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ノウミ短編作品集(全10作品)  作者: ノウミ


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2/11

青い春は音に吠える(後編)

こんにちは、ノウミです。


たくさんの小説や素晴らしい作品がある中で、私の作品を手に取っていただきありがとうございます。

これまでに多くの作品を発表してきましたが、皆様に楽しんでいただけるよう、これからも様々な物語をお届けしていきます。


皆様に「読んでよかった」と感じていただけるよう、

一層精進してまいります。


どうぞ、これからもご期待ください。

その瞬間、完全に勢いよく吹き出した。

焚べられた燃料は激しく燃え上がり、もう消すことができなくなる。その言葉を飲み込むのに、時間はいらなかった。


「こんな事、変だと思うかもしれないけど。つまらないって言ってしまったかもしれないけど、秋雨くんの歌に惹かれちゃったんだよね」


その言葉で途端に景色が変わり、場所は昨晩のライブハウス。違うのはその視点で、眼前にはたくさんの人が広がり全員がこちらを食い入るように見ている。


僕の声に、歌に。その一つ一つに反応し会場は熱狂の渦となり汗の匂いや、吠えるような声と激しく鳴り響くギター音。その何もかもを巻き込みながら、さらなる海練を作り上げていく。


「ねぇ、ねえって!聞いてる?」


佐山さんの問いかけに我に返り、辺りを見渡すとそこは確かにカラオケの中にいた。


「あ、すいません……ちょっとぼーっとした」

「無視されたのかと思ったよ」

「すいません」


僕は再び佐山さんの目を見つめ、マイクを机の上へと静かに置く。


「僕の方こそお願いします、歌の歓びを知ってしまいました。これを、この感情を佐山さんの音に乗せて曲にしたいです」

「そんな言われ方されると、こっちから言った事なのにちょっと恥ずかしいね」


そう言いながら僕たちは握手を交わした。

まだ夏休みが始まって一日目、それも高校最後にして僕はこれからの期待に胸を膨らませながら二度目の転換を迎える。


今日この日……いや。

昨晩に始まった新たなる人生の幕開けとしては、上出来だと思う。

もう決してつまらないと思わない、思わせない。


「取り敢えず目指すはライブハウスですね」

「そうね、BREAK Gardenと対バンできたら夢みたい」

「対バンってなんですか?」

「対バンっていうのは……その前に中途半端な敬語口調やめない?同い年で同じバンドになるのに」

「それもそうで…そうだね」


そうしてこの日は一日、カラオケで何度か佐山さんのギターに合わせて歌を謳っていた。

これからの目標やバンド名など、色々な話を織り交ぜながら向うべき道筋を描いていく。


〝Lifetest(ライフェスト)〟

LIFE(人生)とGreatest(最も最高な)を組み合わせた僕たちのバンド名。これから訪れる、人生最高の時を紡いでいけるようにと想いを込めて。


そうして僕と佐山は毎日のようにカラオケや、スタジオと呼ばれる場所に行ったり来たり。時には互いの家で自分たちの曲を作り上げる日々を過ごす。


この時間が積み重なる度に生きている事を実感し、何とかあの日のライブハウスで聴いた感覚に近づけられるようにと追いかける。


お互いを知れば曲の一体感にも影響すると思ったのか、僕の話をした後が特にいい音になった。


「家に来れるのはありがたいけど、両親とかは大丈夫なの?」

「うん、うちの親共働きでほとんど家にいないから」

「私と一緒だね」

「え、そうなの?」


意外にも家族の中で寂しさを感じていたようで、それを紛らわせるように音楽にはまっていたと。その中で、たまたま通った駅前でBREAK Gardenと出逢い衝撃を受けたと。


「そのおかげで寂しさが紛らわせるようになって、毎日が楽しくなったんだよ」

「それが僕と一緒って言ってたことなんだね」

「学校で友達と遊ぶのもいいけどさ、それ以上に感じてしまったんだよね。そのせいか学校の中ではこんな話できなくて、あの日秋雨とライブハウスで出会って衝動的に声をかけたよ」

