↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノウミ短編作品集(全10作品)  作者: ノウミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/11

スパイの心忍び知らず

こんにちは、ノウミです。


たくさんの小説や素晴らしい作品がある中で、私の作品を手に取っていただきありがとうございます。

これまでに多くの作品を発表してきましたが、皆様に楽しんでいただけるよう、これからも様々な物語をお届けしていきます。


皆様に「読んでよかった」と感じていただけるよう、

一層精進してまいります。


どうぞ、これからもご期待ください。

「服部、明日から留学生のヴァレンタインを探れ」


都内にある高層マンションの一室。


主である龍宮寺様から下された命令に、私は静かに頭を垂れた。


「何か疑わしいことでもありましたか」


「今は構うな。ただ何でもいい。些細なことでも構わん。あの女に関する情報を全て俺に寄越せ」


その声音に迷いはない。


ならば私に必要なのは理由ではなく、遂行のみ。


「……かしこまりました」


主の言葉を疑うな。


全にて一となりて。


忍びとして生を受けた私に刻まれた楔であり、絶対の掟。


故に私は命令に従う。


それが正しいか否かを考える必要はない。


◇


翌朝。


龍宮寺様が住まわれる高層マンションから少し離れたアパート、その一室には護衛と監視を兼ねた者たちが身を潜めている。


私は窓辺に立ち、龍宮寺様が玄関を出る姿をこの目で確認した。


「親父、行ってくる」


「忘れるな。お前は忍びにして――」


「わかってる」


言い終わる前に返事をする。


毎朝聞かされる小言だ。


それでも親父は満足そうに頷いていたが、私は気にも留めずに龍宮寺様の後を追うように家を出る。


同じ制服に袖を通し、同じ学園へと向かう私は護衛対象と自然に同じ場所へ潜り込めている。


学生という身分は実に便利だった。


やがて校門が見えてきた頃、いつもの通りと言うべきか龍宮寺様の周囲には人だかりができ始めた。


「おはようございます、龍宮寺さん」

「おっはよう! 龍宮寺!」

「龍宮寺さん、今日も素敵ですね」


男女問わず人気が高い。


名家の嫡男でありながら気取らず、誰に対しても分け隔てなく接する敵を作らない立ち回りは、現当主を見ているようだった。


少しずつではあるが、似てきたなと感じる。


そんなことを考えながら歩いていると、ふと周囲の空気が変わった。


ざわめきの質が違う。


人が集まるというより、人の視線が一点へ吸い寄せられている様で。


「やっぱり女神だよな……」

「美しいとしか言えない自分が腹立たしい」

「出来ることなら付き合ってみてぇな」

「馬鹿、冗談でもやめとけ」


誰もが苦笑しながら、その姿を目で追っている。


その視線の先にいたのは――


アイリス・ルナ・ヴァレンタイン。


数週間前、この学園へやって来た留学生。


風が吹き流れ。


そのたびに揺れる白髪は、まるで月光を糸にして紡いだようだった。


透き通る白い肌に宝石を思わせる蒼い瞳。


整い過ぎた顔立ちは現実味を失わせ、まるで絵画の中から抜け出してきたかのように錯覚させる。


だが――


私の目を引いたのは、その美貌ではなかった。


誰もが彼女を見ている。


憧れの視線を向けている。


それなのに誰一人として近付こうとしない。


いや、近付く事を許さないのだ。


理由はわからない。


恐怖でもない。


嫌悪でもない。


ただ本能的に理解している。


あれは自分たちと同じ場所に立つ存在ではない、と。


だからこそ。


誰かが畏敬の念を込めて、最初にそう呼んだのだろう。


月の女神――アルテミス、と。


そして私は無意識に目を細めた。


主が調べろと命じた理由は、まだわからない。


だが、確かにあの女は異質だった。


私は静かに意識を沈めながら、人混みの中へと溶け込むように紛れ込み、もう少し近くで観察。


これだけの視線の中は私にとって都合がいい、変に思われることは…。


と、歩みを寄せた瞬間。


背筋に氷の礫が一筋、流れ落ちる。


妖艶にも微笑むヴァレンタインの表情。


これだけの人の数で、勘違いでなければ私に向けられていた。


これ以上踏み込むは危険だと、警鐘が鳴らされる。


(どういう事だ、偶然か)


