表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

「旅姿六人衆」

今回は、サザンファンにとっては名曲であり、サザンファンでない人にとっては無名の曲かもしれない「旅姿六人衆」です。

「旅姿六人衆」

挿絵(By みてみん)


この仕事は、夏場の暑さも辛いが、雨の方が嫌だ。

機材に影響を受けたり、風でセットが倒れそうになったり、特に雷が鳴ると落ちる恐れもあり中止になる。


僕がライブ会場専門の照明会社の社員になってもう15年以上経つ。

6人しかいない僕の会社では3番目の年長になってしまった。


それでも社長と副社長の二人からは新人のように扱われる。

「おい、圭太。47番の煙草を買ってきてくれ」と副社長が言う。

社長は、「ついでにポカリも」と言って僕に千円を渡した。


僕より年下の若手がいるのに副社長はいつも僕にお遣いを頼む。

最近の若い社員が「ハラスメント」を盾にすることを異様に恐れているのだ。


2008年、僕はこのライブ専門の照明機材の会社に入社した。

まだ入社して四ヶ月目の8月、国民的人気バンドが活動を休止する前に日産スタジアムで4日間のライブが行われた。


新人なのに相当大きなイベントに関わることになった。

協業会社やアルバイトも使い、数十人規模で照明の準備を行った。

その時、アルバイトで僕の手伝いをしていたのが、紗弥という大学生だった。


いつも会場では、髪を一つに結び、首からタオルを掛けてTシャツ姿でいた。

髭を書けば元ヤンの現場の人になるんじゃないかと思った。

その自然体がそうさせるのか、彼女のコミュ力かわからないけど、初対面とは思えないほど不思議と二人でよく喋った。


照明を調整しながら、

「大好きなバンドのライブに関われるなんて最高です!」

と紗弥が嬉しそうに語っていたが、

「楽しんでいられる時間なんかないよ?照明卓とライブとのバトルが3時間続くからね」

と僕は忠告した。


ライブの照明と言ってもただ照らせばいい訳ではない。

「曲に合わせてライトを変えたり、テンポに合わせたり、照明も演出の一つなんだよ」


「パチンコの確定演出的な?」と紗弥が言った。

「そうなのかなぁ…煽るしなぁ。っていうかパチンコすんの?」

「でも海しかやりませんよ」

「海物語を海と略すか…」

「先輩、今度一緒に打ちに行きます?」

「パチンコ、止めたんですけど」

「カップルシートでどうです?ふふふ」

「ヤンキーカップルじゃん」


そんな雑談をしながら野外でライブの準備をする。


お昼も連日二人で食べに行った。

小さな定食屋でいろいろ話した。

紗弥は何かが身体にいいからと、その何かもわからず、お昼はいつも焼きサバ定食だった。


「大学で何を勉強してるの?」

「分子生物学です」

「なんか難しそうだね。それなのにサバの栄養素知らないんだ?」

「私、ホタルの研究しているんですよ。だからライブの照明のアルバイトもしたくて」

「ホタルとライブの照明を結びつけるって強引だけど」

「夜の光って人に感動を与えるショーじゃないですか。花火も建物のライトアップも。ホタルだって観光スポットの一つになるんですよ。

それに川が綺麗じゃないとホタルは育たない。

だから川の環境の整備から始めるんです。ホタルを育てるってのは、自然な環境を作ることでもあるんです」

「それで墓も作ったり?」

「それ『火垂るの墓』!この時期によく放送されてるやつ!」


紗弥とは歳が近いのもあったが、話が合った。


日産スタジアムで4日間行われたそのライブの動員数は、約30万人。

その4日間のうち3日間、雨が降った。

まるでバンドの休止を悲しんでいるかのようだった。


その人気バンドは雨の中、これまでの活動を振り返るように「想い出はいつの日も雨」と歌った。


照明卓を触ることの少ない曲で、僕と紗弥はその光景に取り込まれていた。


ライブの最終日の4日目。

このライブが終われば、僕ら6人の小さな照明会社は、数日後には仙台に向かう。

アルバイトの紗弥とも今日までだ。


後に伝説のライブとなったその日は、豪雨と呼ぶに近い大雨だった。

人気バンドは、「泣きたい気持ちは 言葉に出来ない」と歌った。

そして「今夜も冷たい雨が降る」と。


そのバンドはアンコールの最後の曲で、「ああ、もうあの頃のことは 夢の中へ。 知らぬ間に遠く…」と歌い、観客との別れをわざと明るい笑顔で包み、ステージから去って行った。


撤収を終え、紗弥は、

「仙台いいなあ。牛タン食べてくださいね」と言った。

「食べに来れば?」

僕が冗談っぽく言うと、「行きたいわ、そりゃ」と僕を肘で突いた。


撤収後、僕ら6人の社員とアルバイト10名ほどの照明班で深夜の打ち上げに行った。

朝までやっている居酒屋で飲む。

社長は乾杯の音頭で、「豪雨となってみんな大変だったと思いますが、俺らは伝説の一日に立ち会えました。この4日間の成功もみんな一人一人のお陰です。みんなのこれからの人生は、晴れで!乾杯!」


僕の隣りに座っていた紗弥は僕とグラスを合わせた。


毎日違う顔に出会い、街から街へ。

おまえが目の前にいるならいいのに…。


「先輩、何寂しそうにしてるんですか?」と紗弥が笑う。


「寂しそうにしてないよ!あのライブ、いい曲が多かったなあと思って」

「今更ですか?想い出はいつの日も雨でしたね」


「また会えるまでは、この時を忘れないでいて」と僕が言った。


紗弥は俯きながら笑い、「旅姿六人衆もいい曲ですよね」

そして、「セットリストに入っていれば良かったのになあ」と惜しそうに言った。


紗弥が「素敵な今宵を分け合いましょう!」

目が潤んでいるように見えたが、顔は笑ってビールで乾杯をする。

「ところで、ミスタースイズらって誰だよ!」と紗弥。

「そんなとこ、ツッコむなよ(笑)」

「紗弥、またどこかで会えたらな」

「うん。会うし」

「あっさり言うね」

「だってきっと逢うし」


そう言ったが、敢えて僕らは次に会う約束を決めなかった。


始発電車まで飲み、酔った僕と紗弥は肩を組み、新横浜の駅に向かいながら「また逢えるまでは この時を 忘れないでいてー」と二人で歌った。

そしてお互い違う路線の電車へ。


「スタンドー、ありがとうなー」と酔った僕は紗弥に言った。

紗弥は、「アリーナ-、愛してるよー」と手を大きく振った。


僕はまた次の街へ向かう。

そしてまた誰かと出逢う。

多くの人の笑顔を見て、またその街を去る。


それを繰り返していく。

せめて、おまえだけでも目の前にいてくれたなら…。


この時を僕は今も忘れられないでいる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