新たなるイレギュラー
下層第一階層ボス、マリオネット・レギオンを討伐してからしばし。同接はついに三十万の大台を超えていた。
ここまで人が集まっていながら、ツウィーターのトレンドに姫乃関連のものが乗りそれがまたバズっているのか常に人が増え続けている。
「下層の第二階層と第三階層は、ボスが復活する前だから素通り出来ちゃったね」
ボスモンスターは倒されたら一週間は復活しない。第一階層のレギオンが倒されて数日間を開けてから、第二、第三階層のボスが倒されたのだろう。
引き続き下層で暴れ散らかしながらもきちっと解説を挟みながら進み、意気揚々とボスに挑もうとして何もいなかったときは、露骨にテンションが下がってしまった。
”最初から最後まで致死量レベルで見どころたっぷりすぎるから、ボスがいなくて正直ちょっと安心してる”
”最初から最後まで見どころがあるとか、致死量のチョコが詰まったトッ〇かな?”
”第三階層もいなくて、転がってる石ころ蹴っ飛ばしてほっぺ膨らませてたの可愛かった(白目)”
”昔と比べて探索者のレベルが底上げされてるとはいえ、それでも下層ソロは普通にやってる人がおかしいレベルだから”
”とにかくあらゆる火力面がおかしい。ミノタウロス瞬殺、妖鎧武者瞬殺、フランケンシュタインの怪物瞬殺、キマイラ瞬殺。これらの下層最強格モンスターと戦って姫様がおったダメージはゼロ。どないなっとんねん”
”幸いにも竜種系統モンスターが出てこないから、色んな意味で安心していられる。ここからはかなり出やすくなるから、今めっちゃ震えてるけど”
竜種系モンスターは下層から出てくるが、下層第四階層から一気に出現率が上昇する。
ダンジョン内に満ちる魔力濃度が上の三階層よりも濃くなり、竜種にとって都合のいい場所になっているのだ。
モンスターは、倒されたら体が崩れて素材と核石を落として消えるが、存在している間はきちんと生物だ。
当然ダンジョン内で弱肉強食の食物連鎖が起きているが、それが起きている理由というのは飢えを満たすためだけではない。
ダンジョンに入るようになった人間に限らず、ダンジョン内の生物にはすべて魔力で満たされている。
モンスターはただ生きているだけでダンジョン内の魔力を取り込み、それをエネルギーにしたり成長の糧にしている。ただそれだけだと吸収率というのはやや低い。
手っ取り早いのは、他のモンスターを捕食すること。そうすることで血と肉に溜め込まれている魔力をそのまま取り込み、比較的早く成長する。
下層ともなると内包している魔力量も跳ね上がり、下に行けば当然それも増えていく。
第四階層となると第三階層よりもうんと濃密な魔力で満たされており、そこに生息するモンスターもけた違いの魔力を有している。
そこまで魔力を持つとモンスターも非常に強力になるが、竜種系統のモンスターはミノタウロスやトリガルドスなんかを捕食対象としてしまうくらいには強い。
上の階層で生きるよりも、下の階層にいたほうが濃い魔力を持つ獲物にありつける。だから第四階層から遭遇率が上がるようになっている。
”《桜華ちゃんねる》第二、第三階層はホワイトレイヴンが倒してたはずだよ。あと、この前は助けてくれてありがとう!”
”竜種系統はトップ層もあまり戦いたくなっていうし、それ以上の龍種とかどんだけだよって話”
”噂だと、世界最強と噂される龍種の頂点の黒龍神は、国一つを一夜で滅ぼせるだけの力があるだとか。ちなみにその国ってのはアメリカさんのことね。やばすぎる”
”おーちゃん!?”
”嘘だろおーちゃんが姫様の配信来てるの!?”
”ツウィーターで暇すぎて死ぬって言ってたおーちゃんが、姫様の配信にたどり着いてる!”
”コメント見た感じ、ちょっと前から見てるなこれ”
”おーちゃん足のほうは大丈夫なのかー!?”
