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ノウミ短編作品集(全10作品)  作者: ノウミ


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5/11

身近な異世界は儚き

こんにちは、ノウミです。


たくさんの小説や素晴らしい作品がある中で、私の作品を手に取っていただきありがとうございます。

これまでに多くの作品を発表してきましたが、皆様に楽しんでいただけるよう、これからも様々な物語をお届けしていきます。


皆様に「読んでよかった」と感じていただけるよう、

一層精進してまいります。


どうぞ、これからもご期待ください。

〝異世界〟……誰もがその言葉を聞けば、自由万能な夢のある魔法が溢れ、異人達が美しくも気高く過ごしながら共に歩む冒険に心躍らせ、数多の困難がもたらした先に待つハッピーエンディング。そう、浪漫溢れる夢の世界だと。


そう考えるだろうが。


私の現実は違っていた。


魔法は夢ではなくただの殺戮兵器、異人たちは美しいかもしれないがそれは自身に刃を向けない時に限る、共に冒険を歩むなどと以ての外だ。


困難など、誰も求めていない。


なのに…。


エルフ族には木の上から弓矢で狙われ、獣人族がこちらに爪を向けて舐めるような仕草を見せながら鋭く睨みつけてきた。


「やいやいやい、格好の獲物見つけたぜ!」

「これは誰の獲物になるにゃ?」


その奥のドワーフ族が大槌で軽快な音を奏でていると、身の丈ほどの槍を肩に構えた人族がこちらに向かって叫ぶ。


「貴方方が下がれば問題ないのでは?」

「やかましいぞ引きこもり種族が!」


その瞬間、突如として赤い円のようなものが大きく広がりこの場所を中心として囲い始めた。


「はぁっ!?レイドかよ」

「足引っ張るにゃよ」

「私が一手、放ちましょう」

「雑魚の筈だろう、こいつは」


四人の視線は私に注ぎ込まれ、戦闘態勢を取る。


これがこの世界の日常、三十を過ぎても引きこもっていたニートの私にとっては非日常。神とやらに喚ばれて身体と魂を犠牲にして送り込まれ、新しく得たこの身体は…。


「くそっ、何でだ。弾かれる」

「黒くて煙みたいなのににゃ」

「矢が通らないなら、魔法で」

「素早くて鎚が当たらんわい」


幾度となく繰り返された戦闘により最弱の存在から成長をし続けて、今では対複数人であっても引けはとからない存在として成り得ていた。


「〝シャドー〟風情が!!」


何を焦ったのか、一人飛び出した人族の槍を大きく弾き飛ばしその身体に私の腕ごと貫かせる。


「なっ、これは…俺の槍…」


私の腕は、身体は。今では変幻自在に移り変わる事が出来るので槍の形を模させてもらった。お陰で一点の火力は格段に上がり、身につけていた上等そうな防具ごと紙のように貫けていた。


「私は影、自在成りて」


「喋ったにゃ!?」

「特異エネミーといった所ですが」

「やばいの、アイテムも尽きそうじゃて」


貫いた人族をその場に放り込み、残りの三人を見据える。


お互いに見合った瞬間から敵同士、この世界では各種族が戦争を繰り広げる平和とは程遠く神はこの世界を〝ベータ〟と、そう呼んでいた。


その中で私は転生を果たしたものの、得た生は魔族として。各種族が戦争を繰り広げながらも、共通の敵として認識される種族、経験値や武器防具の素材になり得ると狩られる側の存在ではある。


何故、そんな種族にいちニートを送り込んだのか。あの日の神を恨まなかった事は無い。


だが逃げ回るのはもうやめにした、どの道逃げることなど叶わなく戦うしか選択肢をもたらされなかったのだから。


何故か逃げる選択肢は取ることが出来ずに、背を向けようとすると身体が勝手にそれを遮ってくる。そうなればもう、戦うしかない。


気が付けば残りの三人も屠り、戦闘は終了していた。


「私は、生き残る」


四人の死体は露となって空に消えていき、青く揺らめく炎のようなものが身体の中へと吸い込まれていく。前世で言う所の経験値のようなもので、奥底から力が湧き上がるのを実感できる。


また更に強くなれた。逃げれないのであれば生き残り続け、そうしていつの日かあの神を見つけ出しこの身体を与えた理由を問いただしたい。


あわよくば、この手で…。


この大陸は海に囲まれ、中心に位置し天高くそびえる山、〝王魔山(おうまざん)〟に魔族の拠点があった。魔族と一重にくくったとしても、その姿形は様々で大きく分けて人のような姿をした者が〝魔人〟、それ以外が〝魔獣〟と分けられる。


聞いた話では、魔獣が存在そのものの進化を成せば魔人になると。


その山の周りを各種族の国家が存在し、互いの領土を侵略し合いながらこの山に攻め込んでくる。


「おや、魔人化有望株のシャドーやん」

「これはスライム先輩、久しぶりです」


声をかけてきたのはこの山に住み始めてすぐ、命の危機に瀕した所を救ってくれたスライムだった。その名の通り、薄灰色のスライム状で身体から触手のようなものを伸ばし鞭のようにして戦ってくれていた。


「また、一段と強くなったでやんすね」

「ええ、あの日救って頂いたおかげです」

「レイド陣も組み始めたとか、流石でやんす」

「スライム先輩の、おかげですよ」


先ほど展開していたレイド陣もこのスライム先輩から教授頂いていたが、扱えるようになったのはここ最近。おかげで複数人を一人で相手出来るようになったので、効率も良くなってきた。


「よすでやんすよ、お互い様です」

「そういえば、何か新しい情報は?」


スライム先輩はその身体の特徴を使い、各地に赴いて諜報活動を行い、魔族の為になる情報を持ち帰ってくれていた。


曰く、世界は変わらず種族間の勢力図は塗り替えられることなく均衡を保っていると。


魔法の得意なエルフ族、身体能力の高い獣人族、力が強く武具の作成に長けたドワーフ族。そして、これといった特徴はないが全てをそれとなくこなせる人族。


それらの国家が互いに、牽制している。


この話を聞いた時には、何処かゲームのようだと感じていた。よくあるゲーム世界に転生して、その知識で無双でも出来るかと思ったがそう簡単にはいかず、この世界に類する知識など持ち合わせていなかった。


