85 ルノアの魔力の加減
「ルノア様。ご自宅にいる時は、魔力を抑える必要はございません。どうぞゆっくりお過ごしください」
サライが申し訳なさそうに言った。
「まだサラクが疲れているからね……大丈夫かなって心配なの。何となく、もうすぐだと思うから……。上手く説明できないのだけど……」
ルノアは少し考えてから、サラクへそっと左手を差し出した。
「サラク、ちょっとだけ私と手を繋いでもいい? 嫌ならやめてもいいからね」
「……よろしいのですか?」
サラクは少し驚いた顔をしたが、すぐに左手を差し出した。
「はい。大丈夫です」
二人の手が触れた瞬間、サラクの全身が薄い緑色の光に包まれた。
「どう? 気持ち悪いのが取れた感じ、分かる?」
「はい……体が軽くなりました。なんというか……重い荷物をずっと背負っていたような、あの気持ち悪さがなくなりました」
「うん。良かった」
ルノアはほっとしたように微笑んだ。
「私にもよく分からないんだけどね。消えてって……そう思いながら、そっと力を込めたの」
魔力の加減は、まだ完全には分からない。
けれど、今日のサライの授業で実際に魔力の強さを細かく調整してみたことで、少しずつ感覚を掴めるようになっていた。
針に糸を通すほどの、ごくわずかな魔力でも、汚水などを浄化できる。
その力を試すことについては、精霊王様にも許可を取ってもらっていた。
精霊王様からも、できることなら浄化の力を学び、サラたちの健康を守ってほしいと頼まれている。
サラたちは、悪い思考や感情、強い念や妬み、恨みなどを自然と吸い取ってしまう存在だった。
そのため、本来なら精霊王様が静養させるのではなく、自然の摂理に従って消えていくはずだったという。
それでも――。
「誰一人、欠けてほしくない」
ルノアの強い願いが、サラたちをこの世界に強く存在させている。
そして精霊たちも、いつかルノアに会うために努力を重ねてきた。
本来なら存在するはずのない侍女精霊まで生まれたことには、精霊王様自身も不思議に思っていたという。
「では、これから魔力を解放するから、サライもサラクも一度、部屋から出てね」
ルノアは二人を見た。
「扉を開けておいて、私から離れたところで待っていてもらえる? そこから、二人が無理をしない範囲で、ゆっくり近づいてきてほしいの」
「承知いたしました」
サライが部屋の扉を開放する。
二人が十分に離れたことを確認してから、ルノアはゆっくりと魔力を解放した。
瞬間――。
屋敷の敷地全体が、薄い白色の魔力に包まれた。
空気まで澄み渡り、先ほどまでとは比べものにならないほど、すっきりとした感覚が広がっていく。
しばらくして、サライとサラクがゆっくりと部屋へ戻ってきた。
「ああ……ルノア様。大丈夫です。本当に、全然苦しくありません」
二人はそのまま部屋へ入り、お茶の準備を始めた。
「少し休憩いたしましょうか?」
そう言って出されたのは、温かい緑茶と、新作のシオマメダイフクだった。
ルノアはシオマメダイフクを眺めながら尋ねた。
「やっぱり、甘すぎないものが欲しいって依頼されたの?」
「はい。料理長や、店舗で働く従者の男性たちからも意見を多く聞いて、今回はこちらに決めたようです」
サライが説明する。
「ミタラシの液体よりも食べやすくて、それでいて、やっぱりアンコも食べたい。でも、甘すぎないものがいい……という意見が多かったそうです」
「なるほど……」
ルノアはシオマメダイフクを見つめた。
「でも、アンコは甘いから美味しいのに……。私からすると、ちょっともったいない感じがするなぁ」
そう言って、ルノアは小さく笑った。
サライとサラクも顔を見合わせ、楽しそうに笑った。




