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ノウミ短編作品集(全10作品)  作者: ノウミ


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10/11

近くて遠い距離に焦がれる

こんにちは、ノウミです。


たくさんの小説や素晴らしい作品がある中で、私の作品を手に取っていただきありがとうございます。

これまでに多くの作品を発表してきましたが、皆様に楽しんでいただけるよう、これからも様々な物語をお届けしていきます。


皆様に「読んでよかった」と感じていただけるよう、

一層精進してまいります。


どうぞ、これからもご期待ください。

高校に入れば友だちと楽しく馬鹿やる日々に、彩りを加えるような可愛い彼女と過ごす時間が待っていると思っていたが、現実はそう優しくない。


非常に曖昧な友だちという関係、その崩れやすい脆さに怯えながらも何とか形を保つ日々。


そして、高校二年生のクリスマスパーティーを複数の友だちと開いていた頃、買い出しと称して連れ出したのは密かな片思いを抱いていた女の子。


商店街の大きなクリスマスツリーの下、勇気を振り絞って告白。だが、返ってきたのは〝友だちとしか見れない〟といった優しくも、鋭い言葉のナイフ。


彼氏彼女になれず、関係を少しでも離そうとすれば周りからは冷たいと責められる。友だちになることを強要されながらも、僕にできるのは笑って過ごすことだけ…。


ただそれだけで、周りとの関係を繋ぎ止める。


そんな日々を過ごしたこの学校で高校三年生に上る、新しい始まりの今日のこと。季節も眠気を誘うような朗らかな陽気が差し込み、新生活に胸を躍らせる新入生や、友人グループで騒がしくまとまる同じ学校の生徒が体育館へと集められ、望まなくとも始業式が始められる。


