第二十八話 それは本人から聞くべき事なのだから。
◇
朝からどっ、と疲れた肇であるが、それでも学校には向かわなければならない。
あの後、彼は家に戻るなり母から「あんた……結華ちゃんという子がいながら……」と冷めた目で見られる事となるのだが、それについては一応の弁明を済ませたので割愛することにする。
とにかくいつもなら無いはずの苦労に疲れ果て、校庭の彼方に意識を飛ばしぼうっ、としていた微睡みの午前も、ようやく終わりを告げる。
――キンコンカンコン。
昼になったことを告げる予鈴に、生徒達は皆一様に広げていた教科書や文房具を直し、教師は一応の締めの言葉と共に号令を促す。
その場にいた全員が頭を下げると、幾人かの男子生徒達が購買に向かうべく教室のドアをガラリと開け放つ。
……そんな、ありふれた高校生の日常そのものである風海東高校二年三組の昼休みは、しかし昨日までとは明らかな違いがあった。
「なぁ凰院、昼休みなんだけど……」
「分かったよ、一緒に行こうか」
それは、本来在るべき姿と言われればそれまでなのだが。
昨日までは白髪の転校生凰院玲那を囲っていた女子達が、彼の周りでキャアキャアと騒がなくなり、それぞれの席で大人しく沈黙するようになったのである。
「……凰院、何か女子達に言ったのか?」
今日は朝から女子達はこの調子で、流石に気になった肇は本人に耳打ちする。
これは間違いなく男子達には嬉しい変化なのだが、何の予兆もなく唐突になってしまった事には違和感があった。
「……あぁ。依本が遅刻して来る前に少しな」
「…………なんて言ったんだ?」
「なんでも良いだろ。お陰で過ごしやすくなったんだから」
「……まぁ、それはそうだけど」
はぐらかされたような気がして口をへの字にする肇。そんな彼を、玲那は教室の外に促した。
「……外、行くんだろ?」
「……あぁ、そうだったな」
弁当箱の入った包みを手に、肇は席を立つ。
教室を出る刹那、彼がなんとなしに確認した女子達の顔は、昨日までは好意を向けていた筈の相手に対し、どこか怯えている様だった。
教室を出ると、肇はそのまま廊下に佇んでいた女子二人と合流した。
「あっ、肇くん結構出てくるの早かったねぇ」
その一人、雪のように白い肌の少女、結華はクスリと笑う。……が、肇の隣にいる白髪男を見るなりその表情を曇らせた。
「…………で、なんで凰院くんもいるの」
「それは、私が――いや、悪い。俺が依本に誘われたからだよ」
一瞬教室の女子達と同じように話そうとするも、何かを思い出したかのように玲那は口調を元に戻す。
そんな彼の姿に、結華は少々面食らっている様子だ。
「……あなた、本当に凰院くん?」
「他の何に見えるんだよ。……お前が嫌がるからって依本に頼まれたからこうしてるんだよ。嫌なら戻すぞ」
「うわ、めっちゃ口悪。……いや、そのままでお願い。あれ凄く違和感あるし」
「そうかよ」
はぁ、とわざとらしくため息をつく玲那に、結華の隣にいた褐色の豊満少女、蛍が口を開く。
「……それで、これからわたし達はどこに行くの?」
「あぁ、それなんだけど――」
肇は結華と共に目的の場所へ向かい歩き始める。
横にいる結華はこの大人数に不服そうだが、肇の方はこの状況が楽しいのか、口角を上げていた。
果たして、目的の場所である件の教室――もとい、無人の生徒会室へと四人は到着する。
先頭を歩いていた肇がそのドアに鍵を挿し解錠すると、それをガラリと横に開く。
中は相変わらず中々物が少ないながらもよく整理されていて、時が止まったような静けさに包まれていた。
「今日は、ここで飯を食べよう」
「……だな、いい加減腹が減った」「わたしもペコペコ!」
言うより早く肇のすぐ脇を通り、室内の電気を点けた玲那は蛍と共に席につく。脇にいた結華に目配せすると彼女も小さく頷いたので、二人も彼らに続き席につく事にした。
果たして、依本肇主催の昼食会は幕を開けたのである。
持参した弁当を黙々と食していた四人だが、箸を置くと、玲那はハンカチで口元を拭い、沈黙を破った。
「…………この中に一人初対面の女子がいるんだが、紹介のひとつでもしてもらえないか?」
そう言って、玲那はブラウンの瞳で向かいの席に座る褐色の豊満女子、蛍を見据える。
蛍はというとちょうど今おかずを口に運んだところで、それを咀嚼すると水筒の茶で流し込み、「ぷはぁ」と小さく息を吐いた。
