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第二十一話 その時間は安心をもたらしたのだから。


 平日の学校を合法的にサボッて抜け出した男子高生と、謎のゴスロリ少女。二人が出会ったのは、今にも崩れそうな古い神社の中。

 こうして文字に起こすと現在の状況は中々混沌としていて、鳴人(なるひと)は内心苦笑してしまう。

「…………そういう君は、なんでここに?」

「お兄さんは質問を質問で変えすんだ、変わってるね」

「……君が言えたことか」

 歳は九歳くらいだろうか、幼い彼女はゴスロリ姿で、しかもここに一人きり。変わっている……とするなら、それはまさに彼女を指す言葉だろう。

「えー? 僕、別に変わってるつもりなんてないけどなぁ」

 よっ、と勢いよく賽銭箱から飛び下りる少女。その艶やかな黒髪を(なび)かせ緑がかった地面の上に着地すると、スカートの背面をパンパンと軽く叩く。

 こうして鳴人の前に立つと、その幼さがより際立つ。小さな背丈に、あどけない童顔。……プラス、不釣り合いに背伸びをしたおかしな言動。

「僕……?」

「そう、僕。本当は私が良いんだけど、僕は僕のことを僕と呼ぶのが()()()()んだって」

 なんでもない事を伝えるかのように、少女の表情には変化が無い。そんな彼女の言葉に、鳴人は「いや、誰がそんなこと言ったんだ?」と表情を引きつらせて返す。……そういう趣向なのだろうか。

「僕のお父様とお母様だよ」

「オトウサマ……オカアサマ……」

「なんで片言?」

「いや――」

 鳴人は考える。……もしやこの少女は、実はとんでもないお嬢様なのではないのだろうか。……と、いや、それはそれでおかしい。

 また話が戻るが、そもそも何故こんな幼い少女が一人でこんなところに来ているのか、という当然の疑問が浮かんでくるのである。本当にその言動を裏切らずお金持ちのお嬢様なら尚更だ。

「……本当に君、なんでこんなところに一人で来たんだ? そのお父様とお母様は今どこにいるんだ?」

 一人ゆっくり過ごすはずが、とんだ来客である。

「ここには僕一人だよ。お父様達は今忙しくしているから、家を出てきたんだ」

「なんだ、家出か不良め」

「不良でいうならお兄さんだってそうじゃないか。学校はどうしたの?」

「俺はなんとでもなるから良いんだよ。……そういう君は?」

「いい加減、その呼び方も嫌になってきたな。他の呼び方は出来ない?」

「いや、呼び方も何も、俺は君の名前なんて知らないんけど?」

「あぁ、それもそうだ。……それで、こういう時はお兄さんの方から名乗るものじゃないのかな?」

「レディーファーストってな。……それに、俺は先に情報を開示するのが大嫌いなんだ」

「ふぅん」

 面倒くさそうに唇を尖らせた彼女は、鳴人の方へ一歩近づく。その動きに合わせ、綺麗に切り揃えられたその前髪が小さく揺れた。

「僕の名前は、漆邑(しちくに)セリカ。学校は訳あって今は休んでるんだ。……はい、次はお兄さん」

 やはりというか、セリカと名乗った少女は何やら訳ありらしい。そんな彼女に(なら)い、鳴人は口を開く。

「はいはい。俺は夾白鳴人(きょうしろなるひと)。見ての通り今日はサボりだ。……まさか、反抗期の女の子に出会うとは思わなかったよ」

「? 反抗期?」

 鳴人の言葉がしっくりこないのか、少女……もとい、セリカはこてん、と小首を傾げる。

「違うのか? 家、飛び出したって言ってたろ?」

「……あぁ、少し語弊があるよお兄さん。……あっ、鳴人お兄さん?」

「好きな方で呼んで良いよ」

「それじゃあお兄様ということで」「それはなんかヤバい匂いがするから止めてくれ!」

 わざとらしく不適な笑みを浮かべるあどけない少女に、鳴人は声を荒げてしまう。こんな小さな女の子にお兄様と呼ばせている男子高生など、世間から見れば異常者でしかないだろう。

「…………そんなにおかしいかな?」

「おかしくはない……ただ、俺が不利益を被る可能性があるから、さっきの二択で頼む」

「……ふむ、仕方ないか。それじゃあ、鳴人兄さんと呼ぶよ」

 ……遂に頭の〝お〟が消えてしまった。

「……あぁ、それで頼む」

「……それじゃあ鳴人兄さん、まずは誤解を解きたいんだけど、僕は決して親に対して大きな不満を持っていたり、それを〝反抗〟という形で表に出してしまうような年頃の女子ではないんだ」