「そのおかげで今日のこの日がありますからね、本当にありがとうこざいます」

「あ、また敬語に戻ってる」

「ごめんごめん、つい」


そう言われて確かに、学校でも友人と呼べる人は何人もいたがここまでの話はしたことが無い。どこか仲良くやっていると思っていたが今にして思う、表面上でしかなかったのだと。


学校でも家に帰っても孤独な寂しさが積み増されていき、あの日ついに決壊してしまった。


救い出してくれた二人には、この先感謝してもしきれないだろう。



そうして夏休みも7月を終えていた頃、いつものようにスタジオを借りて佐山と練習をして帰る時だった。


ー「秋雨、久しぶりだね」


部屋から出た所で柳井さんと偶然にも遭遇。

あの日、寝間着姿で嬉しさを爆発させにいった日以来だったので少しの恥ずかしさもありながら返事をする。

隣りにいた佐山は驚きのあまり声を失っているので、開いた口がふさがらずに固まっていた。


「なに、こんなとこで。そっちの女の子はギター持ってるし、もしかしてバンドでも始めた?」

「は、はい!始めたと言ってもまだまだで」

「ふ〜ん…そんなに良かった?」

「それはもう、人生変えられましたから」

「そっか、せっかくなら楽しみなよ」


そう言いながら柳井さんは笑いながら僕の頭を掻き乱す。強い嫉妬の眼差しを真横から浴びせられるようで、慌ててその手を掴んで照れながらも振りほどく。薄い笑い顔を浮かべながら、僕の焦りを面白がっているように見えた。


