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第四十話 また明日と、彼女は。 其の十二




 現在の狐神は以前の彼とは異なり、今すぐに消えてしまうような事はないのだという。

 それは、彼の力の一端をその身に受け何度もそれを繰り返す事で山ほどの縁を重ねた少年、依本(よりもと)(はじめ)という一人の存在に起因するものらしい。

 ……ともかく、神がその存在力を高めるためには、それに相応(ふさわ)しい振る舞いが必要という事もあり、この古びた神社にいつまでも住み着いていてはいつかは完全に存在が失せてしまうのだ。

 そのため彼――夜長月(よながつき)勇槍(いさやり)之御狐(のみこ)がその力を取り戻すためにやらなければならない事は、必然的にシンプルなものになった。

 まずはこの神社を出て行き、〝彼を観測出来る場所〟で暮らす事。

 そして第二に、観測者がいる状態で神に相応しい振る舞いを続け神力を高め続ける事。

 今すぐに万事解決というわけにはいかないが、要するに今後は肇と共に生活し、神的な振る舞いを続けていく……という事である。

「本当に……結華はもう大丈夫なのか?」

『少なくとも、神婚(しんこん)に関しては何も心配いらん。……問題は山積みじゃが、(わし)が見ておる以上すぐに大事になったりはせんわ』

 ふわぁ、とあくびをする狐神。既に日は沈みかけていた。

「なんだよ、意味ありげだな」

『…………それだけ、肇が連れてきた縁の山は〝劇薬〟という事じゃ。良い事ばかりではないの』

「ふぅん。……まぁ、どうとでもなるだろ」

 考え無しの一言では、決して無い。

 一時は心が折れ、不可能に思えた困難を乗り越えた今、肇は心からそう思えた。

――っと、及雲(おいくも)さんには後で礼を言わないと。

 あそこから再び立ち上がる勇気と知識をくれた女性を思い、彼は口角を上げる。もうすぐ目の前に、自宅の影が見えていた。

「…………あっ、もう着いちゃった」

「今日はどうする? ……結華(ゆいか)さえ良ければ、一緒にいても――」

 と、ついあの繰り返し部屋に上がる提案をしようとしてしまう肇。しかしその提案は、他ならぬ結華本人から却下される形となった。

「……駄目だよ。肇くんには明日、元気にウチに来てもらう使命があるんだから!」

 白い歯を見せて笑う結華。……そう、何を隠そう明日は、本来なら祝福されて(しか)るべき日なのだ。

「……そうか。……そうだよな。悪い、心配しすぎか」

「…………うん。まぁ、心配させたのはわたしのせいなんだろうけどね」

 お互いに苦笑いを浮かべ見つめ合う二人。

「でも……うん、今日は一旦お別れだね。肇くんは明日に備えてゆっくり体を休めること! 分かった?」

 真っ直ぐ人差し指で肇を指差す彼女。その動作に、彼は反射的に「はいっ」と小さく頷く。

 その反応がおかしく、再び結華はふふっ、と噴き出す。それにつられ、肇は彼女と同じように笑ってしまった。

「とにかく、明日は多分お父さんから連絡が来るだろうから、よろしくね。それじゃ――また明日」

「……あぁ。――また明日」

 最後にそれぞれバイバイと手を振り、別れる。


 ……〝また明日〟の続きに、ようやく向かっていける。その事実に安心したのか、家に帰りシャワーを済ませた肇は、泥のように眠ってしまうのだった。




 ……と。……りもと。……依本!

 自分の名を呼ぶ誰かの声に、肇はゆっくりと(まばた)きを繰り返し体を起こす。

 背を伸ばすとその腰はパキパキと小気味良く音を鳴らし、()だ眠気の残っている彼は、ふわぁ、と小さくあくびをする。

「……呑気に寝やがって、もう授業終わってるぞ?」

「んあ?」

 肇の目を覗いていたのは、ブラウンの美しい瞳。

 ポニーテールに(まと)めた長い白髪に、細身ながらも筋肉質な肢体。見間違うはずもないその男は、(くだん)の転校生で陰陽師(おんみょうじ)でもあるクラスメイト、凰院(おういん)玲那(れな)その人だった。