「ヴァレンタイン、おはようー!」


その声は私の後方から投げ込まれ、人混みを縫うように一人の女性が向かっていった。


春の陽射しのような笑顔を浮かべながら、一人の少女が駆け寄る。


桜川春陽。


ヴァレンタインが転校してきて以来、唯一と言っていいほど距離の近い人物だ。


「おはようございます、春陽」


「もう、また敬語だー!」


そう言って笑う桜川に、ヴァレンタインも僅かに口元を緩める。


周囲がどよめいた。


なるほど。


あの女神に普通に話しかけられるのは彼女くらいらしい。


「おいおい、女神が揃ったぞ」

「俺はもう死ぬかもしれない」

「馬鹿っ、戻ってこい!」


どうやら私の杞憂に終わったようで、念のために、彼女も調査対象としておこう。


そうして、流れに身を任せながら校内へと進む。


教室は三クラスに分かれており、龍宮寺様はAクラスで私はBクラスだった。


周知には私たちが他人である事を周知しておかねばならず、別クラスなら接する機会も限りなく無くせると、当主からのご意向もある。


そして幸か不幸か、席に着いた隣にヴァレンタインが静かに佇んでいる。


本を開き、誰からも声をかけられず。


周りの喧騒を寄り付かせないように、その場所だけ穴が空いたようで。


桜川は龍宮寺様と同じクラスなので、授業が始まってからはこちらに専念できる。


何か、怪しさを覗かせるならば。


龍宮寺様が警戒する意味がわかるかもしれない。


今はまだ推し量れずにいるが。


そうして朝の朝礼が告げられ一限目が始まるが、気付けば昼休みを迎えていた。


ヴァレンタインは終始真面目な生徒だった。


授業態度は模範的。


教師からの信頼も厚い。


少なくとも表面上は、警戒すべき要素など見当たらない。


だが――。


再びあの視線を感じたのは、その時だった。


今朝に感じた視線が、再び体中を氷の刃で突き刺してきた。


瞬時にあたりへと意識を張り巡らせるが、その主たる人物までは辿り着かない。


この私から逃れるなどあり得ないのだが、言い表せぬ危機感を拭えずにいた。


そうして、いつの間にか消えたその視線に安堵する事すらも出来ずに。


それからは、何もなかったように終礼の終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響く。


周りは一気に慌ただしくなり、この後何処で遊ぼうかと盛り上がっている様子だが、意外にもその中で申し訳なさそうなヴァレンタインが、この後用事があるからと断り続けていた。


その様子に私は違和感を感じた。


足早に帰る様子をよそ目に、私も鞄を抱えながら教室を後にする。


廊下では龍宮寺様がヴァレンタインへと声をかけている様子だったが、軽い挨拶を交わした程度でお互いにすれ違っていった。


私もまた去り際に。


「今晩にも」


と、言葉を小さく残す。


頷く様子に安心し、スマホを片手に別の護衛を手配するようにと指令を出す。

即座に帰ってきた父からの返事を後に、靴箱を抜けて校内から飛び出していく。


暫くは人混みの中をかき分けるように歩いていたが、駅の方へと向かうにつれて少しずつ進路を変えながら人波を避け始める様子を見せていた。


その動きから、次第に怪しさは増すばかり。


こみ上げる鼓動を抑えながら、掌を握りしめる。


こちらも姿を見られぬようにと、一定の距離を保ちながら遮蔽物へと身を隠すように進まねばならなくなってきた。


(何処へいくつもり…家か?)


