龍と竜殺し
「なん……だよ……これ……」
姫乃の出した魔導兵装の中にとらわれ、ダンジョンの入り口付近にある守衛の詰め所の近くで、守衛二人と共に目の前で広がっている出来事を目の当たりにして、黒葛原晴章は辛うじて絞り出すように言葉をこぼす。
晴章は天才だ。そう言われて育ってきたし、事実二十代前半という若さで一級探索者にまで上り詰めた。
魔力刻印の大きさも魔術回路の本数も、その質も、持っているスキルも、磨き上げてきた技術も、全てが一流のそれだ。
二十代前半でこれなら、この先もっと自分は強くなれる。それこそ、単独で国家を転覆、あるいは殲滅できるだけの強さを持つ者のみに与えられる特級の称号だって与えられる。
そう思っていたのに、晴章は道半ばでその夢を絶たれてしまった。ライセンスを剥奪され、もう二度と再取得もできなくされてしまい、探索者人生は完全に終了。
全ては姫乃のせいだ。大した強さもなく魔導兵装に頼りきりで、顔と声が少しいいのと太ももが太いってだけで多くのファンを獲得しているだけの、ただのメスガキのせいで全部失った。……と、そう思っていた。
大した強さを持っていない? たった一人で数百ものワイバーンに挑み、誰一人として犠牲者を出さずに縦横無尽に駆け回り、七式魔剣が壊れるまで無茶を続けて戦い続けているあの女子高生が、大した強さじゃない? 何をバカなことを考えていたのだろうか。
十数分前に見た、召喚紋の魔方陣が現れそこからワイバーンが姿を見せた時の、本気で恐怖している顔。十数分前に聞いた、深層のボスモンスターを無傷で倒して無双しているのと同一人物とは思えない悲鳴。
彼女はあの魔方陣とワイバーンにトラウマを抱えている。トラウマなんてそう簡単に乗り越えられるものなんかじゃない。なのに彼女は、今でもまだ怖がっている顔をしているというのに、勇気を振り絞って戦っている。
「何で……あんなに戦えるんだよ……。怖けりゃ、逃げちまえばいいのに……」
数十メートル先で若い男女カップルの女性のほうがワイバーンに捕まり、そこにもう一体ワイバーンがやってきて頭にかぶりつこうとする寸前で、体から魔力を強烈に放出してブーストしている姫乃が女性を捕まえている足を落とし、左腕で女性を抱えながら持っている剣と背中のパーツを集めて変形させて砲撃で吹っ飛ばすのを見た。
散らばる血と肉の臭いに寄せられて十体ものワイバーンが上から迫ってくるが、いつの間に上に設置したのか魔導兵装が上から砲撃してきて撃墜した。
無理をしてでも、全員を助けようとしている。助けようとしているというか、もう助けてしまっている。
晴章を監視するように残っている守衛が通信機で避難状況を逐一確認しており、死者数ゼロという驚異的な数字で避難が完了していると聞こえてきた。
何が彼女をあそこまで突き動かすのか。何かヒントはなかったかと頭を回すと、晴章も名前も知らない全身黒い布で覆っているあのナニカの会話を思い出す。
『十二年前の悪夢の、再来をお楽しみください』
奴は確かにそう言った。十二年前の悪夢とは何なのか、考えなくても分かる。
ダンジョンが発生してから人類は、幾度となく迷宮災害に見舞われてきた。
ダンジョンの中からモンスターが溢れて地上に進出してくる怪物侵略。探索者が多い現代では発生頻度は少ないが、かつては結構な頻度で発生していた。
特に酷かったのはダンジョン登場最初期の頃だが、その次に酷かったのが十二年前の大災害だ。
奥多摩の悲劇と呼ばれる最悪の迷宮災害で、大量のワイバーンによって多くの市民が食い殺され、同時に現れた巨大な黒龍によって壊滅的な被害を受けた。
死亡者は千三百人にまで上ったとされ、決して忘れてはならない事件だとされている。
あの一件にはいくつか不審な点が多く存在し、ダンジョンの中から出てきたことに間違いないのだが、ダンジョンを通過していったという記録が残されていない。