「…………俺が言うのもアレだが、お前内心大丈夫なのか? 何回か遅刻してるよな?」

「んぐっ……」

 その一言に、肇の意識が一気に夢から現実に引き戻される。口は悪くとも意外に真面目な転校生である。

「…………まぁ、少し寝た程度なら問題にならんだろ。というか凰院、教室でもその話し方でいくのか?」

 彼の記憶が確かなら、凰院玲那という男は場所によってその話し方をコントロールしていて、教室では基本的に穏やかながらもややキザっぽい話し方をしていたはずなのだが……。

「今更だろ、依本相手にいちいち変えるのが面倒なだけだよ」

「ふぅん。……まぁ、僕としてはその方がやりやすくて良いんだけど。あっ、最後なんだっけ?」

「……ほんとに寝ぼけてんだな。数学」

 はぁ、とため息をつくと再び隣の席に戻っていく玲那。その周囲に、今は女子が取り囲む事もない。ただ退屈そうに教科書を広げ、彼は一人次の授業の準備をしていた。


 ……後に肇が聞いた話では、玲那は例の少女――伊坂実結華を悪く言う女子達数人を怒鳴り、()()()口調で(ののし)ったらしい。

 その事で玲那を見る目が変わった女子達は、今は彼を恐れている……というのが事の真相のようだ。

 確かにあの日、結華は彼に対し冷たい態度を取っていたし、ゆえに女子達の言葉は百パーセント悪意からのものではないのだろう。

 しかし、玲那にとっては本人の居ないところで、それも集団で悪口を言う彼女達の姿が酷く醜く映った、というわけである。




 その日の放課後。

 ラストのホームルームが終わり、教室を出た肇はそのまま隣の教室のドアを開く。

「わっ、びっくりした。……肇くん?」

 自由の身となった生徒達の喧噪の中、目が合ったのは一人の少女。セミロングの黒髪を小さく揺らす雪の肌の彼女は目鼻立ちが良く、それは見間違えようもなく六月三十日の運命を乗り越えた(くだん)の少女であった。

「おっと……結華か。手間が省けたな、これから神社に行くのか?」

「あっ、それなんだけど……ほら、月ちゃんまだ回復したばかりだし」

「あっ……それじゃあまた蛍が先生役ってわけか」

 擬音だらけで具体性のない例の修行(?)を思い出し、肇は内心頭を抱える。勿論、月が動けない間結華の修行の手伝いをしていたのは彼女なのだが、絶望的にその素養(そよう)が無い事もまた事実なのだ。

「いや、そうじゃなくってね。今日は修行しなくて良いんだって、蛍ちゃんの方も今日は予定あるみたいだし」

「そっか……とりあえず、下でジュースでも買って帰るか?」

「賛成ー。ちょっと今日はゆっくりしたいねぇ」

 特に深い考えがあったわけではないが、肇の口をついて出た提案に、結華はその黒髪を揺らし頷く。いつまでも教室の出入り口を塞いでいるわけにもいかず、二人はそのまま階下に下りることにした。



 ガコン、ガコン。

 なおも続く生徒達の喧噪の中、校庭の自販機で購入したのは、あの日と同じマスカットと炭酸グレープの缶飲料。

「まさか、奢って貰えるなんて思わなかったよ。悪いな」

「んーん、あの日はわたしが奢ってもらったわけだから、これで帳消しでしょ? はいっ、どーぞ」

 その白くしなやかな手が握っている紫の缶を、肇は「サンキュ」と一言礼を言い受け取る。

「……蛍は、何の用事なんだ?」

「…………あらら肇くん、こんな時に他の女の話?」

「……いや、結華はそんなキャラじゃないだろ」

 ふざけてニヤリと口角を上げる結華に、肇は至って冷静なツッコミを入れる。……蛍のいない放課後のこの空気感は、雨が降っていない事を除けばあの日にまた戻ってしまったかの様であった。

「ふふ、言えてるね。……蛍ちゃんについては、うん。多分あれは……ごめん、やっぱわたしが言う事じゃないや。もう少し時間が経ったら凰院くんあたりに確認してみると良いよ」