「柳井様っ!!」

「おぉっ、なになに。急に様付け?」

「は、はい!柳井様。私、BREAK Gardenの大ファンで憧れで、それであの」


僕たちのやり取りを見てついに我慢できなくなっていたのか、佐山が声を上げて思いの丈を話していた。その視線は何処を向いてるのか分からず、水泳選手ばりに泳いでる。


「やっぱり、いつもライブ来てくれてたよね?一昨日のライブでは見かけなかったら気になってたよ」

「えっ、私のこと知ってくれてるんですか!?」


咄嗟に手で口を覆い隠し、目を大きく見開く。

それもそうだろう、あれだけ憧れの人物に認知されていたのだから喜びが頂点に達してもおかしくは無いと思う。


「結構最初の方から見てくれてたよね?」

「はい、駅前の路上ライブの時から!」

「ありがとうね、うれしいよ」

「いえいえそんな、私の方こそです」


ついには口ではなく顔を覆うようになっていた、これ以上はもう限界なのだろう。何せ、物販でも柳井さんが居ない所を狙っていくと照れながら話していたぐらいで。


「ギター、弾くんだね。君の名前は?」

「佐山…小春と申します」

「佐山さん、だね。どうかな、この後まだ時間あるなら中には入って演奏してみない?」

「いやいやそんなっ、私なんかまだまだで」

「もちろん秋雨も一緒にさ、二人の演奏を見せてよ。私が変えた君の声も聴きたいしさ」


顔を覆い隠し、こちらを覗く視線を感じながら、僕は固唾を呑む。

こんな事はこちらからお願いできることでは無い、何を言われるとしても聴いて欲しいと自分に強く言い聞かせる。

たった2週間ほど、今まで何かに対して本気で打ち込んだことのなかった僕が。


今の僕が届けられる声と、佐山の音を。


二人の音楽を。


「生意気かもしれません、素人に毛すら生えてないかもしれません。それでも、僕たちの本気を聴いてもらえませんか」

「…いいじゃん、いい目をするようになったね」

「私からもお願いします、お時間をください」


そうして二人で頭を下げる。


柳井さんは僕たちの肩を叩き〝ついておいでと〟、部屋の扉を開けて中に入るように言ってくれた。緊張で吐き出しそうになり、必死に堪えながらも震える足で踏み出す。


先程まで練習していたはずの部屋なのに、今は全く別の場所に来たようで床も天井も壁も全てが氷で出来たように、寒いというより突き刺すような冷気が包み込んでいた。


中に入った柳井さんは対面の椅子に座り、こちらを吟味するような視線を向けていた。


せっかく頂いたこの時間は無駄にできないと、体を無理にでも動かしていく。それは佐山も同じらしく、いつも以上に硬くなりながらギターを準備しており、僕は手汗と共にマイクを握りしめる。


無音の中、弦に指が触れアンプから音が響く。

それだけで空気は一気に張り詰めた。


「準備できたらいいよ2人とも、始めて」

「「はい」」


才能ー。

奇跡ー。

運命ー。


そんなものがあるなら縋りたくなる、今まで音楽に身を投じてこなかった事をこんなにも恨んだことはないだろう。きっと、これから先も。


もっと早くに出会って、もっと時間があれば。


でも、そんなことを考えても意味ない。

技術もなければ持っているものは何もないけど、でも僕にはこの声があると佐山が教えてくれた。


無いものを考えるより、今持っているこの声に感情を乗せて佐山の音と共に届ける。

視界を閉じ、深く深く呼吸を整えてから口元にマイクを近づける。


それに合わせるかのように響くギターの音色。

決して一人じゃないと教えられている気がする、二人の音楽なんだって。


「昨日初めて出来た二人の曲です、それでは聴いてくださいー。」


吸い込まれるかのように音が消えたかと思えば、激しく雷鳴のように轟くギターが腹の底に響く。その音に搔き消されないようにと、僕は必死に歌を降ろしていく。正直一体感のようなものはまだまだつかめていないが、この時初めて一つの音として繋がっているような気がしていた。


でもそう感じたのも束の間、柳井さんの突き刺さるような視線で喉が閉じそうになり、今なぞっている歌詞も正しいのか判断ができない。本当に僕は、僕たちの歌を歌えているのだろうか。