「代わり映えは、無さそうですね」

「そうでもないでやんすがね」

「と、いいますと」

「そろそろ魔族暴侵(スタンピード)を起こすでやんすよ」


この山の奥深くには魔獣を生み出す泉があり、魔族が殺される度に私たちの魂はその泉に還されていく。その数が一定数を上回る事になれば、溢れ出た泉は山の頂上を突き上げて大量の魔獣をこの地へと一気に解き放つ。


解き放たれた後、一定時間は休む事なく溢れるためその周辺諸国へと理性を失った本能のままに襲い掛かっていく。


かくゆう私も、その中の一人だった。


目覚めると直ぐに、山の頂上から打ち上げられ山の斜面を流れ落ちるように駆け抜け各種族へと襲いかかっていた。始めは靄がかかった様に意識がはっきりとしなかったが、時間が経てば靄も晴れ理性を取り戻した所でスライム先輩に助けられた。


「懐かしい、ですね」

「そうでやんすそうでやんすね」


また私のように新しく生み出された魔獣がこの地を埋め尽くしていくのだろう、次は私が彼らを救えるように気合を入れて挑まねば。


弱い魔獣のうちは複数で一人の種族を相手する事が多くそこに割り込むことは出来ないが、危機に瀕した瞬間ならこちらのレイド陣に取り込んで救うことが出来るようになる。


だが、疑問に残ることがある。


この仕組みは全て、前世のVRMMORPG。ヴァーチャルオンライン空間を、大規模のユーザーで遊ぶロールプレイングゲームに非常に酷似していた。


一人で遊んだりレベル上げをするなら、弱い敵を一対一、若しくは一対複数と戦っていた。


イベントや更に強い素材を求める時には、複数人が集まって一体の敵に挑むレイド戦など。馴染みのある世界観だからこそ自然と馴染めはしたが、果たして現実に置き換えた時に違和感として何処か心に残り続ける。


別に背後から急襲する事もあれば、複数人で徒党を組んで一人を倒すほうが効率がいい。それなのに急襲は出来ず、レイド陣を組める強者同士では共に手を組んで戦闘をする事は出来ない。


スライム先輩はそんなもんだと、疑問にも感じていないようだったが果たしてそれは正解なのか。


この世界、ベータとは一体何なんだ。


全ては、神のみぞ知る。と言うことだろうか。


たが転生されて以降、神の存在はおろか聞いたこともない魔族が殆どだった。口に出した私の方が、少し距離を開けられるほどに。


「拙者はもう行くでやんすよ、達者で」

「ええ、スライム先輩も」


疑問は疑問のままに、今は神の手掛かりを。


この世界の何処かに必ずあるはずだ、ここ王魔山は殆ど調べ尽くしていた。あとは各種族の住む国々、若しくは大陸の外か。


それとも…あの泉?


〝全ての魔族の生命宿りし泉、王魔山の奥深くへと滾らせながら留まり続け、噴き出すその瞬間を待ちわび命の奔流をもたらす〟


そんな言葉を聞いた事があり、その噴き出す瞬間が訪れようとしている。そうでなくてはあの泉までの入り口は開けず、この山の内部へと至る道はおろか崩すことすら叶わない。


噴き出すその瞬間であれば、頂上付近に泉までの道筋が出来ているはず。


それまではこの山々を囲む森の中で狩りを続け、向かってくる敵には容赦はしない。この世界は弱肉強食こそが摂理、それに習ってやる。


そうして魔獣シャドーとして、今までと変わらない戦闘の日々が続いていた。簡単に終える戦闘も有れば、苦戦を強いられる事もあった。


それでも続く戦闘に、自身が強化されていくのを確かに感じていた。魔族とやらに成れるのは一体いつになるのだろうか、ほんの少しの期待を抱きながら他に条件がないか考えてみる。


ゲームでもよくあった〝進化の条件〟を。


それならば、このシャドーの行き着く先は?

それらしい存在を目にした記憶はないが。


そんな時、激しく地面が揺さぶられて立っているのもやっとになる。近ごろは小さな地震が断続的に続くと思っていたが、ここまでの衝撃は訪れたことが無かった。


「シャドー、もうすぐでやんすよ。あと二回揺れたならば」

「スライム先輩、あと二回の揺れがあれば」

「そうでやんす。魔族暴侵(スタンピード)」


僕は残り一回のタイミングで山頂を目指すことにし、それまでの間は自身の強化に努める。生半可な状態では泉の噴き出す勢いに負け、吹き飛ばされる可能性がある。最悪は、それに耐えきれずに命を落とすことさえある。


それに、辿り着けたとしても何があるか念には念を入れた準備を怠りたくない。


「頑張るでやんすね」

「やりたいこと、ありますから」

「何でやんすか?」

「生まれた、意味を」

「難しでやんすね」

「はい、本当に」


気が付けばスライム先輩はまた姿を消して何処かへ旅立ち、いつも急に現れては急に消えていく。この世界に来て唯一まともに話せる存在で、安心できる友のようにも感じていた。


次に会うことがあれば、また話せるだろうか。


変わらないこの関係性のままで。


そうして鳴り響く二回目の大きな地鳴り。

地面には大きな亀裂が入り、全ては山に向かって伸びているようだった。魔族以外にしてみれば恐怖の予兆でしかないだろう、その証拠にここ数日は誰も見かけれずにいた。


私は急ぎ足で森の中から山頂を目指して進み始め、目指すはあの天にも伸びる一点のみ。


駆け出した瞬間、何かが顔を目掛ける気配を感じ咄嗟に腕を持ち上げてそれを防ごうと剣のような形状で構える。


「シャドーめっけ!」


創り出した剣で遮ったのは何処か見覚えのある槍と、その持ち主。記憶が間違いでなければここまでの鋭さは持ち合わせていなかったはず、それどころかこの手で確実に。


「あの日の雪辱晴らしたらん!」

「何故、生きている」


感じた疑問を考える暇もなくこちらのいのちを刈り取らんとする閃鋭の一突きが放たれ、剣と化した腕でそれを防ぐが続く連撃に実力の差が縮まっていた事を感じる。


「はっは!レイド戦を単独攻略…唆るぜ」


確実に仕留めた筈だが、生きていた事は疎かこの異常なまでの成長は何なんだ。私もそれなりに成長していたはずで先日は複数相手にした所で引けを取ることは無かった。


それどころか一人なら圧勝してもおかしくない。


「デスペナ挽回してここまで来たんだ、潔くやられてろや!」


その時、木陰に人の気配を感じる。


腕の一部をクナイへと形状変化させ、気配の感じた方向に向かって勢いよく投げ放つ。


「きゃっ」

「な、大丈夫か!」


そこに姿を現したのは杖を構えた人族の女性で、微かに感じる魔力の波長が槍を持った人族へと繋がっている事が分かった。


「付与、か」

「ちっ、ネタバレが早いな」

「す、すみません」

「良いってことよ、バレた所で変わんねえよ」


「お待たせしました!」


その声と共に背後から身の丈ほどの大盾を刀で斬るように横に振りながら襲いかかってくる人族の男。その盾を剣で滑らすようにいなし、逆手を鎚のように変え腹部に向けて叩き込む。


