接触
「結局、このスタンピードは何だったのかしらね」
「なんだったんでしょうね」
スタンピードを殲滅した後、大量のドロップがあるので二人で手分けして回収していると、桜華がぽつりと疑問を口にする。
この怪物災害はそうそう起こることはない。今はその確率が上がっており発生しやすくなってはいるが、それでもそう何度も起こることではない。
”確かになんだったんやろか”
”姫様は誘魔香石の臭いがしたっていうけど、だからってここまででかい規模になるか?”
”結構離れているだろうに臭いがしたってことは、その鉱石が割れているってことだしな”
”これ、ワンチャン他の探索者が悪意を以て意図的に使ったとか考えられん?”
”モンスターが割ることもあるから普段だったら否定できるけど、最近はそれも否定できないのが恐ろしい”
”黒夜のクランマスターの息子が過去に、かなり小さなものとはいえ撒き餌を使ってモンスターをおびき寄せて、その影響で近くにいた下層に進出したばかりの女性探索者が大怪我して引退させてたからなあ”
”ほんまあいつゴミ屑だよな。その様子も配信してたし、助けてって悲鳴上げてるのにゲラゲラ笑ってたし。ゴリゴリの殺人未遂やってるのに、ライセンスも剥奪されないし逮捕もされないし”
”クランマスターが下っ端構成員から金巻き上げて甘い汁啜ってる上に、その金で息子の悪事を無理やりもみ消してるんだよなぁ。マジ胸糞”
「黒夜の息子ってそんなにえぐいことやってるんだ……。そういえば去年くらいに、黒葛原……ナントカさんが違反行為をして書類送検されたって話が、ちらっとだけ流れてきてたっけ」
その時は酷いこともするもんだと思い、どうせライセンス剥奪で終わるだろうと思って特に興味を持たなかったが、どうやらあれ以降も探索者として活動を続けているらしい。
誘魔香石の使用は、モンスターの数が異常に増えてしまい減らさないと他探索者に危険が及ぶ場合、ギルドと政府が連携して数を間引くために隊を組み、ボス部屋のような非常に広い部屋の中で使用しておびき寄せる時のみに使う。
それ以外での理由もなく使用することは、ライセンスの一時停止や重いと一発剥奪と思い罰を下される。
それなのに黒夜のクランマスターの息子は、使用してさらに怪物譲渡というもっともやってはいけない違反行為を行った証拠となる映像すらあるはずなのに、活動しているということは揉み消されているのだろう。
どうしてなのかとリスナーたちに聞いてみると、該当の配信アーカイブは削除されており上がっている切り抜き動画をAI生成による悪質なフェイクだと言い張って押し通し、莫大な金を使って示談に持ち込みもみ消したのだとか。
ろくでもない親にしてろくでもない子ありだ。
「あのクランは今功績を上げるために多方面に迷惑かけてるし、私たちのことが邪魔だから排除しようとした、なんて突飛な考えも否定できないわよね」
「積み上げてきた信頼ですね」
「わぁお、すっごい皮肉」
コツコツと炎上もせずに積み上げて積み上げて、少しずつ登録者も同接も増やしてきた姫乃からすれば、自分の力を上げるために他人を無理やり蹴落とす理屈が分からない。
どの仕事にもライバルを踏み台にして上に這いあがっていくというのはあるし、そういう競争はよっぽど一線を踏み越えない限りはOKだと思っている。競争がなくなれば、その時点でやりがいも楽しさというのもなくなる。
もちろん配信業界や探索者業界も同じだ。ライバルを踏み台にしてでも上の実力者に這いあがっていく。それもありだと思っている。
でも、だからって意図的に相手を危険に晒して無理やり蹴り落とすのは違う。
何が楽しくて他人を危険に晒しているのだろうかと心底不思議に思っていると、なんだかコメント欄の流れがやけに早いことに気付く。
カメラがやや後ろの方にあるので、素材を拾う時にまさかスカートが捲れたか!? とさっと頬に朱を咲かせて触って確認するが、そういうわけでもなかった。
じゃあなんだとしっかりと見ると、にわかにコメント欄が荒れていた。
”こんな下半身がだらしねえクソガキのことを応援してるやつらみんなキモすぎるだろwww どうせこいつが自分で撒き餌でも仕込んで、あたかも誰かが使ったように見せかけてスタンピードを発生させたんだろwww そうじゃなきゃめちゃくちゃ離れているだろうに撒き餌の臭いなんか嗅ぎ取れるわけがねえwww”
”なんだこのコメントwww 姫様に嫉妬してアホみたいなこと書き込んでらwww”
”一年以上、どれだけ同接が二十人から増えることがなくても自分の配信を少しずつ見直して面白くしていっためのっさんやぞ。特に炎上することもないのに炎上をやたら怖がってるような子が、そんな違反行為するわけがない”
”姫様をバカにするな!”