家の場所も特定出来れば、得られる情報も多くなるだろう。


ほんの少しの期待が沸き起こりそうになるが、それは途端に閉じられることとなる。


変わらぬ歩幅で歩み続けていたヴァレンタインが、突如として身を翻すように狭い路地へ飛び込むように動きを変えだしたのだ。


慌てた私は一気に詰め寄ろうと走り出すが、その路地を覗き込んだ先に姿はなかった。


(一体…)


そこは路地裏と呼ぶにふさわしく、家らしい家も立ち並ばず、ヴァレンタインがどこかの建物に入った形跡すらも見当たらない。


恐る恐る足を踏み入れ、進み続けたその時ー。


「動かないで」


背後に突きつけられた硬い何か。


それが分からずに身構えようとするが、続く言葉に体を動かすことすら叶わなくなる。


「動かないでね、穴なんて空きたくないでしょう」


込められた力に、体に当てられていた部分で刃物の類いである事は嫌でも理解できてしまっていた。


そして、その声は聞き馴染みのある。


「ヴァレンタインさん、一体なんなんですか」

「あら、おわかりかしら」

「そりゃ、クラスメイトですから」


このまま身を翻し、制圧する事も叶わなくないが、今は一生徒を演じ切るしかない。


「ならそのクラスメイトである服部くんは、何故私のストーカーをしたのかしら」

「え、何のこと」

「こんな所、通るはずがないでしょう」

「こ、この通路を抜けたら近道だからね」


流れる沈黙。


頬を伝う汗が、一層気味悪く感じられる。


浮かぶ疑問の数々に、打てる最善だと今は思いたい。


「そう、その言葉が真実だとして」

「ほ、本当だってば」

「なぜこの背中に当てているものが、貴方の身を脅かすものだと?」


突如、その質問に理解ができなかった。


先ほど自分自身で〝穴なんて飽きたくないでしょう〟と言ったところだろうに。その言葉以上、何かしらの道具であり、それは私の体を貫きかねないものであることを明言していたはず。


「ふふ、いいかしら。普通の人は笑いながらこっちへと振り向くものよ」


変わらず理解できない言葉に、困惑するしかない。


身の危険を感じたのであれば、それは大人しくしている事が得策ではなかろうか。


制圧できるほどの技量があれど、背後を取られたのであればそれはまた。


「理解できないって表情をしているわね?」


そう言いながらヴァレンタインは私の目の前へと回り込み、覗き込むようにして目線を合わせる。


「普通の人なら冗談だと思い振り返る」

「……」

「ストーカーならご逃げるか、私に襲いかかる」

「……」

「どう?違うかしら」

「……」

「で、やはり貴方は違った」

「だとしたら何だ、怖くて動けなかっただけだ」


そうして私の体を吟味するように視線を動かす。


「の割に鍛えてらっしゃるみたいじゃない」

「…趣味だ」

「ふーん」


そう言いながら今度は、優しく撫でるように指先で体をなぞり始めてきた。


私は、それを振り払うように後ずさる。


「な、なにをする!?」

「ふふふっ、初心ね」

「お、驚いただけだ。勘違いするな」

「はいはい、女性に慣れてないだけね」

「な、だ、誰が!」


そうして面白がるようにヴァレンタインが優しく微笑むが、途端に変わった蛇のような目線が背筋を一気に強張らせてくる。


(ッ…あの視線)


