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薔薇と百合  作者: 黒澤 白
幽霊

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15/18

私のなかの蓮様が語る、私と阿門様と冴

私は私のなかの蓮様に尋ねるの回

(探していたのは二人?阿門様と冴。どちらもですか?)

(どちらもだ)

(二人の幽霊?)

(どうかな。転生した二人かもしれない)

(転生なんて、ほんとにあるんですか?)

(どうだろうね。あると俺は信じたかったが)

(で、私は今、なぜこの世界の冴のなかに?)

(あなたは死んだ。医者がそう診断をくだしたとき)

(ちょっと待って。診断?私、もう死んでいるの?)

(おそらく)

(おそらくって)

(その診断を聞いた時。これからは二人をどうやって探せばよいのかと。俺は深く深く絶望した。そうしたら。どこかに吸い込まれた。気が付いたら、あなたとともに、この冴のなかにいた。診断された後、あなたの体がどうなったのかは、確認できていない)

(どうして私までここに?)

(俺があなたのなかにいるうちに、あなたと私はかなり溶け合ってしまった。そのせいかな)

 云われてみれば、その「蓮様」の声は、私のなかから聞こえるような気がした。

 教えてもらった状況について、私は思わず呟いた。信じられない。


(私が死んでいるとしたら、これからどうなるの?)

(まぁ。そのうち死者の行くべきところに、行くことになるのかな)

(それ、どこにあるの?)

(わからない。俺もまだ行ったことがない)

(あなたはなぜそちらへ行かないの?)

(行きたくないと、こちらにしがみついているからだろう)


 名前も、過去も、親しい人も思い出せないが。「私」として考え、「私」の中の人と語り合う「私」は、そこにいる。

 自分が既に死んでいる。そんな実感は、全くない。


 男の人の声が、自分の中から聞こえる。

 その声の人は、私の世界にいた「蓮様」で、私と溶け合っているという。

 私が知る、優しく涼しい面差しを思いだして、その人と溶け合っていると考えると、なんだか恥ずかしい。

 

 私と溶け合い、私のなかにいたという人は、私の世界で体験したことや見聞きした記憶を、お持ちのようだ。

 私の死因は病気か?事故か?自分がそんな年だとも思えないが、老衰か?

 そこを尋ねたいような気もしたが。

 どうしてだろう。自分の「死」について知ることが、怖かった。

 知れば、ほんとうに終わってしまう。なぜかそんな気がした。

 自分の名前、どんな人生を送ったのか。失われた生の記憶についても尋ねたいが。

 生きていたときの記憶を教えてもらうことは、「死」を知ることの一部に思えた。


「私」については、そのうち考えよう。そう思った。

 今は冴と阿門様と蓮様のことを考えよう。そう思った。

 その人が、私の世界にいた蓮様ならば、私の世界の三人について尋ねたいことが、色々あった。


 この世界の冴は、蓮様のいる御堂を時々見ながら、阿門様と話し続けていた。

 その様子も気になったが、とりあえずは。私の世界の「蓮様」に尋ねたい。

 目が見ている冴と阿門様の姿、その声。そちらの世界より、自分のなかから聞こえてくる声に、私は意識を集中した。


(私は阿門様と冴の孫。じゃあ。私の世界では、阿門様と冴は人並みの夫婦になったわけですね。あなたが望んだ通りに)

(どちらも不屈の精神の持ち主で、世話焼きで、人にすぐ同情する。家の慣習も社会の評判も意に介さない。食べることと動物が好きだ。あなたの祖父母になった二人は、良い夫婦だったよ)

(あなたはほんとうに、そうなってほしかったんですか)

 自分の言葉に少し驚いた。こんなに無遠慮な質問ができたのは、自分自身に声をかけている気分のせいか。

 私の中の蓮様は、深い声で云った。

(息の合う二人を眺めると嬉しくなった。だがそう訊かれると、答えに迷う)


(私たちの世界の阿門様とあなたは、こちらの二人と同じですか)

(同じとは?)

(阿門様はあなたと、恋人同士が一般的にすることを、したがっている。でもあなたが嫌がってる。やっぱりあんな感じですか)

(ああ)

(私の言うこと、わかりますよね?)

(あいつがある線を踏み越えたときは、断固拒んだ)

(ある線?)

(そこを詳しく語る気はない)

(全くその気がなかった。そういうわけじゃないんだ)

(あいつに口説かれると、心が躍った。あいつに抱きしめられると、胸が高鳴った。だが踏ん切りがつかなかった)

(どうして?)