長い挨拶が終わったかと思えば、追い打ちをかけるような校長先生の話に耐え忍び、無事に始業式の幕が下ろされる。


既に新しいクラス分けは目にしており、流れに身を任せながら友人たちと一緒にクラスの教室に向かって歩いていく。


「よお、波多野!今年もよろしくな」

「おぉ、佐伯。また一緒だな」


肩を組みながら意気揚々と声をかけてきたのは、これで高校三年間同じクラスを過ごすことになった、付き合いの長い佐伯樹(さえきいつき)。


楽しいことも辛いことも全て分かち合ってきた友だちで、一番気心がしれた仲とも言える。


そうして廊下を歩き、クラスに入ると見知った顔が多く胸をなで下ろす。


が、その中には正直気まずい人物もいた。


「良いような、悪いようなだな」

「うるさいよ」


そう小さく耳元で呟くのは、僕が彼女に対して告白し、綺麗に玉砕したことを佐伯が知っていたからだ。


ありがたいことに振られてから直ぐ、僕を励ますかのように色々連れ回してくれた。そのおかげか、今では少し前向きになれている。


確かに、同じクラスなのは良くも悪くもある。


そうして黒板に貼られた座席表を目にし、自分の席へ向かおうと歩いていると、聞き馴染みのある声が聞こえてくる。


「波多野くん、また一年よろしくね」


屈託のない笑顔を向ける彼女にとって、僕に声をかけることは何も思っていないのだろう。気軽に声をかけることは、傷の癒えていない僕にとっては、かなりハードルが高い。


「う、うん。よろしく」


何とか作り上げる笑顔を向けながら、荒々しく戦い荒れる胸を抑え込むようにして彼女に向かって背を向け、自分の席に歩いていく。



佐伯が離れた場所から笑いをこらえてるのは、あとでしっかりと怒らないといけない。そう胸に誓う。



そんな事を考えながら、長い黒髪が揺れる後ろの方から彼女を見つめる自分に、なんて諦めが悪いのだろうと嫌になりそうだ。


もう、忘れてもいい頃だろうに。


振られた事なんて。


そう自分に言い聞かせるようにして、いつのまにか入ってきていた担任の話に耳を傾ける。


一日の終わりを、春の風に溶かしながら。


優しく、ゆっくりと。


担任から終礼の案内がされた後。


「ごめん、今日はバイトあるから先帰るわ!」


そう言いながら佐伯は両の手を合わせながら、足早に教室から出ていってしまった。が合わないようにして僕も支度を整え、少し急ぎ足で教室から出ていく。


周りでは騒がしく、この後どこに遊びに行くの何をするなど楽しそうな会話が飛び交っていた。


そんな中を縫うように、僕は下駄箱に向かう。


靴を履き替えながら、鞄から取り出したヘッドフォンを頭にかけ、自分の世界に沈んでいく。


騒がしかった音は掻き消され、自分の好きな曲だけが包み込んでいくように流される。


今日は新生活の始まりに相応しい曲を選び、少しだけ足取りを軽くして駅の方へと向かっていく。


優しい陽の光に、心地よい曲は自分の望む世界を作り上げていくようで、この瞬間は一人だけなんだと感じられる。


誰とも関わらず、気にすることなく。


自分だけの。


そうして、駅の改札を抜けホームのふちで自分の乗る電車を待つ。


時計を確認すると、少しだけ時間が空いているようで、スマホを触りながらSNSを流すように、自分だけの世界により深く落ちていく。


耳からは心地よい曲が包み込み、視界に流れるのはどうでもいい情報や動画の嵐。断絶されたこの中で、心を空っぽにしながら時を刻む。


だが、そんな世界を崩したのはやってきた電車のアナウンスでもなく、誰かに声をかけられたわけでもない。


何故かは分からない。


ただ、視線を上げた。


本当にそれだけだった。


それだけなのに、僕の世界は再び世界と繋がる。


数メートル先、いつの間にか僕と同じホームに立っていた一人の女性。


こちらを見ていたわけでもないその女性へと、僕の視線は打ち付けられる。


派手な格好や目を引くような事をしていたわけではない、視線を集めるような何かをしていたわけでもない。


その向こうで咲き誇る桜の木がその女性を際立たせる背景であるかのように、優しい春風が彼女の髪を流しながら物語のワンシーンを創り上げるように。


その瞬間、僕は惹きつけられた。


我に返った僕は慌てて視線を下げる。


これ以上見ていることを悟られたくなかった、目が合った瞬間に怪しまれたくなかった。


その一心で再びスマホを見ていくが、流れるだけの情報に目を回しそうになりまだ来ない電車を思いながら、遅くなった時間の流れに心を揺らす。


そうしていると、女性の方から騒がしい音が立ち始め、気になった僕は再び顔を向ける。


手に持っていたスーツケースを広げ、慌てたように服を何度も叩いている様子を見て、何かを探しているのだろうと理解できた。


かといって声をかけるわけにもいかず、少しもどかしい思いを抱きながら再び視線を落とす。


「…の、」


突如、微かな声が聞こえ、ヘッドフォンを下ろしながら視線を送ると、先ほどの女性が目の前に立っていた。


「あの…すみません、ちょっといいですか」

「あ、は、はい」


はっきりと大人びた顔立ち、その身にまとった空気はこちらまで巻き込んできそうで。そこから発せられる声は優しく、そっと触れるように頭の中を埋め尽くす。


「急にすみません、スマホを貸しては頂けないでしょうか」

「は、へ?」

「す、すみません!私のスマホをどこかでなくしたのか、電話を鳴らすだけでいいんです」


困った様子で上目を向けてくるその視線に逆らうことはできず、激しい音を掻き鳴らす心臓を抑えながらもなんとか返事を返し、手に持っていたスマホを手渡す。


安堵した表情を浮かべ、女性は電話番号を打ち込みながら開けていたスーツケースの方へと向かって歩いていった。


僕はその場から動けず、ただただ見守る。


座り込みながら探していた女性は、急に立ち上がりこちらを振り返りながら、遠目で見てもわかる満面の笑顔を見せ、二つのスマホを両手に大きく持ち上げていた。


「ありました!」


そうして再び駆け寄ってきた女性は、弾けるような気持ちを抱えて、僕のスマホを返してくれる。


「突然すみませんでした、ありがとうございます」

「いえいえ、見つかってよかったですね」


そうして、お辞儀をした女性。


向けられた感謝に僕はもう限界だった。


顔から火が出そうなほどに熱くなり、もはや目がどこを向いているのか分からなくなっていたが顔を上げ、振り返ろうとした女性の手元からスマホが落ちていく瞬間が飛び込んで来る。