「やっと話せましたね」

「な、なんの話だ」

「ずっと聞きたいことがあったの」


足元から絡みつくように言葉が昇ってくる。


父親殿特訓で幾度となく感じた死の恐怖、それに似たものが首元に突きつけられているようで、息をすることすら忘れた。


飲み込もうとする生唾ですら、喉を通る事を許さない。


逃げたくても逃げれないこの状況、蜘蛛の糸ほどの道筋を見出さねば終わりかねない。


「な、なんだ」


覚悟を決めろ。


何を言われてもいいように。


「好きな食べ物はなに」


「……はい?」


またしても流れる沈黙、いや。静寂といったほうがしっくりくる。


この空気からは考えもつかない言葉。


何も言い返せずに呆気にとられるしかない。


「だ、だから好きな食べ物は何って聞いたの」

「なんで急に……いや、何のためだ」


優しく微笑み続けるその表情からは、質問の意図が見えてこない。


「な、何だっていいでしょう!で、答えは」

「言うつもりはない、これ以上ないなら失礼させてもらう」


と、後ろに足を引いた瞬間空気がが変わる。


「貴方を知るためよ」

「何のために」

「関係ないでしょう」


私を見つめるその瞳へと吸い寄せられるかのように袖を引かれ、謎の単語が解き放たれる。


「いいわ…卵焼きでしょう」

「な、何が…」

「それも、甘くて柔らかい卵焼きよね」


続く言葉に、頭を強く打ち付けられたような衝撃を覚えた。


私の好きな食べ物を言い当てた。


背後を取り、後ずさる私の袖を掴み、謎の質問からの答えを自ら言い当てる。


(本当に、何が目的なんだ)


「な、なんとか言いなさい」

「正解だといったら」

「ふふっ」


(だから、何なんだこの状況は)


「その表情で大丈……あ、そろそろ時間ね」


そう言いながらヴァレンタインはスマホを手に取り出し、耳に当てる。


「分かってるわ、直ぐに戻る」


誰かと通話しているようだが、この隙に…。


「じゃあね服部くん。また明日」


と言い残しながら、路地の奥へと歩いていく。


突如として残された私は、呆然とするしかなく。


「えっ」


先ほどのやり取りが嘘のように、爽やかな風が頬を撫ぜる。


私もまた、何も考えずに歩みを進める。


取り敢えず今は、家に戻ろう。



そうして家に戻ってからは何をするでもなく、今日の一連の出来事だけが頭の中を埋め尽くしてくる。


何を報告し、何を報告しないか。


真意も意図も推し量れない今、下手なことを龍宮寺様に伝えるわけにはいかないだろう。


少しずつ情報をまとめながら、約束の時刻を迎えたので昨晩の部屋へと向かっていく。


「きたか、服部」

「龍宮寺様、お待たせしまし…」

「前書きはいい、今日の成果は」

「はっ、本日ですが」


私が報告したのは当たり障りのない事実のみ。


あの路地での出来事は一旦胸にしまう。


「そうか、やはりか」

「と、いいますと」

「いや…今はいい。明日以降も頼むぞ」

「僭越ながら、一つよろしいでしょうか」

「なんだ」


「何を疑っておりますか、何が知りたいですか」


聞くつもりはなかったが、龍宮寺様が感じた何かを垣間見えれば今日の出来事が少しでも理解できるかもしれない。


その方が有益な情報へと繋がる。


「今はまだ言えぬ」

「…左様でございますか」


それほどの状況なのか。


それとも、龍宮寺様もまたヴァレンタインを推し量れてない可能性もあるのだろうか。


「だが、一つだけ言えるとすれば」

「はい」

「趣味や好みなどを探れ」

「御意に」


(……ん?)


「なんだ」

「いえ、何もございません。これで失礼させていただきます」


趣味や好み…だと。


龍宮寺様も似たような事を。


これは偶然だろうか。


それとも何かの隠語。


いや、隠語はない。 


(駄目だ駄目だ)


部屋から出て直ぐ、自分に言い聞かせる。


迷うな、疑うな。我は忍びなりて。



◇


また陽が明ける。


今日は珍しく寝起きが悪い。


頭の中が整理されずに散らかっているような。


頭を抑えながら体を起こしカーテンへと手を伸ばすと、早朝にも関わらずスマホが震えた。


画面を覗き込むと、そこには見知らぬ番号。


よくある奴かと無視をする。


が、それが鳴り止むことはない。


続く三度目に苛つきを覚え、思わず手に取り着信ボタンへと指を伸ばす。


「はい」

『おはよう、服部くん』


鳥肌が立った。


即座に切電し、ベットへと投げ込む。


胸を握りしめながら、視点は投げ込んだスマホへと注ぎ込まれていた。


(何故、何故、何故)