「え、桜華さん!? わっ、来てくれてありがとうございます! あれからお体のほうは大丈夫ですか?」
姫乃がここまで爆発的に伸びるきっかけになった、爛れた大狼竜ソロ討伐。その時にあれの被害に遭って怪我を負い、危うく生配信中に命を落とすところだったのを助けられた、桜華が姫乃の配信に来ていた。
”《桜華ちゃんねる》回復薬くれたから、明日明後日には退院できるよ。助けてくれた上に回復薬もくれたり地上に送ってくれたり、色々ありがとう”
「いえ、人を助けるのは当然のことですから。……自分の手が届く範囲にいる人を助けられないのは、ごめんですから」
すっと、僅かに姫乃の表情に翳りが差す。
それもほんの一瞬ですぐにパッと笑顔に戻る。
「回復薬もちゃんと聞いているみたいで安心しました。あの時は助けること優先で気にしていませんでしたけど、ボク普通に桜華さんの動画とか見てました。ボクのチャンネルに上げてる動画とか配信の進め方とか、がっつり参考にさせていただいています」
チャンネル名とか登録者数とかは意識せずに、面白そうと思った動画を見て気に入れば登録する、という一般人がやるように登録や動画視聴をしていた。
なので名前は知っていても登録者数とかわからないチャンネルをいくつも登録しており、ふと気になってみたらこの面白さでたったこれだけしかいないのかと驚くこともままある。
そうやっていろんなものを見ているため、桜華の名前は知っていてもどれだけ大きなチャンネルかわかっていなかった。
「っとと、話している間にもうボス部屋前まで来ちゃった」
”はっやwww”
”なんでそんなに早いん!?”
”《桜華ちゃんねる》ほぼ足を止めずに進んでたね、姫乃ちゃん”
”ノンストップでぶっ倒しながら解説がよく起こるチャンネルです。なお現在地は考慮しないものとする”
”下層の第四階層でやるようなやり方じゃないんだよなwwwwww”
”ここでも竜種系統と遭遇しないのは珍しいな。”
”もうここまでくると安心感すら出てくるわ”
下層第四階層だというのにやけにモンスターとの遭遇率が悪く、自分からサーチ&デストロイしに行ったとき以外で遭遇しなかった。
一昨日あの特級モンスターが出てきたから、それで一時的に色々と分布が狂っているのかもしれない。
そう思いながらボス部屋の扉を開けて、中に入る。相変わらずだだっ広い空間が広がるその場所に、大きなモンスターが一体待ち構えていた。
「道中竜種に出くわさなかったけど、ぶっちゃけここにいるんだよね」
「ゴルルルル……」
「シュウゥウウウウ……」
待ち構えていたボスモンスターは、蛇のように長い胴体に二つに分かれた長い首に頭を持つ特別一級竜種モンスター、アンフィスバエナ。
二つの首が合流してその先の胴体からしっぽまでは紫色で、姫乃から見て右側の首と頭が赤、左側が青い色をしている。
このモンスターは、ここまでに遭遇する竜種系統モンスターとはやや違う能力を持っている。それは、左右で使う能力が別々ということだ。
右の赤い首は炎を吐き、かつ物理攻撃に高い耐性を持つ。片や左は魔術を減衰させ、吸い込んだら体内で魔力暴走を起こし最悪場合体が爆散して即死する魔術師殺しの霧を吐き出し、高い魔術耐性を持つ。
ここに来るまでに戦う竜種系統モンスターにはない特徴で、それに慣れた状態でここに来ると、先入観でこのモンスターの餌食になってしまう。
「特に左の首は最悪だよね。近付いたら即死しかねない魔力暴走を起こす霧吐いてるから魔術で戦わざるを得ないのに、魔術耐性がバカ高いし」
”こいつが原因で多くのクランが、下層第四階層を超えられないんだよな”
”第四の壁、なんて言われてるよなぁ”
”面倒なことに、アンフィスバエナは結構色んなダンジョンにいるという”
”さーて、姫様はどうやってこいつを調理するのかな”
”またタクティカルリロードでぶっ飛ばしてくれそう”