互いに声を上げたのは、身の引き締まる様な音が響き渡った後だった。


「あぁっ!」

「あっ」


慌てて落ちたスマホを拾い上げる女性は、再び焦った表情を浮かべていたが、直ぐにこちらに笑顔を向け、気まずそうに荷物の方へと戻っていった。


僕は、それ以上に声をかけることができず、気がつけばヘッドフォンを耳に被せている。


何か言えばよかっただろうか、〝大丈夫ですか?〟と。かといってそんな余裕もなければ、そんな事を聞いたとて何かできる訳でもなく。


繰り返す自問自答に悩みそうになっている頃、飛び込んで来た列車のアナウンスに少し気持ちが落ち着いた。


やって来たのは普通電車で、開かれた扉に足を踏み入れるが、あの女性が乗り込む気配はなく、この後にやってくる急行に乗るんだろうか。


スーツケースを手にしていたと言う事は、普段からこの電車を使わない可能性もある。そんな事を考えると、この日限りの出会いだったのだと、少し残念な気持ちが生まれる。


あそこで何か踏み出していたのであれば、恋愛小説にあるような物語が始まっていたのかもしれないと、幻想めいた妄想だけが膨らむ。


だが現実は、何も起こらずにこのまま電車に揺られるのみ。


引き戻された現実に、行き場のない気持ちを抱えながら最寄り駅までゆっくりと進んでいく。


そこから家に着くまで、何も覚えていなかった。


気がつく頃にはもう夕方、ベッドの上で見慣れた天井にあの景色を映すようにして、意味もなく眺め続けている。


しんどいなと。


そう思ってしまうのは、どうだろうか。


僕にはどうする事も出来ず、踏み出す勇気も気を引ける言葉も出てこない。


だからあの日、振られてしまったのだろうか。


関係ない筈でも、何故か結びつけてしまう。


それが更に、僕の気持ちを深く落としめる。


「優(ゆう)ー、ご飯よ!」


僕の名前を呼んだ母親の声に、重たい体を起こしながら壁にかけられた時計に目をやる。


こんな時でも腹は空くもので、返事を返すと同時に立ち上がった瞬間、静かになった部屋の中に一つの音が響き渡る。


机においていたスマホが鳴らす音と共に、打ちつけるような振動が伝わってきていた。


「どうせ、佐伯だろう…」


と思っていたが、画面の表示は違う。


登録のない、覚えのない番号。


いつもなら知らない番号など怪しくて出る気にもなれないが、この時ばかりは何故か違っていた。


本当に覚えがなければ、着信は押さない。


そう自分に言い聞かせる。


この番号は、もしかして…と。


「……も、もし」

『あ、お父さん今着いたよ!』


耳に飛び込んできたのは、あの女性の声。


耳に当てたスマホが熱を持っていたのだろうか、片側だけ急激に熱がこもってくる。


思えば、僕のスマホには着信履歴があった。


そんな事を思い出した所でかける勇気はない、その証拠に一度見た番号を今の今まで何もせずに、ただデータとして残していただけだから。


まさか、こうして掛かってくるとは。


お父さんと話していたので、間違い電話だとは思うが。


『お父さん?もしもーし』

「あ、あの!」

『え?』

「間違い電話じゃないでしょうか」


流れる沈黙。


このまま切られても仕方ないだろう。


『ごめんなさい!!』

「あ、いえいえ気になさらず」


頭の中は既に真っ白。


言葉をつなげることが困難になるほどに。


『本当にすみませんでした、それじゃ失礼…』

「あ、もしかして電車でスマホ探してた!?」


必死に絞り出した言葉。


この瞬間を繋ぎ止めたくて、ただその一心で。


『もしかしてこの番号って…スマホを借りた?』

「やっぱり、さっきの」

『ほんとだ、つい間違って押しちゃったんだ』

「き、急に変なことごめんなさい」

『あ、いや、こちらこそごめんなさい急に』


お互いに謝り合う変な時間。


でも、僕にとっては手に汗を握る程の時間。


「スマホの画面、大丈夫でした?」

『あ、実はバキバキに割れちゃって…』

「大変ですね、それで間違えたかもしれませんね」

『ですね、すぐに直さなきゃいけなくて』


終わらせたくない。


次に繋げるにはどうしたら。


気味悪がられず、自然に。


「きっと!春風が連れてきた妖精の悪戯ですね」


響き渡った声量に反するよう、訪れる静けさ。


時が戻せるなら戻りたい、それが出来ないなら誰か穴を掘って埋めて欲しい。


先程までうるさかった心臓ですら落ち着きを通り越して、血の気を奪いながら冷え切った静寂を究める。


「な、ななんちゃって…ははは」


偶然にも電話が切れただけなのではと、僅かな希望にスマホの画面へ目検を移すがそこは無情にも、通話時刻が刻み込まれ続けていた。


『あはははははははっ!』


沈黙を破ったのは朗らかな笑い声。


再び火が灯されたように冷え切った心を突き動かし、激しく鳴らされる。


『何それ、急に…変なの』


しばらく続いた笑い声に僕も乗せ、二人でスマホ越しに笑い合う。


お互い顔は知ってるとはいえ、赤の他人。


それでもこの瞬間だけは、そんな感じを覚えないでいられた。


「すみません急に、もう少しだけ話していたくて」


空気が一気に変わったからなのか、考えなしに出てしまった言葉を飲み込みたくなるが、もう既に遅い。


またしても変な事を口走ってしまったと、感じたがそれは杞憂に終わる。


『いいよ、笑わせてくれたしね』

「あ、ありがとうございます」


そう告げられた言葉に、僕は焼きついた満面の笑顔を重ねていた。きっと、向こう側ではそうしていると、信じたかったからだ。


そうして時間忘れるように、必死に会話を繋いでいく。何を話していたのか、わけも分からなくなる程に、必死になりながら。


向こうは今年から大学一年生で、入学に向けて地方へと移動する所だったと。ここから新幹線を乗り継いで三時間ほどの、離れた土地へと。


一人暮らしを始めるので、その新居に着いた所を父親に報告しようとして僕に電話を掛けてしまっていた。


そんな会話を続けながら。


終わりは突然訪れる。


『あ、ごめん。お父さんから着信だ』

「いや、すみませんこちらこそ。長話をしてしまって」

『ううん、じゃあ……またね』

「はい、また」


その言葉を最後に、切られた電話。


残された無機質な音に、夢のような時間をなぞるように思い返す。


暫くして、再び母親に呼ばれるまで握りしめていたスマホが熱を帯びていたのか、あてていた耳元が脈を打っていた。


スマホの上で、指をなぞりながら文字を打つ。


【桜崎(さくらざき) 華(はな)】と、数字だけが表示されていた履歴のなかで、一際目立つ名前だけが一番上に残された。


それから数日、何ともない日々を過ごしながらも卒業後の将来や、定期試験に向けた勉強、友だち達との放課後の過ごし方。


目を回すような出来事に頭を悩ませながらも、一際熱を帯びていたのがスマホに登録されていた連絡先。


ただただ眺めるだけのそれは、忘れることができずにいたが、押す勇気は生まれなかった。


「おい、波多野!またスマホ見てぼんやりしてんな」

「そんなことないよ」

「いや、あるね。オレの目は誤魔化せないよ」

「なんでもないって」


後ろから肩を組みながら佐伯が声をかけてくる。


それは、四限目が終わり食堂に行こうと誘ってくれていた時だった。


「最近、顔も変だしよ」

「うっせ、ほっとけ」

「なんだそれー?冷たいやつだな」

「はいはい、ほら行くぞ」

「ま、待てって」


「きゃっ」


教室から出た瞬間、何かに衝突した。


前を見ていなかった僕が悪く、慌てながらぶつかった方へと目線を向けると、そこには廊下で転んでいた彼女の姿がそこにはあった。


「ご、ごめん日南(ひなみ)さん!」

「いたたた、こっちこそごめんね波多野くん」

「本当にごめん、大丈夫?」


駆け寄った彼女へと手を伸ばし、引き上げるようにして立たせる。


どこかを痛めたような様子もなく、特に大きな怪我は見当たらなかったが、それでも何度も頭を下げながら謝った。


「いいよいいよ、こっちこそ前見てなくて」 

「本当にごめん。怪我はない?」

「大丈夫よ、大丈夫」


少し気まずい空気を残しながら、すれ違うようにして僕は教室を出ていく。


それを見ていた佐伯も、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべていたが、食堂に着く頃には元に戻っていた。


