第26発明 ハッピーバレンタインなのじゃ
9つの争いを乗り越え、たけきのこの国に久しぶりの平和が訪れていた。
国民は、アミノ酸スコア97のプロテイン汁を味わっている。
ある日の朝。
研究室は、いつも通りだった。
カルテがお茶を用意している。
博士が奥でダンベルを持ち上げている。
アルがソファで腕を回している。
カロが窓の外を見ながら果実酒の小瓶を眺めている。
何も変わらない、いつもの朝だった。
カルテ・バレンタインはお茶を配りながら、ふと思った。
今日は2月14日。
自分の誕生日だということを、誰も知らない。
言い出せないまま、今日になってしまった。
まあいいか、とカルテは思う。
いつも通りの一日でも、十分嬉しい。
「カルテちゃん」
カロがカルテの顔を両手で挟む。
「な~んか怪しいわね」
カルテが顔を挟まれたまま首をかしげた。
「そうですか?」
「なんか……嬉しそう」
「そう……かもしれないです」
カロが眉をひそめる。
「何かいいことでもあった?」
カルテは少し迷った。
「実は……その……今日、私の誕生日なんです」
沈黙。
カロが固まった。
アルが顔を上げた。
奥から博士が出てきた。
三人がカルテを見た。
カルテが照れた。
「なんか、言い出せなくて……」
アルがソファから飛びあがった。
「なんで早く言わないんだ!!」
「なんとなく言いそびれちゃって」
カロが腕を組んだ。
「何歳になったの?」
「二十歳です」
「二十歳!!」
アルが叫んだ。
「それは祝わないと絶っ対ダメだろ!!」
博士が言葉も出ずにプルプルしている。
カルテが苦笑いをした。
「すみません」
その時。
扉が開いた。
近所の親方が顔を覗かせた。
「よう、みんないるか——おっ、カルテちゃん今日誕生日じゃないか!」
全員が振り返った。
「知ってたんですか」
「当たり前だろ、二月十四日だろ!毎年覚えてるぞ!」
親方は胸を張った。
「よし、じゃあ今夜は祝いに行こう!」
「どこへですか」
親方はにやりと笑った。
「最近流行りのボンバー亭の姉妹店よ」
「スーパーウルトラマッハカミソリジェット亭——」
「通称ジェット亭だ!」
カルテが目を丸くした。
「なんですかそれ」
「切れ味のあるお酒を揃えた名店よ」
「カルテちゃんも二十歳になったんだから、初めての一杯を飲まないといかんだろ!」
カルテは少し考えた。
そして——
「……はい!!」
不安と期待が入り混じった返事だった。
◇ ◇ ◇
夜。
ジェット亭は賑わっていた。
カウンターに並んだ色とりどりの酒瓶。
切れ味のある香りが漂う店内。
四人は奥の席に座った。
カロがメニューを開く。
「麦酒に、ワイン、蒸留酒、おっ果実酒もいっぱいあるじゃない。合格、合格♪」
「詳しいんですね、カロさん」
「嗜む程度よ」
カロはメニューを流れるように読んだ。
「雷電葡萄のワイン、焦がしイチジクの20年物の熟成酒、雪花梨のスパークリング——」
「全部知ってるんですか?」
「んー、まぁ大体飲んだことがあるわ」
アルが眉をひそめる。
「どれだけ飲んでるんだよ」
「西ではこれが普通なの」
カロは涼しい顔で言った。
「子供の頃から食卓に並んでいたもの」
親方が麦酒のページから目を離し、豪快に笑った。
「がっはっは、さすがは肝臓の魔女だ」
カルテがメニューから目を離す。
「......肝臓の......魔女?」
カロがメニューで顔を隠す。
「……その名前で呼ばないでくれる」
「なんなんです、その名前?」
親方が続ける。
「ここいらじゃ有名なのよ、国中の酒が飲み干されちまうってな」
アルがぼそっと言った。
「お前、そんなことしてたのかよ」
カロは肩をすくめた。
「大袈裟なのよ、全く」
◇ ◇ ◇
注文が来た。
カロの前に、深い琥珀色の液体が入ったグラスが置かれる。
精霊果実の蒸留酒だった。
アルの前に、黒々とした液体が入った大きなジョッキが置かれた。
「一番強いやつをくれ」と頼んだ結果である。
メニューでドクロマークがついていた酒だ。
博士の前に、透明な液体が入ったグラスが置かれた。
そしてカルテの前に——
小さなグラスに、淡いピンク色の液体が置かれた。
果実系の甘いお酒。
カルテはグラスを両手で持った。
「……これが、お酒」
「飲んでみなさい」
カロがにっこりして言った。
カルテはグラスをそっと口に運ぶ。
一口。
「……あ」
「どう?」
「あまい……でも、なんか……ふわってする」
カルテは目を丸くした。
「これがお酒なんですね」
「気に入った?」
「はい……なんか、いいですね」
カルテはもう一口飲んだ。
ほんのり頬が赤くなる。
アルがジョッキを持ち上げた。
「じゃあ、カルテの二十歳に」
「「「――乾杯!!」」」
―――カンっ!!
バレンタインの夜にグラスが合わさった。




