第8話{あらまき通り◆後編}
{胎罪キャラクター資料}
─────楚楚{本名:園嵜あいり。前作『骨の髄まで曖<アイ>してる。』で初登場。組織内で〝奇跡の4人衆〟に数えられている。組織能力研究班の班長を務めている。}
────────緋ノ咲街 あらまき通り
「浄化していない……?」
「これは予想外だね……」
あらまき通りで発生した特定事象を浄化しに向かった凪沙、伍代、四ノ宮。歩行者天国になっている状況のなか、突然奇声を上げて刃物を出してきた男と交戦した。
四ノ宮と伍代の連携によって犠牲者を出すことなく男を制圧したものの、肝心な特定事象の浄化は、まだ終わっていなかった……。
伍代は男が持っていたマチェーテを遠くへ蹴り飛ばした。万が一回復してしまった時の場合に備えてだ。
「コイツ……特定事象の発生原因じゃないのか?」
「いや……特殊な印を結ぼうとしてたわ。それに影も出てた。間違いなく影響してるはず……でも、本体がないじゃない……」
「どうなっているか分からない以上、ここを動けないね」
状況の対応に考えあぐねていたその時だった。
「ユ……ユルサデデデデ……」
なんと男がゆっくりと起き上がったのだ。そして両手の指を静かに絡め、再度特徴的な印を結んだ。その動きは、まるで遠隔で何者かに動かされているかのようだ。
この状況を見た伍代と四ノ宮が再度戦闘態勢に入る。
「なんで動けるのよ! どうなってるの!?」
「どうなっているんだ……!? 何が起きている……!?」
「消ス……! 異能力者ァ……! この世からァァァァァァ!」
男が印を結んだまま力強く地面を踏みぬいた。
すると男を中心に赤い模様が展開、そして人の形をした禍々しい巨大な物体が街に姿を現した。
これを見た伍代と四ノ宮は息を飲んだ。
「そういうことだったのね……」
「これは参ったねぇ……どうする? 四ノ宮君」
「決まってるでしょ」
四ノ宮はガベルを構えると、力強い闘気を滲ませた。
「目の前の罪を……裁くだけよ!」
四ノ宮の声に応じる形で伍代も構えた。
その直後だった。
四ノ宮と伍代の方向に向かって、何かが猛スピードで突っ込んで来る音が聞こえた。その音は、地面を抉り、空気を切り裂き、何もかもを無視して突っ込んでくる。
それは四ノ宮が一度、この耳で聞いたことのある音だった。
「……こ、この音って!」
「四ノ宮君?」
四ノ宮が後ろを振り返る。
「伍代君! 下がって!」
四ノ宮の声に反応した伍代は、バックステップでその場から離れた。
現われたのは全身を特定事象と同じような禍々しいオーラに身を包み、瞳の色がオレンジ色に変化した凪沙。伍代から受け取ったハンマーを携え、目の前の特定事象に向かって突進する。
─────「 『解錠』! {暴食}!」
そう叫んだ凪沙は、勢いよく特定事象にハンマーを振りかざした。少し前までは持ち上げるのも大変そうにしていた彼が、空中で片手で枝のようにハンマーを扱っている。その様は、歴戦の猛者のようでもあった。
「ナ……ナナナナナ何ヲ……!?」
「お前を……! 喰らい尽くす!」
凪沙は無心にハンマーを振りかざす。特定事象から浴びせられる猛攻をハンマーで弾きながら、着実にダメージを与えていく。
その戦闘を見ていた伍代と四ノ宮は、動けずにいた。
「四ノ宮君……これは一体……」
「これが凪沙の本性よ……私もよく知らないけど……」
「あんなに怯えていた彼が……別人のようだ……」
「これ……止めた方がいいのかな……?」
「止めれるもんなら止めてみなさいよ!」
「それは……ちょっと自信ないかな……」
四ノ宮と伍代は、暴走している凪沙を見ていた。