「やらかしたな」

「本当にな」


食券に並ぶ列のなかで、そんな話を始める。


「で、どうなんよ」

「何が」

「日南さんへの想いよ、まだ?」

「……どうだろう」

「何それ、もしかして気持ちかわりでもしたか」

「それも分からない、何なんだろうな」


そういえばここ数日、彼女の姿を追っていなかったことに気がつく。


いつの間にか気持ちが吹っ切れていたのだろうか、そう佐伯に聞かれても間の抜けた答えしか返せないでいた。


好きだった気持が消えたわけではないが、薄れているのは間違いないのだろうか。


今はまだ、答えが分からない。


そうしてこの日も、終わりのチャイムとともに帰宅の支度を始めていく。


「波多野くん、ちょっといいかな」


鞄の中を覗き込んでいた僕に、彼女がそう問いかけていた。慌てた僕は、昼間の一件でどこか痛めていたのかと問い返すが、そうではないらしい。


「皆でカラオケ行かない?って話してたの」


そう告げられ辺りを見渡すと、教室の扉付近で複数人が固まっているのが見えた。


どうやら、新学年が始まって数日。


落ち着いてきた今日、皆で楽しく遊びに行こうと昼間教室でご飯を食べていた人たちで話していたらしい。


僕は授業の合間に寝てるかトイレに行っていたりと、声をかけるタイミングを逃していたとの事だった。


特にこの後は用事もなく、二つ返事で答えた。


「じゃあ駅前のとこね」

「分かった」


佐伯も同様に声かけられてたらしく、直ぐにこっちに向かってきて、何を歌おうかとこの後のことを楽しむように気持ちを膨らませていた。


教室を出て集まっていたのはクラスの三分の一ぐらいの人数、それぞれがまとまりを見せながら学校をあとにしていく。


暫くして目的のカラオケの店へと到着し、この中で中心的な奴が代表して受付を済ましていた。


案内されたのは大部屋で、道中のドリンクバーで飲み物を用意したものを机に置きながら、各々が好きな位置へと腰掛けていた。


僕は入り口に近い端のソファーに座り、隣には安定した佐伯が位置する。


視界の端には日南さんが映っていたが、出来るだけ目を合わせないようにと体を少しだけモニターの方へと向けながら、飲み物を口元に転がす。


この後の展開がどうなるかは想像に難くない、僕の好みとは違う曲が流れ続け、それに呼応するように全員が盛り上がりを見せるだろう。


その空気の中で、僕の好きな曲を流そうもんなら知らない人も多く、場が白けかけない程度に。


そんな事にも気をつけながら、選曲しなきゃいけないストレスにはもう慣れていた。


回ってきた端末に、当たり障りのない誰もが最近よく聞くような曲を選び、送信させる。


別にカラオケが嫌いなわけじゃない。


ただ、空気を読みながら歌いたい曲とは別のものを選ばないといけないことが、何とも言えない気持ちにさせてくる。


そうして暫くして回ってきたマイクを手に、僕が歌い始めると全員が立ち上がりながら盛り上がりを見せていた。


マイクを持たなくとも、声を上げながら全員が一つの空気感を作り出すように。


これでまた、この和の中にいればそれなりの学校生活を送れるだろうと、少し悲しくなるような気持ちを抱きながら、歌い上げる。


「上手いな波多野!」

「いい曲選んだね!」

「盛り上がってきたぞー!」

「次は佐伯くんだね!」

「よっしゃ、任せとけ」


そうして机の上にあったマイクを手に、僕の方へと肩を回してくる。


映し出された曲は、色が分かれて二人のボーカルで歌えるようになっていたもので、どうやら共に歌って欲しいらしい。


そんな視線を感じながら、再びマイクを握る手を強める。


促されるように二人で立ち上がり、アップテンポな曲にのせて歌っていく。


それなりに、気持ちよく歌い切れたな。


佐伯も同じか、楽しそうな表情を浮かべていたのでこれはこれで良しとしよう。


さて、次は誰が…。


そうして流れたのは、先程までの流れとは打って変わってしっとりとしたバラード調。


マイクを握るのは日南さんだったが、太ももに感じた振動に思わず手が伸びる。


取り出した震えるスマホの画面に表示されていたのは、《桜崎 華》と。


僕は考えるよりも先に部屋のノブへと手をかけてしまって、その勢いを止めることが出来ず静かに飛び出してしまっていた。


出て直ぐに着信ボタンに触れ、耳にあてる。


「もしもし、桜崎さん!」

『おぉ、早いし声大きくてびっくりした』

「あ、ごめんなさい!」


先程まで歌っていたので喉が開いていたのか、自分が思っている以上に声が張ってしまった。


少し恥ずかしくなりながらも、当てた耳に全ての神経を集中させる。


「ど、どうされました」

『いや〜どうってこともないんだけど…今、時間大丈夫?』

「全然大丈夫です」

『あの、さ…ちょっとお願いがあって…出来ればでいいんだけど』

「何でも言ってください、僕にできる事なら」

『そっちで限定発売されるあるアニメの限定グッズを買って送ってください!!』


「…え?」


思いがけなかった言葉に少し詰まってしまった。


ただでさえ電話が来るなんて思ってもいなかったのに、急に来た電話の内容がグッズを買って送ってくれとの事だったから。


ふとよぎったのは、何故僕に。


『ご、ごめん変なこと急に…やっぱりいいや』「いやいやいや、全然大丈夫です。大丈夫なんですけど、僕でいいんですか?」


他に連絡する友人がいなかったのだろうか。


『君しかいないっていうか…君にしかお願いできないなっていうか…』


話を聞くと、どうやらこっちに来てまで買うことを考えた程だか時間が許してくれなかったらしく、それに加えてこっちの友人には自身がアニメオタクである事を打ち明けていなかった。