その衝撃で後方へと飛ばしたが、後ろに迫っていた槍に再び追撃を許すこととなり挟み撃ちされる形で戦況は動かされていた。


「このまま挟み撃ちだ!」

「おっす!」

「し、支援続けますぅ」

『白虎の剣(びゃっこのつるぎ)』『玄武の盾(げんぶのたて)』『朱雀の舞(すざくのまい

)』


続けざまに唱えられる呪文に、彼らの身体が強化されていくのを感じる。あれらは攻撃力と防御力の強化に加えて、身体速度の上昇だった筈。


こうなってしまった以上、私に逃げる選択肢は残されていない。あと一回大きな揺れを感じる前にあの頂上へと向かわないといけない時間の中、やるべき事を的確かつ、端的に。


頭の中のスイッチを切り替え全身の力を緩め、構えていた剣を解くと、形にならない影が地面に向かって垂れていく。


「パターン来るぞ、警戒!」

「僕が後ろに下がって防御に入ります」

「た、盾の後ろに隠れますぅ」


挟み撃ちを止めた人族の連中は一塊になり、前衛と後衛に分けたフォーメーションに切り替えていた。だが、私にとっては好都合ではある。


スライム先輩、お借りします。


深く息を吸い込み垂らした腕を鞭のように細く硬く整えていき、仕上がったそれを人族に向けて空を裂きながら振り回す。


先端は凝縮させ可能な限り硬めてあるので、一点の破壊力も槍を凌駕する程で周囲の木々を簡単に砕き、薙ぎ倒す事が出来ている。


鞭のしなる破裂と木々の砕ける音の破壊的な音が三人を追い詰め、逃げ場を削ぎながら攻め込む。


「くそっ、捌ききれねぇ」

「ここまで届くなんて、こんなのバグっすよ」

「ひぃぃっ、終わりですぅ」


槍を振り回しながら鞭に応戦しているが手数が足りず鎧の損傷が激化し、盾に限っては耐久性も限界を迎えそうなのか亀裂が入り始めていた。


「今度こそ、終わりだ」


次は柔らかさの残していた部分を固めていき、螺旋状にして手前に引ききる。金属を無理矢理に圧縮しているような軋み音を鳴らし、先端を尖らせていく。


「やばっ、逃げ……」

「遅い、です」


バネのように溜め込んだ力を一気に解き放ち、槍と盾に向かって轟音を響かせながら撃ち込む。


両の腕から放たれた一筋の影は、槍の体はおろか盾とその後ろの付与術師を目掛けて貫かせる。


「今度こそ確実に、仕留めました」


三人はその場に倒れ込み、静寂な森の静けさだけがその場に残されていた。落ちる木の葉がその体に触れながらも、また露となって葉を押し出すように消えていく。


私は、急ぎ山頂へと向かうために身を翻す。


後から追いかけてくる青い炎の揺らめきが、いつものように身体の中へと入ってくる。その力はいつも以上に満ち溢れるように感じ、急ぎ向かう背中を力強く押してくれていた。


木々の隙間を颯爽と駆け抜け、流れていく。



やっとの思いで山頂に到着した頃には、地響きが細かいながらも間隔を狭めその予兆を感じさせてくる。


今来るかと、期待に胸を躍らせながら足元に目を向けてその時を待ち続けていた。


今まで以上の突きき上げるような衝撃が足元から伝わり、全身を奥底から轟かせる。激しく揺さぶられながらもその場に根を張るようにして体を固定させる。


止むことのない地響きは地の奥底から唸るようなうめき声を発しながら激しさが増し、気づけば空は暗雲が立ち込め、この山を中心に渦を巻き始めているようにも見え、荒々しくも重苦しい空気を残して全てを呑み込んだ海中のような静寂さが訪れた。


(来、る)


音のなくなったこの場所に、突如として激流の如く濁った黒色が噴き出し、天高く突き昇る。身を抉るような奔流が襲いかかりながらも固定していた根をさらに奥深くへと広げていき堪えながら、収まるのを待ち続ける。


少しでも自身の強化を怠っていたのであれば、既にこの身は打ち上げられ原型を留めずに空へと散っていた事だろう。


気の遠くなるような意識の中、緩み始めた激流を感じ張っていた根を全て身体の中へと引き戻す。


初めの噴火でできた大穴よりも勢いの弱まったそれは狭まり、何とか入れそうな隙間を作り出していた。


噴火を終えればまた、その時を待つかのように埋まり始めるので急いで隙間に向かって飛び込む。


微かな明かりがスポットライトのように照らしているが、底が見えない。未だに狭まる泉の噴出へと向けて体を落とし込んでいくが、終わりの見えない先は次第に恐怖心を思い出させてくる。


(臆するな、着地の衝撃を備えろ)


