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第35発明 信頼・絆・十字架なのじゃ 


博士は、ゆっくりと息を整えた。


乱れた呼吸を押し込み、足の位置をわずかにずらす。

重心が沈み、肩の力が抜けていく。

指先まで意識を通し、無駄な力を削ぎ落とし、いつもの構えへと戻していく。


その一連の動きは、静かで、研ぎ澄まされていた。


――そして


再び、正面に立つシャンも、同じように動いた。

まるで鏡を見ているかのように、寸分違わず。

足の開き、膝の沈み、拳の高さ、視線の置き方。

すべてが同時に、同じ形へと収束していく。


遅れも、ズレもない。


広場の中央で、二つの影が向かい合う。


沈黙が張り詰める。


踏み出した瞬間、

同じ一手が返される未来が、はっきりと見えてしまう。


風が、遅れて二人の間をすり抜ける。

布がわずかに揺れるその時間さえ、異様に長く感じられた。


広場の中心で。

同じ存在が、互いを見据えたまま、完全な対称を保っていた。

 

――次の瞬間。


博士が地面を蹴った。


先ほどよりも鋭く、強い踏み込み。

石畳が軋み、遅く歪んだ世界の中で、その一歩だけが異様な意志を持って前へ突き進む。


拳が、一直線に放たれる。


同時に――


フォンも動いた。


まったく同じ踏み込み。

まったく同じ軌道。

まったく同じ速度。


いや――


またしても、わずかに先を行く。

視認できないほどの差。だが確かに、先にそこにいる。

 

ドンッ!!

 

また、博士の体が今度は先ほど以上の勢いで吹き飛んだ。

真横に弾かれ、石畳を叩き、転がる。

擦れる音が遅れて広がり、鈍い振動が広場に伝わった。

 

ドガンッ!!

 

勢いを殺しきれず、そのまま石造りの壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。

 

カルテが叫ぶ。

「博士!!」

カロが唇を噛んだ。

「どうしても先に打たれる」

 


砕けた石片と砂埃が、ゆっくりと落ちていく。

その薄い煙の奥で、博士の影が揺れた。

腕に力を込め、なんとか体を起こそうとするが――

ぐらり、と傾いた。

膝が、石畳に落ちる。

白衣は破れ、眼鏡にひびが入っていた。

 

フォンは静かに近づいてくる。

「これで......終わりですね」

 

博士は膝をついた姿勢で、

焦点が定まらないまま、それでも顔を上げようとする。

 

「ぐぬぬ」

 

砂煙が、ゆっくりと薄れていく。

その時。

石畳に膝をついたままの博士の前に、

長く伸びる影がひとつ、静かに差し込んだ。

 

顔を上げると誰かが立っている。

赤いパオを纏う見慣れた頼もしい後ろ姿。

腕を組み、フォンを真っ直ぐに見据えている。

 

フォンが鼻で笑う。

「……下っ端の拳士よ」

「お前が出てきたところで——」

 

アルは聞いていないかのように

博士にちらりと目を向けた。

 

「カルテは」

 

アルは前に向きなおり。言葉を続けた。

 

「カロに任せてきた」

 

博士はしばらくアルを見ていた。

そして——

小さく笑った。

 

「……そうか」

 

アルは博士に手を差し伸べた。

博士がその手を掴み立ち上がる。

 

アルは前を向いたまま笑う。

 

「久しぶりのタッグマッチと行こうじゃないか」

 

軽く言い放たれたその言葉は、不思議と場の空気を変えた。

 

二人の間に信頼と絆の風が吹く。

 

張り詰めていた緊張に、わずかな揺らぎが生まれる。

その揺らぎは――フォン・ダシとシャン・ターンにも届いていた。

 

 

アルは博士に向き直った。

「作戦はこうだ」

 

フォン・ダシとシャン・ターンを交互に見る。

 

「シャンの時空操作が厄介だ」

「だけど、フォンが博士のコピーなら、俺なら動きを読める」

「俺が囮になってフォンを引きつけるから、その隙に―――」

 

「アル」

 

博士の声が遮った。

 

アルの言葉が止まる。

 

「なんだ博士、今作戦を——」

「力を......抜くなよ」

 

アルの目が、見開かれた。

 

「………は?」

 

嫌な予感がする。

気づいた時には遅かった。

博士の手が——

アルの足首を掴んでいた。

 

「ちょ——」

 

ぐいっ。

アルの体が、宙に浮く。

 

「待て待て待て待て——!!」

 

博士はゆっくりとアルを持ち上げた。


トラウマがゆっくりとよみがえる。

アルデンテソードと名付けられ、矢を弾き、盾をかち割ったあの時の。

今でも、竜骨に叩きつけられた夢を見て飛び起きる日もあった。

 

ただあの時と違うのは——

 

「両腕を広げ、力を入れるんじゃ」

 

剣の姿、アルデンテソードではなく、

両腕を広げ、まるで巨大な十字架となったアルを蒼天に掲げている。

 

広場が静まり返る。

カルテが額に手を当てた。

カロがブルりと震える。

フォンの目が、初めて見開かれた。

シャン・ターンが唖然としてつぶやいた。

 

「……何をする気だ」

 

博士は胸を張り、はっきりと高らかに宣言する。

 

「爆誕!」


「アルデンテブーメランじゃーーーーーーー!!!」

 

アルが泣き叫ぶ。

 

「絶っ対、投げる気じゃぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」

 

信頼と絆はなくなっていた。

 


挿絵(By みてみん)

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