「え、なんで凰院?」

 ……蛍の話をしていたはずがまさかの名前が出てきた。肇は目を丸くすると、しばし考え一人納得する。

「もしかして……そういう事なのか?」

「さぁ? わたしからは何も。ただ二人ってやっぱり、結構良いと思うんだよね」

「それ、はほぼ答えを言っているようなもんじゃないか」

「わたしはただ感想を言っているだけなので」

屁理屈(へりくつ)だな」

 口角を上げると、肇はプルタブの蓋を開ける。プシッと炭酸が密閉空間から出て行く音を確認するより早く、彼はそれを勢いよく(あお)った。

「…………今日、どこか行く?」

 具体的な場所を示さないが、結華は一応の提案をすると肇に(なら)い缶の蓋を開け、ジュースを一口飲む。

「どこかって、どこに?」

「そうだねぇ、服とか見に行く?」

「……って、それは六月に――」

 言いかけて、肇は気がつく。

 ()()()()()結華とは、()()()()放課後の買い物をしていないという事実に。

「――いや、忘れてくれ。僕も色々見たいと思っていたんだ、行こうか」

――これは、無くしてしまったあの日の結華に対する贖罪(しょくざい)なのだろうか。

 ……いや、そんな事を言い始めたら自分は一生掛けても罪を洗い流せないな、と内心突っ込み肇は苦笑する。

「――ぷはっ。……肇くん、そんな顔しないで」

 更に一口、今度は勢いよく缶の中身を呷ると、結華は肇に微笑みかける。

「あの日あの場所であなたに抱きしめてもらえて、()()()は幸せだった。……だからこれは、その無念を晴らすとか、そんなんじゃないよ? ただ……その……」

 言葉の最後を少し言い(よど)むと、彼女はその頬をほんのり赤く染める。

「わたし……ちょっとあの子に嫉妬(しっと)しちゃったみたい。……自分の事なのに、変な話だよね」

 アハハと白い歯を見せて笑うと、彼女は缶の残りを飲み干してしまう。

 飲み干したそれを強く握った彼女は、チラリチラリと何度も肇の顔を確認する。それは、告白の返事を今か今かと待つ等身大の少女の様であった。

「いや、変でもなんでもないさ。あれだけ沢山の結華の果てに辿り着いた世界なんだ、誰より欲しいものを手に入れてないと嘘だろ」

「……ふふっ、言えてるね! それじゃあ未来の旦那さま、今日はデートに付き合ってもらうからね!」

 これまでの結華が一度として見せなかった満面の笑みを浮かべ、結華は肇の手を引く。

 口では「ちょっ、僕まだジュース残っているから!」と文句を言いつつも、肇はこれからの時間を思うと自然と笑みがこぼれた。


 きっと、どれだけの時間が経とうが彼はこれまで見てきた七千を超える結華達の最期を忘れる事は出来ない。

 しかし、今目の前にいるこの少女は、明日を生きれなかった彼女達とは明確に異なり、〝これから〟が在る。

 十七歳の若者とはいえ、結婚宣言までして、その上彼女から了承まで得てしまったのだ。

 物語がどれだけ荒唐無稽(こうとうむけい)なものになろうが、最後までその彼女に向き合い、共に過ごした思い出を沢山作る事こそが、男としての彼の務めというものだろう。

 はじめましての方ははじめまして、そうでない方はまた会ったな兄弟姉妹、春夏秀たろーと申します。……と、挨拶はこの程度にいたしまして。

 見切り発車……とまではいかないものの僕にとっては挑戦的な試みの多い今作、ようやくスタートラインに立てたな、という気持ちです。(文量と話の進み具合的な意味で)

 さて、一応区切りの良いところまでは書けましたので、私自身の労をねぎらうという意味で今日より三日追加で休ませてもらいます。そのため次回更新は来週2月2日の月曜日となる事をここに明記しておきます。

 肇君達の物語はまだまだ続いていきますので、そこはご安心下さい。定休日(土日&第三水曜)を設けさせてもらっているのも、ひとえにこの作品を最後まで書き終えるための措置なので、読者の皆様にはどうかご理解頂ければと存じます。

 最後になりますが、次回更新は来週2月2日の月曜日ですので、お間違いないよう引き続きよろしくお願いいたします。

 以上、春夏秀たろーでした!

 

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