”そうだそうだ! 下半身がだらしないとかそんな失礼なことを女の子に言うべきじゃないぞ!”
”太ももがふとましくてお尻も大きいけども、別にだらしないとかじゃないんよな。むしろスタイルめちゃくちゃいい”
”むしろ太ももは太いほうがいい”
”撒き餌の臭いって大きさによるけど、ものすっげえ強烈なんだよな。ダンジョンの中とは言え空気の流れはあるし、それに臭いが乗ってくることだってあるし”
”うおwww 寄ってたかってこのクソガキのことを擁護するとかwww 下半身がだらしねえ女子高生のことを無条件で擁護する〇〇〇騎士どもがよwww”
「……なにこれ」
「うひゃあ……。なんかコメントすっごい荒れてない?」
チャンネルの規模も同接も一気に跳ね上がったので、姫乃のことをよく思わない人もいるだろうしいずれそういう人が来るとは思っていた。
なので批判のコメントがあること自体特に何も思わない。ただ暇だなと思うだけだ。
しかしそのコメントをよく思わないリスナーたちが一斉にそのコメントに対して反応しているため、それで少しよろしくない空気感になっている。
なので速攻で変なコメントを書き込んできたやつのアカウントを、コメントできないようにブロックする。
大量の肯定的な意見のコメントより、一つの否定的なコメントのほうが悪目立ちする。それで配信が荒れると後から来る新規視聴者が、この配信はよくないと判断していなくなってしまうし、バズってから定着しつつあるすでに獲得している新規も離れてしまう可能性がある。
自分にとって心地のいい配信を守るために、あとでツウィーターの方とかで何か色々言われるかもしれないが、悪目立ちするものは即刻排除する。
「はいはいみんな落ち着いて。ボクのことを庇ってくれるのはいいけど、そんなに強い口調で一人を袋たたきにするのはよくないよ。ああいうのはただ暇な人が書き込んでるだけだから。よく言うじゃん。お金も何もないただひたすらに暇な人は、誰かを批判すること以外の娯楽がないって」
「批判は無料の娯楽って言うしね。それはそれとして姫乃ちゃんも中々酷い言い方してるよ?」
「ボクの配信を荒らそうとした狼藉者には容赦しませんので。みんなにとって心地よくて楽しい場所を提供するのが、ボクのやり方です」
「いい心がけね。じゃあ私の方にも変な批判コメント書き込んでるアカウントあるし、こっちもやっとこー」
いわゆるアンチという人だ。相手にする必要はない。
美雪からも、姫乃本人や他のリスナーをバカにするようなコメントを書き込む輩が出たら、相手にせずにそのままブロックしろと言われている。
桜華の配信の方にもアンチが出てきたようなので、ニコニコの笑顔でブロックしていた。ただし目は笑っていなかった。
ブロックしても別のアカウントを持っていたら意味はないが、またやってきたらもう一度ブロックしてやるだけだ。
姫乃を悪く言われて怒っていたリスナーたちをなだめてから、再び素材と核石を回収。すべて回収し終えた後で、索敵を使い周囲にモンスターがいないことを確認してからモンスターハウスを出る。
リスナーたちが、姫乃は素材の換金できないけどどうするんだと聞いてきたが、パーティーに未成年がいる場合は換金額に大幅な制限がかかり、その上で完全に山分けになることを桜華が説明。
せっかくこれだけ集めても全部は無理なのかと思い申し訳なくなるが、お金以上に価値のあるものを色々と教えてもらえているから大丈夫と言われて、その言葉を素直に受け取った。
こんなにいい人だし、自分が使う用に作る魔導兵装ほどのものじゃないにしろ、身の安全のためにも防御系のものを作ってプレゼントしようと思った。
♢
スタンピードを瞬殺してから四時間。
午後からの配信だったこともあり、いい時間にもなってきたのでぼちぼち探索も配信も終了する流れとなった。
「桜華さんの解説、すごく分かりやすくて助かりました。ボクの動きを客観的に見て解説してもらうと、課題が見えてきますね」
「それは私も同じよ。同じスピードファイターでも、スタイルが少し違うからそれぞれの課題が違うのも面白いわね」
「別にスピードタイプじゃないんですけどもね。使う頻度多いからあれですけど」
「速いのは魅力だし、シンプルに強いからねー」
”姫様は確かにスピードタイプではない。パワーとスピード両方の性質を兼ね備える……何?”