突然現れたというにしてはあの巨体を見逃すはずがないし、しかしあれは確かにダンジョンの外にいた。とにかく謎が多い出来事だ。
姫乃はその大事件の被害者なのだろう。そうでなければ、ナニカのあの発言にあそこまで激昂することはない。
激昂して、それでも怖くてトラウマがフラッシュバックして、しかしそのトラウマをねじ伏せて戦う。
登録者数を伸ばすことに躍起になって超えてはいけない線を踏み越え、あまつさえ負けたことを醜く認めようとせずに他責し、もう一度挑んでまた一撃でやられて。
彼女はどうだ。自分の悪いところを認め、それを改善するように動き、失敗したらそれを学んで次に活かし、地道に努力を重ねてきて、きっかけ一つで人気者になった。
目先の利益や同接・登録者数しか見ずに暴走して、迷惑をかけまくってきた自分が途端に恥ずかしくなった。
もう償うためにダンジョンの攻略に貢献することもできなくなってしまい、今できることは己の過ちを認めて大人しく檻の中に入ることだけだ。
「……はっ、どうかしちまったんだな、俺。今まであんなバカなことばかり考えてバカなことばかりやってきてたのが、嘘みたいだ」
ずっと感じていた頭痛は、すっかりなくなった。あの頭痛は何だったのだろうと首を傾げつつ、ビルの中腹辺りでワイバーンの首の骨を蹴り一発でへし折って撃墜した姫乃のことを見上げた。
♢
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
ビルの間を飛んで逃げようとしていたワイバーンを追いかけ、その首を『脚撃』でへし折った姫乃は、ワイバーンの死体をクッションにして一緒に地面に降り立った。
ぼろぼろと崩壊させていく体から降り、周りを見回す。索敵の魔導兵装を起動して他にいないかを確認すると、反応があった最後の一つをビルの上に設置してある魔導兵装が撃墜したのか、その反応が消失した。
ずっと走り回り続け、途中から魔力放出を全開にしてガンガン魔力を消費し続けたが、それでもなお体にかかり続けた負担から、姫乃は珍しく肩で呼吸をする。
「一体……どんだけ切り殺したんだろう……」
首をへし折って倒したワイバーンの透き通るような上質な核石を拾いながら、ポツリと零す。
すると索敵に大きな魔力反応があったので振り返ると、今になってようやく他の探索者が来たようだ。
十数分も一人で大暴れしまくっていたのにどうしてこんなに来るのが遅かったんだと少し腹が立ったが、新宿を歩いていた大勢の人が一斉に避難を始めたのだ。人の波に押されて移動ができなかったのだろう。
「うお!? なんだ、全部終わってる!?」
「あ、あちこちにワイバーンの核石やら素材が散らばってんぞ!? 一体誰が!?」
「あ、おい見ろ! あそこに一人誰かがいるぞ!」
「って、あの子姫様じゃん! 一人で戦い始めてたの知ってたけど、もしかして全部倒しちゃったの!?」
ようやく来た頃にはすべてが終わっているこの状況に驚き、右往左往している探索者たち。もしも自分があそこにいたら、きっと同じような反応をしていただろう。
数百もの素材や核石を独り占めするつもりは毛頭ないし、回収して全部ギルドに渡してそれを復興資金等に突っ込んでもらおうと一歩踏み出したその時、上空の魔方陣から非常に強い拍動を感じた。
「なに!?」
ばっと上を見上げると、ドクンッ、ドクンッと脈打つように強く明滅しながら、強烈な魔力を魔法陣が放ち始める。
まさか第二陣があるとでもいうのかと七式真装を変形させて斧形態にすると、明滅が収まる。そのまま何もなかったかのように消えてくれたらよかったが、そう甘くはないらしい。
ずるりと、何かが生れ落ちるかのように魔方陣から姿を見せる。
その体躯は全長で三十メートルはあろう程大きく、その体を余すことなく漆黒の鱗で覆い、目が合うだけで恐怖してしまいそうな金色の瞳を持つ巨大な黒龍だった。