「……それじゃあ、本当にどうしてこんなところに?」

「ただの時間つぶしだよ。ここには何も無いから好きなの。……さっき言ったでしょ? お父様達は今忙しいから、僕に構っていられる時間なんてないんだよ」

 少女はその小さな両手を広げてアピールする。

 こんなに小さな女子に構っていられない家庭環境……訳あり少女もここまで来ると設定盛りすぎも良いところである。

 ……が、そんな少女の姿に、気がつけば鳴人は幼い頃の自分を重ねていた。同じ理由でここに惹かれた者どうし、いつか出会うのは必然だったのかもしれない。

「……なんだ、君……悪い、上の名前は呼びづらい。セリカって呼んで問題ないか?」

「ふふっ、お兄さんは不良なのに紳士だね。僕もこの名字は可愛くなくて好きじゃないんだ、セリカって呼んでよ」

「そうか、それじゃあ遠慮無く。セリカは俺と同じ理由でここに来てたんだな」

「同じ?」

「……俺も、何も無いこの場所が好きなんだよ」

 鳴人の言葉に、セリカは共感するでもなく、その小さな手で彼の制服の袖を引っ張る。

「それじゃあ鳴人兄さん、しばらくそこで休んでいようよ」

 セリカが指差したのは、小さな社殿(しゃでん)の脇にある慎ましい縁側……の、ような今にも腐り落ちそうな板の上。瓦屋根(かわらやね)(のき)は未だ機能しているので、少々の雨ならそこでやり過ごせそうな塩梅(あんばい)だ。

「賛成だな。……ふわぁ、眠い」

「……あっ、それなら良いものがあるよ」

 今度は強く手を引くセリカに、鳴人はされるがままついて行く。

 やがて縁側もどきのすぐ傍に到着すると、その隅にある大きめのリュックの中をガサガサと漁り、ブルーシートを一枚取り出した。

「まずはこれを広げます」

 バサリと音を立て広げたそれを、彼女は慣れた手つきでボロ板の上せっせとに広げていく。

 綺麗に畳まれていたそのシートは見た目以上に広めで、あっという間に人一人がすっぽり収まる程度の大きさとなった。

「……わざわざ持ち込んでるのか?」

「そりゃあ、ここボロくてまともに座れないからね」

 鳴人の質問に答えつつも、彼女はその手を止めること無く作業を進めていく。

 次にそのリュックから取り出したのは、少し厚めの毛布。先程と同じ要領でそれを広げると、立派なくつろぎスペースがそこに出来上がった。

「ここに来るときは、いつもこうしてるの。この上でゴロゴロしたりするためにね」

 セリカは早速毛布の上に座りその足をぶらぶらさせる。鳴人と同じように「ふわぁ」と猫のようにあくびをすると、「お兄さんも座りなよ。結構良いから」とすぐ隣をぽんぽんと優しく手のひらで叩きアピールした。

「それなら、遠慮なく」

 ……中々悪くない。

 もう少し硬めの感触をイメージしていた鳴人だが、座ってみると毛布一枚でも中々柔らかく、快適とまではいかなくとも妙な安心感があった。この静謐(せいひつ)雰囲気(ふんいき)が余計にそれを感じさせるのかもしれない。

「……一応言っておくけど、俺はこういうとき上手く場を持たせたり出来ないからな」

「良いって、別に」

 拳一つ分ほどスペースを空けて座っていた鳴人に、セリカは「よいしょ」とその小さな体を彼の方へぴったりと密着させる。夏らしいノースリーブは、その露出した肩から鳴人の腕に直接体温を伝えた。

「今はただ、ここで目を閉じたりたまに起きてぼーっとしたりしてようよ」

「……そいつは良いな。……それにしても、さっきから距離感おかしくないか?」

「なんとなく、鳴人兄さんの隣は安心するんだよ。……ダメかな?」

「俺に迷惑がかかるワケでもないだろ、好きにしろよ」

「それじゃ、遠慮なく」

 と、改めてセリカは体を密着させる。

 ……こうして能力も使わずに誰かと過ごす時間は、いつ以来だろうか。

 なんて、考えるだけ無駄か、と鳴人はゆっくりと瞬きを繰り返す。

 能力を得て以来、彼は隣に誰かを必要としていなかった。……いや、今でもそれは変わらず、必要だからこの少女の隣で微睡(まどろ)んでいるわけでは決してない。

――ただ。多分、俺は安心してしまっていたのだと思う。

 遂に瞼を閉じ、こくりと頭を下げ彼の意識は徐々にブラックアウトしていく。意識が途切れる直前、聞こえてきたのは、「……あぁ、今日もこの町で誰かが殺されちゃうみたいだ」という呟くような小さな声で、その少女にどんな言葉を返そうかと思案している間に、それは途切れてしまったのだった。

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