そんな私を構わないと言わんばかりに、再びスマホは空気を震わしながら鈍い音を鳴らす。


出なければ終わらない。


そう意を決して、再び手に取る。


「なんなんだ、ヴァレンタイン」

『あら、正解ね。おはよう服部くん』

「だから一体何なんだ」


荒げそうな声を必死に抑える。


こんな状況父親にバレるわけには行かず、それに荒げた所で状況が好転する事はない。


『私からのモーニングコールよ、嬉しい?』

「…切るぞ」

『さっき切りましたよね』

「要件は何だ」

『どうでした、嬉しかった?』

「しつこいぞ、要件は何だ」

『面白くないですね』

「それはこっちの台詞だ」


『いいわ、家の前で待ってるわ』

「はっ?」

『ま、ど』


私は慌ててカーテンを勢いよく開けると、視線の先には確かにヴァレンタインが立っていた。


スマホを耳に当てながら、こちらに手を振るその姿は恐怖すら覚える。


「何をして…」

『昨日の続きですよ。は、や、く』

「従う理由はない、それじゃあな」

『龍宮寺』

「なんだ急に」

『声、上がりましたわよ』

「……何が望みだ」


状況が一気に変わった。


ヴァレンタインが龍宮寺様の名を出した以上、私は事と次第によっては手荒な真似も辞せない。


『言ったでしょう。待ってるって』

「…わかった、しばし待て」

『待ってるわ』


無機質な音だけが部屋に残る。


視線の先には、変わらず笑顔で手を振る姿が。


意識を切り替えろ。


奴は敵だ。


もう油断をするな。


今から主の危険に身を投じる。


忍びとしての矜持を成せ。



急いで身支度を整え、部屋を飛び出す。


「おや、龍宮寺様はまだじゃろうに」

「今は言えない、代わりを頼む」

「何かあったな、手はいるか」

「不要だ」


呼び止められた父親に、具体的なことは言わずに家の扉を空けてヴァレンタインの元へと向かう。


変わらず窓から見ていた場所で待っていた。


間違いであればよかったが、そうではない。


「朝から怖い顔ね」

「誰のせいだと」

「悪かったわよ、仕方ないでしょう」

「龍宮寺様をどうするつもりだ」

「どうもこうもないわよ…歩きましょう」


今は敵の戦力も目的も把握できていない。


身辺に関しては代わりに任せれば安心だろうが、今はその言葉を飲むしかない。


私はヴァレンタインの隣へと歩み寄り、全身に警戒を伝えながら歩幅を合わせる。


「服部さん、こちらを」


取り出されたその何か。


私は即座に離れて、用意していたクナイを構える。


「何んですかそれは、怖いわね」

「そっちこそそれは何だ」

「何って、お弁当ですよ」


そうして差し出された手には、確かによく見る弁当袋がぶら下がっていた。


「ふざけるな」

「ふざけてませんわ、だから昨日聞いたんですよ」

「何を…」


ふと思い出したのは、昨日の質問。


だからといって警戒を緩める理由にならない。


「いい加減にしろ!目的はなんだ」


思わず声を荒げてしまった。


もうここまでくれば我慢する必要もないだろう。


こちらは武器を取り出した、後戻りは出来ない。


「ふぅ……そうね」


ため息を吐きながら、ヴァレンタインの体が大きくうねりを上げる。


凄まじく放たれた一閃は、警戒していた意識を打ち破りながら手に持っていたクナイを上空へと弾き飛ばす。


「なっ!」