荒れ狂う嵐は巻き起こしたものではなく、不安の中に吞み込まれているのだと。


「秋雨、楽しもうよ!!」


そう聞こえた気がする、僕の視線は佐山に強く引き寄せられそうになっていた。”出来なくて当たり前なんだから、今をこの瞬間を楽しもうよ„

この数日間、練習中に何度も言われ続けた言葉だった。


再び戻りそうになるつまらない人生の道筋を何度見たことだろう、その度に僕は佐山の言葉と音が道標となってくれていた。


今演奏しているこの曲は、奇しくも同じ気持ちを歌詞の中で紡いでいく。


【君に出会えてよかったんだって/何度だって/照らすその道標に/僕には】


あの日、声をかけてくれてありがとう。


【ありがとうの/言葉しか出なくって/ありがとうなんだって】


隣にいてくれてありがとう。


そして僕たちは演り切った。

今の僕にできるすべてを出し切った。

一気に噴き出す汗と手の痺れが、現実に引き戻していく。笑みがこぼれそうになるがなんとか堪え、佐山さんも同じなのだろうか目線を合わせたまま口を噤んでいる。


正直、柳井さんの方へと向ける勇気は出なかったが何も反応がないまま、悠久に近い時間が流れることには耐えられなかった。


マイクを握ったまま深呼吸で整えて体を動かす。


「「ありがとうございました」」


あの日とは違った深いお辞儀をする。

勿論良い評価は欲しいが、未来に期待が持てる何かであればいいと、そう心の中で願いながら荒くなりそうな息を抑えていく。


「お疲れ様」


聞かされる、あの日僕の人生を変えた人物からの評価、その言葉を……。


「まず、何から言えばいいかな。そうだねぇ…」

「「は、はい」」

「ギターはもっと自分の音をだせるように、ただの演奏じゃ隠れちゃうよ」

「……はい」

「ボーカルはもっと発声練習、所々声が出てないしギターの音に負けてる」

「はいっ…」

「初めて2週間ぐらいだっけ、仕方ないとはいえお互いの音と声を聞きな?合ってるようで合ってないから」

「……」


続く言葉に何も言い返せなくなる、簡単な返事でさえも今の僕には出すことすら出来ないでいる。


「それに、曲も歌詞もまだまだ甘いね」


覚悟はしていた。

そりゃあ、付け焼刃の素人に毛すらも生えてない僕たちだ。ほんの少しの期待を抱いていた、さっきの自分を殴りたくなる。


「さて、二人とも今は夏休みだよね」

「は、はい」

「なら毎週火曜と木曜日、それに土曜日はこの時間ここにおいで」


続いたその言葉は、直ぐに理解できずにいた。


「その他の日は二人で仕上げてくるように」


次第にクリアになってきた頭の中で残されている言葉は、柳井さんが僕たちの指導をしてくれるようにも取れてしまう。いや、何かの聞き間違いではないのだろうか。


「えっと…それってつまり」

「さっき言ったようにまだまだ粗削りどころか何も削れてないけど、それでも二人には何か期待せずにはいられなかった。だからその手伝いをするって言ったの」


僕は佐山と目を合わせ仰天の表情を見せあう。

願ってもないことだが、本当に現実に起こっているのかと疑わしくなる。

教えてもらえるならこれ以上の人はそういない。僕たち二人は出会いもその時間も別々だったかも知れないが、同じバンドを同じ人物に憧れ人生を変えられている。


「短い時間かも知れないけどついてこれる?」

「「勿論です!」」


今度は勢いよく返事ができた。


「じゃあさ、夏休みの最終日。あのライブハウスでみせてよ、二人の完成形を」

「はい!……って、え?」

「私を満足させられたって約束でね」


そう言いながら柳井さんは静かに笑い始める。

この時点で僕の感情は追いつかなくなっていた、更に被された、その言葉の意味を理解できなくなるほどに。



それからというもの。

僕たちの生活は一変、8月に入ってから訪れた怒涛の練習量。柳井さんの指導も的確でその日を終えるたびに何かを掴みお互いの音、音楽というものが形作られていっているような実感がわいていた。


約束の日が近づくにつれて、佐山さんとは衝突することも増えていった。あの日柳井さんの前で演奏した楽曲を、もっと仕上げるようにと言われていた。お互いに噛み合えてないと言うこともあれば、描いた歌詞がつまらない曲が単調だと。日々を重ねていく毎に不満や焦りが募り、余裕と呼べるものが擦り減っていた。


それは、一人になった瞬間に感情の矛先が自分に向けられる。


家に帰るたびに日々の後悔を繰り返す。


思い描く通りにいかなくて、また佐山を責めてしまった。

付き合ってくれている柳井さんに申し訳ない。

とことん自分自身の事が嫌になる。


なんてつまらないんだと、何度も頭の中で言葉がこだましていく。暗くなった部屋の中で明かりもつけずに今日も一人、涙を拭いベッドに横たわり眠れない夜を迎える。



そうして迎えたのは約束の日に向けた、柳井さんとの最終日。この日もまた上手くいかないことに苛立ちを感じながら、何度も何度も繰り返し音を積み重ねるも、噛み合わない歯車が悲鳴を上げていた。


それなのに、思った通りの曲としては程遠く感じ、師事されながら仕上げたはずなのにまだ完成とは言えず物足りない。


なにが駄目なのか、何が足りないのか。

今日のこの日も、明かりのないトンネルの中を掻きわけるように追い求める。

果たして、この先に出口はあるのだろうか。


「はいっ、二人ともお疲れ様」

「あ、ありがとう…ございました」


悔しい、そう思えるほどには本気だったのだろうが技術も時間も何もかもが期待に追いついてこない。


「まだちょっと早かったかな。でも、良い線はいってると思うからこのまま頑張って続けてね」

「いえ、本当にありがとうございました」


佐山は奥の方でこちらを振り向くことすらせずにギターを片づけていた、でもその気持ちは理解できる。期待してくれていると言っていたにも関わらずそれに添えなかったのだから、顔を合わせるのも気まずくなる。