再びトラウマが激しく刺激される。動悸が激しくなり、視界がぐらぐらと揺れる。何もかもを破壊し、大好きな家族を奪った元凶の一つを想起させる。
「おいおいおいおいお!? 嘘だろ!? あれファーヴニルじゃないか!?」
「特級も特級じゃねーか!? 無理だ、逃げるぞ!?」
「ちょっと! あんたらあんな女の子に全部放り投げて自分たちだけ逃げるっての!?」
「じゃあどうしろってんだよ!? あの雷神でさえも倒すのに苦労した化け物なんだぞ!?」
ファーヴニル。最初に確認されたのは、世田谷ダンジョンの深層第五階層のボスエリアだ。
三十メートルもの巨体に、漆黒の鱗。金色の瞳を持つ龍種のモンスターで、邪竜とも呼ばれている。
その強さは、深層最後のボスとして君臨しているだけあって、非常に強力。事実上深淵級の強さを持ち、北欧神話に登場するファーヴニルを原型としているだけありその先の深淵を守護する者として立ちはだかる。
かつて深層を攻略していた夢想の雷霆を、雷神と機神、剣聖と瞬神の四名を除いたほぼ全員を戦闘不能にまで追い込み、撤退を余儀なくさせたという伝説まで残している。
このことからファーヴニルは特級という区分に位置付けられ、その中でも特に上位の国家転覆級としてギルドに登録されている。
そんな怪物が今、新宿の上空に現れてしまった。
「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「っ!?」
地獄の底から響くような咆哮を上げ、びりびりとお腹に響く。そのおかげで少しだけ冷静さを取り戻し、それをきっかけに徐々にトラウマが落ち着き始める。
「しっかりと見ろ……。あれはあの黒龍とは違う……。あいつはもっと……もっとでかかったし、もっと恐ろしかった。もっと、押し潰すような威圧感と恐怖があった。勝てるわけがないという絶望感があった。あれは……あの龍種は、あいつなんかじゃない」
自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟き、冷静さを取り戻す。
ぐっと歯を食いしばりながら見上げる。一対の大きな翼を羽ばたかせながら、新宿の街並みの上を旋回している。
今すぐに攻撃を仕掛けてくる様子はないが、あれはモンスター。人類にとっての敵であることに変わりはなく、攻撃をする意思がなくとも排除しなければならない。
幸いまだ『龍滅炉心』は動かしたままだ。膨大な魔力に体がまた痛みを発し始めているが、回路をもう一度全開にして最大出力を引き出し猛烈な魔力放出で自身をブーストする。
凄まじい速度で街中を駆けていき、大きく跳躍。ビルの壁に足を着けてからもう一度跳躍して反対側のビルに着地し、もう一度跳躍するを数回繰り返す。
高いビルの屋上に到着し、空を飛ぶデカブツを見る。三十メートルというだけあって、その体は圧巻の一言だ。
”でっっっっっっっっっっっっっっか!?”
”こえぇ……”
”こいつが世田谷ダンジョンの深層第五階層のボスやってるせいで、ほとんどのクランがその先の深淵に進むことができずにいるし、他のダンジョンの深層最後のボスもこれと同じくらいの化け物がいるから、ガチのトップ中のトップ以外のクランが先に進めないという”
”深層のモンスターなんて単体で大都市丸ごと壊滅できそうな化け物だらけだってのに、こいつは都市を通り越して国そのものを滅ぼしかねないレベルなんだよな。姫様これは流石に夢想の雷霆が来るのを待った方がいいって!!”
”姫様の配信越しでさえクソビビってるんだから、実際に目の当たりにしてる姫様なんか超怖いだろうな”
”見た瞬間、人間が勝てるような相手じゃないって悟った”
”いくら特別一級のワイバーン数百体をソロで殲滅したとはいえ、あれだけ動き回って疲労もあるだろうし無茶はしてほしくないよ!”