”本体の攻撃力低いと思ったら普通に強いし、でかい武器振り回していると思ったら次の配信では片手剣とか双剣使ってるし。結構万能型なんよ”
”普通探索者って自分の得意武器を使い続けるのに、姫様って色んなの使いまわすからめちゃくちゃ器用なんよな”
”魔導兵装を自分で作っているからそもそもがクソ器用な件”
”器用貧乏じゃなくて、状況に応じて使い分け出来てることがすごい”
”なおステゴロもくそ強い模様”
「姫乃ちゃんってなんでも使えるのうらやましいなー。私ナイフしか使えないからさー」
「ボクだって最初は刀だけでしたよ。でもその刀が折れた時、それ以外の戦いができなかったら普通に詰むので、苦手を克服するために色々使ってたら大体何でもできるようになりました」
「努力の子だなぁ。私も刀とか槍とかやったけど、三日坊主だったよ」
「いやいや、桜華さん死ぬほど努力してるじゃないですか。スキルがかなり強力なものなのに、それに頼りきりにならずに自分の戦い方をきちんと身に付けてますし」
他武器の扱いを覚えるのを三日坊主でやめていたとしても、ナイフの扱いとスキルの扱い、戦い方は一朝一夕でできるものではない。
彼女は今二十二歳とまだまだかなり若く、それですでにあの強さなのは紛れもない天才の部類だが、その才能に胡坐をかかずに努力を続けてきた結果だ。
もし桜華が努力していない怠け者だというのなら、他の人間はそれ以下ということになってしまいかねないほどには努力している。
彼女のリスナーもそれがよく分かっているようで、姫乃の配信に流れてきている彼女のリスナーもそうだと同意している。
「えへへ、ありがとー。可愛い女の子に認められて褒められるのはなんだか嬉しいなぁ」
「桜華さん、なんだかボクへの接し方が妹のそれっぽく感じるのは気のせいですか?」
「気のせいじゃないかも。君、年下だし、懐っこいから妹っぽく思ってる」
「えぇ……。ボクそんな懐っこくしてました?」
「してたよ? 可愛いなーって思ってみてた」
そんなはずはないとちょっと否定してみるが、リスナーたちもまったくもってその通りだと言われた。何ならその懐っこさがまるでゴールデンレトリバーのようだと言われた。
自分ではそんなにしているつもりはなかったのだが、はたから見ればそう見えていたらしい。ちょっと不服だ。
「何なら私のこと、お姉ちゃんって呼んでもいいよ?」
「……遠慮させてもらいます。もうお友達とは言え、今日が初対面なんですし」
「むー。いけずー」
「何を言ってるんですか」
つん、と人差し指で額を突っつく。ぐわー、と少し大げさに仰け反る。
すっかり友達として打ち解けることができたようで、内心ホクホクだ。今までずっと一人寂しくソロで活動していたので、こういう友達や仲間ができるのが嬉しい。
そう思いながら下層を抜けて中層に上がり、歩く速度を緩めることなく道中遭遇するモンスターを蹴散らしながらダンジョンを上っていると、進む先に微動だにしない反応が一つあった。
反応からしてモンスターではなく人間だ。魔力の量もかなりあるので、そこそこ実力のある探索者だろう。
なんでそこから動いていないのだろうと不思議に思いながら真っすぐ進むと、百八十センチくらいの長身に細身の筋肉質な体つきをした青年が、地面に身の丈ほどの大剣を突き立てて仁王立ちしていた。
一体何をやっているんだこいつはと訝しげに見ると、またコメント欄が妙に騒がしくなる。
”うげっ、ごみカスじゃん”
”なんでここにあのカスがいるんだよ”
”せっかく最初から最後まで美少女と美女しか映らないいい配信だと思ってたのに”
”なんかやけに切れた顔して姫様たちのほう向いてない?”
”てか何でそんな半端なところで待ち構えてるんだよ”
「あ、あいつ……。黒葛原晴章じゃん。なんでこんなところに」
「黒夜の息子、でしたっけ。なんかすっごい悪意に満ちた顔を向けているんですけど」
流石にただならぬ雰囲気なので、足を止める姫乃たち。
「よお、姫様なんてもてはやされてる違反野郎。自分で仕込んで自分で解決するマッチポンプで有名になった気分はどうだ?」
それはもう見事なまでなお手本のようなにやけ面を作ってから、黒葛原晴章がそういう。
桜華は何言ってんだこいつ、みたいな呆れた表情をして、姫乃は言っている意味がすぐに理解できずに数秒フリーズしてからこういった。
「え、この人バカなの? マッチポンプなんて一番いらない頭の悪い行為するわけないじゃん。常識でもの考えてくれる?」