そう言い聞かせながら次第に明かりは消え、落下し続けている事実だけが突きつけられながら視界は完全に闇へと消えていく。


何も見えないが、体を球体のように形状を変え落下の衝撃に備えた。すると、壁のようなものに衝突し落ち続けていた噴火道は終わりを告げる。


ゆっくりと球体を解き、元の姿へと戻していく。


すると何故か、先程までは真っ暗闇の中にいたはずなのに眼前には明かりが灯され視界は開けていた。ここが、魔族の生まれし泉の最下層。


泉の場所は既に勢いを失い落ち着いて、美しく蒼明な光を自身で放ちながらこの空間を照らしていた。先程見た黒とは正反対で、この景色に固唾をのみ目が離せないでいた。


その奥には一際目立つ文字が刻まれ、それは決してこの世界で目にする事の無かった四文字。


「〝立入禁止〟、だと」


泉に進もうとした空中に浮かぶ日本語。


確かに魔族側でしか生活していなかったので、他の種族が使用している文字については知り得ないが、少なくとも日本語での会話にはなっている気がしていた。


それでも、異質と思えるこの文字。


誰が何のために、立ち入り禁止としたのか。魔族の領土なのでここに刻むとすればこちらサイドの誰かとは考えられるが。果たして、その理由は。


その文字に触れようと近づいた瞬間、激しい雷撃が全身を駆け巡り思わず後に下がる。よく見ると腕の一部が焼き消失しているようにも見えたが、直ぐに修復させていく。


『何故お前がそこにいる』

「誰、だ」

『バグか?』

「バグとは、何だ」

『おかしい。ここには来れない筈』

「おい聞いて、いるのか」


何処か聞き覚えのありそうな声との会話が成り立たない、何処から話しかけられているのかも分からず辺りを見渡してみるがそれらしい人物はおろか、生物の姿すら見えない。


『ふむ、折角のテストに不安は残すわけには』

「先ほどから、何を言っている」


泉から白銀の何かが姿を現し始め、水面から這い上がるようにして腕や足など。それは人族のようにも見えるが、顔はのっぺりとして全身は一色のみで統一されるそれは異形そのもの。


泉を出て地面に足をつけ、こちらに顔を向ける。


「何者、だ」


返答はなく、不気味な雰囲気だけを漂わせてこちらに顔らしきものを向けている。姿形からは人のようだと認識できるが、それ以外に人であることを証明するものが全て抜け落ちている。


その姿に意識を取られていると、突然その存在は眼前へと近づき腕を大きく後ろに振りかぶった。


私は両腕を体の前に出し、大きな盾を形作る。


音もなく放たれる拳は容易くも盾を貫き、私の腹部目掛けて爆発的な衝撃を残す。


「な、に」


続く回し蹴りに両腕の盾は削がれ、状況を理解するよりも先に掴まれた頭ごと地面に叩きつけられ、成す術なく圧倒的な格の違いを知らしめてくる。


「ま、って」

『さて、今日も残業か』


頭上から聞こえたその一言がこの時に聞こえた最後の声、私は白銀の存在に追撃を撃ち込まれてシャドーとしての生を終える事となった。


あの声の主が話していた言葉の数々は前世でよく聞く内容ではあったが、この世界では違和感でしかない。それどころか、あの空間にいた白銀の存在が呟いていた言葉で間違いはないだろうが。


謎は謎として深まるばかり。


ただ、大きな手掛かりである事は間違いない。


と、何故こうして意識が保たれているのか。まさかと周囲を見渡してみるが何も無い真っ白な空間に意識だけが浮かされているような感覚。


体はなく、移動することも出来ない。


あの瞬間に途切れた意識は再び呼び戻され、謎の空間で漂い続けている。


(ここは、どこだ)


すると、何かに引っ張られるようにして再び意識は途切れた。


次に目覚めたのは馴染みのある森、草の確かな感触に木々の匂い、明るく差し込む陽光に目をしぼめながら葉の擦れる音に耳を澄ませる。


よく見ると、再びシャドーの身体を動かしていた。


体の奥底に意識を向けると、全く同じ状態へと戻されているように感じた。動きに違和感はなく、剣や盾への変化は問題なく出来ており、傍にあった大木を簡単に斬り伏せる事も出来ている。


暫く考え込んでいると、大木の倒れる音に引き寄せられたのか三人組のエルフがこちらに向かって弓を構えていた。


「誰が獲物にする?」

「シャドーなんか経験値も少ないですよ」

「いやいや、随分前に特異シャドーが出現したって聞いてたでござるよ」

「そんなのデマだよ、デマ」


確認するには丁度いい。


私は赤い円陣を組み、目の前の三人を引き込む。


「な、レイド戦!?」

「まさか本当に」

「ほら、言ったでござるよ!」


地面を激しく蹴り土煙を上げる。一気に距離を詰め寄りその内の一人に向かって、限界まで硬度を圧縮させた拳を振り上げ黒鈍く光らせながら、大砲のように放つ。


「「兄貴っ!」」


爆発的な衝撃は後方の大木にその体を叩きつけ、身動き一つ取れないほど。続く二人の行動を遮るように、両の腕を鋭利な刃物へと化し空間ごと裂くような精鋭な一閃にてたたっ斬る。


瞬く間にその三人は露と帰り、いつもの成長と何故か全ての身体が強化されてた事を実感できた。


再びやり直す機会を与えられたのであれば、あの白銀の存在に勝てるぐらいになれなければあの泉に行くだけ無駄死になる。あの場所に何かが隠されていることは間違いない、もしかすると神へと至る道があの泉に。


唯一手に入れた手掛かりに、頭の中が侵食されていくようで他に考える暇など与えなかった。


そこからの私は目に付く全ての種族を根絶やしにする勢いで森の中を駆け巡り、自身の糧としていった。その度に新しい戦闘方法や、武器などが目につくこともあり、それらも昇華させる。


次第に狩るべき種族は見当たらなくなり、森中を走り回っても遭遇する間隔は拡がるばかり。それでも、自身の能力についてはあの日の白銀の存在に追いついたとは感じなかった。


(魔人化、進化をすれば)


だが、どれだけ成長を重ねようともそれらしき兆候は訪れることなく積み重ねられた力だけが、無駄に蓄えられていくだけのようで。


当てもなく森を進んでいると、一匹の魔獣が視界に入ってきた。狼のような姿をしているが、産まれたばかりなのかこちらを見るや、話しかけられる事なく周囲を警戒するように歩いていく。


魔獣とはいえ、会話が出来るようになるにはしばらくの時間がかかる。あの頃は本当の意味で、獣のように本能だけで生き続けるしか無かった。


私はその魔獣に静かに近づき、振り下ろされた刃の腕は音を立てることなくその胴体を二つに分かち、考える暇もなく思いもよらない行動を起こした。


(私は、なにを)


