私のなかの蓮様が語る、私と阿門様と冴
私は私のなかの蓮様に尋ねるの回
(探していたのは二人?阿門様と冴。どちらもですか?)
(どちらもだ)
(二人の幽霊?)
(どうかな。転生した二人かもしれない)
(転生なんて、ほんとにあるんですか?)
(どうだろうね。あると俺は信じたかったが)
(で、私は今、なぜこの世界の冴のなかに?)
(あなたは死んだ。医者がそう診断をくだしたとき)
(ちょっと待って。診断?私、もう死んでいるの?)
(おそらく)
(おそらくって)
(その診断を聞いた時。これからは二人をどうやって探せばよいのかと。俺は深く深く絶望した。そうしたら。どこかに吸い込まれた。気が付いたら、あなたとともに、この冴のなかにいた。診断された後、あなたの体がどうなったのかは、確認できていない)
(どうして私までここに?)
(俺があなたのなかにいるうちに、あなたと私はかなり溶け合ってしまった。そのせいかな)
云われてみれば、その「蓮様」の声は、私のなかから聞こえるような気がした。
教えてもらった状況について、私は思わず呟いた。信じられない。
(私が死んでいるとしたら、これからどうなるの?)
(まぁ。そのうち死者の行くべきところに、行くことになるのかな)
(それ、どこにあるの?)
(わからない。俺もまだ行ったことがない)
(あなたはなぜそちらへ行かないの?)
(行きたくないと、こちらにしがみついているからだろう)
名前も、過去も、親しい人も思い出せないが。「私」として考え、「私」の中の人と語り合う「私」は、そこにいる。
自分が既に死んでいる。そんな実感は、全くない。
男の人の声が、自分の中から聞こえる。
その声の人は、私の世界にいた「蓮様」で、私と溶け合っているという。
私が知る、優しく涼しい面差しを思いだして、その人と溶け合っていると考えると、なんだか恥ずかしい。
私と溶け合い、私のなかにいたという人は、私の世界で体験したことや見聞きした記憶を、お持ちのようだ。
私の死因は病気か?事故か?自分がそんな年だとも思えないが、老衰か?
そこを尋ねたいような気もしたが。
どうしてだろう。自分の「死」について知ることが、怖かった。
知れば、ほんとうに終わってしまう。なぜかそんな気がした。
自分の名前、どんな人生を送ったのか。失われた生の記憶についても尋ねたいが。
生きていたときの記憶を教えてもらうことは、「死」を知ることの一部に思えた。
「私」については、そのうち考えよう。そう思った。
今は冴と阿門様と蓮様のことを考えよう。そう思った。
その人が、私の世界にいた蓮様ならば、私の世界の三人について尋ねたいことが、色々あった。
この世界の冴は、蓮様のいる御堂を時々見ながら、阿門様と話し続けていた。
その様子も気になったが、とりあえずは。私の世界の「蓮様」に尋ねたい。
目が見ている冴と阿門様の姿、その声。そちらの世界より、自分のなかから聞こえてくる声に、私は意識を集中した。
(私は阿門様と冴の孫。じゃあ。私の世界では、阿門様と冴は人並みの夫婦になったわけですね。あなたが望んだ通りに)
(どちらも不屈の精神の持ち主で、世話焼きで、人にすぐ同情する。家の慣習も社会の評判も意に介さない。食べることと動物が好きだ。あなたの祖父母になった二人は、良い夫婦だったよ)
(あなたはほんとうに、そうなってほしかったんですか)
自分の言葉に少し驚いた。こんなに無遠慮な質問ができたのは、自分自身に声をかけている気分のせいか。
私の中の蓮様は、深い声で云った。
(息の合う二人を眺めると嬉しくなった。だがそう訊かれると、答えに迷う)
(私たちの世界の阿門様とあなたは、こちらの二人と同じですか)
(同じとは?)
(阿門様はあなたと、恋人同士が一般的にすることを、したがっている。でもあなたが嫌がってる。やっぱりあんな感じですか)
(ああ)
(私の言うこと、わかりますよね?)
(あいつがある線を踏み越えたときは、断固拒んだ)
(ある線?)
(そこを詳しく語る気はない)
(全くその気がなかった。そういうわけじゃないんだ)
(あいつに口説かれると、心が躍った。あいつに抱きしめられると、胸が高鳴った。だが踏ん切りがつかなかった)
(どうして?)