放たれたのは鋭い蹴りだったようで。私は再び構えを取り直し、続く連撃に備え、襲いかかるヴァレンタインをいなし続ける。


初動に圧されはしたが、手数が増えるほどに劣勢から優勢へと転換させていく。


この時間は早朝なこともあり、周囲には人影はなく短時間で済ませるなら問題はない。


垣間見せた隙を見事に突き破り、気がつく頃にはヴァレンタインを組み伏せていた。


「目的と正体を言わねば殺す」


もう一本のクナイを喉元に突きつけ、両手足を抑えこむ。


「ははっ、流石ですわね…日本の忍びは」

「言え、次はないぞ」


情報を聞き出せればいいが、先ほどの動きから只者ではない事が伺え、雇い主がいるならば簡単に口を割らない可能性もある。


悠長にはしていられない。


誰かに見られでもすれば別の意味でも終わる。


「分かりました、正直に話しましょう」

「本当だな」

「えぇ、元々そのつもりでしたわ」


抗う様子も見られなかったので、一旦拘束を解く。


遠くに落ちたクナイを拾いに向かい、手に持っていたものと懐に仕舞い込む。


「さぁ、話してもらおうか」


振り返った先には、降伏の意思表示のつもりなのか、両の手をあげながら立ち上がっていた。


「VJL貿易所属、アイリス・ルナ・ヴァレンタインですわ」

「…目的は」

「龍宮寺家の持つ会社と業務締結を結ぶにあたり、問題がないのか調べるために参りましたわ」


その表情から読み解くに嘘は言っていない様子。


だがなぜ急にこのタイミングで打ち明けた。


それもこんなやり方、適切ではない。


(何か他に目的が……)


「ならなぜ私に接触してきた」

「特に理由はありませんわ」

「くだらないやり取りをしている暇は無い」


再び歩み寄り、息のかかる距離まで迫る。


「いいから、吐け」


不意にそらす顔。


その行動に、何かを隠していることは明白。


私は、仰け反るヴァレンタインを引き戻した。


「二度はない」


目線そらし続けながら、沈黙を貫く様子。


先の目的が嘘ではない以上、ここで手をかけるのは得策ではない。尋問をして吐かせるわけにもいかず、これ以上は無駄だろうか。


「これ以上、私に関わるな」


沈黙を断ち切るように、ヴァレンタインをその場に残し去る。


この事を龍宮寺様に伝えれば大丈夫だろう。


大胆すぎる行動に出た以上向こうもただでは済まなく、後の対処は上が行うはずだ。


私は気持ちを切り替え、いつもの日常へと戻ろう。


「待って!」


背後から声が聞こえる。


私は、振り返らずにその場に立ち止まる。


「用はないはずだ」


「……ごめんなさい」

「何に対してだ」

「じ、実は…私」


もどかしそうに喋る様子に、私は耳を傾ける。


「服部くんのことが…好きなの」


私は、今の言葉を疑った。


むしろ新手のハニートラップに走ったのかと、疑いが生まれ始めた。


それは忍びとして生まれた私とて、男児の一人。


「ごめんなさい急に」


続いた言葉に怒りすら覚えそうになる。


私は押し殺すようにして深く息を吐き、その場を足早に立ち去る。


再び何かの声が聞こえた気がしたが構わない。


そうして次第に高まり続ける鼓動が、走った運動から来るものなのか、怒りから来るものなのか分からなくなるほどに急いで学校に向かう。


校門前では龍宮寺様の姿がみえ、その光景を前にいつもの精神を取り戻す。


(落ち着け、のまれるな…臨/兵/闘/者/皆/陣/列/在/前)


