第32発明 おにぎりとサンドイッチの戦争なのじゃ
カルテが誘拐され、その身が狙われていることが判明した。
女神ベラトリクシアを降臨させるための器として―――
カルテを狙う教団ウロボロス。共食いの紋章を掲げ、たけきのこの国に潜り込んだ組織。
その人数も、規模も―――計り知れない。
いつ、どこで、再びその脅威が襲い掛かってくるかわからない
張り詰めた日々......
研究室は、以前のような明るさを失い、重苦しい雰囲気に包まれて.........
いなかった。
カルテが静かにお茶を用意している。
博士は研究室の奥でガシャン、ドゴンと何やら騒がしい物音を立てている。
アルはソファに座り、顎に手をあてて新しい技を思案している、
カロは窓の外を眺めながら、果実酒の小瓶を指でくるくると転がしていた。
穏やかな時間。
四人の性格は見事にバラバラだ、
しかし、共通している点が一つだけある。
信じられないほど......神経が図太かった。
アルが肩を回しながらふと呟く。
「そういえば」
カルテがお茶を配りつつ顔を上げる。
「なんですか」
「ノン・シュガーのことなんだけど......」
カロの果実酒を転がす手が止まる。
「……どうなったの」
アルは少し間を置き眉をひそめる。
「国の憲兵に引き渡したんだけどよ……」
「翌朝には、消えていたらしいぜ」
沈黙。
空気が重く沈む。
カロが舌打ちした。
顔が恐ろしい。フルーツタルトを食べた時と真逆の形相である。
「……やっぱりね」
紅茶を一口飲んだ後、息をフーッと一つ吐く。
「あの結界があれば、拘束なんて意味がないわね」
一度、言葉を切る。
「それに――」
カップをテーブルに静かに置いた。
「消したのは、本人じゃないかもしれないし」
カルテが振り返る。
「どういうことですか?」
「教団が回収した可能性があるってこと」
カロは再び窓の外を見た。
「末端は使い捨て」
「でも、証拠は残さない」
「それぐらいしてもおかしくはないわ」
冷たい空気が研究室を満たした。
「やっぱり、私が自分で拷問でも何でもするんだった」
カロがうーーっと歯噛みする。
カルテがぼそっと言った。
「カロさん、物騒ですよ」
「物騒で結構」
アルが腕を組んだ。
「……このままじゃ終わらないよな」
「そうね」
カロが険しい顔でうなずく。
「覚悟しておいた方がいいわ」
アルは拳を握る。爪が手のひらに食い込む。
「何度来たって同じだ、結界から新たな発想を得た俺の新しい武の―――」
カルテは、自分の手を見つめた。
あの時の感覚が、よみがえる。
胸の奥を満たしたあの光。
女神の因子。
調和の力。
「……カルテちゃん」
カロの優しい声が静かに届く。
カルテは顔を上げた。
そして、小さく笑う。
「大丈夫です」
「みんながいますから」
カロは何も言わない。
ただ、小さいその体をぎゅっと抱きしめた。
まるで離さないように。
その時――
「おぉ、みんな揃っておるか」
博士が奥の部屋から出てきた。
ボロボロの白衣。
爆発した白髪。
丸眼鏡。
そして――
右手にはいつものメモ帳。
普段の姿だが何かが違う。
博士の表情が
―――やけに真剣だった。
「揃ってます」
真剣な博士の表情を見て三人の間に緊張感が走る。
「......皆に重大な知らせがある」
博士は神妙な様子でゆっくりと三人を見渡す。
視線が一人ずつなぞる。
アル。
カロ。
カルテ。
ゴクリ......
誰かが息をのんだ。
研究室の空気が張り詰める。
「新しい発明の試作品が完成したのじゃ」
カルテが興味深げに身を乗り出す。
「なんですか?」
博士は、誇らしげに胸を張る。
「ダ・ヴィンチの改良版じゃ」
白衣の内側から、すっとマイクを取り出した。
「マインドハッカー君改め――」
一拍。
「全脳域強制幸福共振型音響絶命投射装置・マインドクラッシャー君じゃ」
沈黙。
アルがゆっくり立ち上がる。
「......さて帰るか」
「まだ説明しておらんぞ」
「いい思い出がないんだよ、その発明品に」
カロが青ざめ、口元に手を当てる。
「名前が前よりこわくなってる」
カルテが小さく首をかしげる。
「でも、``幸福‘‘って言ってますよ」
カロが即答する。
「それが逆に怖いのよ」
カルテがぼそっと言った。
「……でも、どんな時でも博士はちゃんと研究してるんですね」
「当たり前なのじゃ」
博士は胸を張る。
「発明は世界を救うのじゃ」
アルが小さくつぶやく。
「筋肉の方が手っ取り早いんじゃなかったのか」
その言葉に――
研究室に、笑いが広がった。
その時だった。
「博士ーーーー!!大変です!!」
扉が勢いよく開く。
近所の親方だった。
息を切らしている。
カルテが立ち上がる。
「また派閥争いですか」
「そうなんだよ!」
親方は額の汗を拭いながら続けた。
「今度は、おにぎり派とサンドイッチ派でな!」
アルが呆れて眉をひそめる。
「おにぎりとサンドイッチ?米派とパン派の争いはごパンで終わったんじゃなかったのかよ」
「そのはずだったんだよ!」
親方は身振りを交えてまくしたてる。
「おにぎりとサンドイッチは別物だって言い張ってよ!」
「『手で食べる文化の話をしてるんだ、ごパンは関係ない』って聞かないんだよ!」
「おにぎり派はこうだ」
「『手で食べる文化の頂点はおにぎりだ!海苔の香りと米の旨みが一体となった完成形だ!』ってな」
「するとサンドイッチ派が言い返すんだ」
「『パンに何でも挟める自由度こそ正義!おにぎりに具のバリエーションで勝てるか!』って!」
カロがため息をつく。
「……似たもの同士ね」
「手で食べるのは同じなのに」
カルテが苦笑する。
「仲良くすればいいのに……」
その時。
博士は、すでに立ち上がっていた。
白衣の裾を払う。
「そいつはいかん」
静かに――
しかし、力強く告げる。
「平和がワシを呼んでいるのじゃ」
アルがぼそっと言う。
「俺の新しい武の境地の話は.........」
誰も、聞いていなかった。