七式魔剣を抜き、両手でしっかり握って構える。
もう何度も戦ってきた相手ではあるが、特級にほど近い強さの特別一級竜種モンスターだ。
爛れた大狼竜はこの先の最深部に生息し、そこのボスほどではないにしろ非常に強力なモンスター。故に特級という階級に割り振られている。
実際に戦うと、厄介さでアンフィスバエナのほうが面倒で強く感じるので、個人的には向こうが特別一級で目の前のこいつが特級のほうが納得できる。
「シュウシャアァアアアア!」
「ガァアアアアアアアアア!」
二つの首が同時に咆哮を上げて、蛇のように体をうねらせながら突っ込んでくる。
翼のない、手足もない蛇のような竜種は蛇竜種と呼ばれる。なのでこれを細かく言うのであれば、「蛇竜種 双頭竜目 双頭竜亜目 アンフィス科のアンフィスバエナ」となる。
名前の通り蛇のような動きで移動し、チロチロと出す舌で匂いを感知し、サーモグラフィーのようにものを見ることができる。
なので煙幕で姿を隠しても、温度の違いを見ることができるのでその意味をなさない。
目を潰しても、蛇のように舌先で匂いを感知してくるため、条件が決められているとはいえどうしてこれが特級じゃないんだと思う程に厄介だ。
右の赤い首が姫乃を丸呑みしようと口を大きく開けてくるが、それをひらりと回避。着地の瞬間を狙って左が狙ってくるが、やや不安定な体勢ではあったものの左足で蹴りをぶちかまし、逸らす。
首が分かれていようとも神経系は同じ。左の首が受けた痛みを右の首も分かっており、怒ったように咆哮を上げてからもう一と噛みつきを仕掛けてくる。
再び着地狩りをされないようにと最小限の動きのみで回避を続け、左右から挟み込むような噛みつき攻撃も上に跳んで回避。
空中で体をひねりながら勢いを加え、踵落としを右の頭の脳天に食らわせる。
どれだけ見た目が蛇に寄っていても、このモンスターは竜種だ。それも下層第四階層のボスモンスター。魔力強化も甘く、脚撃ではない蹴りでは大したダメージにはならない。
頭を蹴って離れて着地。雷を使おうとした瞬間、右が大きく口を開けているのが見えた。
それだけで何をしようとしているのかを察し、体中の魔術回路により多くの魔力を流して強化率を上昇。地面を強く蹴って走り出すのとほぼ同時に、炎のブレスが吐き出される。
姫乃の後ろを灼熱の炎が追いかけるように迫ってくるので、ブーツの魔力を使って脚力を強化して引き離す。
ボス部屋の床をブーツの底で削るように滑りながら止まりながら、ギミックを作動。撃鉄を起こす。
「『大紅蓮・氷波』」
氷属性を起動させた後、すぐに剣を振り抜き氷を放ち迎え撃つ。
真っ赤な炎が氷とぶつかり、赤い炎だというのに凄まじい温度を持つそれはゴリアテですら破壊できなかった氷を、やすやすと溶かしていく。
それでも炎を一時食い止めることができたので、再びアンフィスバエナの周りを円を描くように走り、もう一度特大の氷の波をお見舞いする。
「カッ───!」
だが左の頭が魔術を減衰させる霧を吐き、氷の大波がそれに包まれる。
目に見えて氷が減衰していき、直撃しても体を包もうと広がった氷を軽々と破壊して抜け出してくる。
「やっぱめんどくさいな!?」
”流石下層ボス。やってくることがえげつない”
”魔術を減衰したうえで、左は魔術耐性鬼高いからなぁ。減衰されてもなお高威力の魔術じゃないと無理なの鬼畜使用すぎる”
”物理に弱いんだろうけど、物理で行こうとすると霧を吸っちゃうから……”
”霧を霧散できればいいんだけど、魔術で風起こすとそっちがやられちゃうし”
”これだからこいつ結構なクソモンス呼びされてるんよな”
魔導兵装は魔術を使う兵装だ。なので左の首との相性がとことん悪い。
物理に弱いのでそれで攻めたいところだが、近付くと魔力暴走を引き起こして死にかねない。
リスナーたちもこれは攻めあぐねて時間がかかりそうだと思っているようだ。
