第42発明 全脳域強制幸福共振型音響絶命投射装置......なのじゃ
ダンベルガーZの内部へ導かれた博士が滑り込む。
カルテからグローブとブーツを受け取り、その感触を確かめるよう装着した。
博士が空を仰ぐ。
研究所の方に向かい叫んだ。
「ダ・ヴィーーーーーーーーンチ」
その声に応えるように、遠く離れた研究所の方角から爆発音が聞こえる。
その直後、雲が割れた。
ヒュゴォォォォォ
轟音。
亜音速で迫る、一本のマイク。
大地が震え、雪が吹き飛ぶ。膝をついていた人間が思わず顔を覆う。
やがて、ダ・ヴィンチは輝きだし、大きな光の玉となる。
「機神招来、合体じゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
白銀の巨人と光の玉が交差する。
爆発的な光が草原を照らす。
眩しくて、目が開けられない。
光が収まる。
巨大な白銀の装甲
胸には金色のクリスタル。
両肩にスピーカー
「グレートダンベルガーZ、見参!!」
白銀の魔神が雪原に誕生した。
◇
眼下に広がる機械兵とラスト・オーダーを見据え白銀の魔神が腰だめに構えをとる。
機械兵の単眼がすべてこちらを向き赤い光を放っていた。
「さて」
博士がグローブをはめた手で頭上のレバーを引く。
「こいつが、マインドハッカー君改め――」
両肩のスピーカーが低く振動し始める。
「全脳域強制幸福共振型音響絶命投射装置――」
そのままレバーを前方に押し込んだ。
「マインドクラッシャー君じゃーーーっ!!」
空気が、鳴った。
それは耳に届く「音」ではなかった。
もっと重く、もっと鈍い――圧そのものが空間を満たす。
低く唸るような振動が地面を這い、次の瞬間、指向性のある見えない波が一直線に放たれる。
機械兵の列が、わずかに揺れた。
ほんの一瞬の遅れ。
だが、それは致命的だった。
金属の外装が内側から押し広げられるように膨らみ、次いで――弾けた。
ボン、と鈍い破裂音が連鎖する。
装甲板は歪み、リベットは飛び、内部の精密機構が振動に耐えきれず崩壊していく。
関節部が先に壊れる。
膝が折れ、腕が不自然な角度で垂れ下がる。
次の瞬間、制御を失った機械兵は一斉に地面へと崩れ落ちた。
だが終わらない。
二波目が来る。
今度は高い。鋭い。
耳鳴りに似た、しかし遥かに強烈な切断する音。
空気が裂け、機械兵のセンサーが一斉にノイズで飽和する。視覚系が焼き切れ、通信は断絶。
彼らはもはや敵を認識することすらできない。
ただ壊れていく。
胸部ユニットが細かく震え、その振動が共鳴を起こす。
内部の回路が悲鳴を上げるように火花を散らし――
一体、また一体と沈黙していく。
◇
伏せていたカロが顔を上げる。
足元で、何かが乾いた音を立てた。
視線を落とすと、踏みつけたのは機械兵の指先だった。
金属の節はねじ曲がり、内部の配線が裂けて、細い線が蜘蛛の巣のように地面に広がっている。
辺り一面、同じ光景だった。
転がる胴体。引きちぎられた腕。無残に割れたセンサー。
どれももう動かない。ただの物に戻っている。
さっきまでこちらを狙っていた単眼が、今は空を向いている。
力なく開いたままの関節が、風にわずかに揺れて、かすかな金属音を鳴らした。
あれほど空間を満たしていた圧も、唸りも、もうない。
耳に残るのは、自分の呼吸と、遅れてやってきた心臓の鼓動だけ。
完全に、終わっている。
その事実が、ゆっくりと胸に落ちてくる。
息を吐く。
張り詰めていた何かが、ほどけるように抜けていく。
「......勝った......の?」
誰も動かなかった。
勝ったのだと、理解するまでに少し時間がかかった。
そのときだった。
不意に、影が落ちる。
空を見上げるより先に、光がわずかに遮られたのを肌で感じた。
風が、上から降りてくる。
ゆっくりと視線を上げる。
高い――あまりにも高い空の一点。
そこに、人影があった。
外套が、風にたなびいている。
長い髪が、黒い線のように揺れていた。
音もなく、ただ......いる。
まるで最初からそこにいたかのように、自然に、静かに。
やがて、声が落ちてきた。
低い。抑えた声音。
大きくもないのに、妙にはっきりと届く。
「……見事だ」
賞賛の言葉、しかし 感情の起伏はほとんどない。
値踏みするような、あるいは――結果だけを受け取る者の冷たさ。
外套の裾が、もう一度大きく揺れる。
長髪の隙間から、わずかに覗く視線がこちらを捉えた。
ラストは再び、短く言葉を落とす。
「……あきらめよう」
「は??あいつ、あきらめるって言ったか今!?」
アルが周りを見渡し確認した。
アルの声など聞こえていないように、ラストは続けた。
「......争いの渦を自分の目で見るのはな」
ラストはグレートダンベルガーZの中のカルテを見据える。
「カルテ・バレンタイン」
「女神因子を持つのは......お前だけではない」
その言葉の意味を理解するより前に、ラストは自らの胸に手を当てた。
目を閉じる。
次の瞬間、黒い光がラストの体を包んだ。
光ではなかった。光の形をした闇だった。輪郭だけが光り、その内側はどこまでも深い暗がりだった。
「……っ」
カルテが息をのむ。
草原に散らばった機械兵の残骸が、動いた。
ひとつ、またひとつと浮き上がり、ラストへと引き寄せられていく。
金属が金属を呼び、残骸が残骸を喰らい、塊が大きくなっていく。
膨れ上がる。
膨れ上がる。
やがてその輪郭が、形を結んだ。
空気が、重く沈んだ。
視界の奥――瓦礫と残骸の向こうで、それはゆっくりと姿を現す。
まず見えたのは、白い腕だった。
一本ではない。
二本、三本、そして――四本。
しなやかで、彫刻のように整った女神の上半身。
だが、その静謐な美しさは、どこか人のための形ではない。
四本の腕はそれぞれ異なる角度で構えられ、
まるで世界そのものを握り潰せるかのような、圧倒的な支配の気配を帯びている。
指先が、わずかに動く。
それだけで、空気が軋んだ。
遅れて――下半身が姿を引きずり出す。
巨大な蛇。
地面を擦りながら現れるその胴は、大地に根を張る大木すら小石のように押しのける。
鱗は鈍い光を放ち、まるで生きた刃の集合体。
一節ごとに脈打つように蠢き、そのたびに大地が低く唸る。
長い。どこまで続いているのか、視界では捉えきれない。
女神の顔が、こちらを向いた。
美しい。
だが、その美しさは慈悲とは無縁だ。
瞳は深く、底が見えない。
そこに映るのは、命ではなく、ただの現象としての存在。
まるで嵐や地震のように、ただ在るもの。
四本の腕のうち、二本がゆっくりと持ち上がる。
祈りの形にも、裁きの形にも見えるその動き。
残りの二本は、静かに開かれたまま――逃げ場など最初からないと告げている。
蛇の尾が、大きくうねった。
その一振りで、遠くの雪と地面がまとめて吹き飛ぶ。
風圧が遅れて襲い、呼吸すら奪う。
そして、ようやく理解する。
これは敵ではない。≪災厄≫そのものだ。
存在しているだけで、世界の均衡を歪める類のもの。
女神ベラトリクシアは、何も言わない。
ただ見下ろしている。
それだけで――全身の血が、凍りついたように動かなくなった。