特定事象と凪沙の戦闘は続いている。凪沙の方も無傷ではなく、額や腕から鮮血が舞っている。それでも攻撃の手を止めないのは、異能力の影響下だからか、それとも本来の精神力だからか……。
「ど、どうする……? どうする伍代君!?」
「少し待ってくれ……! 俺も考えてるんだ……!」
「でもこのまま待ってるもの何かイヤじゃない!」
「そうは言っても! なす術なんてないじゃないか!」
状況を打開する策を練る2人。
だが、言い争いに近くなるばかりで解決策は浮かばない。
そんな時、2人の前に一台のワゴン車が停まった。車体には白い文字で『S.E.I.D』のロゴがペイントされている。
「こちら応援部隊。現場に到着しました」
中からは数名の黒い戦闘服と仮面をつけた兵士が銃を構えて出て来た。
兵士はS.E.I.Dの下級構成員で編成されていて、主に本部や幹部の警備や民間人の避難誘導、または敵対組織の鎮圧をメインとしている。
「組織《S.E.I.D》の兵隊じゃない……」
「どうしてここに……?」
「楚楚さん。現場はこちらです」
「ここガ……」
兵士の一人が、車から一人の女性研究員を連れ出した。黒いストレートロングに緑色の瞳が輝いており、両手首には金色の腕輪。丈の長い白衣を着ていた。
【特定事象研究部:S.E.I.D】の幹部メンバー・楚楚。
組織内では〝奇跡の4人衆〟の一人に数えられている。
「特定事象「炎恨13番[嫌悪]」……心が弱っている人の精神に漬け込み肉体を乗っ取るタイプの特定事象。危険な相手ネ……」
「楚楚さん、いかがいたしましょう?」
「……全員に伝えテ。ここから、出来るだけ遠くに離れてッテ……」
「了解いたしました!」
兵士は命令を受け取ると、他の隊員たちに指示を共有した。そしてそれは四ノ宮と伍代にも伝わり、2人は命令のままその場から離れるしかなかった。
全員が一定距離まで離れたことを確認した楚楚は、特定事象まで歩いていた。
「お前は……誰だ?」
「モシカシテ……大罪の異能力者?」
「それが……何だ? 敵か? 味方か?」
「見方ダヨ。牙を向けて来なければネ」
「何を言って……」
「待っててね。今切り離してあげるカラ」
そう言った楚楚の瞳は、慈しむような優しさを持っていた。
凪沙にとって未知の相手である楚楚……迎撃を恐れた凪沙は異能を発動させようと姿勢を取った。
だがそれは叶わなかった。
─────「 『解錠』! {解離}」
腕を重ねてクロスさせると、凪沙の目の前の視界は青白いフラクタル模様が旋回する宇宙空間のような光景へと変化した。
決まった輪郭を持たない図形のような模様は旋回しながら、あちこち広がっている。
水の中にいるような重みのある感覚により四肢の自由は利かず、まるで精神と肉体が切り離されたような微睡むような感覚の中にいた。
(こ……ここは……?)
「さて……どこからいこうか……」
このサイケデリックな空間の中で、唯一自由に動けるのは楚楚だった。
彼女の異能力である「解離」は、自分を中心に特殊な結界を展開する展開型の異能力で、結界内に封じ込めた対象の精神と肉体を強制的に切り離すというもの。結界内に閉じ込めれば勝ちが確定する強力な異能力だが、敵味方問わず巻き込みかねない危険な技でもある。
「複雑な世界ね……こんな世界は初めてだわ……」
楚楚は異能を受けて停止している凪沙に近付くと、そっと左手を凪沙の額に触れた。
額に触れられた左手から青白い光が広がり、それが配線のように伸びて凪沙の額に吸い込まれていった。
だがしかし。
「痛っ──────!」
楚楚の左手が、まるで何かに噛み付かれたような痛みが走った。驚いて左手を引っ込めた。そして覗き込んだ。だが、特別傷らしいものはついていない。痛みも触れた一瞬だけでそれ以上に痛むことはなかった。
(何……? 何が起きてるの……?)
