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第三十三話 また明日と、彼女は。 其の五



 (はじめ)は考える。

 ……あの時彼が神に願ったのは、結華(ゆいか)を死の運命から救うこと。……しかし、()()()の主が言った通りなら、彼女はまだ救われていないという事になる。

 このひどくあの日と何もかも重なる状況から察するに、あの声の主――以降神とでも呼ぶことにする――がやった事は、肇を過去に戻らせるところまでで。故にその先は自分達でどうにかしろという事だろう。

「…………結華は、なんで自分が死ぬだなんて思ってたんだ?」

 ……ここまで話してしまったのだ、もう本題から逃げる理由もない。今は一刻も早く現状を整理し対策を講じなくてはならないだろう。

「…………時々、夢を見るんだ」

「……夢?」

 聞き返す肇に、結華は小さく頷くと言葉を続ける。

「その夢の中で、わたしは決まって真っ白な着物姿でいるの。真っ赤な口紅とか、メイクもばっちりしてね。……でも、その隣に居て欲しい人は居なくて。下を見下ろしたら、横になったわたしを見て、皆いっぱい泣いてるの。……不思議だよね、わたしがわたしを見てるんだよ?」

「……自分が死んだって、その時に理解するのか?」

「うん、わたしの体は綺麗なままだけど、なんとなくそれは見た瞬間に分かるんだ。そして決まって最後は泣き出したわたしを何かが包んでくれて……それで、目を覚ますの」

 それは、予知夢とでもいうのだろうか。

 夢で見たにしては結華の説明は具体的で、その状況の意味するところも肇に伝わってくる。

「…………でも、なんで明日って分かるんだ?」

「それは――あっ、そうだ」

 言いかけて、結華はニヤリと口角を上げる。

「それならわたしも質問。……肇くんは、なんでわたしが死ぬって知ってたの? ……夢で見たなんて、嘘だよね?」

「それは――」

 肇は言葉を返すその瞬間、彼女の考えを理解する。……なるほど、これは質問を質問で返していた肇に対する仕返しという意味もあるようだ。

「それは……いや――隠す意味もないな。それは、僕が未来から来たからだよ。……僕の知っている六月三十日は、結華の死と共に始まるんだ」

「そっ、か……やっぱり、そうなんだね」

 結華は動揺の色を見せない。……が、その表情は悲しげで、肇が言葉を続けるまでの数秒、短い沈黙が再び訪れた。

「だからこそ僕は、ここに結華を助けに来たんだ」

「…………未来を変えるためにやって来たってこと?」

「……まぁ、信じられないかもしれないけど」

「未来から来たこと()……信じるよ」

 意味ありげな言葉を頭に付けると、結華は小さく伸びをする。

 続けて「ふわぁ」と小さくあくびをすると、最後に言葉を付け足した。

「でも……わたしを助けるのは、難しいかも。わたし――神様に殺されちゃうみたいだから」

「かみ……えっ……?」

 何で……そう肇が返す間もなく、結華は言葉を続ける。

「……正確に言うとわたし、十七歳になったら神様のところに連れて行かれるって決まってたみたいなんだ。ずっと前にね。それで向こうに魂を持って行くなら肉体は残さないといけないから、結果として死んじゃうの」

「なんだよ、それ…………」

――一体、なんの権利があって神様が結華を連れて行くっていうんだよ。

 淡々と語る結華とは対照的に、肇は段々と表情が険しくなっていく。その拳は固く握りしめ、怒りに身を震わせていた。

「決まってたって……! そんなの……おかしいじゃないか……!」

「…………でも、神様と約束した事だから」

「約束って……何を約束したんだよ……?」

「わたし――神様と結婚するの」

 その言葉の意味に脳の理解が中々追いつかず、肇はその場に立ち尽くしてしまう。そんな彼の姿に、結華は申し訳なさそうに笑みを浮かべる。

「神様との約束ってね、反故(ほご)に出来ないものなんだって。だから――残りちょっとの時間、わたしは少しでもあなたと一緒にいたいんだよ、依本肇(よりもとはじめ)くん」