そんな所、急にアニメのグッズを買って送ってくれなどと言えるはずもない。


それは何となく想像できる。


そんな中で白羽の矢が立ったのが僕だと。


「いいですよ、任せてください」

『ホントにいいの!?無理してない、大丈夫?』

「全然大丈夫、しっかり果たしてみせますよ」


『ありがとうー、本当にありがとう!』


スマホの向こうからは何度も聞こえる感謝の声で、こちらまで嬉しくなってきた。


お金の受け取りは電子マネーで良いと伝え、グッズの詳細を聞いてから電話を切る。


直後、聞いていた金額に少し上乗せさせていた通知が届き、それと共ににメッセージへ住所と再びのお礼が添えられていた。


それを見て思わず笑みが溢れる。


気にしないでくださいとだけ返し、僕は再びスマホをポケットの中へと仕舞い込む。


浮き上がる気持ちを抱えながら体を翻し、再び部屋の中へと戻っていく。


扉を開けると、日南さんはすでに歌い終わっているようで別の女子が、渾身のバラードを歌い上げている途中だった。

いたが、その理由は考えるまでもなく僕の部屋を出た

その中で一部だけだがこちらに嫌疑的な事件を向けている者がタイミングだろう。


僕と日南さんの関係を知っている者だけが。


ただ、それ以上に何かがあるわけではなく目線が合いそうになると直ぐにそらされた。


「なんだ、女か?」

「うるせえよ」


そんな軽口をかわしながら残りの時間を過ごすが、頭の中ではクッズのことで一杯。


合間にスマホを開いては発売されている場所やその期間を調べつつ、知らなかったアニメの内容についても。


次に会うことがあれば、話のネタになればいいな。



そうして、予定していた日がやってきた。



事前に調べておいてよかったと、自分で自分を褒めたくなる。


限定グッズの発売されている時間より、かなり早く現地へと到着したが既に列を成しており、慌ただしく店員さんらしき人がその周りを回っていた。


「すみません、まだ並んでも大丈夫ですか?」

「はい、こちらが最後尾です!」


列に並んだ僕は念の為、希望されたグッズの確認をする為に電話をかける。


そう、念の為。間違いのないよう必要な事。


深く深呼吸をして押した発信。


息づくまもなく電話口からは声が聞こえてくる。きっと、グッズの事で心待ちにしていたのだろう、確認をする前に飛んできた矢継ぎ早な質問を、必死に返すばかりだった。


「あ、列が動き始めたので一旦切りますね」

「うん、ごめんね!本当にありがとう!」


そう言って切れた電話に合わせて、列は静かに前へと動き始めていた。


それからは人の数に比べて驚く程にスムーズで、店内へと案内されるまでそう時間は掛からなかった。


実はここ数日、このグッズのアニメや漫画を観ていたこともあり、少しだけ興奮している。


「おぉ…」


一人なのも忘れ、思わず声が漏れるが足早に目的の商品を数点、カゴに詰めて会計を済ませて店を後にした。


手に持った二つの袋。


急いで家に帰り、事前に用意していた段ボールへと持って帰った片方の袋を詰め込んでいく。


鼻歌交じりに、想いを詰め込みながら。


「よっし…念の為…」


詰め込んだ段ボールを片手にスマホを取り出し、再び耳元へと添える。


『あ、もしもし?』

「桜崎さん?今大丈夫ですか?」

『うん、大丈夫だよ〜もしかしてグッズ?』

「はい!無事に梱包終えたんで、この後コンビニで発送しておきますね」

『ありがとう!本当にありがとう!!』


電話口の桜崎さんは本当に喜んでいるようで、こちらにもそれが伝わって胸の奥が熱くなる。


ただ、僕の頭をよぎるのはこの先のことだけで。


「そういえば、アニメ見ましたよ。全部」

『うっそ!?本当に?』

「はい、つい気になっちゃって」

『どうだった!?』

「えぇっとですね…」


考えるよりも先に口が動くとはこの事で、今の僕にとっては精一杯に共通の話題を話し続けることしかできなく、それでも時折聞こえる桜崎さんの声に終始気持ちが揺れ動き続けている。


刻一刻と近づく終わりの時間から、必死に目を逸らしながらこの一秒に永遠を感じられるようにと。


『あ、ごめん凄い喋りすぎたね』

「いえいえ、まさかあんな裏話があるとは」

『じゃあ…本当に今回はありがとう。届くの楽しみにてるね』


「あ、あの!」


流れる沈黙に今度は勇気を振り絞る。


『なに?』

「こ、これから僕と…」


人生最大の勇気を、あの告白以上の。


「僕からまた連絡してもいいですか!」


対面でなかったことを喜ぶべきだろうか。


いや、それならばもう少しまともな…。


『ふふふっ。いつでもどうぞ』

「ふぇ、え、は…あ、ありがとうございます!」

『また面白い作品があったら、今度は君のお勧めを教えてね。それじゃ』

「は、はい。また…」


そう言い残して途切れた電話は、燻ぶり続けている感情を募らせるばかりで、もう少しだけ桜崎さんと繋がっていたかったと漏らしそうになる。


辛いな…。


もっと早くに出会えていればと、そう願わずにはいられないがあの日のあの瞬間だからこそ意味があったのかもしれない。


そんな事を考えなくもない。


それからの日々は何気ない日常の日々に、桜崎さんとの電話が何にも代え難い時間になっていた。


なんてこと無い学校であった出来事や、最近見たアニメの感想など。


それに、桜崎さんの話を聞くことも増えてきた。


学生の頃からアニメを見るのが大好きで、それに関連するようなゲームもやっていると。大学では中々趣味が合うような人にも出会えず、それでも楽しいキャンパスライフは過ごせている。


