56 一緒に住もう
ヴァリアードは、しばらく黙っていたが、静かに口を開いた。
「魔塔についても、少し話しておいた方がいいだろう」
ラルフが顔を上げる。
「魔塔は、俺が『黒銀の鎖』から解放される前から、すでに問題が多かった」
ヴァリアードは淡々と続けた。
「犯罪に利用される可能性がある研究や、倫理的に問題のある研究については、俺が見つけ次第、すべて止めていた。
解放された後は、問題のある研究者や関係者について調査し、必要な者は収監したうえで魔術協会へ報告している」
「そこまでしていたのか……」
「今は魔塔内で行われている研究についても、すべて把握し、俺自身が管理している状態だ」
ヴァリアードは少し間を置いた。
「黙っていたが、先ほど公爵家から来ていた二名も収監されたと聞いた」
ラルフの表情が険しくなる。
「竜皇国でも、すでに把握されていると考えた方がいい。ラルフも、このことは知っておいた方がいいだろう」
「ああ。聞かせてくれ」
「特に問題なのが、魔術や魔法によって精霊を使役する研究だ」
ヴァリアードの声が低くなる。
「その研究は、カーナリアン王国の魔塔で生み出された。
俺が『黒銀の鎖』に囚われた後から始められていたことも分かっている」
「精霊を……使役?」
ラルフが眉を寄せた。
「ああ。証拠を隠滅されたり、研究そのものが後に再利用されたりする可能性もある。
だから、関係者を放置するわけにはいかなかった」
ヴァリアードは静かに息を吐いた。
「『黒銀の鎖』を付けた状態で八名を魔術協会へ引き渡し、収監してもらった」
「八名も……」
「魔塔で行われていた研究については、俺にも責任がある。
たとえ俺自身が『黒銀の鎖』に囚われていた期間に始まったことであってもだ。
カーナリアン王国の魔塔で行われていたことに変わりはない。」
ヴァリアードは、はっきりと言った。
「だから、俺はこの責任を取って魔塔の長を辞職するつもりだ」
「ヴァリー……」
「すでに魔術協会には報告してある。
精霊の使役に関する研究だけではない。他にも倫理的に問題のある研究がかなり見つかった」
「そんなにか……」
「先週は魔術協会の長もこちらへ来ていたからな。かなり忙しかった」
ヴァリアードは少し疲れたように笑った。
「俺自身も調書を取られた。弁護士ギルドにも立ち会ってもらい、俺が研究に関与していなかったこと、『黒銀の鎖』によって長期間拘束されていたことも含めて調査された。
その結果、俺自身の無実については証明されている」
ラルフは少しだけ安堵した表情を見せた。
「それなら……少なくとも、お前自身が罪に問われることはないんだな?」
「ああ。そこは問題ない」
「世界魔法会議でも報告するのか?」
「来月、臨時の世界魔法会議が開かれる予定だ。
そこで正式に報告するつもりだ」
ヴァリアードは静かに目を伏せた。
「カーナリアン王国の魔塔は、閉鎖になるだろう」
「……そうなるか……」
「俺がこの国から離れられないことを、魔塔の関係者は皆知っていた。
だからこそ、俺が『黒銀の鎖』に囚われている間に、何をしても大丈夫だと思われていたのかもしれない」
ヴァリアードの表情が僅かに曇る。
「だが、それ以上に問題なのは、人を鎖で縛り付けることそのものを、倫理的に間違っていると認識していなかったことだ」
その言葉に、部屋が静まり返った。
「人を拘束して自由を奪う。それを当然のように受け入れていた。その認識自体が危険なんだ」
ヴァリアードははっきりと言った。
「俺は、魔塔の運営そのものが危険な状態になっていると判断した」
ラルフはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「分かった。なら、ヴァリーもこちらで一緒に住もう」
「ラルフ?」
「別邸でも構わない。だが、魔塔を離れるなら、住む場所はきちんと用意する」
そしてラルフはサバスへ視線を向けた。
「サバスが、こちらで暮らした方がいいと言った理由を聞いてもいいか?」
「はい」
サバスは静かに頭を下げた。
「まず、現在の魔塔が安全かどうか、私どもにはまだ判断できないためです」
「確かに、それはそうだな」
「それと、食事や体調管理の問題もございます」
サバスは続けた。
「ルノア様は、いずれヴァリアード様のことを心配されるようになると予測しております。
そうなれば、クロリナラド殿下も当然、ルノア様の不安を察するでしょう」
「……殿下が心配するということか」
「はい。おそらく、嫉妬もされるでしょう」
サバスが苦笑する。
「ルノア様に関わることですから」
ラルフも思わず苦笑した。
「まあ、それは分かる気がするな」
「それに、全員が同じ居住地にいれば、竜皇国の王城と同じように警護もしやすくなります」
「なるほど」
「今後、竜皇国との移動門を設置する場合も、安全面を十分に考慮する必要がございます」
サバスはさらに続けた。
「そして、魔塔の長としての知識を持つヴァリアード様には、今後も魔術に関する部分で守っていただきたいことがございます。
こちらにいていただいた方が、私どもとしても連携が取りやすくなります」
「そういうことか」
ラルフは納得したように頷いた。
ヴァリアードも少し考えてから答えた。
「なら、魔術協会の判断が出たら、すぐに引っ越してくるよ」
「そうしてくれ」
「それに、今回の魅了への対処も早かったからな。
今の魔術協会の長なら、俺は信頼できると思っている」
ヴァリアードは少し考えるように目を伏せた。
「住む場所についてだが……以前住んでいたユキライアナ侯爵家の家が二つ残っている。
魔空間から出そうと思っているんだ」
「二つ?」
「ああ。一つはタスワンズ湖の近くにあった家だ」
その言葉を聞いたラルフの表情が変わった。
「……覚えている」
「三人でよく遊んだだろう」
ヴァリアードは懐かしそうに笑った。
「庭で遊んだり、くだらないことで騒いだり……壁には俺たちの落書きもたくさん残っている」
「そうだったな」
「思い出が詰まりすぎていて、どうしても壊せなかった」
ヴァリアードの声が少し柔らかくなる。
「だから魔空間にそのまま保存してある。ルノアの花の種も一緒に入れて、閉まってあるんだ」
「ルノアの花まで……」
「ああ」
ヴァリアードは頷いた。
「もう一つは王都にあった家だ。こちらの方が人目につきにくいかもしれない」
「王都の家なら、確かにその方がいいだろうな」
ラルフは少し考えてから続けた。
「それに、同じ建築家が建てた家だったよな?」
「ああ。造りもよく似ている」
「なら、その家を使おう」
ラルフは穏やかに笑った。
「森側から見えないように、こちらの屋敷に増設する形でくっつければいい。外から見ても不自然にならないようにすれば、ヴァリーも落ち着いて暮らせるだろう」
「それなら問題ない」
「そうしてくれ」
ラルフは頷いた。
「それにしても……タスワンズ湖にあった家も残していたんだな」
「壊せなかったんだ」
「そうか……」
ラルフは遠くを見るような目をした。
「懐かしいな」
しばらく二人とも何も言わなかった。
やがて、ラルフが小さく呟く。
「ああ……エミリアに会いたいな」
声が震えた。
「……駄目だな。今、顔を見たら泣きそうだ」
ヴァリアードも静かに目を伏せる。
「ああ」
短く答えたあと、ゆっくりと顔を上げた。
「俺も会いたい」
二人はそれ以上、言葉を続けなかった。
ただ、かつて三人で過ごした家と、そこに残された思い出だけが、長い年月を越えて二人の心に静かに蘇っていた。