手にかけたのは同族、それも今の行動には自然の摂理から外れているよう。生きるために殺すのではなく、力を求めるが故の快楽的な行動。


横たわる二つの体に、自我を失いそうになる。


たがその瞬間、露と消えた場所から黒く揺らめく炎のようなものが出現して体の中へと吸い込まれていく。


それは、今までに蓄えた力とはまるで違う。馴染むと言うよりかは、衝撃にも似た感覚。


身体の奥底に閉じ込められた何か、それを封じる幾重にも重ねられた扉の一つにヒビを入れたような感覚。


これが進化条件、魔人化への道と成り得るのか。


確かめるためには狩らねばならない。


同族を、この手で。


そこからは一心不乱に同族をこの森の中で探し、見つけた端からこの手にかけていった。山に向かえば見つける事は容易いが、複数に囲まれて返り討ちに遭う可能性が高い。


確実に安全に、この場所で続けるしかない。


三日三晩、休むことなく狩り続けて幾重にも重ねられた扉はその殆どを砕き壊したような感覚はあるが、その最奥にある堅固な扉だけは未だに何も出来ずにいる。


途中から何匹狩ろうが、何も感じなくなっていた。また別の何かがあるのだろうか、私の知らない条件が。


「お久しぶりでやんす〜」

「スライム先輩、お久しぶりです」

「なんか困った事ですかい?」


森の中にあった切株に腰掛け、考え事をしていた時、木々の間から顔をのぞかせたスライム先輩が声をかけてきた。近づくや否、私の心情を察したのか心配そうな声で尋ねる。


「成長に、限界を感じまして」

「限界?進化の前兆とかでやんすかね」

「どうなんで、しょうか」


周辺には大木が軒を連ね、たまたま座っていた切株の真上には無くなった木の名残か、綺麗な青空が覗かしていた。

 

見上げる私を横目に、スライム先輩も何かを思い出そうと頭を悩ましてくれていた。もしかしたら魔人に成れていない彼も、同族狩りについては知らないかもしれない。


ここは何も言わない方が良いだろう。


「進化できるといいでやんすね、魔人の仲間入りを果たしたならおいらも鼻が高いでやんす」

「ありがとう、ございます」


新しい情報を仕入れたのかと聞いてみるが、これといって話せるような情報は無いと。息抜きも兼ねて私を探しに、この森に戻ってきてくれていたそうだ。


「そう、ですか」

「元気そうで安心したでやんすよ」

「私も、です」


そう言いながら、スライム先輩の方へと顔を向ける。突如、視界の半分が何かで覆われそれを認識するよりも先に鈍く響くような衝撃が襲い、体ごと吹き飛ばされた。


「なに、が」


他種族が襲いかかってきたと感じ、立ち上がりながらスライム先輩の方へと目を向けるが、それらしき存在は見当たらなかった。


それどころか、スライム先輩はどこかへ消えた。


まさかあの一瞬で露と消えたのか。


「ありがとうでやんすよ」


背後から声が聞こえ、振り返ると同時に無数の触手が鞭のように空を切りながら嵐の如く襲いかかってくる。


視界を覆う猛攻に成す術なく、体の端々が抉り削られていく。


このままでは殺される。


瞬間的に両腕で大盾を創りそれを前へと突き出し、その場に置き去るようにして腕ごと千切りながら地面を蹴り上げ後方へと逃げる。 


距離を開けた瞬間、盾は塵となって消えていく。


「スライム先輩、何故」

「面倒くさいでやんすよ、静かにおいらの糧となって欲しいでやんす」


そう言いながら触手を収めていき、いつも普通に話している時の姿に戻した。


「わかってるっすよね?魔人化でやんすよ」


考えたくはなかったが知っていたらしい、魔人化のその条件を。それならば何故最初に教えてくれなかったのか、今になって何故私を襲う。


同族を狩るだけなのであれば、いや。その他に私が知らない条件があったのだろうか。でも今は、そんな事より生き延びることだけを考えなければ。


「やれやれでやんす。ほいっと」


そうしてスライム先輩を中心に赤い円陣が広がり始め、私がこの場から逃げられないことを意味していた。冷たく暗い目を宿しこちらを見つめながら淡々と、そこに感情は無いかのように。


向こうは本気で、私を。


そうしてる内に腕を修復、刃へと創り変える。先程の鞭が来るのであれば全てを切り落としていく、そうして構えながら奥を見据える。


切り株を挟んで互いに動けず睨み合いが続き、張り詰めた息苦しい雰囲気が場を支配していく。


先に仕掛けたのはあの触手、完全に油断していた足元から地面を裂くように何本も襲いかかる。体を削られながらも、全てをたたっ斬りその場から離れるようにしてまた距離を開ける。


「逃げるばかりなら抵抗するなでやんす」


跳ねるようにしてこちらに向かって飛び出し、伸びる触手が身体の傍を切り裂いていく。なんとか躱しながらも数本を切り落とし、構えながら接近戦に備える。


懐に飛び込めば、こちらに分があるはず。

だが、決め込むなら一瞬一撃。

長引かせればこちらの体が先に限界を迎える。


私は腕の全体を針のようなものを生やしていき、それらを先鋭に仕上げ叩きつけるように振り切る。あえて近づかれないようにと、無数の針を飛ばし牽制していく。


網目状に広がった触手に全てを阻まれるが、続けて両腕を振り続けながら手数を増やし距離を詰められないようにとその場に留めさせていた。


「ちょこざいでやんすよ」

「簡単には、やられない」

「大人しくしやがるでやんすよ!」


その言葉と同時に複数の触手を一本にまとめ上げ、空高く振り上げ始める。私も両腕を繋ぎ合わせて一枚の大きな大剣を形成し、刃を薄く薄く研ぎ合わせ体を捻りながら構え、上を見上げる。


