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第二十四話 それは俺たちに必要ない存在なのだから。




 ……次はもっと若い男を狙ってみるか。

 夜が来るのが待ち遠しく、女は鼻歌交じりに人混みの中を闊歩(かっぽ)する。

 着崩した着物に、零れんばかりの豊満な乳房。それに加えて彼女がその生足を動かす度にジャラジャラと音を鳴らすイヤリング。腰の辺りまで伸びた銀髪はその濃い褐色肌によく映えていて、夕日を反射し彼女を(きら)びやかに演出する。

 その派手さは多くの人目を惹き、特に男達は皆その胸部と魅惑の生足に目を奪われてしまっていた。……そんな中で、彼女はその流れに逆らう二つの影を見つける。

『ちょっと! そこの――』「やぁお姉さん! 凄い格好してるねぇ!」

 魅惑的な彼女がそれに声を掛けようとしたところ、脇から現れた金髪の男が彼女の肩を掴む。

 男はチャラチャラとしたアロハ姿で、彼がどんな目的で彼女の体に触れたのかは、語るまでもない。

『……何か?』

「いや、だからさぁ、そんだけキレーな肌晒してるってことは…………誘ってるんだろ? 俺、結構自信あったりして」

 聞いてもいない事を誇らしげに告げると、男は彼女の太ももをそのゴツゴツとした指で撫で回す。ピクリと彼女は小さく体を震わせた。

『……今急いでるんですけど? お前は馬鹿なのか?』

「……おっ、結構強気な感じ? 良いねぇ、俺そういうの燃えちゃうなぁ」

『だから……はぁ……もう良い。そこの路地裏で良いか? 目立たないですよね?』

「うんうん! お金とかは要らない感じ?」

『…………嗚呼(ああ)、そういうのは日本人の子供でも解体バラせば済む話ですから。お前にはなんの価値もないのです』

「はっ――」

 突如として彼女の口から発せられた物騒な単語たちに、調子に乗っていた男も表情を引きつらせる。……その手を、女は強く掴み彼を睨み付ける。

『お前から誘ったんですよ? ……早く済ませてしまいましょう』


 蛇に睨まれた蛙。その言葉の意味を男が身をもって実感した頃、街の暗がりに一輪の彼岸花が咲いた。



 慣れた手つきで返り血を拭くと、女は大通りに戻り再び二つの影を追い始める。

――ワタシは、なんて幸運なのでしょう。

 僅かに見えた少女は幼いながらもその輪郭は人形のように整っていて、しかも色白。髪は墨を垂らしたかのような美しい黒髪のロング。

 ……間違いなく高値が付く。

 女はゴクリと喉を鳴らす。

 ……それだけではない。その隣にいた若い男も中々の上物で、垂れ目に泣きぼくろという組み合わせは、()()()()()()()需要を満たすことだろう。

 奪い取るべき価値が、今目の前を歩いている。

 ……欲しいモノは、全て手に入れる。奪う。何一つ残してはいけない。

 敬愛する父の、母の、祖父の、祖母の、国家の教えを頭の中で反芻(はんすう)する女の顔つきは、徐々に獲物を狩る獣のそれへと変貌(へんぼう)していく。

『……そこのお二人、ちょっと待ってくれませんか?』

 その内に(たか)ぶる思いを隠すと、女は笑顔を作り二人を呼び止める。するとその内の一人、幼い黒髪の少女が立ち止まり、女の方へと身を(ひるがえ)した。

「……何?」

 少女の態度はしかし素っ気なく、無表情のままそのロングの黒髪を靡かせる。

 全身黒のゴシックロリータに、色白の肌。人形のように整った目鼻立ち。

 近寄りがたさすら感じさせるその存在感は異質で、女は値踏みするようにその全身を確認すると、改めて口角を上げた。

『ごめんなさい。あまりにお似合いの二人だったので、つい声を掛けてしまいました』

「……鳴人兄さん、知りあい?」

「――いや」

 少し遅れて、隣の学生服姿の男も身を翻し女と視線を交錯させる。

 濃い褐色の肌に、一際目を惹く垂れ目と泣きぼくろ。セミロングの黒髪には独特の剃り込みがあり、女の見立て通り中々の色男だった。

「…………正直、眼福なんだけどさ。……俺、こういう時喋りすぎちゃうからなぁ。さっさと行こうぜ、セリカ。そろそろ暗くなる」

「……うん、そうだね。お兄さんがそう言うなら。……僕も、この女の人()()にはなるべく近づきたくないな」

 二人は再び身を翻すと、何事も無かったかのように歩き始める。「は……?」とようやく思考が追いつき女が二人の背に手を伸ばしたその瞬間、命令(それ)は下された。

「それから、お前。『〝俺〟はお前にとって最も敬愛すべき絶対の主だ』『故に〝俺〟にお前は指先ひとつ触れることは叶わないし、隣にいる人間もまた同様である』『〝俺〟の命令がない限り、お前は〝俺〟に一歩も近づくことは許されない』……そうだろう?」

