63 二人ではじめての食事
福ちゃんが、カチカチカチと嘴を鳴らした。
「クロリナラド、うるさい! まずは寝ている間に何があったか知るのが先。竜皇国の王様と王太子様への連絡も先だよ!」
「福ちゃん!」
ルノアは嬉しそうに両手を伸ばした。
「抱っこさせてください。私が寝ていた間、魔力はどうしていたんですか? 大丈夫でしたか?」
「大丈夫だよ。ルノア、ありがとう。体調は良さそうだね。痛いところはない? 胸のあたりは大丈夫?」
「はい。胸のあたりがくるくるしていますけど、苦しくありません。呼吸も楽になりました。それに、魔空間のタスワンズ湖がすごく澄んでいます。ラド様も大丈夫ですか? どこか痛いところはありませんか?」
「ああ、大丈夫だよ。俺も魔力の巡りが良くなった。確かに、くるくるしているな……。ああ、ノアの魔空間に俺の魔力回路がつながっているのか。すごいな。俺も呼吸が楽になったよ」
二人の様子を確かめていた福ちゃんが、念を押すように言った。
「お互いの魔力がつながっていれば、急に魔力が増えたり減ったりしたときも、融通し合えるからね。でも、無理は駄目だよ。クロリナラドもルノアも、自分の体を大切にするんだよ」
「はい、福ちゃん!」
ルノアが元気よく返事をすると、福ちゃんは満足そうに頷いた。
その様子を見ていたラルフが、ヴァリアードと顔を見合わせた。
「いろいろ相談したいことがあるのは分かっているが、二人で初めての食事だからな。話はあとでもいいかい?」
「ああ、もちろんだよ。食後に執務室へ来てくれ。ヴァリー、私たちは先にお茶にしよう」
ラルフとヴァリアードは二人に手を振り、部屋を出ていった。
二人きりになると、ルノアはクロリナラドに左手を差し出した。
「ラド様、手をつないでください!」
クロリナラドは少し照れながら、右手を差し出す。
二人は顔を真っ赤にしながら手をつなぎ、嬉しそうにぶんぶんと振った。
やがて食事の支度が整い、二人は隣同士の席についた。
クロリナラドは、一冊の本をルノアに差し出した。
「ノア、時間があるときに、この本を読んでほしい。お義父上にも渡した本なんだ」
「はい、分かりました。本も読みますね。でも、私が間違っていたら、ちゃんと教えてください」
ルノアは本を受け取り、真剣な顔で続けた。
「知らないことを知らないままにしておくほうが、恥ずかしいですから」
「ああ。分かったよ」
「それより、ラド様。お口を開けてください! お腹が空いているでしょう?」
ルノアは切り分けられた肉をフォークに刺し、クロリナラドの口元へ運んだ。
「はい、あーん!」
「えっ? 私から食べさせようと思っていたのに……」
「決まりがあるんですか? 二人で決めていけば大丈夫ですよ」
ルノアは不思議そうに首を傾げると、もう一度笑顔で促した。
「はい、あーん!」
クロリナラドは観念して口を開け、差し出された肉を食べた。
次はクロリナラドが肉を切り分け、ルノアの口元へ運ぶ。
「ノア、俺はこの肉が好きなんだ。はい、あーん。美味しい?」
「はい、とっても美味しいです!」
嬉しそうに答えたルノアだったが、クロリナラドの皿に目を向けると、すぐに表情を引き締めた。
「でも、お野菜も食べないと駄目ですよ。さっきから、ずっとお野菜を避けていますよね?」
「いや、それは……」
「はい、あーん。お口を開けてください」
クロリナラドは困ったように口を閉じたまま、ルノアを見つめた。
「どうして開けないんですか? 駄目ですよ。好き嫌いをして、病気になったらどうするんですか?」
そう言われると、クロリナラドも逆らえなかった。
「……分かったよ」
ようやく口を開けると、ルノアは満足そうに微笑んだ。
「はい、いい子です。よく食べましたね。ご褒美に、もう少し大きなお肉をあげますね!」
その様子を見ていたサライは、わずかに口元を緩めた。
「……野菜を食べたこともないのに」
小さく呟きながら、そっと野菜スープをルノアの前にも置いた。
それに気づいたルノアは、今度はスープをすくい、クロリナラドの口元へ運ぶ。
「はい、あーん!」
渋々口を開けたクロリナラドに、ルノアはにっこりと笑いかけた。
「好き嫌いは駄目ですからね。作ってくれた人に感謝して、お野菜も食べましょうね」
そこには、大好きな相手の健康を気遣い、嬉しそうに世話を焼くルノアの姿があった。
…ー…ー…ー…ー…ー…
ゲームをしていた頃の祐希は、クロリナラドに会えない日々を過ごしていた。
彼の情報を得るためとはいえ、好きでもない相手に食事を食べさせてもらうことさえあった。
(これがクロリナラドだったら、どんなに嬉しいだろう……)
そう思いながらも、心の中では叫んでいた。
(もう、こんなことやってられるか!)
それなのに、今はどうだろう。
本当に運命の番となり、愛しいラド様が目の前にいる。それだけで、自然と食べさせてあげたくなるのだから、不思議なものだった。
ルノアはふと、目覚めてからゲームの記憶が少しずつ薄れていることに気づいた。
以前なら、何をするにも頭の片隅にあった記憶が、今は少しずつ遠ざかっている。
(このまま、自然に任せてもいいのかもしれない……)
ルノアはそう思い、静かに目の前の幸せを受け入れることにした。




