下層で大暴れな姫騎士様
「……あ、水筒の中身が」
ボス部屋を目指しつつも解説をしっかり挟みながら進むことしばらく。
流石にまだ緊張があることと、解説で常にしゃべり続けていることもありやや頻繁に水分補給をしていたため水がなくなる。
少しは慣れたつもりだったのだが、やっぱりまだこれだけの人数が見ている中で配信することに緊張していたようで、無意識のうちに飲みすぎてしまっていたようだ。
「むぅ、水分補給は基本だからなくなると大変なんだよね。……仕方がない、あれを使うか」
そう言って転がっているミノタウロスの角と核石を回収してから、ポーチから筒状の装置を取り出す。
”何それ”
”またなんか新しいの出て来たんだけどwww”
”きっとこれもえっぐいやつなんだろうなあ”
”水筒の中身がなくなったって言ってたし、普通の替えの水筒じゃね?”
コメント欄も、取り出した装置が何なのか気になっている様子だ。
「これはいつでもどこでも、たとえそこに水がなくても水を生成することができる装置だよ。正確には、酸素があればだけど」
装置の中には水素のカートリッジが入っており、そこに酸素を取り込んで一気に熱することで反応を起こし、水を生成することができる。
これを作るのには本当に苦労をしたものだ。何度作業部屋を爆破しかけたことか分からないほど、水素爆発が起きた。
どうにかして装置の内側で全てが完結できないかを何百回と繰り返しシミュレートし、ようやく満足のいく逸品を作り上げることに成功した。
おかげでたとえ砂漠地帯に水なしで放り出されても、水素のカートリッジとこの装置一つあれば、水だけならばどうにか確保できる。
”今なんつった!?”
”あっれれー、おっかしーなー? 俺の耳が逝かれたのかな?”
”流石に嘘、だよね?”
”本人がいたって真面目な顔しているあたり、まさかって思っちゃう”
”水を? 酸素さえあれば?? どこでも作れる??”
”あははは、ご冗談を”
信じていない様子なので、証明するために装置のボタンを押して酸素を中に取り込み、酸素が外に出ないように密閉しつつ中で燃焼させて水を生成し、その際に発生した熱を一気に外に放出しながら急速冷却させて、念のために付けてあるフィルターを通し冷えた浄水を空になった水筒の中にそそぐ。
”冗談じゃなかったあああああああああああああああ!?”
”うっそだろおい!?”
”マジで水を生成しやがったぞこの子!?”
”嘘おおおおおおおおおおおおおおおお!?”
”えええええええええええええええ”
”ふぁーーーーーーーw”
”マwジwかwよw”
”水不足問題をこの子一人で解決してやがる……”
「無制限に水を作れるわけじゃないんだよね、これ。ほら、これ。これは水素が入っていたカートリッジなんだけど、水を一回生成するのにこれを一本消費しないといけないの。満足の出来の代物ではあるんだけど、どうしても製造コストがかかってしまうのがネックなんだよねぇ」
”それだとしても、それ一個あれば確実にその水筒一個分の水を確保できるのはやばすぎ”
”水素と酸素の反応で水を作るには燃やさないといけないんですが、その中で一体何が起きたんですか一体”
”そこまでしなくても普通に魔術で水出せるし、そこまでしなくても空気中の水分凝縮して作れるでしょ”
”上と下から水蒸気みたいなんがすんごい勢いで出てたけど”
”まさかその中で燃焼させて水作ったって言うの!?”
”なんでそれでその装置壊れていないんだよwww”
”兵器以外もぶっ壊れなのは分かってたけど、これは流石にバグレベル”
信じられないものを見たと言ったコメントが多く送られてきて、それを見ながら少し冷やしすぎた水を飲む。
「オォオオオオオオオオオオ!!」
すると、放熱と急速冷却の時に出た音に寄せられてきたのか、モンスターの雄叫びが聞こえてきた。
素早く水筒をしまって七式魔剣を抜いて構えると、通路の奥の方から姿を現す。
現れたモンスターはアッシュコングという、三メートルほどの巨躯を持つ灰色のゴリラのモンスターだ。
”灰色ゴリラだ!?”
