「旅姿六人衆」
今回は、サザンファンにとっては名曲であり、サザンファンでない人にとっては無名の曲かもしれない「旅姿六人衆」です。
「旅姿六人衆」
この仕事は、夏場の暑さも辛いが、雨の方が嫌だ。
機材に影響を受けたり、風でセットが倒れそうになったり、特に雷が鳴ると落ちる恐れもあり中止になる。
僕がライブ会場専門の照明会社の社員になってもう15年以上経つ。
6人しかいない僕の会社では3番目の年長になってしまった。
それでも社長と副社長の二人からは新人のように扱われる。
「おい、圭太。47番の煙草を買ってきてくれ」と副社長が言う。
社長は、「ついでにポカリも」と言って僕に千円を渡した。
僕より年下の若手がいるのに副社長はいつも僕にお遣いを頼む。
最近の若い社員が「ハラスメント」を盾にすることを異様に恐れているのだ。
2008年、僕はこのライブ専門の照明機材の会社に入社した。
まだ入社して四ヶ月目の8月、国民的人気バンドが活動を休止する前に日産スタジアムで4日間のライブが行われた。
新人なのに相当大きなイベントに関わることになった。
協業会社やアルバイトも使い、数十人規模で照明の準備を行った。
その時、アルバイトで僕の手伝いをしていたのが、紗弥という大学生だった。
いつも会場では、髪を一つに結び、首からタオルを掛けてTシャツ姿でいた。
髭を書けば元ヤンの現場の人になるんじゃないかと思った。
その自然体がそうさせるのか、彼女のコミュ力かわからないけど、初対面とは思えないほど不思議と二人でよく喋った。
照明を調整しながら、
「大好きなバンドのライブに関われるなんて最高です!」
と紗弥が嬉しそうに語っていたが、
「楽しんでいられる時間なんかないよ?照明卓とライブとのバトルが3時間続くからね」
と僕は忠告した。
ライブの照明と言ってもただ照らせばいい訳ではない。
「曲に合わせてライトを変えたり、テンポに合わせたり、照明も演出の一つなんだよ」
「パチンコの確定演出的な?」と紗弥が言った。
「そうなのかなぁ…煽るしなぁ。っていうかパチンコすんの?」
「でも海しかやりませんよ」
「海物語を海と略すか…」
「先輩、今度一緒に打ちに行きます?」
「パチンコ、止めたんですけど」
「カップルシートでどうです?ふふふ」
「ヤンキーカップルじゃん」
そんな雑談をしながら野外でライブの準備をする。
お昼も連日二人で食べに行った。
小さな定食屋でいろいろ話した。
紗弥は何かが身体にいいからと、その何かもわからず、お昼はいつも焼きサバ定食だった。
「大学で何を勉強してるの?」
「分子生物学です」
「なんか難しそうだね。それなのにサバの栄養素知らないんだ?」
「私、ホタルの研究しているんですよ。だからライブの照明のアルバイトもしたくて」
「ホタルとライブの照明を結びつけるって強引だけど」
「夜の光って人に感動を与えるショーじゃないですか。花火も建物のライトアップも。ホタルだって観光スポットの一つになるんですよ。
それに川が綺麗じゃないとホタルは育たない。
だから川の環境の整備から始めるんです。ホタルを育てるってのは、自然な環境を作ることでもあるんです」
「それで墓も作ったり?」
「それ『火垂るの墓』!この時期によく放送されてるやつ!」
紗弥とは歳が近いのもあったが、話が合った。
日産スタジアムで4日間行われたそのライブの動員数は、約30万人。
その4日間のうち3日間、雨が降った。
まるでバンドの休止を悲しんでいるかのようだった。
その人気バンドは雨の中、これまでの活動を振り返るように「想い出はいつの日も雨」と歌った。
照明卓を触ることの少ない曲で、僕と紗弥はその光景に取り込まれていた。
ライブの最終日の4日目。
このライブが終われば、僕ら6人の小さな照明会社は、数日後には仙台に向かう。
アルバイトの紗弥とも今日までだ。
後に伝説のライブとなったその日は、豪雨と呼ぶに近い大雨だった。
人気バンドは、「泣きたい気持ちは 言葉に出来ない」と歌った。
そして「今夜も冷たい雨が降る」と。
そのバンドはアンコールの最後の曲で、「ああ、もうあの頃のことは 夢の中へ。 知らぬ間に遠く…」と歌い、観客との別れをわざと明るい笑顔で包み、ステージから去って行った。
撤収を終え、紗弥は、
「仙台いいなあ。牛タン食べてくださいね」と言った。
「食べに来れば?」
僕が冗談っぽく言うと、「行きたいわ、そりゃ」と僕を肘で突いた。
撤収後、僕ら6人の社員とアルバイト10名ほどの照明班で深夜の打ち上げに行った。
朝までやっている居酒屋で飲む。
社長は乾杯の音頭で、「豪雨となってみんな大変だったと思いますが、俺らは伝説の一日に立ち会えました。この4日間の成功もみんな一人一人のお陰です。みんなのこれからの人生は、晴れで!乾杯!」
僕の隣りに座っていた紗弥は僕とグラスを合わせた。
毎日違う顔に出会い、街から街へ。
おまえが目の前にいるならいいのに…。
「先輩、何寂しそうにしてるんですか?」と紗弥が笑う。
「寂しそうにしてないよ!あのライブ、いい曲が多かったなあと思って」
「今更ですか?想い出はいつの日も雨でしたね」
「また会えるまでは、この時を忘れないでいて」と僕が言った。
紗弥は俯きながら笑い、「旅姿六人衆もいい曲ですよね」
そして、「セットリストに入っていれば良かったのになあ」と惜しそうに言った。
紗弥が「素敵な今宵を分け合いましょう!」
目が潤んでいるように見えたが、顔は笑ってビールで乾杯をする。
「ところで、ミスタースイズらって誰だよ!」と紗弥。
「そんなとこ、ツッコむなよ(笑)」
「紗弥、またどこかで会えたらな」
「うん。会うし」
「あっさり言うね」
「だってきっと逢うし」
そう言ったが、敢えて僕らは次に会う約束を決めなかった。
始発電車まで飲み、酔った僕と紗弥は肩を組み、新横浜の駅に向かいながら「また逢えるまでは この時を 忘れないでいてー」と二人で歌った。
そしてお互い違う路線の電車へ。
「スタンドー、ありがとうなー」と酔った僕は紗弥に言った。
紗弥は、「アリーナ-、愛してるよー」と手を大きく振った。
僕はまた次の街へ向かう。
そしてまた誰かと出逢う。
多くの人の笑顔を見て、またその街を去る。
それを繰り返していく。
せめて、おまえだけでも目の前にいてくれたなら…。
この時を僕は今も忘れられないでいる。