ただ、その日常に僕がいないことが悔やまれる。


こうして電話だけのやり取りでしかなく、それですらもいつ終わりを迎えてもおかしくないと感じていた。


たった一度、駅で鉢合わせただけ。


たまたま今の今まで会話が続いてるだけ。


そんな事を考えると、次第に不安だけが募る。


何も起こらずに、自然に消えてしまいそうで。


かといってここから動く勇気は生まれず。


もどかしい自分に嫌気が差していた頃、僕の考えていたよりも最悪かもしれない展開が待ち望んでいた。


ある日の学校終わりに、鳴り響くスマホ。


いつもの〝桜崎さん〟と表示が飛び込んでくる。


僕は近くの公園へと立ち寄り、ベンチに腰掛ける。


「もしもし?」

『あ、もしもし波多野くん?大丈夫かな』

「全然大丈夫です!のんびりしてただけです」


いつもとほんの少しだけ違和感のあるトーン。


気のせい…だろうか。


『変なこと聞いてもいいかな?』

「変なこと…ですか」

『ちょっとした質問なんだけど…』

「な、なんでしょうか」


やけに勿体ぶるなと、いつもならこんな感じで話したことが無かったので違和感でしかないが、それ程までに言いにくい内容なのだろうか。


『もしさ、自分の事を好きだと言ってくれる人がいたとしてね…』


固唾を呑むとはよく言ったもので、呑みきれない唾が喉の奥で引っ掛かったように、息をする事が一気に苦しくなってきた。


『その人が自分の趣味を否定する事があったとすれば、どう思う?』

「……それは、その」


言葉に詰まる。


実際に起こった出来事なのか、それともこれから起こりそうな事なのか。はたまた想像の範囲内で話をしているのか、今の僕には判断がつかないでいる。


『ごめんね、やっぱり変な質問だよね』

「仮にそうだとして…寄せられた好意に応えたいのですか。それとも、向こうと同じような感情を」

『それはそうだね…せっかくならそんな関係も悪くないかなっておもっちゃうよね』


胸が痛い、耳を塞ぎたい。


こんな話は聞きたくなかった。


最悪の考えが頭をよぎり始めていた、これは現在進行形なんだろうと。


「ぼ、僕なら受け入れて一緒に楽しめたらいいなって思いますけどね」


それが、僕にとって苦し紛れの答えだった。


こんなか細く繋がれた関係性であっても、なんとか保ちたいと願うしかない。


切なくも。


『やっぱりそうだよね、じゃないと楽しくないもんね』

「そうですよ!絶対に」


流れる沈黙ー。


続く言葉は。


『ありがとう、考えがまとまったよ』

「それって…」

『一度話してみて、ちゃんと確認してみる』

「えっ」

『だって、本人から聞いたわけじゃないしね』

「あ、そう…なんですか」

『友達からね、そう言われただけなんだ』

「友達から…そうですか」


形のない可能性が、確かな音を立てて崩れ去っていった。


こんな事なら気持ちだけでも伝えるべきだった。


もしかしたら今この瞬間は、全く違った結果が訪れていたのかもしれない。


いや、そうでなくても。少なからず自分の気持ちを消化できていたのかも。


「いい結果になるといいですね」


電話越しだったのが幸いした。


今の表情は、ほんの一欠片でも見せたくない。


鏡がなくともそう断言できる。


『うん、ありがとう』


これ以上の言葉は何も出なかった。


『じゃあね、またね』

「はい…また」


いつもとは違う〝また〟。


次は訪れないまた今度。


音のないスマホは、地面へと垂らされる。


ベンチに座り込んだまま、空へ散っていく気力を眺めるかのように仰ぐ。


この気持ちに整理をつけ、解決へと導いてくれるわけでもなく、癒すかのように優しくしてくれるわけでもなく。


それでも、ただただ。


何も成し得ない空へと仰ぎながら、これは決して後悔ではない。 


そう自分に言い聞かせながら、頬を伝う雫を拭いながらあの日の光景が思い出される。


「…帰るか」


そう呟いたのは、辺りが暗がりを見せた頃。


時間も忘れるほどに座り続けていたらしく、肌に感じるほんの少しだけの冷たさは、今の僕には丁度良かった。


そこから家に帰るまでは何も覚えておらず、気がつけば部屋の中に差し込む朝日が、一日の終わりを教えてくれる。


それは無情にも、いつもと変わらない日常がやってきている事を示していた。


(身体が重い) 


昨日のことが頭の裏側にこびりついているようで、何も考えずにいることはできない。


それでも身体を起こし、変わらない日常の中へと戻っていくしかなかった。


そうでもしない限り、このままここにいれば何かに押しつぶされてしまいそうで。


ぼんやりと眺めるスマホの画面に、諦め悪くも何かの期待を抱いてはみるが、そこに映っていたのはソシャゲの通知だけだった。


奇しくも、桜崎さんと盛り上がっていたアニメを元にしていた。


《早く戻ってきて!イベント開始まであと一ヶ月、早めの準備をしなきゃ》


「うるせぇよ」


飛び込んだ文字に意味もなく呟く。


そのままロック画面を開き、アプリのアイコンに長く力を込めるとアイコンが震え始めた。


再び指を重ねるが。


今の僕にそれを消すことは出来なかった。


半分諦めのままに、ベットから起き上がりながら支度を済ませて学校へと向かい始める。


いつもと変わらない道中。


周りに変化はなく、感情だけが渦巻く。


学校に着いてからは何かを察したのか、数人からは体調が良くないのかと聞かれた。


珍しく佐伯は何も聞いてこなかった。変わらないいつも通りの態度で接してくれていたそれは、有難いとすら感じる。


何もない時間が経ち、肌寒さが突き刺さるようになってきた頃。桜崎さんとはもう、連絡を交わさなくなっていた。


元々こちらからの連絡が多かったこともあるが、あの日の連絡以降どうにもその気にはなれず、遂には履歴からもその名前が消える。


「波多野、帰りにどっか寄って帰ろうぜ」

「ごめん、今日は真っ直ぐ帰るよ」

「ちぇ、付き合い悪いの」

「また今度な」


電話履歴を閉じ、音楽アプリを開く。


文句を言いながら去っていく佐伯を横目に、いつもの通り自分の世界へと沈み込んでいくように、頭にかけたヘッドフォンで耳を包む。


履歴からお勧めを抽出してくれたそのリストには、失恋ソングがいつの間にか目立つようになり、それを見た僕は思わず笑ってしまいそうになるぐらいに、気持ちが軽くなっていた。


人間(ひとま)を割りながら、学校を出て駅へと向かう。


何も考えずに歩いていたが、ふとある場所の前で立ち止まる。


「これって…」


でかでかと掲げられた巨大な広告看板。


数日前にはそこにはなかったそれは、スマホの中に入っているあるゲームに関連するものだった。


「大型イベント…コラボ…」


そこには今日から数日間、一部エリアを使ってのコラボイベントをしていると掲載されていた。


限定グッズの発売や、ゲームと連動したイベント等など様々な催しが開かれるらしい。


ふと、そのゲームは変わらずにスマホの中にとどまり続けていた事を思い出す。


久々に開いてみると、軽快な音楽と共に〝カムバックありがとう〟と表示されている。


そうして考えるよりも先に足は動き、イベントが開催されている場所に向かって歩き出し、鳴り響くゲームのBGMが、まるで何かの始まりを演出してくれているようでほんの少しだけ楽しみに感じていた。


