいるのかを古参勢に察知されてそれを暴露され、せっかくASMR用のマイクを買ったんだしあまあまASMR配信でもやれと言われたのだ。
当然姫乃はそれを拒絶したが、赤スパ乱舞されて断るにも断れない空気になってしまい、しぶしぶ了承。しっかりそのシーンの録画されていたため、のちにはぐらかすこともできなくなってしまったのだ。
”そのマイクは肉を焼く音をリスナーの耳元で鳴らすためのものじゃありません”
”正しい使い方をしようねぇ、姫様ぁ(ニタァ)”
”形状が割と普通のマイクだし、左右から囁くような感じのものになるかな”
”この形状なら心音ASMRとかもいいかもな! 緊張と恥ずかしさで心臓ばっくばくになってそうだけど”
”余裕ができたら人の頭の形してるK〇1000とか買って耳かきとかしてくれ”
”ASMRは小声で囁く奴だから、間違っても声を低くしないでくれよな”
”大手V事務所のタレントが、小声で囁くのをどう履き違えたのか低い声でやってたのには笑ったなぁ。懐かしい”
みんなに飯テロ動画をお届けするために買ったマイクを、本来の正しい使い方をしてくれと赤スパで言われたら断れない。
できるだけ先延ばしにするつもりだが、やたらとやってほしいという声がでかいリスナーたちだ。毎日聞いてくることだろう。
全くもってどうしようもないリスナーたちだと呆れ、食後の紅茶を飲み干してから椅子から腰を上げてテーブルと椅子を分解。
きっちりと組み立てる前の形に戻してから収納の中に突っ込み、ぐーっと伸びをする。
「ん~……はぁっ! まさかダンジョンでお肉を手に入れて、ご飯を食べるだけ食べてから帰るだけの配信をするとはね」
案件の打ち合わせでこうやることは前もって伝えていたし、姫乃もダンジョンサバイバーがダンジョン内でのサバイバルキャンプ用品の案件ならば、絶対にこうするべきだと強く推したからこのような配信になった。
しかしそれでもダンジョンの中に足を踏み入れても、攻略とか解説はほぼせずに鶏肉ゲットしてそれを調理して美味しくいただいてから帰るだけという行動をするとは、少し前の自分なら想像もできなかった。
こんなにいい調理器具でこんなに美味しいご飯を食べられるようになるなんて、しかもそれは案件で無償で提供されたもので、挙句にお金までもらえて。
こんなに美味しすぎる話があっていいのかと不安になるレベルで美味しい話過ぎて、なんだか急に怖くなってきた。
「はい、それじゃあ本日の配信はここまでかな。ダンジョンサバイバーさんのこの魔動力グリル、本当に最高のグリルが焼けるのでみんなもぜひ買ってね! これを買った人は、もしよかったらなんだけどツウィーターで『#ダンジョングリル』を付けて料理を投稿してくれると嬉しいな。それでは皆さん、最後までご視聴ありがとうございました! また次の配信で、」
また次の配信でお会いしましょう、と言おうとした瞬間左腕に着けている端末に救援要請が届く。
桜華の一件からはこの要請が姫乃の端末に来ることはなく、比較的平和だったのだが、今日久々にそれが届いた。
『救援求:世田谷ダンジョン下層第四階層。座標:〇〇〇-〇〇〇。状況:一人』
「下層の第四階層で一人って、結構な無茶してるね」
”それ姫様が言う?”
”いやほら、姫様は無茶じゃなくて散歩とかスーパーに行く感覚でいるから……”
”この子が色々ぶっ飛んでるだけで、普通は下層ってソロはごく限られた一握りしか行けないところだからね”
”有名な個人活動の探索者の配信者や企業勢がソロで行ってるのを見て楽勝っていう印象持っちゃうけど、その考えは改めたほうがいいってレベルの地獄だもんな”
”一部の下層ソロ可能な探索者が目立ちすぎてるだけなんだよ”
姫乃の零した言葉にコメント欄がざわつくが、それを気にしていられるほど余裕はない。救援要請が来たということは結構ひっ迫している状況だろうし、急いだほうがよさそうだと収納の中から新調した七式魔剣を取り出して、ついでに出した七式真装を魔剣に繋げて性能を強化する。
「雷霆・電光石火」
大雷以上の雷の出力を出し、それをまとい自身も回路の魔力を流して魔力励起による強化をかけ、一歩目から猛烈な速度で駆けだす。
端末に届いた要請、その座標はこの階層のボス部屋だった。
世田谷ダンジョンの第四階層のボスはネオメス・レオン。日本語に直せばネメアの獅子といい、下層最上位の物理耐性を持つ巨大な獅子のモンスターだ。
並大抵の物理攻撃は異常な強度の毛皮に弾かれ、ならば魔術なら通るのかと言われればこれも中々通りづらい。