「……悪い、急がせたか?」
「ううん、全然! ただ、わたしも友達伝いに凰院くんのことを聞いてただけだから、自己紹介はお互いにしたいかな!」
「わかった。……俺から言い出したことだ、俺から先にやらせてもらおう」
玲那は腕組みをすると、小さく頷く。肇と結華には今更だが、蛍は彼の言葉に興味津々といった様子で、体を玲那の方に向け口角を上げていた。
「名前は言わなくても知ってると思うが、一応。……俺は凰院玲那。この町に来たのはつい最近で、学校には九日に転校してきたばかりだ。クラスは依本と同じ三組。……その、よろしく」
「……おぉ。……あれ、じゃあこの町のことも全然知らないの?」
「……知らないな。山だらけで田舎っぽいって事くらいしか知らん」
「ふぅん。じゃあ、そのうち町を案内しないとだね!」
「それはそ……は?」
ナチュラルに距離を詰めてきた蛍に、さしもの玲那も動揺の色を隠せない。それは、彼が初めて会うタイプの異性だった。
「それじゃあ次はわたしの番だね。わたしの名前は安瀬山蛍! クラスは結華ちゃんと同じ二組で、実は神主の娘で巫女でもあるのです!」
蛍は腰に手を当て、その豊満な胸を張る。
その柔らかな胸部がこれでもかと強調され、彼女を見ていた玲那はほのかに頬を赤らめ視線を外した。
「巫女って……何かやるのか?」
「うん、一応お祭りとかの時には巫女服姿で色々とね! 海原芍裔神社ってところでやるから、初詣の時とかは来てみてよ」
「それはまた随分先のことだな。……まぁ、考えておくよ」
口角を上げ、玲那は再び箸を進め始める。彼に倣い、向かいの席に座る蛍も食事を再開した。
そんな二人を静観していた結華は、玲那の隣に座る肇を手招きし、向かいの席から耳打ちする。
「……なんか、結構二人良い雰囲気じゃない?」
「あぁ。……なんか、僕も話すタイミング見失っちゃって」
「……でも、ここに皆を集めたのは理由あるんだよね? ちゃんと肇くんが伝えないと」
「……分かったよ」
はぁ、と内心ため息をつきつつ肇は結華の方に寄せていた体を元に戻す。
彼の隣の席に座る玲那とその正面に座る蛍は一言二言ほどの短い言葉を交えながら食事をする程度だが、あの玲那が常に穏やかな表情をしている程度には雰囲気が良く、肇はその空気を壊してしまわないかと中々口を開けない。
しかし、そんな肇の気まずさを解消したのは、まさかの玲那本人からの一言だった。
「……それで? 依本が全員をここに呼んだのは、何か事情があるんだろう?」
「あ……あぁ!」
その言葉に一瞬反応が遅れるも、肇はそれを肯定する。向かいに座る結華はプッと小さく噴き出していて、彼はほのかに苦笑いを浮かべた。
「……まずはじめに、今ここにいる全員、超常に関する何かしらのものを持った生徒だっていう事実を凰院には知っておいて欲しいんだ」
「全員が……まぁ、そんな事だろうとは思っていたが」
「それで、今この場で凰院には確認をしておきたい。……今僕の正面に座っている女子、結華は特別な力を持っていて、どうやらあらゆる魑魅魍魎を惹き付けてしまうらしい。……実際、そういう事もあった」
「……だろうな」
「…………お前は、結華の件でこの町に来た、違うか?」
「違わないな、俺は陰陽の者だからな。陰にも陽にも転びかねない爆発寸前の爆弾に向かわされたというわけだ」
さらりと肇の言葉を肯定し、玲那は弁当を平らげる。両手を合わせると弁当箱を包みの中に手際よく片付け、紙パックの茶を一口飲んだ。
「……それで、陰陽師のお前は、結華をどうするつもりなんだ?」
その答えは、既に専門家である蒼彩から聞いている。しかし、肇はどうしても彼自身の言葉でそれを聞きたかったのだ。
「…………はじめに言っておこう、俺は依本が考えているよりもかなり強い。……だから、もし俺の目的がそこの女を始末することなら、それはこの町に来たその日に完了しているんだよ。……分かるか?」
「……あぁ」
「つまり今俺は伊坂実結華を殺そうとは考えていないし、やっていることはただの監視。……護衛といっても良いくらいだ。――ただ、」
「ただ……?」
「もしその女が陰に転び陰陽の均衡を破るようなら、俺は迷わずそいつを殺す」
それだけ言い残すと、玲那は席を立ち生徒会室を後にする。
残された三人の間には、気まずい沈黙が訪れてしまうのだった。