このイベントは知らなかったが、あの日以降連絡が続いていたのなら、またグッズを買ってきてってお願いされていたのだろうか。


これは、未練なのか興味なのか。


どちらにせよ、向かい出した足は止まらない。


そう遠くない距離で開催されていたその場所は、想像していたよりも多くの人たちで賑わいを見せていた。


「すごいな…」


以前にグッズの購入で並んでた時よりも多く、その規模の大きさに自然と気分は上がる。


辺りにはコスプレをした人も多く、思わず魅入ってしまいながら、流れ続けているゲームのBGMに世界観へと呑み込まれそうになっていた。


「あ、すみません!」


前を見ていなかった所為か道行く人とぶつかってしまい、慌ててヘッドフォンを下ろしながら向き直る。


「いえいえ、こちらこそごめん…」


その瞬間、はっきりと感じた。


この世界の時が止まり、息をするのすら忘れていた事に。


「もしかして…」


間違っていたらどうしよう。


いや、間違えるはずもない。


でも万が一って事も。


自問自答を繰り返す僕の心配はよそに、簡単に打ち砕かれた。


「波多野くん?」

「桜崎さん」


互いに漏れ出た言葉は、確かな証明となる。


変わらない美しさを身にまといながら、現れることなかったはずの桜崎さんが、目の前に。


「お、お久しぶりです」

「ほんとにね!元気…してた?」

「はい、桜崎さんも元気そうで」


驚きと笑顔を混ぜたようで、少しだけぎこちない雰囲気が押し寄せてきていた。


喧騒の中で異質な空気感に周りも察したのか、気がつけば避けるような流れができており、興味本位な視線が向けられている。


「どうしてって…聞くのも野暮ですね」

「そりゃそうよ、こんなイベント逃す筈がないじゃない」

「大学は大丈夫なんですか?」

「たまたま休校!神!」


そうしてVサインを向けてくれるほどには、和やかな空気が戻ってきていた。


「波多野くんも?」

「僕は学校終わりに向こうの方で広告を見て」

「おぉ、つい来ちゃうぐらいにはハマったんだね?」

「ははっ、お陰様ですよ」

「いやー…布教した甲斐があったね」


そう自信満々な表情を浮かべている両腕には、大量の袋が掲げられており、既に買い漁った後なのだろうと見て取れる。


微笑ましくも思えるその姿を前に、忘れかけていた感情が再び灯り始めていた。


押し殺すのに必死で、何とか逃げ出したく。


「じゃあ、僕はこれから見て回るので…」

「なら一緒に行こうよ!」


逃げれない、何故か回り込まれてしまった。


と心の中で呟く。


「桜崎さんはもうお帰りですよね?」

「時間なら大丈夫!」


Vサインの次はOKと、無邪気に笑う桜崎さんは狂おしい程に眩しく、陰を色濃く映してくる。


「いや、にしても彼氏さんに申し訳ないんで」


もしかしたら一緒に来てはいないかもしれないが、なんとも言えない罪悪感を抱えていたくはなかった。


それ以上に、ようやく手の届く距離にいる存在へ近づくことすら許されない現状に、僕はもう耐えられそうにない。


「あ、あぁ…その事か」

「なので失礼します、今日は会えてよかったです」


軽くお辞儀をし、体を翻す。


情けない表情は見せたくなかった。


それは、僕なりの小さな意地というもので。


最後のお別れを。


「ちょ、ちょっと待って!」


掴まれた裾を引き寄せられ、再び向き直る。


「その話なんだけど…」


再び見合った状況に思考が停止したようで、それでも桜崎さんが少しだけ哀しげな表情を浮かべていることだけは見て取れた。


「実は駄目だったんだ」


明らかにわかる作り笑い。


「え、駄目だった?」

「ははっ、実はそうなんだよね…」


そんな表情は見たくもないが、それを思い出させてしまったようで急に嫌気が差してくる。


知らなかったとはいえ、いらないことを言わなければよかった。


「一緒にいて楽しめないや…って」


なんでそんな事を言われなければならい。


趣味なんて人それぞれだろう。


それを理由に…好きだったんだろうが。


「だから大丈…」

「行きましょう、案内してくださいよ」


そう言いながら、僕は自然と手を握りしめる。


「せっかく会えたんですから、僕にまた色々と教えてください」


今度は、笑って振り返る。


高まる体温が、汗が滲みそうな手が。


悟られないように、気づかれないように。


高まる鼓動を、自分自身を必死に抑えながら。


「よし、じゃあお姉さんが案内しよう!」

「はい!」


そこからの時間はあっという間で、気がつけば辺りは街灯の辺りが強くなり、一層と気温は低くなっていた。

 