「佐山さんも、まだ終わったわけじゃないからさ。また満足のいくものができたらもう一度、私の所へと訪ねてきてよ」

「はい、どうもありがとうございました。すみませんでした」


そう答える声は微かに震えており、不甲斐なさと後悔を同時に嚙み潰したような表情を浮かべる。

柳井さんから投げられた言葉には優しさもあったが、次の日にちを約束するものではなかった。

これではまるで、期待からかけ離れた言葉として捉えざるを得ない。


僕も背を向け、涙を堪え唇を噛み締める。


そうして後片付けをしスタジオを後にする。

これが最後のような、そんな言葉だけを残して。


この日は久しぶりに足が鉛のように重くなる感覚で、照りつけるその日差しに身を焦がしながら言い難い焦燥感を抱き、無理にでも歩いていく。その後ろを佐山が付いてきながら、何も言わずに無言のままでいる。


何か、声を掛けるべきだろうか。


その表情は今までに見たことがなかったが、思えばこの数日はまともに顔も見れていなかったので思い返す事すら出来ずにいた。


こんな僕が一体、何の声をかけれるのか。


「あ、あのさ……」


この後言いかけた言葉を呑み込む、考えもなしに”まだ大丈夫„”始めたばっかり„”これからチャンスはいくらでもあるって„などと中身のない空気のようなものを吐き出しかけた。


でも、このまま終わりたくはない。


「やっぱり夢見がちだったのかな、最近は上手くいってなかったもんね。ごめんね事になっちゃって」


その言葉に胸が抉られ自身の取っていた行動を思い返すと同時に、頭の中で何かが弾ける。


「ちょっと来て」

「えっ、待って」


また、止まらなかった。止められなかった。


気がつけば佐山の手を引いていた。


何処に向かうでもなく、ただただ歩き続ける。


佐山もまた何も言わずに付いてきてくれていた。


そうして立ち止まったその場所は、初めて二人で入ったカラオケ店。

有無を言わさない勢いで会計を済ませ、指定された部屋まで歩いていく。


「どうしてまたここに…」

「言葉じゃ伝わらないものがあるから」


僕の頭のなかではこの曲が鳴り響いていた。

繰り返し何度も何度も聴いた曲で、二人を繋げるきっかけにもなった曲。


力量不足の烙印を押された、あの人の曲を。


佐山が演奏しなければ曲がないアカペラ。


それを見越して僕は、マイクを握りしめる。

そうして大粒の涙を拭いながら、静かな曲を歌い上げる。


「これじゃ足りないんだよ」

「…だから」

「僕には君が必要だから」


そしてもう一度歌う。


再びギターを手にするまで、何度でも。



「なに馬鹿やってんのよ」

「佐山」

「…この馬鹿」

「ごめん、他に伝え方知らなくて」


そうして部屋の中に広がる、佐山の音。

流れに感情を乗せて、一つの音楽となるように歌い続ける。


悔しい気持ちも、自分が情けない気持ちも全部を吐き出していくように。そのおかげか、気がつけば僕たちの曲を演じるようになっていた。


暫くして、部屋のコール音によってこの時間は打ち切られた。


僕たちは何も言わずに、支度を始めて部屋を後にしていた。



佐山は僕の歩幅に合わせるようにして一緒に歩き始める、その表情は先程までと違い何処か吹っ切れたようにも見えていた。


「なんでこんな事を?」

「つまらない人生って言われたこの場所で、今の僕だからこそ伝えたかったんだ」


あの歌に込めた想いは、僕が感じたままの全てを注ぎ込んでいた。


「でもそのためにはさ、一人じゃ厳しくて。足りない自分だから、伝えれる方法がこれだって」


ありのままを言葉にした所で伝わらなかっただろう、だからこそ佐山の作った曲は間違ってないって。僕が足りないから、もっと上手くなるからって、一緒にまだまだ音楽をやりたいんだって。