”うげ!? 灰ゴリかよ!?”
”向かった先にいるのが姫乃ちゃんという美少女だと認識した瞬間、殺意むき出しになっとる”
アッシュコング。
下層の中では中堅程度の強さで、第一階層から最深部手前の第四階層までと結構広い場所に分布している。
その特徴は何と言っても灰色の体毛で、倒した際に時折この毛皮を落とすがかなりの高値で買い取ってもらえる。
しかしそれを換金に出すのはほとんどが女性であり、男性はどういうわけかこれを持ってくる数が異常に少ない。
理由として、このアッシュコングのオスは男性を、そしてメスも男性を襲うという意味の分からない生態を持つモンスターだからだ。
メスはともかくオスも男性を襲うため、男性探索者からは通称ホモゴリラとも呼ばれている。
そしてそんなアッシュコングはどうやらオスのようで、姫乃を目の当たりにした瞬間に見るからに怒りをあらわにして、二足歩行になってドラミングしながら猛烈な速度でダッシュしてきた。
怒り状態になると、闘争本能に激しく炎が付いてそれに連動するように体中の筋肉が肥大化して、ただでさえ大きな体が余計に大きくなる。
「毎回このモンスターを見るたびに思うんだけど、どうして男性ではないだけでこんな風になるんだろうね」
”確かに不思議なことだけど今!?”
”コメント欄見てないでモンスターの方見て!?”
”ほらもう攻撃動作入ってるから!”
”いやあああああああああああ!? ゴリラが、ゴリラがああああああああああ!?”
”こっちくんな化け物おおおおおおお!!”
”何人かこいつに襲われた過去があるのか、トラウマで発狂してて草”
突撃をかましてくるアッシュコングをよそに、コメント欄を見ながらどうして性別一つ違うだけで、ここまで殺意をむき出しにするのだろうかと視聴者に聞いていると、そんなことよりもモンスターと戦えと言うコメントで溢れかえる。
アッシュコングは下層の広い範囲に分布しているが、その強さは個体だけではせいぜい行っても下層の中堅程度だ。
これ以上の強さのミノタウロスもいるし、成長性が実質無限のような妖鎧武者もいる。
ただでかくてパワーがある、雌雄ともに謎に男性だけを狙う謎の生態を持つだけのゴリラは、大した脅威にはならない。
元々三メートルもの巨躯を誇るが、怒りの状態になると筋肉の膨張で体が更に大きくなって、個体によっては倍以上に大きくなることがある。
姫乃が遭遇したこの個体は、三メートルが四メートルほどまでに膨れ上がっている。
筋肉が大きくなればその分攻撃力は増すが、逆に速度というのは大きく下がる。姫乃は魔導兵装でパワー型にもスピード型にもなれる万能タイプなので、膨張した筋肉で鈍くなったゴリラの攻撃をすっと避ける。
「なんかリスナーさんたちが発狂してるし、速攻で仕留めるか。『大焦熱』」
七式魔剣のギミックを起動。撃鉄を起こし、属性を切り替える。
発露するのは炎。赤い炎が剣身に現れ、薄暗いダンジョンの中を明るく照らす。
「こいつは竜種と違って毛皮だから、燃やしちゃうのが一番。こいつの生態キモイし、核石もいらないから消し炭決定ね」
「オォオオオオオオオオオオオ!」
まるで人の言葉を理解しているかのように、ますます怒りをにじませて襲い掛かってくる。
太い両腕をめちゃくちゃに振り回してくるが、それを全て紙一重で回避。
中々攻撃が当たらず、痺れを切らした灰色ゴリラが両手を合わせて握り、ハンマーのように振り下ろす。
その攻撃も楽々回避、するのではなく雷霆軍靴で蹴り上げる。
ボギャアッ! という音を鳴らしながら振り下ろされていた両腕が上に向かって折れており、骨が皮膚を突き破っている。
「『大焦熱・滅炎刃』」
炎属性の魔剣を上段に構え、それを勢いよく振り抜く。
逃げ場がないほどの炎の斬撃が壁のように迫り、一瞬逃げようとしたそぶりを見せたアッシュコングを飲み込んだ。