”もう避難はかなり済んでるみたいだし、早く姫様も逃げて!”
”もうこれ以上は無理しなくていいから! さっきもあれ見てちょっとヤバそうな顔してたし!”
”これ相手だったら流石に逃げても誰も文句は言わないよ!”
「……ボクのこと心配してくれるのはすごく嬉しい。でも、みんながボクを許してもボクがボク自身を許せないから。いつまでも、怖いものから逃げてばかりじゃいられないから。……ボクが、無間にいる怪物を殺すためにも、あの程度の敵から逃げるわけにはいかない」
少し震える声で言いながら、背中に純白の機械の翼を展開する。
姫乃が尊敬する、魔導兵装の創始者フレイヤが好んで使っていた飛行用魔導兵装『イカロスの翼』。
アワーチューブに残っているフレイヤの過去配信のアーカイブや動画。それを何百回何千回と繰り返し見続け、見よう見まねで再現した逸品だ。
本家同様ベースとなる重力操作機能付きの骨格に一枚一枚スラスター機能付きの羽を大量に付けることで、強烈な推進力を得られる。
「空を自在に跳べるのはお前だけじゃないってこと、ボクがわからせてやる」
ぐっと身をかがめてから魔力放出でブースト。コンクリートの屋上を踏み砕きながらかっ飛び、重力操作とスラスターを起動。強烈な推進力を発生させて、一気に加速する。
斧形態の真装のギミックを動かし、ボルトアクションレバーを引いてカートリッジを自動装填。押し込んで過剰な魔力を送り込み、魔力の刃を大きく展開。
ファーヴニルが姫乃の斧から発せられる魔力が自分に害するものだと察知したのか、大きな咆哮を上げて凄まじい速度でその巨体を滑空させてきた。
滑空攻撃を体重移動とスラスターの噴射率を左右の翼で変えることで急速に軌道を変え、回避。
少し距離を取ってから、自分から無尽蔵に生成され続ける魔力を使いつくす勢いでスラスターと自分の体から全力放出。前方に空気抵抗を受け流す防護結界を展開して音速に迫る速度でファーヴニルに急接近する。
「『全放出───斧撃』!」
巨木のごとき太さの首に、斧に込められているすべての魔力を全部開放。ただ真っすぐ斧を振り下ろし直接ぶっ叩く。
溜め込まれた魔力が一気に解放され、強烈な追撃を発生。邪竜の首の鱗を砕きその下の肉をえぐる。
七式魔剣と繋げて放つ『聖光剣撃』よりは火力が低いが、それでも下層のボスモンスターであれば余裕でワンパンできる威力だ。
そんな超火力でも、肉をえぐるだけにとどまった。一体どんだけ硬いんだと舌打ちをして、スラスターを噴射して爆速で離脱する。
今の一撃は七式真装の中でも最大火力だ。それであの程度であれば、他の形態での全放出では仕留めきれない。
「となると、これを試してみようか」
七式真装を楯に変形させて自動で動いで防御するように設定し、収納の中から無骨で飾り気のない鈍色のガンランスを一つ取り出し左腕でしっかり抱えるように持つ。
ついでに六連砲星も取り出して右腕で抱えるように持ち、ガンランス二刀流というとてつもないバカ構成になる。左のガンランスは一発限りの砲撃超特化型なので、事実上六連砲星一本でやるようなものだが。
「お前を殺せば、流石にもう終わりだろ? だったら、このまま被害者ゼロでお前をぶっ倒して、ハッピーエンドにしてやるよ!」
自分に言い聞かせるように声を張り上げ、ファーヴニルに向かって突撃する。
首に一撃入れられて傷をつけられた邪竜は、姫乃のことを明確に敵と認めたのか威嚇するように咆哮を上げてから、巨大な翼を羽ばたかせて姫乃に向かってくる。
国家を揺るがす強力な邪竜と、龍を憎む姫乃との空中戦が始まる。