(応じれば、とんでもない扉が開く。そんな気がした。その扉を開ければ、自分が不様で気色悪い生き物に変わってしまう気がした。わかるか)
(あまり)
(使用人が大勢いる家で、ずっと秘密の仲というのは不可能だ。玉依姫と阿門は、形だけの伴侶。実際に結ばれることを、一族の人間は良く思わない。男同士となればなおさらだ。笑いものになるかもしれない。俺は役目を下ろされれ、あいつから引き離されて、追放されるのではないか。そういうことも、考えてしまった)
(恋愛で追放って)
(そういう記録もあった)
(明治って、まだそんなことになる時代ですか)
(周囲の大人が許さないイロコイなど、まともなことではない。明治の頃はまだ、多くの人がそう思っていたものだ。だから若者は、男も女も、小説に描かれる自由意志の「恋愛」に、浪漫を感じて心躍らせた。当時の「理由なき抵抗」だったわけだ)
(冴が勧めるように。家を出て、二人で生きていいきたいとは、考えなかったんですか。誰にも邪魔されなくなるし。あなたもおかしな役割から解放される)
(「玉依姫」という役割は、嫌じゃなかった。この美しい屋敷は好きだった。好きな研究もできる。あいつのことがなければ、家を出ようなんて、考えることはなかったかもしれない)
(美しい家に安定した生活、財産を捨てて、二人で生きていこうとは思わなかった)
(車引きでもすればいい。俺もあいつも無能ではない。どこに行っても、食べていくことくらいはできる。そんなことを、考えたこともある)
(でも云わなかった)
(そんな暮らしのその先は?学校を中退させて。あいつの将来を潰すことにもなる。そんな暮らしを、あいつは俺と、いつまで続けてくれるだろう)
(阿門様も云わなかったんですか。家を出ようとか)
(あいつから手を伸ばしてくれば、その手はとったかもしれないが)
二人とも、惚れた相手以外、何も見えなくなるタイプじゃない。無鉄砲に駆け落ちできるタイプの人間ではないわけだ。
(あいつが一人前の医者になったら。そんなことを考えていた時期もあったが。冴が嫁いできて二年もしたら。あいつと冴の結びつきが強くなって。ああ、これはもう無理だなと思った)
(そんなことを考えていたのに、あの人の妻に冴を選んだの?)
(あいつは一人で欧州に行ってしまった。俺は置いていかれた気持ちになった)
(おじいさんが、彼の留学を決めたって聞きましたけど)
(そうだな。でもあいつも行きたがっていたし。俺も行きたかった)
(あなたの同行は許されなかったわけだ)
(宗形は、俺たちの間に距離を置きたがっていた)
(当時の阿門様に、あなたのための資金を捻出する力はないでしょう?)
(そう。一人で行くしかなかった。でもあいつはあの時、助かったと思ったはずだ。俺から逃げたんだ)
(そう感じた)
(会わないうちに。あいつが俺を思う気持ちも、俺があいつを思う気持ちも、だんだん信じられなくなってきた。あいつを求める自分の気持ちが、馬鹿げたものに思えてきた。あいつがまだ俺を求めているとも、思えなくなってきた)
(そのへんは、わかる気がするかも)
(そんな時に、宗形が、ご当主様が、あいつの花嫁を探し始めた。俺はその相談を受けた。俺があいつの妻を決めて。あいつがその妻を受け入れたら、あいつはまだ俺のものだと、そう思えるような気がした)
(あなたが冴と彼を結婚させたのは。彼に捨てられた気分になったがゆえの暴走?そんなふうに聞こえますけど)
(俺は腹が立つと、突っ走るところがある)
(そんなふうな人には見えないのに)
(考えなしなことをして。後悔したことは、たびたびあった。俺はそういう人間だ)
(冴を指名したのはどうしてですか?)
(どうしてだろう。子供のころから成長を見守ってきた冴が、俺は愛しかった。俺が愛しく思える女は、死んだ母と冴一人だった。冴ならば、許せる気がしたんだ)
(冴が彼との結婚を承知したのは、あなたの傍にいるため。阿門様とは、白い結婚を望んでいた。あなたはその気持ちを知って驚いていたけれど。実はほっとしていたのかしら?)
(冴が阿門の戸籍上の妻になったときには。冴があいつの妻になって。二人が普通に、良い夫婦になることを。望んでいた。あいつとは一生ともにいられれば。それでよいと。そう思っていた。冴のあの発言には、ほんとに困ったが。そうだな。ほっとしたところもあった)
(あなたって、この世界の蓮様より、何でも率直に語る人みたい)
(嘘もごまかしもうまくない質だが。生前は、話してよいかどうか、いつも迷って。口が重かった。ここにいるあいつもそんな感じだな。まぁ、死んでだいぶ経つからね)
(死ぬと、性格って変わるの?)
(感覚、気質、そんなものは、幾つになっても、死んでも。あまり変わらなかった気がする。しかし迷いは、経験とともにふっきれてくる)
本日はここまでにいたしましょう。