そう伝えたかっただけだった。


「今なら、強く言える。佐山、これからも一緒に音楽をバンドをやって欲しい」


暖かく照らしながら優しさが空から伸び、頬には光る一筋が流れ落ちる。

あの日、声をかけてくれた時と同じ優しい笑顔で応えてくれた。


「勿論、まだまだ始まったばかりじゃん」

「ありがとう。これからもよろしく」

「じゃあさ……カラオケでも行く?」


少し前へと歩いていった佐山は、夕日を背に振り返りながら笑顔で優しく問いかける。僕は二つ返事で、いつものカラオケへと向かって共に並んで歩き始める。


和やかな雰囲気でカラオケに入り、その日は今まで以上に僕たちの音が確かに噛み合ったと感じ取れてしまっていた。柳井さんに言われた今までの言葉、最後に告げられたこと。一つ一つを思い返しながら細かい部分を擦り合わせていく。


何度も何度も、繰り返し休むことなく。


気がつけば、満身創痍でこれ以上は歌えない所まできていた。佐山さんもギターを弾く指が震えるほど疲れているようで。


それでも最後の最後には満足のいく仕上がりになったと思う、果たしてこれが正解なのかは分からないが。それでも僕たちは互いに抱き合って喜びを分かち合える程にはなっていた。


足りなかったのは、きっと共に演奏している相手を見ることだろう。この数日間、自分に足りないものだけをずっと探して、まともに佐山の顔を見ていなかった。


自分善がりの音では噛み合わない。


この時初めて、助言されていた言葉の意味が分かった気がする。

 

気がつけば夜も更ける頃で、僕たちは慌てながらカラオケを出ることにした。


「おぞぐなっだな」

「え?なんて?」

「おぞぐなっだなっで」


声が掠れすぎてまともに出ていなかった。

その様子に佐山さんは高らかに笑い声を上げて、涙を拭うような仕草も見せていた。僕もその姿ににつられるようにして悍ましい笑い声をあげる。


「あのさ、一ついいかな」

「なに」

「8月31日の日にさ、もう一回だけチャンスを貰わない?」

「それって」

「今のこの感じなら、もしかしたらって思ったんだよね」


正直焦ることなくもう少し地に足をつけるように練習を繰り返し、確かなものを得てから行くべきだとは思った。それこそ、駅前でよく見る路上ライブなどで経験や自信をつけてから。


でも、僕も……。


「いいよ」

「だよね、良いよね。今の私達」


僕が本当の人生を始めたのはあのライブハウスで、BREAK Gardenで柳井さんだった。

なら、音楽を始める瞬間はあの場所がいい。


「そのためには、しっかり休んでその喉整えてきてよね」

「もぢろん」


やるぞと声高らかに空に向かって叫び、拳を突き上げ僕も合わせて拳を突き上げ誓う。


あの場所で全てを始めてやると。



そうして迎えた当日、僕たちはライブハウスの前にいた。開演時間まではまだまだ時間があるがライブの日には早めに行って練習をしていると聞いていたからだ。


それでもそんな時間から入れるかどうかもわからなかったので、賭けるように入り口の前で柳井さんを待ち伏せまだまだ照りつけるような炎天下の中で、緊張からか会話もないままただただ無言のまま双方を見つめながら待ち続ける。


しばらくして、遠くの方に見覚えのある姿を捉えた。僕は高まる鼓動に対して恐ろしいほどに頭が冷えていた。


「行こう」

「うん」


二人でその姿に駆け寄っていき声を掛け、驚いた表情を浮かべながらも何かを察してくれたのかただ一言だけ〝ついておいで〟と。あの日、スタジオの前で言ってくれた時のように。


