66 長い年月の歴史と結果
ラルフは、二人の考えを聞き、静かに口を開いた。
「ヴァリーも私も、竜皇国が……いや、クローがスタンピードや魔石の管理を担っていることを、本人から聞くまで知らなかった。
もし世界中がその事実を知っていたなら、魔石戦争も竜皇国への侵略も起こらなかったのではないか。そう思ったんだ。
だが、実際には起きてしまった。
それなのに、その詳細を知る者は、今も世界中にほとんどいない。
本来なら、世界中から感謝されるべきことだと思う。それを何でもないことのように続けてきたクローに、ルノアの継承権の話とはいえ、一国の未来について相談していることを申し訳なく感じたんだ。
知らなかったとはいえ、私たちもまた、何も知らずに過ごしてきたのだからな。
ただ、一つだけ、どうしてもわからないことがある。
なぜ、世界中に知らせないんだ?
こんなことを尋ねるのは失礼なのかもしれない。だが、私は聞いておくべきだと思った。
教えてくれないか、クロー」
クローは少し驚いた顔をしたあと、右のこめかみをかいた。困ったように眉を下げ、申し訳なさそうに口を開く。
「これから話すことは、皆にとって不快な内容かもしれない。
だが、話さなければわからないことでもある。どう説明すればいいのか……すまない。うまく話せる自信がないんだ」
クローは一度言葉を切り、考えを整理するように視線を落とした。
「人族は寿命が短いだろう。それなのに、あまりにも簡単に争い、戦争を始める。
一人の統治者が間違った考えを持ち、名誉だの何だのと口にすれば、その言葉に従って、自ら命を捨てる者までいる。
逆らえない者もいるだろう。だが、逆らおうとしない者もいる。人と争うことをやめようとしないんだ。
ただ生きていくだけなのに、どうしてそうなるのか……。
人族は寿命が短いからこそ、歴史を繋いでいくことが難しいのかもしれないな。竜人とは、生きる時間も価値観も違うから」
クローは、わずかに目を伏せた。
「竜人は長命だ。信じられないほどにな。肉体も強く、魔法も自由に使える。
だが、俺たちは新しいことに興味を持たなかった。
その結果が、魔石戦争と侵略だ。
俺たちは、ただ幸せに、平和に、いつもどおり暮らしていただけだった。だからこそ、何が起きたのかを理解するのが遅れた。
そして、一度やられたからには、二度と同じことが起きないように考えを改めたんだ」
クローは、ゆっくりと顔を上げた。
「それでも、詳細を知る者は今もほとんどいない。
なぜだと思う?
語り継ぐ者がいないからだよ。
恐ろしいことだろう。俺たちが当たり前のように続けてきたことが、ラルフの言う『世界中から感謝されるべきこと』だったんだ。
だが、俺たちにとっては特別なことじゃなかった。
強い者が弱い者を守る。それは当然のことだろう?」
クローは、少し困ったように笑った。
「それなのに、世界には『簡単に世界を滅ぼせる不干渉の竜皇国』なんて言葉が残っている。
国によって、俺たちがどんなふうに記されているかは違うだろう。だが、長い歴史の中で、最後まで残ったのは『不干渉』という言葉だけだった。
なぜ俺たちが干渉しないのか。何を守り、何を管理しているのか。そういったことは、ほとんど伝わっていない。
歴史が繋がらないから、同じ失敗を何度も何度も繰り返す。国が滅びても、また別の場所で同じことが起きるんだ」
その言葉には、長い年月を生きてきた者だけが知る、深い諦めが滲んでいた。
「今回、俺が話したのはノアと、ノアの大切な家族のためだ。
竜人は、基本的に他人には興味がない。運命の番に出会えば、その番以外のことなど考えられなくなる。
番と命を繋ぎ、幸せに、静かに、当たり前の日々を過ごす。命が尽きるまで、ただそれだけを望んでいるんだ。
俺にとって、スタンピードはノアとの静かな暮らしを脅かすものでもある。
だが、魔物だって同じ世界に生きている。人族と同じように、ただ生きているだけなんだ。
この世界は、人族だけのものじゃない。俺たち竜人だけのものでもない。
だから、すべてを排除すればいいという話じゃない。回避できるなら回避する。罰するべきものには罰を与える。それでも、本当に抑えきれないことだってある」
クローは、言葉を選びながら続けた。
「スタンピードが起きたとき、どう対処するかは竜皇王様が取捨選択されている。
そもそも、すべてを管理できるわけじゃない。管理しきれないものもあれば、あえて管理しないものもある。
そのことだけは、忘れてはいけないんだ」
そして、クローはルノアへと視線を向けた。
「だが、ノアが魔石を作り続けていけば、いずれスタンピードについても尋ねられるだろうと思っていた。
今回は、ノアより先に、ノアの家族がそのことに気づいたんだな。
こんな竜人の傲慢な考えを聞かせてしまって、すまない。俺たちにとっては当たり前でも、他の種族からすれば、身勝手で嫌な考えに聞こえるかもしれない。
ノアも……こんな俺が嫌になったか?」
クローは、どこか不安そうにルノアを見つめた。
「だが、これが長い長い年月をかけて積み重なった歴史で、変えようのない結果なんだ」