その直後だった。
「{俺たちの〝噐〟に手を出すな。喰い殺すぞ……}」
凪沙の脳内から聞こえたのは、凪沙本人のものではないしゃがれた声。それは楚楚の脳内に直接届く不思議な発信だった。
「噐……? どういうこと?」
「{彼は俺たち大罪に適合した稀有な人材だ……危害を加えようものならば……この暴食がこの場で喰い殺す}」
「そっか……」
楚楚は冷静に状況を分析する。
(異能力は凪沙君のものってわけじゃないのか……このまま切り離してたらどんな跳ね返りがあったか分かんないわね……)
「{彼は我々をその身に引き受け、悪を討つことを選んだ。それを邪魔する者は何人たりとも赦さない。互いのためにも、異能を解除しろ}」
暴食と名乗るその声は楚楚に結界を解除するように要求した。
楚楚はその要求をすぐには飲まずにいた。一方的に要求を飲めば、向こう側の思う壺になってしまうことを危惧したのだ。
「その子に傷一つ付けないなら、解除してあげるわ」
「{約束しよう。俺も彼の脳に戻り、無傷で引き渡そう}」
「約束よ? 破ったら……すかさず切り離すから」
「{勿論だ。二言はない}」
暴食から言質を取った楚楚はそっと異能を解除した。
結界が次第に消えていき、元の青空が戻ってきた。凪沙はまだ楚楚の異能の影響を受けており、力なくその場に倒れ込んでいた。
兵士たちが銃を構えながら楚楚の元に歩み寄る。
「楚楚さん。如何しましょうか?」
「安全確認のために封鎖しますか?」
兵士たちの提案に、楚楚は冷静に答えた。
「この子はしばらく動けナイ。私が組織に持ち帰って解析に回す。六波羅サンのもとなら進めてくれると思ウ」
「承知しました。我々はどうしますか?」
「避難した一般市民に安全確保を知らセテ。負傷者がいれば医療施設を案内シテ」
「了解いたしました」
「私は本部に連絡して、浄化完了とセンターDを開けておくように言ってオク」
楚楚が指示を下すと、兵士たちは指示に従って動き出した。
凪沙の前までやって来た楚楚は、彼をそっと抱き上げる。楚楚の異能力は脳の回路に大きな影響を与えるため、一時的に気絶に近い状態を起こすことがある。
「大丈夫……本部に連れテ行くからネ」
「あの……楚楚さん」
「あら……諫君にひまわりさん」
「凪沙は大丈夫なんですか?」
「ボスに伝えておいてくれる? 凪沙君はセンターDに送るって」
「わ、分かりました……」
「大丈夫よ。彼は死なない」
楚楚から聞いた伍代と四ノ宮はひとまず安堵した。
こうして凪沙たちの活躍により、特定事象から一般市民を守ることに成功した。
──────────あらまき通り付近 歩道橋
「あれぇ? もしかして死んじゃった?」
白衣を着た黄色いツインテールの女が嘲るような声で言った。
「死んではいません。ただ二度目の実戦投入はあり得ないかと」
その隣では紺色のツインテールをした女が冷徹な声色で言った。
「へぇ────。じゃあ新しい傀儡が必要かぁ」
「そうなりますね。お姉様」
「でももう堅気を使うのは飽きたなぁ。もっと骨のある傀儡がいい~」
黄色いツインテールが煙草を咥えたのを見て、紺色のツインテールはすかさずライターを開けて火を点した。バニラの芳醇な香りを孕んだ煙が、虚空を踊っている。
「……お姉様。例の大罪の異能力者ではどうでしょう?」
「え────? 大罪の異能力者ぁ────?」
「はい。本部から拉致するのです。私の異能で本部を混乱させ、お姉様の異能で彼を乗っ取るのです」
「相変わらず大胆だよね────。勝算はあるの────?」
「勿論です。あの旧世代の奴らに、一泡吹かせましょう」
■続く。
次回
第9話{凪沙と7人のサリギア①}