乱れる呼吸を整えるようにそう言い聞かせながら、去り際に龍宮寺の懐へと簡単な報告書をまとめた用紙を忍ばせる。


ここに来るまでに歩きながら書き上げる事など、私にとっては造作ではない。


龍宮寺様もそれを感じたのか、軽く懐を叩いて受け取った合図を示す。


これで一安心。


一旦の任務は果たし、いつもの日常へと戻る。


そう、いつもと変わらない。



と、思っていたのは浅はかだった。


教室で席に着き、授業の準備を進めていた所で、場の喧騒が私の元へと集中する事態になっていた。


「服部くん、少しいいかしら」

「すいません、授業の準備があるので」


周りから見れば異常事態でしかなかった。


学校で女神と言われていた存在が、影の薄く声もかけたことのないような存在に近づいたに飽き足らず、声をかけるがそれを断っている。


流石の私でも不味い事なのは理解できるが。


「もう一度言います、服部くん。少し時間を下さい」

「ごめんなさい、勘弁してください」

「何故そんな謝り方なんですか」


笑顔の奥に覗かせる怒り。


もしかするとなびかなかった私に、プライドでも傷つけられたとかだろうか。


だとするなら、もう放っておいて欲しいが。


次第に喧騒は私への嫌悪へと変わり始める。


これ以上は、これからの任務への支障を及ぼしかねない。


その様子に半ば諦めて、私は立ち上がる。


「私なんかになんでしょうか」

「ついてきてください」


そう言いながら教室を出ようとした所に、入ってきた教師と出くわす。


「おい、どこに行く。朝礼が始まるぞ」

「すいません。服部くんと出ます」

「いや、駄目だろう」

「先生…体調不良です。すぐ戻ります」


(いや、それは無理があるだろう)


ひとまず、追いかける心配は無さそうだが。


「そうか、仕方ないな。おい服部、ついて行ってやってくれ」


ざわつく教室。


半ば狂乱の意思を見せる男子生徒、色めく女子生徒。唯一の助け舟が簡単に沈められたその瞬間、私は完全に諦めるしかなかった。


教師よ、それでは駄目だろうと心の中で呟く。


「服部くん、宜しくお願いしますわね」

「……はい」


私は渋々後をつける。


ヴァレンタインはその言葉の通りに、大人しく保健室へと向かうかと思えば、向かった先は階段を上がりきった屋上だった。


いつ用意していたのかと疑わしい鍵を取り出し、簡単に外に出る扉を開ける。


その様子に私は、淡々と後ろを歩き続ける。


風が強く吹き上がる屋上に、なびく髪を抑えながらこちらを振り返る。


普通の男子なら心臓が張り裂けるようなシュチュエーションだろうが、私は別の意味で心臓の心配をしなければならない。


気配を探るにあたりに人気はない。


懐にはクナイと手裏剣を備えている。


予想外の奇襲でなければ、簡単にやられはしない。


(さあ、どうくる。ヴァレンタイン。)


「服部くん、なぜ逃げたの」

「そんな簡単な手に引っかかるか」

「どういう意味かしら」

「安っぽいハニートラップだって事だよ」


その言葉に、驚いた表情を浮かべた。


やはり間違いではなかったらしい。


よくやったぞ、私。


「ハニー、トラップ…?」

「さぁいいだろう、目的は知らんが龍宮寺様にあだ名すならこの命賭ける覚悟はある。そうでないなら雇い主に伝えろ、正攻法で来いとな」


「正攻法…そうね。正攻法ね」


これで後は当人同士で、正式な手続きを踏んだうえで話し合いをしてもらいたいものだ。


「いいわ、服部くん。よく聞きなさい」

「何を…」

「私はスパイの一族として生まれ生きてきた」

「だから何を」

「そんな中で忍びの存在を知ったわ。日本には、私たちのような存在が今も生き、暮らしていると」


もしかして、真の目的は私たち忍びか。


即座にスマホを手に、救難信号を発する。


差し違えてもここで一人は始末するしかない。


そうして懐のクナイにも手を伸ばした瞬間ー。


「最初は憧れだったの!」


途端に固着する身体。


「憧れだったのよ、私たちと同じように影の世界を生きながら全く違う手腕の数々を持つ存在に」

「……はっ?」

「忍者、忍法!それに様々な忍び道具。なんてミステリアスで美しいのかしらって」


その表情はまたしても嘘の色が見えない。


どっちだ。いや、今何が起きている。


「一目見たくて、この国への任務があると聞いて直ぐに飛びついたわ」


握りしめたクナイが、取り出せずにいる。


迷うな、動けと言い聞かせるが。


下せない判断がそれらを鈍らせる。


「そうして任務の主である龍宮寺家の調査をしていた頃、憧れの忍び…服部くんを見つけたの」

「先ほどから何を言って」

「運命だと思ったわ、そうして調査をする日々を重ねる毎に憧れは変わっていったの」

「頼むからそれ以上口を開くな」

「その生き方に、忠誠心に心奪われたわ」

「黙れ!」

「心から好きなんだって気づいたの、嬉しかったんですわ」


高まり続ける鼓動に、吐き気すら覚える。


それに合わせて体温も一気に上昇してきた。


「だから熱い視線を感じた時に…つい抑えが効かなくなって、追いかけられて…つい」

(まさかあの時の視線は…そういう事か)