案内されたのはライブハウスの中で、その奥にある練習スタジオと呼ばれる場所だった。目を見合わせて静かに中へと入っていくと、そこには壁一面も様々なサインの跡や色紙、バンドの写真などが所狭しと飾られていた。それだけで圧倒され、この場所で演ろうとしている事の無謀さを思い知らされる。


準備をしていた僕たちをよそに次々と部屋の中に人がが入ってくる、皆は全員が柳井さん以外に見覚えのある顔ぶれだった。BREAK Gardenのバンドメンバーに受付をしていたいかつめな男性、その中で何故かマリン店長がウィンクしながらこちらに熱い視線を送っていた。


「これは、一体」


錚々たる面々に気後れしそうになるが、それは納得のいく理由だった。

数日前に納得のいく仕上がりにならず、数日とはいえ再度聴いてほしいとなった以上は以前よりは難易度を上げさせてもらうと、ここにいる全員が納得できる程のレベルでなければ表には立たせられない。


「前なら私の独断と言って押し通せたが、今日は違う。本番は数時間後に迫っているしスケジュールを急に変えるならそれなりの理由がないと皆が納得しない」

「そういうことよなつきちゃん、頑張って私たちを認めさせなさい」


なぜスーパーの店長がこんな所にいるのかと言いたくなったが、言葉を呑み込む。

今の僕にはそれを気にしてる余裕は無い。


「「わかりました」」


腹を括るしかない。それによくよく考えれば、この後に控えた本番では見知らぬ沢山の人がこちらを見る可能性がある。それもBREAK Gardenのファン達で僕たちは完全なアウェイ、今以上に鋭く値踏みするような視線に晒される事になるだろう。


これはその前哨戦であり、踏み越えるべき場所だ。


深く深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

視界が広くなりよく見えてきた。あの日とは違って佐山の顔がよく見え、ギターの弾く手を堪えながら笑おうとしているようでつられた笑顔を零してしまった。


「佐山、今日この日から」

「秋雨、始めようよ」


響く音と轟く声は、静かにその場にいる全員の息を引き取る。

始まりは静かで暖かな春でささやかに演奏していく、この数日間で僕たちは曲のイメージを一新することにした。どうしてもBREAK Gardenのイメージが強くなり激しい曲調で作っていたがそれでは僕たちらしさは無くなっていた。


それならばと、始まりらしく春の花々を咲かせる。


サビに入る直前、季節の移り変わりとなる熱い夏を音で表現する為に、激しく心をこじ開け僕の声で感情を引きずり出していく。そこへとサビを一気に叩き込む。体が自然と動き、一体感が生まれるように誘って冷え切った場を熱気のある会場へと昇華させていく。


曲が終わって結果は僕の、僕たちが望んだ通りとなった。


直後にこの部屋からは音が消えたが、拍手が勢いよく覆い被さってきた。


それは僕たちの誕生を祝福するかのようで心地よく体に響き渡り、それ以上の言葉は必要なかった。互いに力強く抱きしめ合い涙を流しながら産声を上げる。


今までのつまらない人生は確実に崩れ去っていたが、これから待っているのは行く末の見えない不安と後悔がひしめき合う人生かも知れない。それでも最後には笑えているはず。

その隣にはずっと変わらない笑顔が、心揺さぶられる音を掻き鳴らしながら。


僕は、この感情を剝き出した声で共に歩んでいこう。


始まりのこの日を忘れず、あの日飛び込んできた景色が現実となる様に。

ご完読、誠にありがとうございます。


短編ってこんな形でも大丈夫かなと不安になりながら。

間違ってたらすいません、楽しんでいただけたならOK!


ぜひ次回もお楽しみに。これからも応援よろしくお願いいたします。また次話でお会いしましょう(*´∇`*)

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