「押しつぶされるでやんすよ!!」


地面へと押し付けられるような威圧感で堪えるだけで脚の力が抜け落ちそうになるが、腕を何とか空に向かって振り切り強大な触手に向ける。


分断するつもりで振り切った腕は、触手の柔軟さに阻まれ押し返される。なんとかその勢いを弱めるが、ただ持ち上げるだけでその力に押し負けそうになる。


「さらば、シャドーやん!!」

「く、そ」


「触王手根(キンタクル・ザ・ワン)」


激しく鳴り響く地響きに、視界は全て奪われた。


が、次に見開いた時には眼前に姿を捉える。


残された体を全てかき集めて、腕の一本を保ち全てを込めた刃を研ぎ上げ、至近距離から体を低く下げバネのように力を溜めていく。


「な、何してるでやんすか」

「終わ、りだ」


放たれる音のない一閃。


その体を縦に断ち斬る。


「や、め…」


まだ止まらない。


たち続けに放たれる連閃は黒い剣筋を残す。


再生される可能性を全て絶つ為に。


力の続く限り。


辺りには体の破片が飛び散り、それらは集まることも動くこともなく戦いの終焉を物語る。掠れるような声だけが地面から聞こえ、最期の言葉が。


「なぜ生きてる」

「私の身体、よく見て」

「何を……そう、そういう事でやんすか」


私はあの攻撃の瞬間に、最後の攻撃を仕掛けられる最低限の身体を切り離し後方にもう一つの姿を生み出していた。


残した強大な刃はてこのように支えを作り、あの触手に耐える時間を作り出すことによって気づかれる隙を隠していた。


「私は影、影に形はない」

「ははっ、拙者が教えたでやんすね」

「スライムも、自由であるべき」

「そうでやんすね……」


影もスライムも形があって無いようなものだと、初めて出会った時にそう教えられていた。だからこそ自由な戦術を持って、この世界を生き抜くようにと。


「ありがとう、ございました」

「いいでやんすよ…魔人化おめで……」


そう言いながら微かな声は空に消えていき、何も聞こえなくなった。その場には一際大きな黒い揺らめきが残り、静かに体の中へと吸い込まれる。


その時、記憶の断片が流れすべてを知る。


魔人化の条件は同族を一定数狩り糧とし、強者の魔獣をその手にかけること。そうして、強者の条件とは〝力ヲ渇望スル者〟。


条件を教えられただけでは意味が無く、自身で考え抜きここまでの答えを得なければならないと。どこで知り得た情報なのかは不明だったが、これで私は魔人化の条件を果たした。


言い難い犠牲をもってして。


『シンカヲハジメマス』


「誰、だ」


機械的な声と共に、身体が大きく創り変わっていくのを感じる。損傷していた身体が全て元に戻り、修復の勢いを強めたまま黒い何かが周囲を駆け巡り蠢く。


落ち着きを取り戻した頃、布のようなものが視界をちらついていたがこの場所に鏡はなく確認する事も出来ないでいた。


近くに湖があった事を思い出し、そちらに向かって歩いていくが足がないことに違和感を感じるも、浮遊感を覚えたまま進むことは出来る。


そうして明るく光の反射する水面へと近づき、今の姿を確認する。そこに映されていたのは、黒く禍々しい布を纏い顔はおろか腕や足もなくローブのようなものが浮遊しているだけだった。


顔は無くとも視界は良好、木々の匂いも感じる事ができ今までと大きな変化は無いように見られる。腕と思われる場所には黒い靄が伸びており、意識すると形を作って纏める事が出来た。


今までの戦い方は問題なさそうだ。


「おい!魔じゅ……魔族がいたぞ!」

「本当じゃな、〝ノワール〟じゃないか」

「こんなとこでいるわけ無いだろう!」

「くそっ、逃げようぜ!」

「いやいや、こんだけいたら大丈夫だろ。報酬は凄いって聞くぜ」


ノワール…それがこの姿の名前なのだろうか。囲まれた人数は五人、全員ドワーフ族のように見受けられる。


丁度いい、肩慣らしになるだろうか。


それぞれの姿へと目をやると、それなりに上等な装備を身にまとい一目でベテランだと感じる。中には輝く大槌を持つものもおり、話に聞く何かしらの能力を備えた特殊武器。


申し分ない。


私は手のない腕を目の前にかざし、敵を視界に入れる。


「雷神の鉄槌(トールハンマー)!!」


そのうちの一人が、雷鳴轟かせる大槌をその場で振り下ろすと頭上から特大の雷鎚がこの身へと降り注がれ土煙が辺りに立ち込める。


「炎神の爆撃(イフリートボム)!!」


続くように炎を纏った大槌を振り回しながら、巻き上がった土煙と周囲の木々ごと薙ぎ倒す爆撃が襲いかかる。


「大地神の地喰い(タイラントイーター)!!」


視界は爆煙と倒れ込む木々によって失われ何も見えなくなっていた瞬間、地割れとともに地面が私を喰らい込むようにして浮き上がり、そのまま閉じ込められてしまった。


身動き一つ取れずに、五感は全て奪われる。


たが痛みは何一つとしてない。


体の欠損も、損傷すらも。


暫くして崩れ行く土塊に光が差し込む。


目に飛び込んできたのは、唖然とした五人組。


「私は影、影は私」


両の腕を突き上げ、空の袖を指し示す。


湧き上がる力の使い方は何故か頭の中へと入っていた、息をするように使いこなせる。これから何が起き、どうすればいいのか。


相手の足元の影を媒体に黒い紐状のものが飛び出し、纏わりつくようにして全員を一気に縛り拘束していく。


「なんだこれは!」

「こんなのチートじゃねぇか!」

「敵のくせになんだよ!」


チート…それほどまでに強いと思ってくれているのだろうが。そんな言葉をなぜ、この世界の住人が口にできているのか。前からそれらしき言葉を口にする者はいたが、もしかすると私と同じ。


いや、そのようなことを気にしても無駄でだからなんだと言い聞かせる、殺らなければ殺られる。この世界は弱肉強食なのだから。


「刃影無斬(ブレードウ・エンド)」


初めてつけた技名。

これもスライム先輩の記憶にあった、技名をつけることでその力を明確なものとして形作り、威力の底上げが行われると。


イメージと技名が一致しない場合は、発動せずに何も起きないと。


ぶつけ本番、その名の通り影の刃をもってして目の間の全てを断ち斬り無に還す。音もなく放たれた目に残さぬ影の一閃は、五人組のドワーフを全て露とし、自身の力について確認はできた。


まだまだ余力はありそうな気も抱くが、そんな事を考えさせる時間をこの世界は与えてくれない。


『イジョウハッセイ イジョウハッセイ』


辺りを包む機械的な声と共に、空間が裂ける。


そこから現れたのは真っ白な球体。たったの一体ながらも、宙に浮きながらゆっくりとこちらに向かって近づいてくる。


『カクニンチュウ』


私の周囲を旋回するように飛び回るが、この存在から発せられる機械的な声が私の出来であることを決定付けていた。


先に手を出す事も出来るが、今は何も起こらないのであれば静観するに越したことはない。


『デリートアンケン ジッコウカイシ』


白い球体から飛び出した腕のようなものが、私に突き刺さる。何も分からずに抵抗をしようとしたが体は動かせない、それどころか次第に体が薄れていく気がする。


これならば先に攻撃しておくべきだった。


弱気になった故の後悔、先には立たず。貫く腕のようなものは動くことなく刺さり続け、景色が透けるほどに体は消滅しかかっていく。


(このまま、では)