実際少し攻めあぐねている。なので属性を変えることにする。
「『大岩・岩帝剣』」
撃鉄を再度起こし、属性を変える。
溢れていた冷気が消え、青いメッシュと瞳は茶色に変色する。
四つ目の属性。土属性の魔剣は、名前の通り土や岩などを自在に操る。
ダンジョンの壁や地面は、濃密すぎる魔力の影響なのか、はたまた元からなのかは未だに不明な点が多いが、異常なまでの硬さを誇る。
TNT爆薬でもほんの少し砕ける程度で、ドリルで穴を開けようものならドリルのほうが先に摩耗して削れる。
それほどまでに硬く、魔術師でも土を操ろうとするとその硬さと干渉を拒絶するかのような魔力濃度に苦労する。
なので土系統の魔術は土を操るのではなく、土や岩をを生成してそれを飛ばしたり操ることが主流だ。
普通ならそれでうまくいくが、相手はアンフィスバエナ。魔術を減衰させる効果を持つ。
なので姫乃はこう考えた。一回魔剣の魔力が切れてもいいから、魔術でも何でもない物理攻撃を仕掛けられるように、全力で地面に干渉して岩の砲弾を作り、それを脚撃で蹴り飛ばせばいいと。
そんな作戦を実行するかのように七式魔剣の中に蓄積してある魔力を全部消費して、一メートルほどの大きさの岩の砲丸をいくつも生成する。
すっからかんになり髪と目の色が元通りになるが、それはいい。ここからが本題だ。
「『大雷・脚撃』」
一つ目の巨岩砲丸を蹴り飛ばす。
凄まじい速度でそれが真っすぐアンフィスバエナのほうに飛んでいき、辛うじてそれを左の首が回避する。
真っすぐ蹴り飛ばされていった岩は、壁に激突して少し壁を損傷させる。同じ硬度のものがぶつかれば、当然壊れる。
”ふぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーwwwww”
”な に こ れ”
”ほぼ無理って言われてるダンジョンの地面を操作したと思ったら、でっけぇ岩の砲弾作り出してそれを人力で飛ばしてるのなんの悪夢?”
”《桜華ちゃんねる》あの大きさの岩をあの速度で打ち出す蹴りを食らって割と平気そうにしてた爛れた大狼竜って、結構丈夫だったんだね”
”おーちゃんwww 目の前であれ見てたからwww”
”解決方法が脳筋すぎるだろこれぇ!?”
次々と砲弾を蹴り飛ばしている間に、魔剣の魔力を充填させる。もう少しかけたほうがいいかもなと思っていると、砲弾が当たって左の首が大きく仰け反ったので今だと脚撃で地面を蹴って自分を吹っ飛ばす。
いくつも砲弾が通過していった後なので、霧があちこちに穴が開いているかのように一部が晴れている。
その隙間を通り抜けていき、アンフィスバエナの顔の近くまで移動する。
「『大紅蓮・氷波』!」
「ッッッ!?」
すぐに氷に切り替え、大きく薙ぎ払う。それだけで両方の首の口を氷漬けにする。
右は炎を吐きだすのですぐに溶かしてくるだろうが、左はそうはいかない。
霧を吐き出せばそれで氷を柔らかくして破壊できるだろうが、それをさせる隙を与えるわけがない。
「『七式換装』」
先に炎属性を発露させて、炎で剣の間合いを一気に拡張。体のバネを使って袈裟懸けに振り下ろし、かなり硬い感触が炎の剣越しに伝わってくるがそれを無理やりにでも振り切り、鱗を焼き溶かし肉を焼き切り骨を焦がして袈裟懸けに両断する。
あっさりと左の首を落とし、その痛みがそのまま右の方に伝わり苦悶の声を上げようとするが、氷で塞がられており声が出てこない。
次に雷属性に切り替えて、眼球にぶっ刺してそこから電流流しこんで内側から破壊しつくしてやろうと、地面に着地して踏み込もうとする。
その瞬間、アンフィスバエナの頭上に真っ黒な何かが出現する。それを見た瞬間、姫乃の体が強張った。
突然のイレギュラーを見たからではなく、記憶の奥底に封じ込めていた悪夢がフラッシュバックしたから。