(応じれば、とんでもない扉が開く。そんな気がした。その扉を開ければ、自分が不様で気色悪い生き物に変わってしまう気がした。わかるか)

(あまり)


(使用人が大勢いる家で、ずっと秘密の仲というのは不可能だ。玉依姫と阿門は、形だけの伴侶。実際に結ばれることを、一族の人間は良く思わない。男同士となればなおさらだ。笑いものになるかもしれない。俺は役目を下ろされれ、あいつから引き離されて、追放されるのではないか。そういうことも、考えてしまった)

(恋愛で追放って)

(そういう記録もあった)

(明治って、まだそんなことになる時代ですか)

(周囲の大人が許さないイロコイなど、まともなことではない。明治の頃はまだ、多くの人がそう思っていたものだ。だから若者は、男も女も、小説に描かれる自由意志の「恋愛」に、浪漫を感じて心躍らせた。当時の「理由なき抵抗」だったわけだ)

(冴が勧めるように。家を出て、二人で生きていいきたいとは、考えなかったんですか。誰にも邪魔されなくなるし。あなたもおかしな役割から解放される)

(「玉依姫」という役割は、嫌じゃなかった。この美しい屋敷は好きだった。好きな研究もできる。あいつのことがなければ、家を出ようなんて、考えることはなかったかもしれない)

(美しい家に安定した生活、財産を捨てて、二人で生きていこうとは思わなかった)

(車引きでもすればいい。俺もあいつも無能ではない。どこに行っても、食べていくことくらいはできる。そんなことを、考えたこともある)

(でも云わなかった)

(そんな暮らしのその先は?学校を中退させて。あいつの将来を潰すことにもなる。そんな暮らしを、あいつは俺と、いつまで続けてくれるだろう)

(阿門様も云わなかったんですか。家を出ようとか)

(あいつから手を伸ばしてくれば、その手はとったかもしれないが)

 二人とも、惚れた相手以外、何も見えなくなるタイプじゃない。無鉄砲に駆け落ちできるタイプの人間ではないわけだ。

(あいつが一人前の医者になったら。そんなことを考えていた時期もあったが。冴が嫁いできて二年もしたら。あいつと冴の結びつきが強くなって。ああ、これはもう無理だなと思った)


(そんなことを考えていたのに、あの人の妻に冴を選んだの?)

(あいつは一人で欧州に行ってしまった。俺は置いていかれた気持ちになった)

(おじいさんが、彼の留学を決めたって聞きましたけど)

(そうだな。でもあいつも行きたがっていたし。俺も行きたかった)

(あなたの同行は許されなかったわけだ)

(宗形は、俺たちの間に距離を置きたがっていた)

(当時の阿門様に、あなたのための資金を捻出する力はないでしょう?)

(そう。一人で行くしかなかった。でもあいつはあの時、助かったと思ったはずだ。俺から逃げたんだ)

(そう感じた)

(会わないうちに。あいつが俺を思う気持ちも、俺があいつを思う気持ちも、だんだん信じられなくなってきた。あいつを求める自分の気持ちが、馬鹿げたものに思えてきた。あいつがまだ俺を求めているとも、思えなくなってきた)

(そのへんは、わかる気がするかも)

(そんな時に、宗形が、ご当主様が、あいつの花嫁を探し始めた。俺はその相談を受けた。俺があいつの妻を決めて。あいつがその妻を受け入れたら、あいつはまだ俺のものだと、そう思えるような気がした)

(あなたが冴と彼を結婚させたのは。彼に捨てられた気分になったがゆえの暴走?そんなふうに聞こえますけど)

(俺は腹が立つと、突っ走るところがある)

(そんなふうな人には見えないのに)

(考えなしなことをして。後悔したことは、たびたびあった。俺はそういう人間だ)


(冴を指名したのはどうしてですか?)

(どうしてだろう。子供のころから成長を見守ってきた冴が、俺は愛しかった。俺が愛しく思える女は、死んだ母と冴一人だった。冴ならば、許せる気がしたんだ)

(冴が彼との結婚を承知したのは、あなたの傍にいるため。阿門様とは、白い結婚を望んでいた。あなたはその気持ちを知って驚いていたけれど。実はほっとしていたのかしら?)

(冴が阿門の戸籍上の妻になったときには。冴があいつの妻になって。二人が普通に、良い夫婦になることを。望んでいた。あいつとは一生ともにいられれば。それでよいと。そう思っていた。冴のあの発言には、ほんとに困ったが。そうだな。ほっとしたところもあった)


(あなたって、この世界の蓮様より、何でも率直に語る人みたい)

(嘘もごまかしもうまくない質だが。生前は、話してよいかどうか、いつも迷って。口が重かった。ここにいるあいつもそんな感じだな。まぁ、死んでだいぶ経つからね)

(死ぬと、性格って変わるの?)

(感覚、気質、そんなものは、幾つになっても、死んでも。あまり変わらなかった気がする。しかし迷いは、経験とともにふっきれてくる)

本日はここまでにいたしましょう。

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