何もできず諦めかけた瞬間、目の前に無数の文字が浮かび始める。何を意味するのかは理解できないが、よく見るとアルファベットと数字の羅列が表示されているように感じる。


その文字は端から消えていくが、そこに意識を向けることで抵抗でき文字の消失を止めると、少しずつ体も動かせるようになってきた。


腕一本、なんとか動かし白い腕を掴む。


そこから意識を流し込むようにして白い球体の内部へと潜り込み、そこで同じような文字の羅列を認識する事ができた。それらを侵食していくように喰らい、消し去っていく。


『キンキュウジタイ キンキュウジタイ』


白い球体は徐々に黒く染め上げられ、全てを塗り潰すと崩れ落ち消えていき、意識の中にあった文字を全て消し去った直後の事だった。


『キン……キュウ…』


消え去った白い球体に、空間の亀裂のみが残されていた。あの文字の意味と、今のやりとりについて思い当たる節はあるが、確証が持てない。


まだ私の知らないこの世界の秘密、その力の一端を垣間見えたようで。


空間の亀裂だけは取り残され奥を覗こうと近づいていくと、見覚えのある腕が伸びその体をこちらに覗かせてきた。


白銀の、その体を。


『またお前か』

「また、会いましたね」


空間から出てきた白銀の存在は、以前に山の泉で私を殺した者で間違いはないらしい。この世界について知り、恐らく神へと至る道…若しくは神そのものを知るであろう存在。


明らかにこの世界で異常な。


『前に消したよな?』

「今回は、会話ですか」

『やめてくれよ、誰だよいったい』

「全て話して、もらいますよ」


今度は先制を仕掛ける、出し惜しみは無しだ。


腕から刀を創り出し振りかぶりながら襲いかかるが、放たれた一閃は片腕に阻止される。


先に拘束しようとも考えたが、足元はおろかその周囲にも影が存在しない。あの体から発せられる白光が、影をすべて消しているのだろう。


ならば私の取れる行動は決まってくる。


防がれた腕の逆も刀として創り出し、重ねるようにして同じ場所に振り下ろすと二本の力によってその腕を、鈍い音とともに切り落とした。


『面倒くさいな』

「前回とは、違います」


だが、重ねた二本の刃はもう一つの腕によって叩き折られる。再び生成を始めるが、勢いよく蹴り飛ばされ湖のそばまで下がる。


白銀の存在は切断した腕を拾い上げ、繋ぎ合わせる。その手を動かす様子を見るに、私と同じく身体の欠損はあまり意味を持たないらしい。それこそスライム先輩の時のように、斬り刻む程でなければ。


白銀の存在は妖しく耀り始め、一筋の軌道を描きながらこちらに向かってくる。それを迎え撃つようにローブの中から揺らめく影を放出させ、様々な形状変化で武器を入れ替えながら、激しい猛攻に対応していく。


以前の私ならば、既に殺されていただろう。


でも、魔人化を果たした今の私ならば引けは取らない。互角に渡り合えている。


木々が生い茂る森の中に跡形も無くなる空間を作り出し、その中心で猛り狂う嵐の如く黒と白が折り混ざり合いながら、周囲の地形ごと塗り替えていく。


斬撃、殴打、刺突。用いる全ての手段を投じて、たった二人のこの戦場は、激化の一途をたどり戦闘の余波が地形すらも変えていった。


五感を研ぎ澄ませ、ほんの少しの油断でこの均衡は一気に崩れ落ち全てが瓦解していく。向こうに余裕の色は見えるが、こちらは限界の所で踏ん張っているに過ぎない。


魔人化してようやく、戦える土俵に乗っただけ。


作った武器の端から軋みを上げ、白銀の体に衝突すると同時に崩れていくが、向こうも同じで端から削ぎ落とし互いの摩耗が見て取れる。


「双影牙喰(ツイン・シェイド・ファング)」

『白銀閃撃(シルバーレイ・ストライク)』


体から伸びる巨大な影が獣の口を形創り、先鋭な牙を覗かせ喰らいに襲いかかる。その口元を狙ったかのように、体中から放たれる白銀の閃光が衝突し合い共に弾け飛ぶ。


追撃を構えた瞬間、出遅れたと体がたじろぐ。


『銀月神の矢閃(アルテミスリリース)』


光が集まり手元に三日月を生成、そこに乗せるかのような白銀の矢。その先は、こちらを狙い定め放たれるその瞬間まで引き絞られる。


「堅影(シャドウ)…」

『遅い』


放たれた一筋の閃光は空を裂くような音を鳴らし、目で追えないほどの矢を体に突き立てる。この体に急所があるか不明だが、明らかに矢の刺さった箇所から影が漏れている気がする。


その矢を引き抜こうとするが、微動だにしない。


矢に意識が取られるまいと、そのままの状態で白銀の存在へと目を向けるがその姿を見失った。辺りを見渡すが、あれほど目立つ存在がその欠片すらも見つからないように隠れたらしい。