『はっ……? えっ……?』

 ……欲しいモノは、全て手に入れる。奪う。何一つ残してはいけない。

 その教えは、〝絶対〟の命令で。

――絶対。絶対とは……今目の前にいる、主様のことで。

『……はい。失礼いたしました、主様』

「……だから()()()()()って言ったんだ。行くぞ、セリカ」

「……やっぱり、お兄さんは僕が見込んだとおりだね」

()()を見せてもその反応か。やっぱりセリカは変わってるよ」

「僕は普通だってば」

「そうかい」


 一人その場に呆然と立ち尽くす女を残し、二人はそのまま歩いて行き人混みの中へと消えていく。

 ターゲットであったその二人が彼女の視界から消える頃、女はハッと我に返り頭を抱えるのだった。



◆→◇


――何なんだ。何か……何かおかしい。

 女は考える。

 誰のために男を見せしめに殺し、子どもの中身を奪い、女を売り物にするのか。

 父、母……否。突き詰めればそれは絶対の主のためで。その〝主〟とは――。

『アノ人が……主…………?』

 頭では理解していても、彼女の中にある何かがそれを拒絶してしまう。……違和感。それも強烈なそれが、先程からずっと思考を邪魔する。

――とにかく、今は一人でも多く……そうだ、あの女子はどうなった?

 ……先日自らが付けた〝まじない〟が、そろそろ花開く頃合いだ。程度次第では()()に変換しても良いだろう。それに、なんの成果も無く一日を終えるわけにはいかないのだ。

 使命感を新たに女は(くだん)の神社の方へと足を向ける。その時思い浮かんだ〝主人〟の顔が一人の男子高生と化している違和感など、既に彼女の中からは消え失せていた。



 少女にまじないをかけた例の神社に着くと、石階段の上に二人の少女の姿を見つけた。

 一人は、褐色の肌に、可愛らしいおさげの黒髪。こちらは先日女がまじないをかけた少女の姿と一致する。

 もう一人は、雪の肌に、セミロングの黒髪。女性らしいしなやかな肢体。そして何より特徴的なのは――

『――なんて、神力ですか』

 初めて感じる圧倒的な才の塊に、女はゴクリと喉を鳴らす。

――欲しい。

 石階段の上に座ったその少女は、膝の上に件の褐色少女を寝かせていて、女にとっては好都合なことこの上ない。

――欲しい。欲しい。欲しい。

 石階段の上から階下の女を見下ろす少女は無表情で、その思考は読めない。フラットなその視線が交わると、女は強く地面を蹴り、ただの一歩で遙か上階に二人のすぐ傍まで跳躍した。

『……悪く思わないでくださいね』

 人間離れしたその動きに、しかし少女は汗一つかかない。

 ……むしろそれは、まるで何度も繰り返した訓練のように淡々とおこなわれた。

 無駄の無い動きで右手の人差し指と中指を合わせ、それを真っ直ぐ立たせると、「界」と一言呟く。

 その言葉に呼応するかのように女の全身を囲ったのは、半透明の立方体で、宙に浮いた彼女の全てを包み込んでいた。

「――貴女こそ。月ちゃんに手を出したこと、必ず後悔させますから」

『……? この程度のことで――』

――結界術か。

 ……この小さな島国に古くから伝えられてきたというそれは、まさしくこれの事なのだろう。と、その精密さに驚きつつも女はその箱の破壊を試みる。……が、いくらその手に力を集めてもビクともしない。

 結界術とは、何も身を守るためだけのものではない。彼女はたった今、完全に結界の中へと閉じ込められてしまったのだ。

『……女。何をした』

「その()は何も特別なことはしていませんよ。まだ修行を始めたばかりの新人ですからね」

『はっ――』

 結界に囲われ宙に浮いたまま、女はその声のする方を睨む。

 その声の主――真っ赤な鳥居の向こうから悠然と三人の方へと歩いていたのは、白装束(しろしょうぞく)に身を包んだ中年男だった。

「…………さて。はじめまして、私はこの神社の神主を務めております、安瀬山(あせやま)伶哉(りょうや)といいます。以後お見知りおきを」

 男は笑みを浮かべたまま、淡々と自己紹介を済ませ遂に女の目の前まで近づくと、今度は声を低くし言葉を続ける。

「……あなたは少々人を殺しすぎましたし、(もてあそ)びもしました。これからその報いを受けなければいけません」

『は。……ははは。ははははは! なんですカあなたは! ワタシを裁く神にでもなったつもりなんですか!?』

 ガン、と結界の一面に顔を擦り付け伶哉を睨むも、その箱に守られその皮膚一枚すら触れることは叶わない。着物をはだけさせその胸部を完全に露出させた彼女に、しかし彼は表情一つ変えない。その目はただ、真っ直ぐ女を見据える。

「……貴女を裁くのは、私ではありませんよ。それは貴女の認識通り、()の仕事でしょうから」

『は……?』

 彼の言葉の終わりに、それは突如として姿を現す。

 やがてオレンジが漆黒に変わっていこうかという逢魔(おうま)(とき)

 日の光にその輪郭を黄金色に光らせていたのは、狐色の獣。……否。その全身に狐の毛を纏い、ふわりと柔らかな尻尾と長い獣耳を持った人型の小さな何か。

 伶哉と同じく白装束を着たその何かが、丸い瞳で女を真っ直ぐ見据えていたのだ。

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