瞬く間に喉まで焼き尽くし、悲鳴を上げることなく焼き殺される。
空気中の水分がなくなって乾燥していくのを感じながら、宣言通り消し炭になった灰ゴリラが落とした核石と素材を一瞥し、死体蹴りでもするかのようにもう一度炎を放って焼き尽くす。
”男のトラウマがこうもあっさりと……”
”死体蹴りするんじゃないよwww”
”遂に炎属性解禁だー! っと思ったら案の定火力ぶっ壊れで草”
”名前にギリシャ神話の巨人の名前が入ってるんだ。弱いわけがない”
”姫様、実は厨二説”
「誰が厨二ですか誰が。自分の作った装備の能力にぴったりなものを神話から引っ張ってきてるだけですー」
世はそれを厨二病と呼ぶのだが、姫乃はそれを否定する。
日本語でいいものをギリシャ語にしているのは言い逃れできないぞと言われ、それでも違うんだと否定を続ける。
最終的に、ちょっとふてくされてもう知らないと頬を膨らませ、ずんずんと進んでいった。
「妖鎧武者だね。長く生きた個体は武芸に秀でるというけど、技を使われる前に倒せば楽だよ。弱点のコアは胸の真ん中にあるし、そこを破壊すれば問題なし。ぶっちゃけテンプレ的な対策ってないから、こうやってやればいいと思うよ」
ミノタウロスに次いで最強と名高い妖鎧武者を、氷属性の魔剣で放った大量の氷の槍に対処している間に、雷霆軍靴で雷のように間合いを一気に詰めてから一突きで核を破壊して葬り去る。
「キマイラだー。第一階層にも出なくはないけど目撃数少ないし、ここで見るのも珍しー。口から火炎を吐き出したり、尻尾の蛇には猛毒があって危険だけど、離れた場所から頭を狙い撃てば危険はないよん」
頭を狙えと言いつつ炎属性魔剣に切り替えて、灰ゴリラにやったように炎の斬撃を放って瞬殺する。
「マスカレード・マリオネット出てきた。離れた場所から演劇でもしているかのような動きを見る分にはいいんだけど、認知されると本体が結界を張って中に引きずり込まれて、その中で役を無理やりやらされるんだよね。見られる前に倒すのが吉」
本体は隠れているが索敵で場所が判明しているため、魔剣の全力投擲で本体に認識されるよりも先に串刺しにする。
蹴り一発で巨人の腕やトリガルドスの角と頭を粉砕することのできるブーツに、特級モンスターすら瞬殺できる七式魔剣。それを持った姫乃の進軍は止まることを知らず、モンスターと遭遇しても三十秒も持たない。
進む。殴る。核石を拾う。その繰り返し。
途中で敢えて、同じモンスターが一か所に集まっているモンスターハウスに突入したが、時間短縮と視聴者のリクエストもあって雷属性に切り替えて、縦横無尽に走り回り跳び回りながら大量のモンスターを葬り去った。
進む。殴る。核石を拾う。その繰り返し。
”進行速度が上層中層とそう変わらないのバグすぎるwwww”
”下層って仮にも地獄レベルで危険な場所なんですが……”
”ただの作業みたいにサクサク進むのに、あまりにもテンポがよすぎてむしろ見どころしか出てこねえwww”
”こんなん切り抜き班大歓喜だろ”
”視聴者数の増加が止まらない&緊張してデバフかかってるはずなのにモンスターが紙切れみたいに消し飛んでく”
止まることなく進み続ける姫乃に、リスナーたちは次々とコメントを書き込む。
信じられないと流れている映像を信じない人、もはや姫乃だからできることと思考放棄する人、クリップをとにかく乱立させる人など、様々だ。
「はい、下層第一階層踏破かんりょー。中々いいタイムが出た」
今回はタイマーを付けていたため、三十二分という好タイムに満足して頷く。
公式に認められているダンジョン下層第一階層踏破タイムは一時間十八分なので、倍以上の速度で進めていた。
結構いろんなモンスターと遭遇したり、モンスターハウスに突っ込んでいったりしていたつもりだったのだが、戦闘時間が短いのと迷いなくガンガン進んでいったからだろう。