いやいやいや、納得するべきではない。


未だに敵であることには変わりがない。


ハニートラップだと言い聞かせ続けろ。


「ごめんなさい!焦っていたとはいえ、やり方を間違えてしまいましたわ)


そうして必死に頭を下げるその姿。


思わず握っていたクナイの手が緩む。


その瞬間、背後の扉が音を立てて開かれる。


私の心臓は遂に止まった。


身動き一つ取れずに、呼吸すら忘れる。


誰が来たかも分からずに。


「お待たせ、ヴァレンタインさん」


と思っていたが、その声は聞き馴染みがある。


なんとか体を捻ると、そこには龍宮寺様が。


何故ここにと言いたくなるが今はそうじゃない。


守らねばー。


「龍宮寺様、逃げてください!こいつは」

「静かに下がれ、服部。分かっている」


その言葉に、片膝を地面に突き頭を垂れる。


不味い不味い。


一秒たりとも見逃すな。


ここで傷一つでも負わそうもんなら、私の意義が音を立てて崩れる。


それだけは許されない。


だが、主の名に背くわけにもいかない。


「ヴァレンタインさん、服部から聞きましたよ」

「改めて初めまして、龍宮寺様」


向き合う二人。


ヴァレンタインは優雅にお辞儀をし、二人の距離は縮まり始める。


「帰って伝えたまえ、よい話し合いにしようと」

「かしこまりました。こちらとしても事を構えるつもりはなく、より良い関係性を築ければと考えておりますので」

「そうだね、それはヴァレンタインさん含めて」

「そうしていただけると、光栄でございます」


生きた心地がしなかった。


何気ないやり取りのなかで、瞬きすら許されない。


気がつけばヴァレンタインは扉に戻って、屋上をあとにしていた。


私は立ち上がり、龍宮寺様へと頭を下げる。


「申し訳ございま…」

「言うな、よくやった」

「…ははっ」

「引き続きヴァレンタインの調査は頼むぞ」


「…えっ?終わりではなく」


その言葉に思わず聞き返してしまった。


だが、龍宮寺様は笑いながら続ける。


「むしろこれは好機、さらなる情報収集に期待しているぞ」


何を言っているのか理解できなかったが、続いた言葉が全てを物語っていた。


「ようやく出会えた私に相応しい女性だ、逃がすつもりはなかったがまさかこんな繋がりがあるとはな」

(…まさか)


「お前の実力は買っている、好みや趣味を集めてなんとか好感度を上げるぞ」


返事ができなかった。


幸いにも沈黙は肯定と受け取られたらしい。


笑いながら屋上を後にする龍宮寺様の背中を、ただただ眺めるしかなく。


暫くして一人になったこの場所で、空を見上げる。


そうして、先ほどから震えていたスマホを静かに耳に当てる。


『何事だ、何があった!!』

「……」

『おい、聞いているのか、返事をしろ!』

「……」

『無事なのか!何処にいる』

「…助けて」

『おい、何があった!』


「誰か、助けてください!!!」


空に虚しくも消える叫び声。


耳元では煩く叫び続ける父親の声。


あの扉の先には関わりたくない三角関係。


いや、夢であってほしいと願う。


叶うならば、あの二人が結ばれてほしい。


そう、まだ始まったばかりではないか。


まだ改善の余地は十分にある。


龍宮寺家とVJL貿易がいつ話し合いをするかはしらないが、この学校にいる間は接点も多い。


やってくる体育祭や文化祭。


いくらでもチャンスはある。


諦めるな……。


忍びなれば、任務をこなせ。


「……逃げてもいいなら逃げたいな」


ご完読、誠にありがとうございます。


本当に最後までお付き合いいただけたならば、ありがとうございました!!


ぜひ次回作もお楽しみに。これからも応援よろしくお願いいたします。またどこかでお会いしましょう(*´∇`*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。