 彼女の笑顔は崩れない。しかし、反面その目は肇に懇願(こんがん)している様で、彼は無言で頷くと彼女の手を握るのだった。




 その夜、二人は結華の部屋で映画を見たり、手を繋いだり、と恋人同士の様に時間を過ごした。


「…………もう、良いのか?」

「……うん。起きてるのは怖いから、先に目を閉じてるね」

 明かりを消した室内で、結華はベッドに横になる。肇はベッド脇から彼女の手を優しく握り、今はその行く末を見守っていた。

「…………僕は結局、結華のために何も出来なかった。何も変わらなかった。…………ごめん」

 真夜中の部屋は真っ暗で、結華には肇の表情を読み取ることは出来ない。……が、触れた指先が震えている事だけは理解出来たので、その手を強く握り返した。

「…………何も出来なかったなんて、言わないでよ。わたしは、人生の終わりにあなたと居られて、本当に良かったって、今、すっごく心が満たされてるんだから……」

「結華……」

 その言葉に、肇は()()結華の最期を思い出す。

 ……あの夜、結局彼女の隣には誰も居なかった。死の直前神様に救いを求め、たった一人で絶命したのだ。そこには、なんの救いもない。あるのはただ深い絶望だけ。

 ……だが、今回はどうだろう?

「…………この結末はきっと、神様に頼んでも覆らないんだな」

「……そうだよ。だって、そもそもこれは、神様がやってる事なんだから。……なぁに、急におしゃべりだね。肇くんは夏休みの宿題ギリギリまでやらないもんね」

 そう言って、結華は肇の手を強く引く。「……隣、来て」と一言加え彼女はベッドに空きスペースを作り掛け布団を(めく)り上げた。

「…………最後の最後に、試されてるのか僕は?」

「ふふっ、お好きなように思って下さい」

 結華に促されるまま、彼女の隣で横になる肇。

「……流石に狭いね」

「……こんな最期で良いのか?」

「……うん。やっぱり最期は、あなたの顔を一番近くで見ていたいよ。――わたし、今幸せなんだ」

 言葉の最期に唇を重ねる。その柔らかな感触に、肇は理解した。

 ……あの神は言っていた。救うのは自分の仕事ではない、結末に納得いかなければ何度でもやり直せと。

 ……ここで言う救いとは、結華を死の運命から救うという事ではなく、その最期を()()()()()()()()()()()()()()()ではないのか……?

「…………おやすみ、結華。ありがとう」

 唇を離し、真っ先に肇が思いついたのは、簡単な言葉ばかり。……もうすぐそこまで、時は迫っていた。

「ふふっ、なぁにそれ。でも……うん、わたしこそありがとうだよ、肇くん。わたし、あなたが好きで本当に良かった。…………おやすみ、肇くん。一人にして――ごめんなさい」

 その言葉を最期に、その体から()()が抜け落ちたように脱力する結華。

「結華…………?」

 先程まで普通に動いていたその体は完全に停止し、彼女の肉体はただのタンパク質の塊へと変質していく。

 その現実を否定したくて、慌て飛び起きた肇は部屋の電気を点け彼女の頬に指先を当てる。

 穏やかのまま永遠の眠りについた彼女の表情は穏やかで、しかし既にそこから生命活動の気配を一切感じ取れない。……返ってくるべき感触や温度が、既に人間のそれではないのだ。

「僕は……! はぁっ……僕は――!」

――きっと、彼女はこの結末に満足しているのだろう。そんなの、顔を見ればすぐに分かる。でも…………これは、駄目だ。

――僕はまだ、何も出来ていない。

――僕はまだ、何も為せていない。

「そうだ…………言葉――」

 ……何故今まで忘れていたのだろう。そう彼自身が思うほど、すんなりとその言葉が脳裏に浮かぶ。

 少年はその言葉を唱える。

「――還縛想生(かんばくそうせい)


 その言葉に呼応するかのように、景色は捻れ彼の意識を水底に沈めていく。

 その果てに聞こえてきたのは、止む気配のない雨音と彼女の声で。

「わたし――神様と結婚するの」

 二度目のその台詞が聞こえてきたその瞬間、肇は意を決しその手を掴む。それは間違いなく普通の人間の感触で、それだけの事でも過去へ戻って来た事実をより強く自覚できた。

「――そんな事させない。二人で逃げよう……結華」

――結華は、僕が必ず文字通りの意味で救ってみせる。

 そう誓いを立てた肇は力強く、目を丸くし赤面した結華は小さく頷く他なかった。

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