第16発明 もう一人の天才 カタメ・ハリガネ登場なのじゃ
広場が――静まり返っていた。
風の音さえ遠い。ローブの人物は動かない。
博士の手首を掴んだまま、ただそこに立っていた。
まるで最初からそうであったかのように。
博士が低く唸る。
「……離せ」
短い言葉。だがそこに込められた圧は重い。
それでも――その男は答えない。その腕はピクリとも動かなかった。
カルテが一歩後退する。
「博士の手首を……掴んで止めた?」
カロの目を細める。
「ただ者じゃないわね」
アルは―――何も言わない。
ただローブの人物を見据えている。
その視線に、わずかな違和感が宿る。
(......なんだ?)
何かが引っかかっていた。
立ち方。
重心の置き方。
拳の握り方。
どこかで見たことがある。
だがそれが何なのか――まだ思い出せない。
博士が手首を引いた。
その瞬間――
人物のフードが揺れた。
風が吹く。
フードが、ずれ、
そして――
落ちた。
広場が静まり返った。
アルの目が見開かれる。
「――――!!」
短い黒髪。
鋭い目。
あの頃より鋭くなった顎のライン。
しかし――
確かに、知っている顔だった。
「ハリガネ……」
アルの声が掠れた。
カタメ・ハリガネは、静かにアルを見た。
何も言わなかった。
カルテが息をのむ。
「知り合いなんですか?」
アルは答えなかった。
ハリガネの左腕に目が止まっていた。
ローブの袖から覗く、左腕。
金属だった。
肘から先が、銀色の機械に置き換わっていた。
継ぎ目には細い管が走り、
指の関節には小さな装置が埋め込まれていた。
―――そして、胸部の中央には禍々しく胎動する赤いクリスタル。
アルの拳が、ゆっくりと握られた。
「……その体は」
ハリガネは何も答えなかった。
ただ静かに、博士の手首を離した。
そして――
アルを見た。
次の瞬間だった。
ドンッ!!
ハリガネの左腕が空気を引き裂いた。
アルが弾き飛ばされる。
「っ……!」
壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。
カルテが叫ぶ。
「アル君!!」
博士が踏み込もうと一歩踏み出す。
アルが手を上げた。
「待ってくれ、博士」
アルは壁に手をつき、立ち上がった。
赤いパオの肩が破れていた。
「ここは俺にやらせてくれ」
博士はアルを見た。
しばらく黙っていた。
そして静かに後退した。
カロがカルテの隣に並んだ。
「……いいの?」
カルテは唇を噛んだ。
「アル君が言ってるんです」
「信じましょう」
アルはハリガネと向かい合った。
広場の人々が遠巻きに見ている。
アルは静かに構えた。
「ハリガネ」
ハリガネは答えない。
「お前が消えてから、何年経った」
沈黙。
「俺はずっと待っていた」
ハリガネの目が、わずかに揺れた。
しかしすぐに元に戻った。
次の瞬間――
二人が同時に踏み込んだ。
ドドドドドッ!!
拳と拳がぶつかる。
蹴り。
肘。
膝。
さばき。
息をもつかせぬ連撃。
カルテが目を凝らす。
「互角……?」
カロが腕を組む。
老婆がキセルを吹かす。
「同じ流派さね」
「同じ師匠にでも習ったのだろう」
観衆がざわつく。
「あの二人、動きが似ている」
「まるで鏡みたいだ」
アルが拳を放つ。
ハリガネが弾く。
ハリガネが蹴りを入れる。
アルがさばく。
しかし――
少しずつ、アルが押されていた。
ハリガネの左腕の一撃が来るたびに、アルの体が揺れる。
「くっ……」
機械の腕の力は、人間のそれを超えていた。
ハリガネがアルの懐に入る。
ドゴッ!!
アルの腹に、機械の拳がめり込んだ。
アルが後退する。
「ぐっ……!」
膝をつく。
ハリガネが立ち止まった。
広場が静まり返った。
アルは膝をついたまま、顔を上げた。
「……ハリガネ」
ハリガネは答えない。
「なんで......なんでそんな機械の体になんかになっちまったんだ」
沈黙。
やがてハリガネが静かに口を開いた。
「……お前には関係ない」
「久しぶりの声だな」
アルは立ち上がった。
「関係ある」
ハリガネの目が細くなる。
「……お前はいつもそうだ」
低い声だった。
「才能があって、勝ち続けて」
「俺が何度挑んでも届かなくて」
「お前みたいなやつには……俺の気持ちなんてわからない」
アルは黙って聞いていた。
ハリガネは続けた。
「このままでは一生お前に勝てない」
「だから……力が必要だった」
「これで俺はお前に並べる」
アルは少しの間、黙っていた。
そして静かに言った。
「ハリガネ」
「俺はこの国で何度も負けている」
ハリガネの目が見開かれた。
「……何?」
アルは続けた。
「それでも俺は......ずっと......いつか......お前と......」
アルは顔を上げ、ハリガネを真っ直ぐに見た。
広場が静まり返る。
ハリガネの顔が歪んだ。
「……嘘だ」
「本当だ」
「お前みたいなやつが――」
ハリガネが黙った。
目が揺れている。
機械の左腕が、小さく震えていた。
その時だった。
人混みの中から、声がした。
「感動的な話だな」
低い、ねっとりとした声だった。
人混みをかき分けて、一人の男が現れた。
深くかぶったフード。
刺繍の入った外套。
胸元に――
二匹の蛇がお互いの尻尾を噛み、円を成す紋章――共食いの紋章。
男はハリガネに近づいた。
「だが、お前の使命を忘れるな」
「お前が何のために力を得たか」
男の指がハリガネの赤いクリスタルに触れた。
瞬間。
ハリガネの目の色が変わった。
感情が消えた。
アルが息をのむ。
「ハリガネ……?」
ハリガネの機械の左腕が、ゆっくりと持ち上がる。
胸部のクリスタルが先ほどより禍々しく光り始めた。
カルテが叫ぶ。
「アル君、逃げて!!」
アルは動かなかった。
ハリガネを見つめたまま。
「……洗脳されてるのか」
男が薄く笑った。
「賢いね、拳士くん」
「でも遅い」
アルは構え直した。
今まで編み出してきた拳法が、頭の中を巡る。
氷結拳。
機神拳。
剣狼拳。
全てを込めて――
アルは踏み込んだ。
戦いは激しかった。
洗脳されたハリガネは、先ほどとは別の存在だった。
感情がない分、迷いもない。
機械の腕が容赦なく振るわれる。
アルはさばき、かわし、反撃する。
しかし追い詰めるたびに、ハリガネの胸の結晶が光り、力が増す。
アルの息が上がっていく。
それでも。
アルは止まらなかった。
やがて――
アルの一撃がハリガネの胸に入った。
ドゴッ!!
ハリガネが後退する。
膝をつく。
アルも膝をついた。
二人とも、息が限界だった。
アルはハリガネを見た。
洗脳された目が、こちらを見ている。
「……どうすればいい」
アルはつぶやいた。
「倒せばいいのか」
「でもそれじゃ……」
拳を握る。