きちんと公式にRTAしていたわけではないので非公式という形にはなるだろうが、最速記録をたたき出したのを見てコメント欄が大盛り上がりする。
踏破とは言ったものの、下層第一階層ボスが残っている。
姫乃が潜っているダンジョンの下層ボスは、倒されたという報告はまだ上がっていない。なのでここで姫乃の下層ボス戦を配信でお届けすることができる。
タイミングによっては、ほぼすべての下層のボスと戦うことができないこともあるので、配信でボス戦を見せる際はSNSなどを見て事前に情報収集しておく必要がある。
これから挑もうとしているのは、このダンジョンで結構な頻度で出てくるマリオネット系のモンスターの最上位種、マリオネット・レギオン。
最大で千体もの人形を同時に造り出し、同時に操り物量で押しつぶそうとしてくる、単体でありながらも軍勢であるという矛盾した特徴を持つボスモンスターだ。
今まで戦ってきたマリオネット系とは比べ物にならないほど強く、人形も中堅探索者が苦戦するレベルの強さを持つ。
それが千体。大きな町一つ軽々壊滅できる災害レベルだが、特級に分類されるモンスターと比較してしまうとほんの僅かに見劣りするため、特級相当の一級モンスターに分けられる特別一級モンスターとされている。
”レギオンか。姫様なら安心だ”
”何なら人形ごと本体吹っ飛ばしてもいいよ”
”さて、どんな兵装を見せてくれるのかな”
”レギオンは姫乃ちゃんを相手に何秒耐えられるのだろう”
”俺は五分耐えるに一億ペソを賭けるぞ、ジョ〇ョー!”
姫乃の非常識な速度の進軍を見たからか、心配の声は驚くほど少ない。
一応女の子がこれから挑むんだから、形だけでもいいから心配してほしいなとぷくっと頬を膨らませ、まあ無理かとぷしゅーっと空気を吐き出す。
七式魔剣と雷霆軍靴の魔力量は十分かをチェック。ともに満タンになっているのを確認し、扉を開ける。
ある程度中に入っていくと扉が閉まり、ボスを倒すかぶっ壊さない限りは撤退ができなくなる。
振り返ってしまっているのを確認し前に向き直ると、 いつの間にか現れたタキシードのような恰好をしたレギオンの本体が両腕を掲げ、一瞬にして七百体もの人形を生成する。
同時にふわりと浮かび上がることで全体を俯瞰し、総勢七百もの人形兵という圧巻な光景をカメラに映す。
「こいつに関しては、ボク自身の戦い方で一気にやらせてもらうね。解説挟んでると、無限に人形と戦う羽目になるから」
マリオネット系は、人形を壊しても本体が無事なら無限に人形が出てくる。
上層のマリオネットも同じで、倒し方を知らないと一生戦わされる羽目になり、それがトラウマで引退する人がいる。
レギオンともなると、壊れた人形を補充する速度も段違い。一年間続けているとはいえこの人数の前でするのは慣れていない解説を挟んでいると、そっちに気を取られて戦闘が終わらない可能性がある。
それを防ぐためにも、今回は解説を放棄して戦闘に集中する。
リスナーたちもそのことを了承してくれて、終わったらきちんと解説を入れることを約束。
とにかくパワーと速度が必要になるので、大量の魔力を刻印から取り出し魔術回路内を循環させることで、魔力励起状態に移行。高い身体強化を得て、さらにブーツの効果も使いさらに強化を重ねる。
「まだこれの調整は終わってないけど、やるならこれを使うしかないよね。『大雷・電光石火』」
七式魔剣で雷を使う。力ではなく速度に特化させ過ぎている状態で調整も済んでおらず、効率も悪くすぐに魔力切れを起こす代物だが、下層の濃度であれば魔力のことはそこまで気にしなくていい。
「それじゃあ、軍勢の攻略開始!」
戦闘の余波に巻き込まれないようにとカメラを少し離してから、地面を踏み砕くような勢いで蹴って急加速。瞬く間に人形との距離を潰し、雷光の槍となって軍勢の中に突っ込んでいった。