物理よりは比較的ましなダメージを与えられるので、このモンスターは近接殺しと呼ばれている。
近接殺しの防御性能をしていながら身体能力は高く、もしこの救援要請者が魔術特化の人であればかなりマズい。
魔術特化の探索者は近接にめっぽう弱い。理由は単純明快。ある一定以上の距離になれば、呪文を唱えて魔術を発動させるよりも早く近接職が攻撃できるからだ。
モンスター相手にも同じことが言え、ある一定以上の距離接近を許してしまうと呪文の詠唱が追い付かずに攻撃を受けてしまう。
中には高速詠唱とかいうスキルに頼らない技術を使ったり、呪文の頭文字だけを切り取って短縮させる超高等技術のノタリコン詠唱法、前もっていくつかの呪文を唱えてストックしておき、あとは最後の手順の軌道を行うだけの呪文保持などがあるが、これらはかなりの高等技術で使える人は限られている。
仮にその技術が使えたとしても、あくまでそれは呪文の詠唱等を短縮させるだけ。どれだけ短縮できても、結局近接戦はその専門に敵わない。
ネメアの獅子は巨体のくせに動きが俊敏。下層に進出してきたパーティーが、よくこのネメアの獅子とぶつかって全員大怪我をするか、全滅するという話を耳にする。
それほどまでに下層のボスというのは強力。姫乃や夢想の雷霆のトップ構成員たち、そのほかの一級上位の上澄みの探索者でなければソロでボスなんて自殺行為だ。
「くそっ! 俺たちはこの特級呪具に特級魔術道具使ってるってのに、なんであれに勝てねぇんだよ!」
「あれはイレギュラー的な強さを持つ強化個体だったのかもしれない。じゃなけりゃ、俺たちがこんな無様に敗走するなんてこともない」
「というかあいつのスキル、ぶっちゃけなくたって別に問題なくない? 物が複製できてもすっごい脆いし、無駄に自分の魔力食ってるだけじゃん」
「とにかく、あんな使えねえ奴でも殿程度にはなったな。いつもいつも役に立ちたいってぼそぼそ言ってたし、あいつも願いが叶ってよかったな」
凄まじい速度で真っすぐ迷わずにボス部屋に向かっている途中、四人組のパーティーが通路のど真ん中を陣取りながら何かを話していた。
彼らが来ている衣装の胸元には、夜を示すように黒く塗りつぶされ月と星が浮かんでいるようなエンブレムがあった。あのエンブレムは、現在も絶賛特大炎上中のブラッククラン、黒夜のものだ。
咄嗟に大きな岩の影に姿を潜めて話を聞いていると、どうやら彼らは誰かを殿にして置き去りにして自分たちだけ逃げてきたらしい。
清々しいほどのクズ野郎だなと歯ぎしりして、状況を冷静に分析。
今姫乃と黒夜のパーティーがいる場所は、ボス部屋からはそう遠くない。というか、ここからはほぼ一本道みたいなものだ。
となると、彼らが置き去りにしてきた誰かというのは救援要請を送ってきた人に間違いない。
取り残されてしまった人はものを複製するスキルを持っており、この手のスキルを発現させやすいのは魔術師系が多い。
これは非常にまずいという結論に至り、大人しくなっていた雷を再度活性化。回路に全力で魔力を流しつつ、踏み出す瞬間に魔力を放出して一瞬だけブースト。姿が掻き消えるほどの速度で跳び出していき、クズパーティーの近くを通過していく。
十秒ほどトップスピードで駆け抜けていくとボス部屋への扉が見えてくる。それはしっかりと閉じられており外部からの侵入を拒んでいるが、関係ない。ぶち破るのみだ。
「『全放出───腕撃』!」
余っているパーツを左腕に集めてガントレットに変形させ、真装に溜めてある魔力を全部食い尽くして攻撃力を超強化。
体を捻り腰を回転させながら繰り出したパンチ一発でボス部屋の扉を粉砕し、侵入する。
地面をえぐるように滑りながら停止すると、ネメアの獅子はボス部屋の右奥の方におり、姫乃に背中を見せ壁の方を向いている。
「だ、誰か……助けて……っ」
ネメアの獅子が壁際まで追いつめている誰かは、消え入りそうな小さな声で助けを求めてきた。
作者が勝手にやってる『勝手にQ&Aコーナー』
Q.電光石火の速度ってどんなもんなの? 大雷と雷霆の差はどのくらい?
A.流石に純人間なので雷速での移動は無理。でも弾丸以上の速度は出せるから、動体視力とかをしっかり強化してないと一級探索者でも反応は無理。
大雷が大型拳銃の弾丸(44マグナムくらい)の数倍、雷霆は対物ライフル(12.7x99mm NATO弾)の弾より速い。人間がこの速度出したらただじゃすまないので、耐えられるくらいまで体を強化しまくる。これが原因で初期はすぐに魔力切れを起こしてた