「どう、楽しめた?」

「はい、おかげささまで色々と買えましたし」


手に掲げるグッズは桜崎さんの半分ぐらいではあるが、十分すぎるほどで若干調子に乗っていたことは否めない。と、少し冷静になった今は財布の中身が気になってしまう。


口が裂けても言えないが。


「あ、私はもう行かなきゃ」

「電車の時間ですよね」

「うん、家に帰らないとだね。遠い…」

「すみません、遅くまで付き合っていただいて」

「大丈夫、大丈夫!私も楽しかったし」


最寄りの駅までは同じらしく、最後のその瞬間まで最近見たアニメや、今日のことで盛り上がり続けていた。


ここ最近の、連絡していなかった時間を埋められるように。


駅について、ホームに立った時。


ふと思い出す。


いつもと変わらないはずのこの場所が、いつもと違う出会いを引き寄せてくれていたことに。


「懐かしいね」

「えっ」

「あの時はご迷惑をかけました」

「いえいえ!気にしないでください、むしろ…」


そう言いながら互いにお辞儀を仕返していると、駅のアナウンスが流れた。


それは、別れを知らせるものでもあり。


「電車来たね」

「そう…ですね」


暫くして目の前に停車した。


開かれる扉に引き寄せられるように、桜崎さんは入っていく。


「じゃあまたね!今日はありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございました…」


同じ駅、同じ方角ながらも向かう先はここから分岐しているので、同じ車両には乗らない。


立ちすくむ僕をよそ目に、鳴り響くサイレン。


音を立て閉まる扉に、僕は何もできず。


手を振り続けているだけで。


桜崎さんも、姿が見えなくなるまで合わせ鏡のように手を振り続けていた。


音のなくなったホームには僕以外にも沢山の人がいたが、一気に孤独感を覚え始める。


先程までの楽しさが嘘のようで。


僕はいつものようにヘッドフォンを手に耳へと運ぼうかと思うが、その気にはなれないでいた。


本当にこれでよかったのか。


もっと一緒にいるべきだったのではないか。


いやいやいや、それよりも想いを告げるべきでは。


何もなかったのだから、今ならまだ。


また離れて電話だけの日々に戻るのか。


それなら後で電話すればいいのでは。


それよりも、今メッセージを送るか。


そんな考えが頭の中で嵐のように吹き荒れ、絡み合った感情に絞め殺されそうにもなる。


そうこうしている内に、僕が乗る電車を知らせるアナウンスが鳴り響く。


我に返ったように頭を持ち上げた瞬間、スマホの通知が響いた。


手に取った僕の目には、桜崎さんの名前が。


開くとそこには〝今日はありがとうー〟と、なんてこと無い今日のお礼のメッセージが届いていた。


慌てながらも返信しようと、指を添えた瞬間に眼の前に電車が停まった。


そして、目の前で閉じられた扉。


僕は、その電車を横目に動かないでいた。


スマホを再び服の内側に戻し、次の電車を待つ。


そうじゃないだろうと己を奮い立たせる。


まだ間に合うはず。


桜崎さんは、この後乗り換えて新幹線に乗ると話していた。


今動かなければ、間違いなく後悔する。


想いを伝えるなら今しかない。


頭の中が整理された頃にはもう、次にやって来た電車へと乗り込んでいた。



会えるかどうかは分からない。


そもそも、既に乗り込んだ可能性もあるが、広い駅のなかで見つらけれないことも。


それでももう、動き出した電車は止まることがなく目的の駅まで一直線に走り抜けていた。


急に現れて何を話そう、いきなり告げようか、それともそれとなく会話をしてからなのか。


座り続けているからか、また頭の中は巡る。


暫く電車に揺られて、目的の駅に着いた。


降りて直ぐに看板を目に、新幹線の乗り場へと示された矢印に向かって走り始める。


荒れる呼吸に寒さを溶かし、進む足のりはもう止められない。


次第に増えていく人混みに焦りを覚えながらも、辺りを見渡しながら探し続ける。


取り敢えず改札まではそれらしい姿を見つけることは出来ずに、勢いのままに券売機で入場チケットを購入し、改札を通り過ぎた。


大きくなる不安と共に、高鳴る鼓動。


以前のやり取りで住所は把握していたので、それらしい乗り口を探し、看板を見つける。


ここの階段を登った先に、いなければ。


諦めるしかない。


電話をすることも無く、また次の機会に。


訪れることがあれば。


階段を登った先に広がる駅のホーム。


人は誰もおらず、既に電車が発車した後のような静けさが辺りを漂っていた。


次発の事故が目にはいるが、それは関係がない。


端から端まで歩いて見渡してみるが、桜崎さんどころか人一人すらいなかった。


終電では無いと思うが。


もう既に、乗り去った後だろうか。


何度も見渡すそこに姿はなく、諦めたかのようにくだりのエスカレーターに乗りながら取り出したスマホを片手に指をなぞる。


〝こちらこそあり……〟


「波多野くん?」


その声ー。


振り返ったその先にはすれ違い、上へと登っていく桜崎さんの姿がそこに。


僕は、気づいた時には走り出し身を翻しながら登りのエスカレーターへと乗り込んだ。


「桜崎さん!」

「やっぱり波多野くん、どうしたのこんな所で」


息を切らしながらも気持ちを落ち着かせ。


胸元を強く握り締める。


「今日はありがとうございました」

「う、うんこちらこそ楽しかったよ…?」


困惑したような表情を浮かべているが無理もない。


「えぇっと、もう遅いしちゃんと家に帰らなきゃ駄目だぞ?」

「いや、違うくて…これは」


口の中が渇ききって息を呑むことすら出来ない。


「大丈夫?」


「また、会えますか!?」


静かな駅のホーム。


空に向かって開いた天井から言葉が消えていく。


取り出したかった言葉はこれじゃない。


そう思った時には、桜崎さんの顔は見れずに俯くしか出来ないでいた。


「そうね、また帰ってきたら遊びに行こうか」


「本当…ですか」

「うん、また次も行きたいイベント?ライブ?があった筈だしね、丁度いいじゃん」


軽やかに告げられる声は。


緊張に凍った心を少しだけ解きほぐしてくれる。


「お、新幹線来たみたいだね」


でも、僕は。


「じゃあ今度こそ行くね」

「つ、次は…」


僕の伝えたい言葉はー。


「叶うならば、僕は貴女が好きです」


「…えっ」


「一緒に楽しめるなら楽しみたいです、どんな趣味であってもそれはその人の良さじゃないですか」


もう誰にも止められない。


音を立てながら開かれた新幹線の扉。


振り返りながらも、その驚きに満ちた表情から目が離せないでいた。


「初めて出会ったあの駅から、ずっと。桜崎さんの事しか頭になくて、改めて会った今日もほんとに綺麗だなって」


「それは…」


「それしか頭になくて、伝えるには今しかって」


いつの間にか周りには人がまばらに増えており、新幹線を乗り降りする人が流れていた。


僕たちを避けるようにした流れは、無言のままにいた桜崎さんを連れ去っていく。


返事は貰えなかった。


そういう意味なのだろう。


燃え尽きたこの気持ちは、消化しきれない燃えカスだけを残していく。


鳴らされる発射のベルに、僕は身を翻す。


泣きそうな顔を向けないように。


送り出す勇気は情けなくも無かった。


何も出来ずに僕は、そのままエスカレータへと足を踏み入れる。


下っていく度に、思い返された。


伝えなければよかったかなって。


降りきった頃、スマホが鳴り響く。


そこには母親から一言、〝どこをほっつき歩いているの〟と。気がつけばかなりの時間が経っていたようで、心配するのも無理はない。


僕は滲む視界の中。


指を滑らしながら帰る時間を打ち込む。


【桜崎さん〝ありがとう…〟】


送信ボタンを押す間際、上から降りた通知。


続く言葉に躊躇いを覚えながらも、自然と指は上に向けて伸びていた。


周りの目も気にせずに僕は。


渾身のガッツポーズを決める。


「やった!!」


〝ありがとう、あまりに驚いたのと新幹線が来てたから何も言わずに乗り込んでごめんね〟


先に飛び込んだ一番最後の文字、そこからなぞるようにして上から読んでいく。


〝私も少し気なっていたのは事実です〟


あまりに激しい心臓が千切れてしまいそうで。


〝こちらこそ、よろしくお願いします〟


だからこそ僕は喜びを溢れさせる。


何度も何度も、その場で足踏みしながら。


我を失った僕を断ち切るように電話が鳴る。


『あんた、いつになったら帰ってくるの!』

「ご、ごめん今から帰るよ!」


その声に足早に駅に向かって走る。


桜崎さんは今どんな気持ちだろうか。


僕と同じであればいいな。


これから何があるかわからないが、一緒に何かを楽しめるような、そんな気がする。


〝ありがとうございます!帰りは気をつけてください。これからもよろしくお願いします〟


次に会えるのはいつだろうか。


その日までに溢れるこの気持ちは、我慢しておかないといけない。


繋がりながらも触れれないこの距離が。


桜崎さんを想い続けた時間が。


これからは別の景色を見せてくれる予感がする。


あの日駅で見た、美しく輝くもの以上に。

ご完読、誠にありがとうございます。


ラスト目前です! 

最後まで宜しくお願いします!!


ぜひ次回もお楽しみに。これからも応援よろしくお願いいたします。また次話でお会いしましょう(*´∇`*)

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