私を中心に影を網目状に張り巡らせていき、少しでもここにかかれば反応があるはず。


警戒を強め急襲に備える。


だが、動きは何も無い。逃げたとは考えにくいが、今でもこちらの油断する瞬間を狙っている筈で張り詰めた糸は切る事が出来ない。


突如として感じた頭上の熱気。


見上げた空には太陽を背にした人影が。


その人影を中心に何かが円を描き浮いていた。


言い表せない不安が体を蝕み悪寒を走らせる。


「堅影護壁(シャドウ・ウォール)」


影を伸ばし分厚い壁を幾重にも重ねて、身の回りに積み重ね襲いかかるであろう何かに備える。


暗い空間に覆われ視界は塞がれるが、全方位を守り固めたその瞬間、中まで突き抜ける衝撃とともに地面を激しく打ち砕かれ足元が崩れ落ちていく。


次第に内側の壁すらも亀裂を大きく入れ始め、隙間から光を覗かせ始める。


止め処無い衝撃に身を屈めることしか出来ず、崩れる足元に飲み込まれそうになりながらも何とか堪え凌ぎ切り、壁が全て崩れた頃には周囲の景色に唖然とするしかない。


近くにあった湖は全て枯れ地面がむき出しになりながらも、足元の周囲は崩れ去り黒く焼け焦がれていた。


『ふむ、これでも消えぬか』

「何を、した」


言い返すだけでも満身創痍な状態で、精一杯だった。腕一つ動かせず、創り出せる影も少ない。


『関係ないだろう、ウィルス風情が』

「何を、言ってる」

『何ってお前…待てよお前、誰から生まれた?』

「あの泉、からだよ」

『…お前の自我を創ったのは誰だ』

「意味が、わからない」


そうして気が付けば手が伸びる範囲まで歩み寄り、私の顔をまじまじと観察し始める。


『お前、もしかしてハッキングして来たのか』


この世界において出るはずのない言葉、コンピューターの存在がなければハッキングなど出てくるはずもない。


『いや、違うな。確かにお前はプログラムだ』


気づかぬ内にロープの内側へと手を潜り込ませられていた、そこから何かが流れるような感覚を覚えていたが、白い球体の時に似ている。


「私は元人間だ、プログラムじゃない」

『それはあくまでも設定だろ』

「ここは異世界で、私は転生者だ」


そこまで言えば話は通じるかもしれない、もしかすれば前世に関係のある存在。若しくは私と同じ、転生者の可能性もある。


『……あいつか』


引っこ抜かれた手から何も感じなくなり、その言葉に疑問を投げかけるが何も返されない。


『前世と言ったな、そこまで言うならお前の前世を話せ』


そう言われて前世ではニートをしていたことや、ゲーム三昧の日々。決して人に自慢できるような話はなく、生きていたのかも怪しい。


そんな人生を送り、突如として終わりを迎えた。


『死んだ原因は?』

「覚えてない」

『遊んだゲームは』

「思い出せない」

『親の名前は、住んでた場所は』

「思い、出せない」


この世界に浸かりすぎた影響なのか、抜け落ちた記憶は拾い上げるどころか足元に落ちてすらなかった。ただでさえ何も無い人生にも微かな思い出は存在していたはず、その鱗片でさえ無い。


『ほらみろお前はただのプログラム。ある奴が仕掛けた、たちの悪いウィルス性のAIだ』


プログラム…?


ウィルス性…?


AI…?


こいつは何を言っている。確かに私にはニートをしてい…強いられていた頃の記憶があり確かに覚えがある。死因は不明だが、この世界へと転生を果たしたものの生を受けたのは人ならざる者。


神とやらとも会話したことははっきりと覚えて、再び会うためにここまで手繰り寄せてきた。


視覚や聴覚は勿論、鼻の匂いや草木の美味しくない味にこの手で狩り尽くした者達の感触だって確かに残っている。


「つまらない事を言うなら、ここまでだ」

『よせやめろ。お前はもう勝てないよ』


首元目掛けて刃を振り切るが腕を持ち上げるだけで、当たった瞬間に儚くも崩れ散る。


『太陽神の銀閃(アメン・レイ)、この世界において最強の一撃を耐えただけでも誇れ』


崩れた腕は再び形を取り戻す事も出来ずに、黒い霧のようなものだけが広がり始めていく。


これ以上戦闘を続けることは最早不可能らしい、今度は死ぬと生き返る事は出来ないのだろうか。それともまた、何処かの世界で転生を果たす事になるのだろうか。


『残念だけど、次はないよ』

「それは、わからない」

『分かるんだよ、ベータテストも終わるこの世界は一度リセットする。お前みたいなウィルスを製品版に引き継ぐわけにはいかない』

「だから、そんな嘘は」


『マスター権限起動、地形ヲ復元セヨ』


その一言とともに瞬時に辺りの景色が元にあった、木々の生い茂る森へと変わる。湖には水が戻り、抉れた地面には草木が伸びていた。


『やはりお前みたいなシステムは要らなかったよ、あいつは間違えていた』

「そん、な」

『はぁ、またリリースの延期かな』

「確かに神に言われて、この世界に」

『知らないよ。そんな事』


ログアウト。その一言を残して白銀の存在は姿を消していき、残された私には無情な現実だけが突きつけられ何も出来ずに立ち竦む。


思い当たる節が無いわけではなかった、この世界は前世に良くあったゲームシステムが反映され、他種族の言葉の端々にはゲームに関連するワードがいくつも出ていた。


『ベータテストは只今をもって終了します、正式なリリースまで楽しみにお待ち下さい』


遥か頭上から流れるアナウンス、この世界が異世界ではなく誰かによって作り出されたゲームシステムの中なのだと知らしめてくる。


私には帰る場所も無く、ここに留まるしかない。


空が崩れ落ち、空間にも穴が空き始めていた。それらは次第に広がりを見せ、地面ですらも崩壊の一致を辿っていた。


何も出来ずに、私はその場に居座る。


こんなにも簡単に消されてしまうものなのか。


それならば神とは。


なぜ私はこの世界に創り出されたのか。


ウィルス性のAIとされた意味とは。


残された足場を最後に、私の意識も消される。


この世界ごと私は握りつぶされ、無情に。


「私は、このゲームに魔王の存在を作るほうが良いと思います!」

『いらんいらん、今時のゲーマーは過度な難易度を求める傾向に無いんだよ』

「それなら他のゲームと一緒じゃないですか、独自に成長するAIを搭載した魔王を放ち、一から育ってもらうんですよ!」

『手間と管理も面倒だ、止めろ止めろ』

「それなら何を目的にこのゲームを楽しみ、何を目標に強くなれば良いんですか」

『目的はあるだろう、国家間の戦争により大陸の統一を目指す。目標は敵国家より強く』

「それはそうですが…それだけでは…」

『これ以上は言うな、チームから外すぞ』

「……わかり、ました」


そうか、私は……魔王と成る為に。


飛び込んできた何かの記憶、記録が流れ込み薄れゆく意識の中で抱いていた謎はほんの少しだけ、小さくなっていた気がする。


もう、終わりを迎える事となったが。

ご完読、誠にありがとうございます。


ぜひ次回もお楽しみに。これからも応援よろしくお願いいたします。また次話でお会いしましょう(*´∇`*)

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